晩秋の越前路・旅紀行

2013年11月30日から12月1日に、後に夫になる方と2人で、「晩秋の越前路・旅紀行」と題して、福井県の名所旧跡を廻る旅行を行って参りました。 急遽、計画された旅行になった上に、「装束婚」の前撮りも実行している旅行と言う事だけあって、衣装体験も含まれている旅行になっています。 しかしながら、その事以外に関しては、短い日程ではありながら観光やグルメと一通りは押さえている内容の旅行になっています。
 
この時が後に夫となる方との事実上の初めての旅行になりますが、「装束婚」の前撮りで衣装体験を行ったり、適度に観光地を廻る事が出来ただけに、興味がありましたら見て下さると幸いで御座います。

晩秋の越前路・旅紀行(その1)集合と、最初の目的地、「美容室Wish」へ向かって御仕度が開始に。

2013年11月30日、私は彼氏様との現地集合になりましたが、大阪駅から、一路、武生駅まで、特急列車を使って移動する事になりました。
 
掲載している写真が、その時の特急列車で北陸方面の特急列車では有名な「サンダーバード」になります。 もうすぐ、北陸新幹線が金沢駅まで延伸されますので、今後は金沢止まりの「サンダーバード」に生まれ変わると言う事になります。
 
さて、実際の乗車して約1時間40分ですが、武生駅に無事に到着しました。 この場で彼氏様と合流しましたが、折角の機会と言う事で、武生駅の外観の撮影を行う事になりました。 もし、北陸新幹線が米原駅や京都駅と接続されてしまうと、非常にこの場所に行くのが不便になりますので、今のうちに駅舎も撮影と言う感じになります。
 
最初の目的地である、日本時代衣裳源流会の三田村先生の自宅兼店舗に行く事になりました。 以前に訪問した時には「美容室Wish」の看板が付けられていなかったのですが、現在は新しく取り付けられたようです。 これで、迷わずに訪問する事が出来ます。
 
「美容室Wish」の中に入ってからは、受付の店員の方に予約している旨と予約している内容を話すと、三田村先生自らが出迎えて頂きました。 「美容室Wish」は昔ながらの個人営業の美容室と言う感じの店舗になります。 彼氏様の方には「先に着付けを始めます。」と言われて、奥に案内される事になりました。 私はと言えば、かつら合わせの面がありましたので、美容室の席に案内されて、かつら合わせが行われる事になりました。
 
私は先にメイクを行って頂くと言う事になりました。 メイクが順調に進んで行きましたが、予てから、三田村先生に懸念されていたかつらの大きさを計測するのに、メイクがある程度進んでから、かつら合わせが行われて行きました。
 
こうして、メイクを仕上げて頂いてからは、着付けの為に一度、かつらを外して頂いてから、奥の部屋に案内されて行く事になりました。 奥の部屋に案内されてからは、私の平安装束が入っているスーツケースが重いので、それを着替え場所である3階の部屋に持ち上げて欲しいと言う事で、着付けが途中になっている彼氏様と男性の店員の方がスーツケースを上げて下さりました。
 
細長と表着、打衣と五衣と単と小袖と半襦袢と濃色袴を出すと、思わず、平安装束を見られる方々も出て来られました。 彼氏様からは、それらの平安装束類を見てびっくりして、「これらを全部、嫁入り道具として持って来られるの?」と言われましたが、私は「装束箪笥に入れて持って行きますので宜しく。」と言いました。
 
こうして、彼氏様の着付けの仕上げ作業が行われて、彼氏様はメイクを行いに1階にある美容室側の方へ案内されて行きました。 それとは対照的に私の方は着付け作業の開始と言う事になりました。
 
実際に着付けて頂くと、余りの重さにびっくりしましたが、結婚式の予行練習と言うのもありましたので、丁度良かったと思っています。 最後に細長まで着付けて頂くと三田村先生がスタッフの方々を集めて頂く為に、日本時代衣裳源流会の先生の方々を数名呼び寄せて頂きました。 こうして、裾を持って頂く日本時代衣裳源流会の先生の方々が揃われると裾を持って頂いてから、再度、かつらを付ける為に1階の美容室側の方に行く事になりました。
 
そして、メイクが仕上がった彼氏様には地毛と付け毛で小さな髷を作って頂いて、冠を固定する事に、私はかつらを再度付けて頂く事になりました。 実は、この時に彼氏様の冠には、友人から頂いた菊の花簪を付けて頂きましたが、本当にぴったりと言う感じになりました。 私も無事にかつらを付けて頂く作業が完了して、「「紫式部公園」に移動する車の用意が出来ました。」と日本時代衣裳源流会の先生の方に言われて、車で「紫式部公園」に向かう事になりました。

晩秋の越前路・旅紀行(その2)「紫式部公園」での「装束婚」の前撮りが行われる事に。

さて、天候が心配ではありましたが、私が着付けられている間に天候が良くなって、太陽の光が照らされる位になりましたので、「紫式部公園」での撮影が実施されると言う事になりました。
 
さて、私たちを乗せたバンは無事に「紫式部公園」に到着致しました。 そこで、日本時代衣裳源流会の先生の方々2名に裾を持って頂いて「紫式部公園」の中を移動しながら撮影が行って頂きました。 撮影を行って頂いたのは三田村先生になります。
 
まずは、釣殿の前での撮影になります。 次は、同じく釣殿の前の地面ではありますが、撮影を行う方向を逆にして、橋が見えている場所で撮影を行って頂きました。 手に持っているブーケは友人による手作りの物になります。 その次は、場所を移動して、隣に彼氏様に並んで頂いて、紅葉を背景に撮影を行って頂きました。 流石に、紅葉の赤色が入ると雰囲気が締まって来ます。
 
続いて、橋の前に立って横姿の状態で撮影を行って頂きました。 引き続いて、池を背景に撮影を行って頂きました。 こちらの場所もなかなか綺麗に写っていて良い印象の写真になりました。 裾が綺麗に流れるようになっていますが、日本時代衣裳源流会の先生の方々がその都度、裾を綺麗に置いて下さっていると言うのがあります。 まるで、「斎王まつり」の歴代の斎王役の方々と民族衣裳文化普及協会の先生の方々と同じような感じになります。
 
次は、橋に登って彼氏様と出会って微笑んでいる状態での写真の撮影を行って頂きました。 そして、橋の上に登っている状態で水面に映っている姿と一緒に撮影を行って頂きました。 その後、橋から降りて、写真では分からないのですが、紫式部の銅像を、私と彼氏様の2名で見詰めている構図で撮影を行って頂きました。
 
そして、再び、池の畔まで移動して撮影を行って頂きました。 袴は切袴ですが、長袴に見えやすくする為にぎりぎりの所まで裾を降ろしています。 今度は、紅葉の枝に触れている構図で撮影を行って頂きました。 袖の重ね色目が見えて良い写真となっています。 そして、また、池の畔まで移動してから、横に向いている姿で撮影を行って頂きました。
 
こうして、「装束婚」の前撮りの写真を撮影が行われてからは、再度、用意されていたバンに乗せられて、「美容室Wish」に戻る事になりました。 その場で、かつらが外されて、店の奥から3階に上がって行って、衣装を脱がせて頂きましたが、その後に、メイクが落されました。
 
元の顔立ちに直して頂いてからは、3階の部屋に再度上がって、自分で送付した平安装束を片付ける事になりました。 流石に、完全な皆具での形ですので、少し時間が掛かりましたが、正絹の素材の物と化繊の素材の物に分けて、下着類等の汚れた物は別の袋に入れて、スーツケースに纏めて入れました。
 
流石に細長の皆具が入っているスーツケースは私1人では持ち運べないので、彼氏様に手伝って頂いて2名での共同作業と言う事になりました。 そして、かつらも木箱にしまって、布のカバーを付けてベルトで固定して大型のビニール袋に入れてそれぞれに送り状を貼り付けてから、精算を行って美容室Wishを後にする事になりました。
 
正直、私の衣装体験では過去最高の金額になりましたが、結婚式のウェルカムボードやスライド等にも採用する写真がたくさん撮れましたので本当に感謝と言う感じになります。 こうして、「装束婚」の前撮りが終わると、次の普通列車がJRでは1時間以上後になるので、時間が掛かりますが、私に取ってみては初めての乗車体験になる福井鉄道の越前武生駅に向かう事になりました。

晩秋の越前路・旅紀行(その3)福井鉄道にて、越前武生駅から福井駅前駅までの旅路へ。

「美容室Wish」から武生駅に行ってみると丁度、普通列車が来るまで1時間以上掛かりましたので、福井鉄道の越前武生駅に向かう事になりました。 福井駅前までの切符を購入して、丁度、列車が入線して来て、改札のアナウンスが流れて来ましたので、駅舎の中に入って行く事になりました。
 
さて、今回乗る列車がやって来ました。 福井鉄道では初めてとなる低床車になります。 地方鉄道にしては斬新な車両になっていますが、内装が気になる所です。 車窓から見える、福井鉄道の古い車体の物になります。 こちらの車体の物は昔、名鉄で使用されていた物だそうです。 私も福井鉄道と言うと、過去に参加した「越前時代行列」の時に見たこちらの車体の印象が強かった印象があります。 車窓は写したのに、肝心の座席は彼氏様との話で持ち上がってしまって写す事が出来ず終いになりました。
 
列車は揺れながら進んで行きましたので、一種の遊園地のアトラクションに乗るような気分でしたが、無事に福井駅前駅に到着しましたので、ホームに出る事になりました。 列車は越前武生駅を出発して、様々な駅に停車して行って、進んで行きましたが、正直かなり揺れました。 彼氏様が言うには、「地方鉄道の場合は単線と言う事もあって、保線の力が弱くて、揺れやすくなっている。」と言う事です。
 
そして、信号を渡ってから、再度、福井駅前駅を撮影した写真になります。 LEDの表示が「急行越前武生」に変わっていましたが、このような感じで列車が止まっていると言う事になります。
 
それから、荷物を置きに予約してある宿泊施設に向かいましたが、福井城跡の堀端にあるホテルでしたので、福井城跡の堀端の道を歩く事になりました。 流石は城下町なのか、銅像も飾られていました。 こちらの銅像が由利公正の銅像と横井小楠の銅像になります。 銘板には「旅立ちの像」と書かれていて、福井から九州に旅立つ由利公正と横井小楠の姿を描いていると書かれていました。

晩秋の越前路・旅紀行(その4)本日の宿泊施設「アネックスホテル福井」へのチェックインと「割烹よしむら」での越前蟹の夕食へ。

さて、予定よりも「装束婚」の前撮りの撮影が早く終わりましたので、早めに宿泊施設に行こうと思って、福井城跡の堀端の道をしばらく歩いて行くと、本日の宿泊施設である、「アネックスホテル福井」の建物が見えて参りました。 このような感じで、2階がフロントらしくて、階段が地味に付けられていました。
 
2階に上がると、フロントへの入口が続いていました。 私も彼氏様も衣装体験で体力を使いましたので、休憩したいと思って、当初のチェックイン予定時間の前ではありましたが、中に入る事になりました。 フロントのカウンターは呼び鈴を押すとスタッフの方が出て来る形式になっています。 この後、呼び鈴を押してスタッフの方に出て頂いて、予約している旨を話して、客室の鍵が渡されて、客室に向かう事になりました。
 
客室へ向かうにはこのような感じでエレベーターに乗って向かうと言う事になります。 こちらはフロントのある2階のエレベーターホールになりますが、煉瓦造りの部屋になっていてなかなか良い雰囲気を出しています。 こちらが、鍵を渡された部屋であるの6階のエレベーターホールになりますが、こちらの方は一般的なビジネスホテルのエレベーターのような雰囲気になっています。 6階の客室の廊下を歩いていてすぐに見付かりましたが、本日、宿泊予定のアネックスホテル福井の607号室になります。
 
さて、アネックスホテル福井の客室607号室に到着しましたが、先に客室の撮影を行わせて頂きました。 まず、今回はツインルームでの予約でしたが、ツインルームはツインルームでも、カーテンで仕切られた二間続きのツインルームになっています。 それもあって、最初は、入口側の客室の撮影を行わせて頂きました。
 
最初に撮影を行ったのは、入口側の客室の机と鏡の撮影になります。 こちらの机はかなり大きくて、鏡も大きめの物が付けられていました。 椅子も大きめですし、机も十分に広いですので、パソコン等を持って行っての作業も十分に出来る大きさかなと感じました。 机には電話も備え付けられています。 電話の隣にはスタンドもありますが、そのスタンドの所に携帯電話の充電等に使う電源タップも置かれています。 ズボンプレッサーが客室に中に常備されていると言うのが、高級ホテルならともかくとして、ビジネスホテル並みの料金で泊まる事が出来るホテルの部屋の割には良心的です。
 
そして、そのズボンプレッサーの隣には大きなクローゼットがあります。 本当にビジネスホテルの割には大きいと感じられました。 クローゼットを開けてみました。 ハンガーパイプが2名分用意されてあって、「2名で使うにしても、大きいかな。」と言うのが感想ではありました。 クローゼットの下の部分になります。 スリッパと寝間着が置かれています。 次にベッド等が置かれてある側の部屋に移動して、テーブルと椅子と物置きの撮影を行ってみました。 机と鏡があるのに、テーブルと椅子と物置きがあると言うのが、何とも無く御得感があります。
 
今度は、テレビ台と置き台と冷蔵庫になります。 通常は机とテレビ台と置き台が一緒の場合が多いですが、こちらのホテルの場合はそれも別々になっています。 置き台の上のポットと御茶とティッシュペーパーになります。 ティッシュペーパーが丸々1箱分の容量があると言う事に評価が高かったです。 また、御茶もティーバッグ式で人数分置かれています。 置き台の下にある冷蔵庫になります。
 
ツインの形式になっているベッドになります。 最近のホテルの場合は片側のみがセミダブルサイズのベッドやダブルサイズのベッドになっている場合が多いのですが、こちらのホテルの場合は両側ともシングルサイズのベッドになっていました。 こちらが、1台分のベッドの大きさになります。 確かに、今時にしては珍しいシングルサイズのベッドになっています。 余談ですが、窓はカーテンでは無くて二重窓に嵌め込まれたブラインドになっています。 寒冷地と言う事で二重窓と言う仕様なのでしょうか。 ベッドの間のテーブルになります。 こちらにも電話が置かれてあると言うのが何とも無く贅沢かなと言う感じです。 普通、電話が複数台以上置かれているホテルと言えば、高級ホテルの部屋になります。
 
こちらが、入口側の客室に接続されている風呂とトイレになります。 トイレ側を撮影した物になります。 広さも本当にビジネスホテルのトイレと言う感じです。 ウォシュレットが付いていると言う事が有難かったです。 トイレの上に置かれている、アメニティー類の撮影を行った物になります。 左側からアメニティーのセット、カップ、リンス、シャンプー、ボディーソープと言う順番で置かれてあります。 アメニティー類は余裕があって置かれている所に好感があります。
 
こちらが、風呂側を撮影した物になります。 風呂の浴槽は、流石にツインルームと言うだけあって若干大きめに作られています。 こちらが浴槽になります。 幅も奥行きも通常のビジネスホテルよりは大きめに感じられます。 これだけの仕様の部屋で、1人当たりの料金が5800円と言うのが何とも御得です。
 
この後、食事の時間までは2時間程ありましたので、休憩を兼ねて少し眠りましたが、私は窓側のベッドを選びましたが、なかなか寝心地が良かったです。 部屋と部屋を仕切っているカーテンは閉めてみましたが、なかなか良い感じでありました。 休憩が終わると、越前蟹の料理を食べに事前に予約している店舗に向かう事になりました。
 
「アネックスホテル福井」での休憩が終わると、事前に予約してある越前蟹の料理の店舗に行く事になりました。 この日の2度目の目玉と言う事になります。 予約を行った店舗は、宿泊地からは歩いて約10分の場所にある「割烹よしむら」と言う名前の店舗になります。
 
こちらが、割烹よしむらの入口になります。 かなり、こじんまりとした隠れ家的な店舗になっています。 店舗の中に入ると丁度、2人分空いているカウンター席に案内されて行きました。 そして、最初に飲み物の注文を聞かれましたので、純粋に料理だけを愉しみたい私は烏龍茶を注文しました。 私達は予算の関係で、雄の越前蟹のコースが注文出来なかったので、雌の越前蟹(せいこ蟹)を2杯と蟹雑炊を注文して、それに加えて、適度に蟹料理や鮮魚の料理を加えて頂いて、「10000円に収まるようにメニューを御任せします。」と言う事で予約しましたが、それで最初に出て来たのが蟹豆腐であります。
 
蟹豆腐は、越前蟹を豆腐状に固めて餡掛けになっている料理になります。 こちらは蟹料理が比較的食べやすい近畿地方の人間の私ですら、今までに食べた事が無かったのですが、かなり美味しい物に感じました。 本当に越前蟹の身が詰まっていて、越前蟹特有の甘味も出ています。 次に、出て来たのが、鮮魚の御造里の盛り合わせになります。 甘海老や鰤も地元では食べられないような大きな物が出て来ましたが、それよりも注目するべき物は烏賊でしょうか。 烏賊の身がこれだけ透き通っていてしかも、1匹の烏賊から1つしか取れない吸盤の周りの部分も付いていたと言うのがあります。 どの鮮魚も食べましたが素晴らしく美味しいです。
 
その次に、出て来たのが、越前蟹の蟹焼売になります。 日本でしか取れない越前蟹と中華料理のコラボレーションでしょうか。 こちらの味も本当に絶品と言う感じです。 続いて、出て来たのが、甘鯛の焼き魚と蓮根の揚げ物になります。 甘鯛の焼き魚までは美味しさが予測出来ましたが、蓮根の揚げ物が予想以上に油の質が良くて美味しいです。
 
引き続いて、出て来たのが、鰤大根の煮付けになります。 鰤は勿論、脂の乗り方が地元の物とは比べ物にならない程に美味しいのですが、大根の味に癖が無くて美味しく召し上がれました。 そして、今回の料理で主役となる雌の越前蟹が用意されました。 1人1杯ずつですので、彼氏様の分も含めて2杯写っているのですが、雌の越前蟹でも越前蟹のブランドタグが付けられています。
 
こちらが甲羅を外して頂いて、出して頂いた外子と言われる部分になります。 雌蟹には雌と言う事もあって卵巣がありますが、外子や内子と言う卵の部分が食べられるようになっています。 てっきり、ここから先は自力で身を解して食べるのかなと思いきや、店主の方から、「今から、食べやすくなるように、身を解します。」と言われました。 そして、身が解された雌の越前蟹になります。 外子が一番上に乗っていますが、「その下には内子や脚や胴の身も解されて入っています。」と言われました。
 
掲載している写真のように、外子を動かしてみると、中には脚の身も入っていました。 正直、雌の蟹でここまで太くて立派な脚の身は生まれて初めて見ましたが本当に感動物です。 こうして、雌蟹ではありますが、越前蟹を食す事が出来て本当に良かったと思います。 ちなみに、鮮度の良い越前蟹は酢を使わずに薄い塩味のまま食べるのだそうです。
 
雌の越前蟹の次に出て来たのが、粒貝と自家製の浅漬けになります。 粒貝は酢味噌が付けられていましたが、歯応えがあって美味しくて、自家製の浅漬けは私には若干塩辛かったかなと言う感じでしょうか。 粒貝の方が印象に残ったと言う料理になります。 女将の方が、「この後に出て来る蟹雑炊を入れても、料金は10000円にはならないのですが、何か料理を追加しませんか。」と聞かれたので追加した料理は、何と、鮑の御造里になります。
 
流石は彼氏様に、「下手に夕食付きのホテルや旅館に行くよりも、地元の地店で食事した方が良い物が食べられる。」と言われた事は当たっていました。 さて、締めの料理となる越前蟹の蟹雑炊が出て参りました。 何と、こちらの蟹雑炊は、雌の越前蟹を丸ごと1杯を使ってそれを出汁や具材にしているそうです。 今まで御飯物が無かったので、本当に楽しみです。 越前蟹の蟹雑炊は、このようにして、1名分に取り分けられました。 味付けとして酢が使われるのですが、本当に美味しくて贅沢な雑炊になります。
 
こうして、越前蟹の料理や鮮魚の料理を食べましたが、本当に、これだけ食べる事が出来て1名当たりの料金が10000円丁度と言う事に感動しました。 夕食が終わってからは、コンビニに行きましたが、宿泊施設に戻って気が付いた事とは、彼氏様と御泊りする時には欠かさず購入しているジャスミン茶を購入し忘れました。 宿泊施設に戻ってからは酒宴を行って適度に時間を過ごしましたが、こうして、1日目の日程が終わる事になりました。

晩秋の越前路・旅紀行(その5)「アネックスホテル福井」の「二ノ丸グリル」での朝食。

さて、1日目の旅程が終わって、2日目、詰まり、2013年12月1日になりました。 この日はチェックインする時に朝食の時間を8時30分で予約を行ったのですが、思ったよりも早く目覚めてしまいましたので、朝食までの時間を冷蔵庫に入っているおつまみを食べながら過ごしていました。 そうしていても、まだ朝食まで時間がありましたので、朝に風呂に入ったりと言う感じで時間を過ごしていると、ようやく、予定時間の15分前になりましたので、2階にある「二ノ丸グリル」と言う名前の店舗に向かって行きました。
 
掲載している写真が、「二ノ丸グリル」の入口になります。 外観は御洒落なバーのような感じになっています。 「二ノ丸グリル」の中に入ると、このようにしてカウンター席も用意されています。 夜に行くと酒を愉しむ場所と言う事になっているようです。 このようにして、酒類のメニューが黒板に書かれています。 1日目は衣装体験も行いましたので、体力的な疲れもあって夕食後はすぐに部屋に戻りましたが、戻らずに酒を愉しむと言う事も出来たと言う感じになります。 カウンター席の他には、テーブル席も用意されています。
 
スタッフの方には、「テーブル席でお好きな席にどうぞ。」と言う事でしたので、テーブル席の中から選んで行こうと思います。 「二ノ丸グリル」の店舗の奥には、このようにして、ピアノが置かれています。 他にも、このようにして御洒落な雑貨類が置かれてあります。
 
壁面にも、掲載している写真のように、調理器具や雑貨や食品類の容器が置かれています。 見ていて御洒落に感じます。 そうこうしているうちに、時間になりましたので、ピアノの近くのテーブル席を選ぶ事になりました。 朝食が洋食の定食なのか、箸も置かれていますが、洋風の設えになって置かれる事になりました。
 
まず最初に、オレンジジュースとコーヒーが一緒に用意されました。 洋食の定食なのに、オレンジジュースとコーヒーが一緒に用意されるとは何とも贅沢なような感じがします。 続いて、定食が用意されました。 トーストにサラダ、ヨーグルトにミネストローネのスープが用意されました。
 
先程の、オレンジジュースとコーヒーを一緒にして構図の中に入れて撮影を行いました。 これだけの朝食が付いていて、少し前の記事に書いた、ツインルーム2名1室で1泊5800円と言うのは本当に良心的です。
 
こうして、朝食を十分に味わいましたが、私は普段からトーストの朝食ですので大満足でしたが、彼氏様は「洋食の定食も良いけど、強いて言えば、旅館のような和食の定食が良かった。」と言う感想でした。 朝食を食べ終わると、客室に戻りましたが、客室の机に置かれているファイルの案内に永平寺行きの特急バスの時刻表がありましたので、バスの時刻表に合わせるように、少し早めにチェックアウトを行うのでありました。

晩秋の越前路・旅紀行(その6)いざ、特急バスで永平寺へ向かって伽藍を拝観する事に。

「二ノ丸グリル」で朝食を食べてからは客室に戻りましたが、永平寺行きの特急バスの時刻表を見て、10時50分でしたので、それに合わせるように、本来のチェックアウト時間よりも少し早めに宿泊地を出る事になりました。 福井駅東口には、えちぜん鉄道の福井駅の隣に、京福バスの案内所が置かれていて、その場で、永平寺行きの特急バスの切符を購入する事になりました。
 
永平寺行きの特急バスに乗って、永平寺に向かう事になります。  バスに乗る事、約30分ですが、永平寺門前まで無事に特急バスが到着して行きました。
 

永平寺門前のバスの降り口の所に戻って参りましたが、このように奥に続いている参道が続いています。 先程の降り口から左側にある掲示板の部分になります。 2013年12月の予定が書かれてあります。 参道を歩いていると、いきなり、これだけの大規模な御堂が現れました。 流石は、大規模な寺院と言うだけあります。 先程の御堂と殆ど棟続きになっているような感じで、さらに大規模な御堂が現れました。 参道を歩いていると、「永平寺全景」と書かれている看板が見付かりました。 絵を見る限りではかなり大規模な寺院に感じて来ました。 流石は、曹洞宗の本山と言う感じです。
 
流石に12月に入っている上に山の中ですので、紅葉が無くなっているのかなと思っていましたが、まだ少しだけですが残っていました。 さて、ようやくですが、永平寺の伽藍の入口に到着しました。 拝観券を購入して内部に入って行きます。説明の時に永平寺の僧侶の方から、「修行中の僧侶の方々には、デジカメやスマートフォンを向けては行けない。」と言われるそうですので、その点を考慮しながら撮影を行います。
 
さて、永平寺の伽藍の入口から拝観料を支払って、内部に入る事になりました。 伽藍の入口から内部に入ると、中庭的な場所に出て来ましたが、大規模で名のある寺院と言うのもあって、引き締まった空気に包まれました。
 
御堂の前には、このようにして、賽銭箱と線香を捧げる場所があります。 黒色の漆が塗られている所に存在感が強いかなと思います。 総受所と言う名前の御堂の中に入ると、芸術作品が展示されている棚がありますが、その中には、山門の彫刻の作品が置かれてあります。 次に、順路の通りに進んで行くと、傘松閣の中に入って行きました。
 
天井の絵がかなり綺麗に描かれていて、思わず撮影を行いました。 撮影は通常に建物を撮影する分には禁止されていないので、広々とした空間を感じさせられました。 傘松閣の中にある、違い棚になります。 違い棚も良くある2列の物では無くて3列の物になっています。 そして、違い棚の隣にあるのが、布袋の木像になります。 木像ですが、濃い漆の色が印象的です。 布袋の木像の隣には、達磨の掛け軸が飾られています。 達磨の掛け軸と言う所が、流石は寺院での掛け軸かなと言う感じになります。
 
こちらの写真は、永平寺の第七十九世の禅師の物になります。 流石に風格のある見栄えになっています。 先程の、永平寺の第七十九世の禅師の写真の下に置かれていたのが、青銅製の香炉になります。 傘松閣の室内の写真になります。 先述の天井画の空間の下には、このような落ち着いた和の空間が広がっています。 「傘松閣」と刻まれている額の撮影も行いました。
 
こうして、傘松閣の見学が終わると、順路に従う形で移動すると言う事になりました。 順路の途中にはこのような感じでトイレの扉も置かれていますが、周囲の風景に溶け込んでいて、それらしさを感じさせない場所ではあります。
 
さて、永平寺の傘松閣や東司を順路の通りに通って行きましたが、続いて、山門を通る事になりました。 勿論、通る側になりますので、この時点では山門の写真が無い状態でしたが、山門から見える風景である中雀門と仏殿の撮影を行う事になりました。 こちらが、山門側から見た中雀門と仏殿の撮影を行った物になります。
 
掲載している写真が、山門の中にある四天王の木像になります。 右側から、西方の四天王の木像と、南方の四天王の木像が鎮座してあります。 掲載している写真が、同じく、山門の中にある四天王の木像になります。 こちらの写真では、右側から東方の四天王の木像と、北方の四天王の木像が鎮座してあります。 山門の外側には、このような青銅製の水盤も置かれてあります。
 
山門側から見た状態の構図ではありますが、これから向かって行く、浴室や大庫院のある方向を見て撮影を行ってみました。 それでは、山門から、大庫院のある場所へ階段を登って行こうと思います。 流石に寒冷地の寺院と言うのがあってなのか、階段なのに、完全な屋内に作られてあります。 大庫院のある側の回廊から、僧堂の方向の撮影を行いました。 僧堂だけに、修行中の僧侶も時々出て来ますので、修行中の僧侶がいない時を狙って撮影を行いました。
 
中庭に堂々と立っている1本の常緑樹が、キリスト教の教会の回廊にクリスマスの時期に立っている樅の木のように神聖な感じがして来ました。 大庫院の一室にある仏像になります。 仏像の規模に対して、それを覆っている御堂が大きいかなと感じられます。 大庫院の主室になります。 奥には秘仏があって、その手前には様々な仏具で飾られています。 かなり荘厳な雰囲気の部屋になっています。 仏殿のある側から見た、山門の風景の撮影を行いました。 このようにして、途中に中雀門が入って来ますので、山門らしい風景にはなっていないと言うのがあります。
 
仏殿の内部の撮影を行った物になります。 流石に本堂に近い存在の建物と言うだけあって、仏像を取り囲む仏壇もかなり立派な物になっています。 仏殿からさらに順路通りに進んで行くと、白山水と書かれている部屋が見えて来ます。 永平寺の僧侶達が、日々の生活にも仏事にも使われている水になります。 白山水の所から順路通りに回廊を歩いて行くと、承陽殿のある場所まで辿り着けます。
 
承陽殿の中には結界に囲まれた漆塗りの階段がありますが、この奥には道元禅師の御廟があると看板に書かれています。 承陽殿のある場所から見た、承陽門の撮影を行った物になります。 遠くには仏殿が見えているようになっています。 承陽殿の近くの建物になる、孤雲閣の建物の内部の撮影を行った物になります。 この場で、一般の参拝客の場合は、参拝順路から参拝帰路と言う事になって、帰る方向の道を通って行くと言う事になります。 そして、再び、山門のある所に戻って来ましたが、進んでいる方向が逆になりますので、鐘楼堂の建物が見えて来ましたので撮影を行いました。

  
この後は参拝帰路として、宝物殿を見ましたが、宝物殿は撮影が禁止でしたので、撮影は当然行わずに、宝物をじっくり見てから、永平寺の境内をを出ると言う事になりました。

晩秋の越前路・旅紀行(その7)2日目の昼食、「永平寺そば亭一休」で伝統の永平寺そばを愉しむ。

永平寺の拝観が終わりましたが、丁度、昼食を食べる時間と言うのがありましたので、帰りのバス停の乗り場の近くまで戻る事になりました。 バス停の乗り場の向かいには、丁度、永平寺蕎麦の店舗がありましたので、そこで、昼食を食べようと思って中に入るのでありました。 ちなみに、今回の「晩秋の越前路・旅紀行」では最後となる食事の場面の紹介になります。 こちらが、昼食を食べようと思って訪ねた店舗である、「永平寺そば一休」になります。 ちなみに、こちらの店舗では京福バスと提携されているのか、帰りの永平寺特急のバスの切符も売られています。
 
店内に入ると、雑貨類が並べられていて、永平寺の名物である胡麻豆腐も売られています。 店員の方に聞いてみると、「食事の方々の席は2階にあります。」と言われましたので、2階の部屋に上がって行く事になりました。 2階の部屋は落ち着いた雰囲気になっています。 店員の方に聞いてみると、「空いている席であればどの席に座っても構わないですよ。」と言われました。
 
こちらは、テーブル席になります。 こちらでも良いかなと思っていましたが、他にも席がありますのでそちらの席も見てみます。 こちらの席は座敷席になっています。 脚が適度に疲れていた私達は、こちらの席を選ぶ事になりました。 メニューは、このように簡素な物が用意されましたが、彼氏様と一緒に「伝統の永平寺そば」を注文する事になりました。 待つ事、約10分ですが、伝統の永平寺そばが用意されました。 流石に、有名な寺院の門前と言うのもあって精進料理の御膳になっています。
 
こちらが、中心的な食べ物である永平寺そばになります。 蕎麦は冬でも冷たい物が出されますが、一緒に付いている蕎麦汁に胡麻を混ぜるのが永平寺そばの特徴だそうです。 こちらが、先程の永平寺そばに一緒に付いている蕎麦汁と胡麻と紫蘇湯になります。 紫蘇はアレルギーですので、残念ながら飲む事が出来ませんでした。
 
こちらも、永平寺名物の胡麻豆腐になります。 胡麻豆腐にはなりますが、余り、胡麻の香りはが強く無くて薄味である印象があります。 こちらは、精進料理らしく、山菜と椎茸と筍と野菜と高野豆腐の煮物になります。 こちらは、胡麻団子になっています。 やはり、市中に売られている胡麻団子に比べると甘くも無く味付けが薄いのか、実際に食べる時には残った蕎麦汁と一緒に食べる事になりました。
 
最後に撮影を行ったのは、永平寺そばの薬味と天麩羅になります。 個人的にはこちらの野菜の天麩羅が一番美味しかったです。 油の質が臭味も無くて新しい印象がありました。 こうして、伝統の永平寺そばを食べましたが、個人的にはもっと腰のあるそばの方が好きですので、「その点が、若干惜しかったかな。」と言う感じです。
 
こうして、会計を行っている時に、一緒に帰りの永平寺特急のバスのチケットを購入しましたが、次のバスは13時30分ですので、それまでの時間の間に彼氏様と一緒に御土産を見て行きました。 そして、バス乗り場でしばらく待っていると、帰りの福井駅東口に向かう永平寺特急のバスがやって来ましたので乗る事になりました。

晩秋の越前路・旅紀行(その8)「養浩館庭園」の紅葉と御茶屋の風景を愉しんで大阪への帰路に付く。

帰りの永平寺特急のバスで福井駅東口に戻って来ましたが、そこから、今度は西口に出てタクシーを利用して「養浩館庭園」まで向かう事になりました。
 
掲載している写真の構図が若干良く無いですが、こちらが「養浩館庭園」の入口になります。 右側の門から内部に入る事になります。 庭園の中に入ってみると、このような感じで紅葉が十分な位に残されていました。 流石に、山間にある永平寺とは違っていて、福井市内ともなると、まだ紅葉が残っていると言う感じになっているようです。 御茶屋の建物が見えて参りました。
 
庭園の順路通りに進んで行っていますが、まだまだ紅葉も残っている状態です。 適度に紅葉してある木を見付ける事が出来ました。 赤色の紅葉と、黄色の紅葉と、常緑樹が綺麗に混じっていて綺麗な物になっています。 先程の木とは違う物になりますが、黄色い紅葉になっています。 黄色なので、銀杏の木かなと思いきや、桜か何か木の紅葉した状態になっています。 清廉が立てられてある場所が見えて来ました。 こちら側の木は常緑樹になっているのか、紅葉している木は殆ど見当たらなかったです。
 
さらに、順路通りに進んで行きましたが、この場所にも紅葉している木があります。 黄色の紅葉と赤色の紅葉と適度に混じって見栄えがします。 こちらは、寒冷地特有の「雪吊り」が行われている松の木になります。 庭園の中の橋になります。 普通の石の橋に藁が敷かれていて固定されています。
 
さて、順路を端まで進んでいると、清廉の表側が見えて来ました。 こちらにも黄色の紅葉の木が少しですが混じっています。 上の方を見上げてみると、黄色く紅葉されてある木々が綺麗に残っています。
 
さて、順路から帰路と言う感じで、戻って参りましたが、再び御茶屋の建物の近くに戻って参りました。 こちらの位置からの風景が一番綺麗なのでしょうか。 赤色に紅葉された木が入っていて綺麗に撮影を行う事が出来ました。
 
先程までは、「養浩館庭園」の外周を順路通りに廻って、紅葉を愉しんでいましたが、今度は御茶屋の建物内に入っての風景を愉しもうと思って、御茶屋のある建物を目指して向かう事になりました。 こちらが、「養浩館庭園」の御茶屋の建物の入口になります。 御茶屋の入口に入ると、眩しい程に綺麗に紅葉している木が立っています。
 
正直、この木が一番色的にも綺麗に紅葉しているかなと思います。 さらに、御茶屋の建物側の庭園への入口が見えて来ました。 こちらも、雰囲気が出ていて良い物になっています。 庭園への入口を覗いてみると、御茶屋の建物と紅葉が綺麗に合わさっていて良い風景になっています。 御茶屋の建物の入口を裏側から撮影を行うと、このようになります。 やはり、紅葉している1本の木が綺麗になっています。
 
さて、御茶屋の建物に靴を脱いで入る事になりました。 このように武家屋敷を彷彿させられるような板敷の和室が広がっています。 御茶屋の建物の和室の風景になります。 雪洞に見立てた照明が味を出しています。 御茶屋の和室は、このようにして板敷の部屋と畳敷きの部屋と2種類存在していて、それぞれが良い味を出しています。 こちらの写真は、板敷の部屋の窓からの風景が見えています。
 
奥の小さな部屋は、何と、御風呂になります。 江戸時代初期の風呂の形式である蒸し風呂が外見だけではありますが再現されています。 さて、ここに来て、ようやく御茶屋の窓からの風景と言う事になりますが、御茶屋の窓から庭園の風景の撮影を行いました。 紅葉になっている木と、常緑樹が適度に混ざっている風景が広がっています。 こちらの窓からも、綺麗な風景が見えて参りました。 丁度、穴場的な場所と言うのがあって混雑していなくて、時々、アマチュアカメラマンの方が撮影に来られていたと言う感じになります。
 
掲載している写真のような感じで、池に直接面している状態で建物が立てられています。 現代になってからの再現された建物ではありますが、風情が出ていて良い印象があります。 こちらも、窓からの風景になります。 丁度、この時は天候も晴れていて、水面も綺麗でしたので、水面にも綺麗に庭園の風景が映し出されています。 窓から御茶屋の建物の外側の撮影を行った物になります。 やはり、雰囲気が出ていますので、平安装束とは行かなくても着物の散策会でも良いのでイベントが組まれると嬉しいかなと思っていたりします。
 
掲載している写真の部屋は、先程とは違う和室になります。 こちらの部屋にも掛け軸が掛けられていて、生け花も置かれていますが、掛け軸には「敏徳」と言う文字が描かれています。 さらに回廊を進んで行くと、御茶屋の入口に戻って来ますが、その手前には、鶏の絵が描かれている襖絵があります。 こうして、「養浩館庭園」の御茶屋の建物内の風景を十分に楽しんでからは、急に雲行きが怪しくなりましたので、タクシーで進んで行った道を覚えていましたので、それに従う形で、急いで、福井駅に戻る事になりました。
 
さて、雲行きが怪しくなりましたので、一度、福井駅に戻りましたが、雨が降って参りましたので、予定より早い列車ではありますが、私も彼氏様も列車を変更してと帰る事になりました。 帰りの行き先が変わりますので、彼氏様とはこ場で現地解散と言う事になりました。 私は、運良く早い列車の空席が空いていましたので、早く帰る事になりました。
 
こちらが、福井駅の中の看板になります。 流石に写真が何も無いと言うのは殺風景でしたので、看板の撮影だけは行いました。 こちらが、帰りの列車になる、特急サンダーバード30号になります。 さて、その特急サンダーバードが入線して参りました。 席が通路側しか空いていないと言う事を知っていましたので、混んでいると言う事は既に承知でしたが、本当に混んでいて、車内の撮影も何もする余裕がありませんでした。
 
列車は流石に早いのか、約2時間で大阪駅に到着する事になりました。 行きの列車よりもやはり早い印象がありました。 さて、大阪駅に到着しましたので、看板だけ撮影を行う事になりました。 先程まで乗っていた、特急サンダーバードの車体ともこれにてしばしのお別れになります。 8編に渡る内容の「晩秋の越前路・旅紀行」ですが、御名残り惜しいのですが、これにて完結と言う事になります。