平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行

こちらの「御所社乃森」ですが、徳島県阿波市に存在していて、平安装束の趣味の方々には、寝殿造りの平安時代の御殿を再現した建物の旅館として存在していて、その平安時代の御殿を再現した空間で、十二単の衣装体験を行ったり、その十二単姿で薫物や三種香や投扇興と言った平安時代の文化を体験出来ると言う一種の「憧れの旅館」と言う存在になっています。
 
私も2007年に本格的に、平安装束の趣味の世界に入って行きましたが、その当時から何時は行ってみたいと思っていた所、幸運にも思い始めて約3年後の2010年10月26日から10月27日の1泊2日の日程で訪問を行う事が出来る事になりました。
 
「御所社乃森」への旅行は、その後、2014年にも、「独身時代最後の我儘旅行「御所社乃森」再訪」でも訪問していますが、まずは、初訪問となった2010年10月26日から10月27日の1泊2日での旅行記を見て下さると幸いで御座います。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その1)いざ、徳島県へ、四国八十八箇所廻りの霊場の寺院の参拝を行う事に。

2010年10月26日、待ちに待った、「平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行」の旅程が始まって行きました。 私が、現在住んでいる自宅から高速鳴門までは「湊町バスターミナル」から高速バスにが存在していて出発するとあっという間に徳島県内に到着と言う感じになります。 荷物を抱えて高速鳴門のバス停を降りると、黄色い小さなケーブルカーのようなモノレールのような乗り物がありました。 「すろっぴー」と言う名の乗り物で、高速鳴門のバス停から待合室兼観光案内所までを繋ぐ物になっています。
 
「御所社乃森」のスタッフの方から言われていた時間の13:00にはまだ余裕があったので、待合室の近くに経っている喫茶店で軽く食事を致しました。 高速鳴門のバス停の近くでは唯一と言って良い程にある飲食店で、内容はオムライス等卵料理が中心になっていて、日替わりのランチメニューとして設定されているクリームソース仕立てのオムライスを注文しました。
 
食事が終わると、丁度良い時間になりました。 どの車種でどの色の車かを聞き忘れていましたので、「御所社乃森」の運転手のスタッフの方に電話して訊ねてみると、近くにグレーのメタリックのワゴン車が停まっていて、それに乗っている運転手のスタッフの方が迎えて頂けました。
 
送迎車に乗せられた私は、運転手のスタッフの方から「寺社仏閣の観光が希望でしたら、四国八十八箇所参りのごく一部ですがそれらの寺院を紹介させて頂きます。」と言われて、第一番霊場の霊山寺に向かって車が進んで行きました。 そして、しばらく進んでいると第一番霊場の霊山寺に到着しました。
 
何時もの旅行や歴史祭のついで観光の時は、時間が許す限り観光地に出掛けますが、今回ばかりは、少しでも早く、「御所社乃森」に入りたいとの想いで一杯でしたが、準備の関係もあり、スタッフの方に連絡を取って頂きながら、事前に「御所社乃森」に宿泊予約をした際に観光場所の希望を尋ねられたので、その際に神社仏閣等の名所旧跡廻りで御願い致しましたので、「四国八十八箇所巡り」の霊場をいくつか案内して頂くと言う内容になりました。
 
山門が、霊山寺の表の入口になります。 こちらの入口は「第一番霊場」と言うのもあって、「お遍路さん」の衣装を身に着けた人形があったり、「お遍路さん」御用達の衣装や杖等の品物が取り揃えられています。 霊山寺の庭になります、小さいながらも池がとても美しい庭園になっています。 そして、仏像に対して祈りを捧げて行くと言う事になります。 手もこちらの方で清めさせて頂きました。 池の真ん中に燈籠が立てられていると言うのが何とも御洒落になっています。 そして、本堂の参拝を行うのでありました。 これからの旅の無事と「御所社乃森」での充実した日を望んで祈る事になりました。 最後に、本堂のある側から庭園と山門の撮影を行いました。 小規模ながらも存在感のある寺院で個人的には愉しむ事が出来ました。
 
この後は、一度、送迎車に戻って乗せられてからは、第二番霊場の極楽寺のある方角へ送迎車が向かって行きました。 しばらく道を走っていると朱塗りの山門が綺麗な寺院に到着しました。 この寺院こそが、極楽寺と言う名前の寺院になります。
 
極楽寺の仁王門になります。 朱塗りの立派な門になっていて、四国八十八箇所参りの第二番霊場としての雰囲気が漂っています。 仁王門を潜り抜けた場所には、招福弁天の社が立っています。 手水舎は脇に置かれている石碑を読んでみると中国式の手水舎になっているらしく、屋根も中国的な石の彫刻の物が付いています。 しばらく進んで行くと、石碑のある場所や極楽寺の庭園が見えて参ります。 庭園には、蘇鉄の木々が立っていたり等でこの場所が四国と言う南国であると言うのが感じさせられます。 さらに奥に歩いていると、石仏が建てられてある場所に出て参ります。 こちらの仏像は釈迦如来の物になっています。 また、弘法大師の御手植えの長命杉になります。 根元の部分のみが写っていますが、かなりの大木で、そして、古木であると言う事が分かって来ます。 本堂のある側へ向かって歩いて行くと、「四国代参安養講」、「大阪上町護摩講」の文字が刻まれている門が見えています。 こちらが、一願水掛不動尊になっています。 たくさんの願い事は聞いて下さらないが、願を立て自身も精進する事を誓った、たった一つの願いを聞いて下さると言う水掛不動尊になっています。 私も、こちらの一願水掛不動尊に御祈りを行って参りました。 他にも薬師堂の建物があります。 通常の時には扉が閉じられていますが、この場でも賽銭を投じて旅の無事を願うのでありました。
 
こうして、極楽寺の参拝を終えると、運転手のスタッフの方が時計を見ながら、「御所社乃森」にチェックインをするべきなのか、もう1箇所、寺院を見物させた方が良いのかでスタッフの方と電話で話し合っていました。 そして、まだ、準備が出来ていないと言う事で、「第七番霊場の十楽寺に案内します。」と言われて、送迎車に乗り込んで第七番霊場の十楽寺に案内して頂きました。
 
写真に掲載している門が、十楽寺の龍宮門になります。 赤色に塗られている龍宮門の上にある建物が印象的な物になっています。 こちらが、遙照殿の建物になっていて、寺院の門と兼ねている造りになっていて、門の上に配置されています。 手水舎は岩から溢れて落ちて来る水を掬うような形の物になっています。 十楽寺の本堂も見えて参りました。 流石は「四国八十八箇所参り」の霊場だけあって、重厚な雰囲気が出ています。 勇ましい雰囲気の石仏は、戦没者の慰霊碑になっています。 石にこれだけ深く刻まれている彫刻と言うのが印象的で撮影を行いました。 仏像は、泉州光明講の追悼之碑になっています。 石の上に乗せられている仏像が印象的な物になっています。 地蔵のような仏像もありますが、屋根が覆い被されていて、他の仏像よりも一段と信仰が篤くなっているようです。 時間の都合上、寺の境内のみを散策していて、本堂を参拝して行くのでありました。 本堂から欄干のある場所に出てみました。
 
十楽寺の参拝が終わると、送迎の運転手のスタッフの方から、宿へのチェックインが可能な時間になった事を言われて、十楽寺から車に乗る事約5分ですが、車道の左側の窓から木の壁に囲まれた「寝殿造」の建物や神社らしき建物が見えて来ました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その2)「御所社乃森」の敷地内へ、現実世界から平安時代の設定の寝殿への移動に。

さて、少しの時間ですが「四国八十八箇所廻り」の第七番霊場の十楽寺を見物してから、送迎用の車に乗り込んだ時に送迎の運転手の方に、「もう宿の準備が出来ましたので向かいましょう。」と言われて車で約5分の距離ですが、左側の窓から眼下に木の壁に囲われた「寝殿造」や神社風の建物が見えて来ました。 そう、この建物こそが「御所社乃森」なのです。
 
車は細い道を左に曲がり、御所社乃森の駐車場で停まりました。 早速、客室担当のスタッフの方が待機していてトランクに入れさせて頂いていた衣装や小道具が詰め込まれた重い荷物を手に持って建物内に運んで頂きました。
 
そして、御所社乃森の承明門に入って行きました。(「御所社乃森」内の詳細の施設の呼び名は「社乃森案内図」から参照にさせて頂いています。) 承明門が開かれてからは、別世界のような風景が広がっていて、初めて訪問をした身としてはただ、驚かされています。 中庭に入って行って、礼幸橋が見える場所に行きました。 礼幸橋は赤色に塗られていて綺麗な見栄えになっています。 そして、さらに敷地内を進んで行きます。 遠くにはスタッフの方と女将の方が待機している姿が見えて参りました。
 
フロントとロビーの設備も兼ねている香絋殿が見える場所に入って行きました。 香絋殿の門は私を待っていたのであろうとと言うばかりに開かれています。 そして、香絋殿の入口に到着しました。 巫女装束姿のスタッフの方と女性神職の衣装姿の女将の方が私に向かって「ようこそ、御越しになられました。」と、挨拶がありました。 私一人に対して、女将の方と数名のスタッフの方々と運転手のスタッフの方と言う感じで、素晴らしい程の挨拶に感動しました。
 
香絋殿の入口に飾られている十二単を見て珍しい重ね色目に思わず目が留まりました。 紫色の表着に、白色の唐衣の十二単です。 やはり、珍しい色目になります。
 
「御所社乃森」の香絋殿から、客室担当のスタッフの方に案内を行って頂いて、回廊に出て、透渡殿の渡り廊下を進んで行きながら御所社乃森の昼の風景を撮影して行くのでありました。 最初に現れて来た風景は、「社乃森阿波神社」の社殿になります。 秋の季節の訪問ですので、木々が所々紅葉して来たり、葉が落ちて来たりしています。
 
次に、香絋殿の前の回廊を歩いていると、透渡殿の渡り廊下が見えて参りました。 本当に平安時代を強く意識している旅館だけあって建物も何もかも平安時代の物が再現されてあります。 透渡殿の渡り廊下に入ると、再び、「社乃森阿波神社」の社殿が向きをを変えて現れて参りました。
 
透渡殿の渡り廊下を進んで行くと、 眼の前には「社乃森阿波神社」の境内が見えていて、左の奥の方には寝殿が見えて来ています。 さらに、透渡殿の渡り廊下を進んで行くと、 奥の方には寝殿とその回廊が見えて参りました。
 
「社乃森阿波神社」の境内には舞台も用意されています。 敷物が敷かれていますが、この日はこの場所で、何かの出来事が行われるのかが気になります。 そして、舞台と、社乃森阿波神社の社殿が見える場所に移動して参りました。 写真に掲載している通りですが、このような角度で見ているとまた綺麗で雅やかに感じられて来ます。
 
今度は、寝殿の回廊を進んで行きます。 私が宿泊する客室は何処になるのか気になる所であります。 寝殿の客室を進んで行く事、数部屋ですが、「白梅(しらうめ)の客室」に到着しました。 こちらの客室が、2010年10月26日に私が宿泊する事になっている客室になります。 そして、「白梅の客室」の奥にある和室に案内されて、チェックイン用としての紙が用意されて、記入すると言う事になりました。 「皇紀2670年」と書かれてありますが、和暦でも元号和暦では無くて皇紀和暦が使われてあると言う事に新鮮さを感じさせられます。 早速、空欄になっている所を手書きで書いて行ってチェックインが完了して行きました。
 
そして、ウェルカムドリンクとしての御茶と和菓子とおしぼりが用意されて行きました。 和菓子は「御所社乃森」限定の物で、見た目は羊羹に近いですが、詳しく言えば羊羹の中に餅が入っているので羊羹では無くて饅頭と言う事だそうです。 御茶と和菓子を頂いた後に、再度、客室担当のスタッフの方に、これから体験する十二単の写真のファイルを持って来て頂きましたが、こちらの4種類の十二単から選んで行くと言う事になります。 「御所社乃森」に着用出来る形の十二単が存在している事だけは知っていましたがそれ以上の情報を知らなかったので、どの十二単にするのかでかなり迷いましたが、直感で選ぶと言う事になりました。
 
その十二単は、「唐衣紫菊折枝、表着白三ツ盛亀甲、打衣白、五衣梅染、袴濃色、裳洲浜の十二単であります。 後になって、個人のウェブサイトやブログを見ていると、こちらの十二単のみの設定の違いと言うのが分かるようになりました。
 
ちなみに、「御所社乃森」で着用する事が出来る小袿は、五衣を着る小袿では無くて、小袖に長袴を着付けられてその上から単と袿を重ねる感じになります。(こちらは約20種類前後の物があるようです。) こうして、平安装束の衣装体験を行う時の十二単が決まって、客室担当のスタッフの方から、「十二単の用意が終わる10分後にまたお迎えに上がります。」と言われましたのでその間に客室の内部の撮影を行うと言う事になりました。
 
最初に、「白梅の客室」の外扉を開けて内扉を開けている状態での空間の撮影を行いました。 几帳の脇にある白熱灯の明かりが何とも無く綺麗に出ています。 次に、客室の北側の明かりの撮影を行いました。 目立たない場所ではありますが、こう言う所にも明かりが置かれていると言う事に細かい演出を感じさせられました。 その次に、内扉を開けて中に入っている状態で撮影を行いました。 几帳には色付きの紋様が描かれていて、袿型の蒲団の端の部分も見えています。 正面に見えている扉は実は、鏡になっていて、扉を開けると大きな鏡が出て来るようになっています。 廊下の部分で、およそ、12畳位の大きさにはなっていると思います。 そして、几帳の撮影も行いました。 白色の地色に色々な色の紋様が描かれていて豪華に感じられました。
 
寝室の部分の撮影を行いました。 御簾の部分はこの旅行が終わってから自由に触れると言う事を知ったのですが、その事を知らずに来ましたので全く触らずに北側の部分以外は、上に上げている状態になっています。 寝室には、袿型の蒲団が1人分ですが鎮座してあります。 蒲団の色は薄黄色と言う感じでしょうか。 寝室の部分は、およそ、20畳の大きさはあるであろうと思われます。 そして、憧れに憧れていた、袿型の蒲団になります。 個人的には、もう少し鮮やかな色が希望でしたが、初めての訪問と言う事ですので我儘は言えません。 薄黄色の地色に紅色の有職紋様が織り込まれています。
 
今度は、和室のある方向に向かって撮影を行いました。 和室の座椅子の茵(しとね)も繧繝縁(うんげんべり)で何とも無く良い感じになっています。 和室は広縁の空間を合わせて7畳の大きさと言う感じでしょうか。 和室の側から寝室のある場所の撮影を行いました。 御簾を下げていないので、広い空間を生で味わうと言う感じになっています。
 
縁側に出てみました。 縁側も余裕のある造りになっていて、欄干の部分までの距離感はそこそこにあって、その向こうには柴垣が付けられていて、さらにその向こうには竹林が茂っています。 縁側の部分から客室の撮影を行いました。 和室の扉にも御簾が用意されていて、和室の扉の御簾と寝室の仕切りの御簾と言う感じで二重で光を遮る事が出来るようになっているようです。 殆どの御簾が上がっている状態ですので、和室から寝室まで綺麗に撮影を行う事が出来ました。 和室の扉の部分と縁側の欄干の部分の距離感の撮影も行いました。 暖かい日の場合はこの場で寛ぐのも良いかもしれません。 正確な計測は行えていませんが、洗面所とトイレとクローゼットで6畳、室内の風呂側の洗面所と室内の風呂で6畳の広さがあって、約50畳でしょうか。 その大きさは間違いなく広い部屋であります。
 
こうして、撮影を行っているうちに、客室の扉の方で鈴の音が聞こえて参りました。 何かなと思えば、扉に呼び鈴が付いていて、表側から出ている紐を引っ張ると音が鳴る仕組みになっているようです。 客室担当のスタッフの方が「十二単の用意が出来ましたので、御迎えに上がらせて参りました。」と言われました。 見栄えを良くする為にウィッグを持って行って、客室担当のスタッフの方に付いて行く形で、寝室の回廊を歩いて、数部屋隣の客室に案内されて行きました。

平安朝旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その3)十二単を纏って、平安時代の姫君のように雅やかな時間を過ごす事に。

十二単の衣装体験が始まると言う事で、客室担当のスタッフの方に付いて行く形で、寝室の回廊を歩いて、数部屋隣の「呉竹の客室」に案内されて行きました。
 
用意を行って頂いた十二単は、唐衣と裳、単から表着まで纏まっている物が用意されています。 後で知った事なのですが、井筒企画の「紫の縁」で使われている十二単と同じ物になっていると言う事です。
 
十二単は、客室の室内着の藤色の作務衣の上からスタッフの方に着付けられる形で、最初に濃色の襟が付けられて、白小袖が着付けられてその上から長袴を穿いて行って、裾除けが付けられて、単から表着までを一気に着付けられて、唐衣と裳が着付けられてから完成して行きました。 この間の時間は、僅か10分余りですが、様々な工夫が凝らされている十二単ではありますが、10分で着付けられると言うのが素晴らしい所であります。
 
ちなみに、手持ちのデジカメはスタッフの方が用意されている籠に、その他の撮影用の小道具類と一緒に入れて下さって撮影はスタッフの方に全て行って下さります。
 
最初に、「呉竹の客室」の中で撮影を行って頂きました。 大和絵の襖を背景に、立ちでの構図で篠笛を構えたり持ったりと言う状態の構図での撮影を行って頂きました。 続いて、檜扇を持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
今度は、座りでの構図で撮影を行って頂く事になりました。 座りでの構図で、檜扇を両手で持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 初めて着ている色目の物ではありますが、こちらの十二単を選んで正解と言う感じになります。
 
「呉竹の客室」で十二単を着付けて頂いてから、呉竹の客室の室内での撮影を終えて、寝殿や透渡殿の渡り廊下を背景に色々と写真の撮影を行って頂きました。 かなりの枚数を客室担当のスタッフの方や着付け担当のスタッフの方に撮影を行って頂けたのですが、「もっと撮影致しましょうか?」と言う感じでどんどん撮影を行って頂きました。
 
今度は、透渡殿の渡り廊下に向かって行きました。 透渡殿の渡り廊下で檜扇を閉じて、両手に持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 全体的に白色の部分が多い十二単ですが、引き摺って歩いて行っても汚れにくいと言うのは流石に手入れが行き届いているかなと思いました。 どのような構図でも綺麗に絵になるようで、出来上がった写真を見てはただ喜んでいる私の姿があります。 こちらの十二単が、後々に運命の出会いとなる事を知らずにこの時はただ、こちらの十二単を着ては撮影を行っては愉しんでいます。 ちなみに、前の項目で、こちらの十二単のみが他の物とは違う物があると言う事を書いていますが、それは、長袴の色がこちらの十二単のみ濃色の長袴になっています。
 
続いて、透渡殿の渡り廊下を進んで、曲がり角のある場所で、横向きの姿で立って、檜扇の要を右手に持って胸元で広げて、左手はその檜扇を支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 裳は当然白色なのですが、表着も白色になっていて、綺麗な十二単になっています。
 
「次は、深緑になっている木々のある場所で撮影を行いましょう。」とスタッフの方に言われましたので、透渡殿の渡り廊下を進んで行って、深緑になっている木々の前に案内をして頂きました。 「こちらの深緑の前でも、雰囲気のある写真が撮影出来ますよ。」とスタッフの方に言われましたので、その場で撮影を行って頂くと言う事になりました。
 
掲載している通りに檜扇の要を両手に持って檜扇を広げていてと言う感じで、本当に平安時代の姫君と言うような感じの写真になっています。 史実の平安時代の場合は、檜扇で視界を遮らない程度に顔を覆っているのでもっと隠しているのが本当の平安時代の姫君の姿になると言われています。 殿方は少しだけ見えている衣装や檜扇に描かれている絵で姫君の美しさを想像していたと言う事です。
 
こちらの深緑の木々は、春には枝垂桜の木になってまた違っている魅力が出て来る場所であるとスタッフの方に言われました。 春ですか、もし、再び、この場に行ける物であれば、次は春の桜の咲く季節に行ってみたいかなと思いました。
 
透渡殿の渡り廊下の深緑の背景にになっている場所で撮影が行われた後には、次に、勧められている撮影の場所として中庭の見える場所を勧められましたので、スタッフの方に言われるがままに中庭の見える場所に案内されて行きました。
 
中庭を背景にして、檜扇の要を右手で持って、檜扇で前を指すような感じで持って、左手は横に広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 曇り空がまた幻想的に見えて来ます。 風で裳が膨らんで来ていますが、そう言う風景が見られると言うのも、野外での撮影を行っているからであろうと思われます。
 
唐衣こそ紫色の十二単ですが、表着以下の白色の部分がやはり目立つようになっています。 承明門は全ての御客様が入ると閉ざされると言う事を聞いていましたが、写真を見ると本当に閉められています。 中庭の見える場所の最後の写真は、座りでの構図で檜扇の要を両手で持って檜扇を広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 座りでの構図でもせめてこの位の距離感は欲しいかなと思った瞬間でもありました。
 
その後、客室担当のスタッフの方から、「外の景色が暗くなりましたので、その背景でも十二単姿の撮影をしますが如何でしょうか?」と言われましたので、御厚意に預かる事になりました。 確かに、外の風景は暗くなっていて、昼の風景とは一変して来たと言うのがあります。 その風景の中で撮影を行って頂けると言うのは何と言う幸運であろうかと言う感じであります。
 
今度は、撮影用の小道具として自前の篠笛を用意致しました。 篠笛を両手に持って口に近付けている状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛を小道具にするとやはり、一種の難しさが感じられます。 袖の違いを見せると言う意味では、この位まで動かないと行けないと言う感じです。
 
今度は、演奏している状態とは完全にかけ離れていますが、右手に篠笛を持って構えて、左手は横に広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛を使用しての構図はこれ位で限界かなと言う感じになります。
 
今度は、座りでの構図で撮影を行って頂くと言う事になりました。 座りでの構図で篠笛を両手で持って口に近付けている状態の構図で撮影を行って頂きました。 本当に、今回の十二単の体験では最後の最後の写真になりますが、座りでの構図で篠笛を右手に持って構えて、左手は横に広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
次は、スタッフの方に、平安遊びである聞香を御勧めされましたので、スタッフの方に付いて行くと言う感じで食殿の部屋に案内されて行きました。

平安朝旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その4)十二単を纏って、平安時代の遊興に耽って、平安王朝舞を見て愉しむ時間へ。

こちらは、予約時に希望を言っての体験になりますが、十二単姿で着付け担当のスタッフの方や客室担当のスタッフの方に、食殿の一室に案内されて、予約していた「聞香」を体験する事になりました。 実を言うと「香物体験」は予約時に聞香と薫物の2種類から選べるようになっているのですが、迷いに迷った挙句、聞香を体験する事になりました。 聞香の体験中の写真撮影は聞香体験が行われる部屋に案内されて香道の歴史や聞香の説明が書かれている案内書や聞香で使用される解答用紙が用意されている状態の紙が置かれている所の写真の撮影までは許可が出ましたがそれらの写真のみ掲載していますので、何卒、御了承を御願い致します。
 
聞香の体験の前に撮影を行って頂きました。 座りでの構図で右手に檜扇を持って左手でそれを支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 続いて、右手に持っている檜扇を斜めに上げて、左手は脇に降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
聞香体験に先立って、日本での香道の歴史の説明が行われました。 簡単に言えばですが、先述にもありました薫物が平安時代に於ける香道に当たるもので、聞香は鎌倉時代から室町時代頃に成立した、現代で言われる香道の形の原型に近い感じです。 引き続いて、右手に持っている檜扇を立てて、香道の説明の案内書を見ながら、考え込んでいる状態の構図で撮影を行って頂きました。 聞香での撮影は以上の3枚になります。 今思えば、香道の説明の案内書だけでも撮影を行えば詳細の説明が出来て良かったかなと思っていたりします。
 
「御所社乃森」で行われる聞香は、初めての訪問での体験の場合は「三種香」と言って3種類の香木を無作為に選ばれた3つの和紙に包んでその中に入っている香木を香炉に入れてそこから薫る匂いを当てる物なのですが、答えの方法は3種類同じ、2種類同じ、3種類とも違う香木と言う合計で9種類の構成の中から答えを選ぶようになります。 現在の香道に近い形で、答えを書く欄は「香道」の特有の記号を使っての回答になります。
 
まずは、香炉の持ち方や使い方、香木の匂いの嗅ぎ方を客室担当のスタッフの方に教えて頂いてから、三種香の体験の本番に入って行きます。 それが終わると、いよいよ「三種香」の体験が始まりました。 まずは客室担当のスタッフの方が1つ目の和紙に包まれた物から香木を暖めて香りが出る状態になると香炉を私の方に渡されて香木の匂いを嗅ぐ事になります。 香炉から香木の匂いを嗅ぐのは3回前後になります。 それから香炉を客室担当のスタッフの方に返して2つ目の和紙に包まれた物から香木を暖めて香りが出る状態になる と香炉を私の方に渡されて香木の匂いを嗅いでと繰り返して3つ目の和紙に包まれた香木の匂いを嗅いだ時点で解答用紙に「香道」で言う所の記号を書く事になります。
 
私が匂いを嗅いだ香木は2種類が同じかなと思い、直感で「1つ目と2つ目が同じ香木、3つ目は違う香木」と記号を書きました。 ちなみに、解答用紙は男性の場合は名を漢字表記、女性の場合は名をひらがな表記で「子」が付く名前の場合は「子」を抜いた発音の名前をひらがなで書くそう です。 正解か不正解と言う意味では、1つ目の香木は沈香、2つ目の香木は白檀、3つ目の香木はこれまた白檀と言う事になりました。 結果は香木の組み合わせの違いで残念ながら不正解になりました。
 
「聞香」が終わってからは「「投扇興」の準備が出来ていますのでそちらの方に案内致します。」とスタッフの方に言われて、食殿から回廊を進んで香絋殿のロビーのある部屋に案内されました。 「投扇興」は台の上に銀杏の葉のような物と言った方が良いのか、そういう形の的に向けて扇を投げて扇や的の落ち方で点数が変わると言う物になっています。
 
配点は扇が的を落とすと通常の加点の配点で扇と的の位置関係で得点数が変わるようになっていますが、配点に関しては「源氏物語」で使われる表現を基に行われています。 ちなみに、減点の配点になる場合もあるそうで、その一例として的では無く台を倒したり飛ばしてしまったりすると減点の配点になるそうです。 2人以上で1室での宿泊の場合は、宿泊している方同士での対戦になりますが、1人で宿泊した場合は客室担当のスタッフの方との対戦になります。 今回「おひとり様」と言う事もあって後者が適用されます。
 
まずは、練習としてスタッフの方に「利き手」を聞かれて利き手に合わせた扇の投げ方を指導して下さいます。 私の場合は右利きですので右手に扇を持っている場合での指導が行われました。 投扇興の時には練習時と、投扇興が終わった後の時間で撮影が行われます。 扇を持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 扇を持って前に押し出すような形で、台の上にある的を当てると言う感じになります。 しかし、良く扇が飛んで行っている時に上手く撮影を行って頂いたと言う事を考えるとスタッフの方の撮影の腕も凄いかなと思わせられます。 扇を飛ばしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 今回は角度もかなり近いので当たっているであろうと思われます。 客室担当のスタッフの方とお互いにある程度慣れるまで練習してから投扇興の本番になります。 練習は三投でしたが、三投のうち二投は投げた扇が的に命中して行きました。 自分自身ではいわゆる球技は苦手だと自認していますが、この出来栄えに思わず驚きました。
 
さて、投扇興の本番です。 先攻と後攻が選べますが、初めてと言う事で先攻を選ぶ事になりました。 まずは私からになります。 まずは三投する事になりますが、一投目は見事に的に命中して、扇と的が離れていたので「花ちる里」と言う技名で1点の加点になりました。 二投目は当たらずで三投目は再び的に命中して、今度は、扇に僅かながらですが的が乗っていた形になりましたので「末摘花」の技名で2点の加点になりました。 次は客室担当のスタッフの方が同じく三投します。 三投のうち一投は的に当たり、私の三投目と同じく「末摘花」と言う技名で2点の加点になりました。
 
四投目と五投目は先攻と後攻で交互に投げ合います。 私の四投目は再び扇が的に当たりました。 今度は扇が的を覆うような感じで落ちましたがこれは「御幸」と言う技名で3点の加点になりましたが、スタッフの方の四投目も再び扇が的に当たって再びの「末摘花」の技名で2点の加点になりました。 最後の五投目を私が投げると外してしまいました、この状態で客室担当のスタッフの方が当ててしまったら負けるのではと思いつつ、スタッフの方の五投目を見る事になりました。 スタッフの方の五投目は見事に的に当たり「花ちる里」の技名になりました。 結果は、6対5と、1点差ではありますが私の逃げ切りでの勝利になりました。 この場で、スタッフの方々から「おめでとう御座います。」と言われて祝福されました。
 
「御所社乃森」では平安体験としては他に「百人一首」もあります。 参考意見になりますが、十二単姿での「投扇興」は腕や肩の負担は結構大きいです。 動き易さを重視されたい場合は小袿姿を御勧め致します。 但し、御客様同士の対戦の時には、同じ条件で対戦を行う方が良いと言う事で、女性同士での訪問であるのなら、同じ種類の平安装束を着られる事を御勧め致します。
 
「投扇興」で勝利を掴んで喜んでいるのも束の間ですが、次に、スタッフの方に「この後、舞の披露がありますので舞が用意されている舞台に行きましょう。」と言われて、透渡殿の渡り廊下を寝殿側に進んで行って、「社乃森阿波神社」の境内の毛氈が敷かれている舞台の前に案内されて行きました。 そろそろ御気付きであるかもしれませんが、この日の宿泊者は何と、私一人なのであります。 詰まり、「御所社乃森」の宿泊者が入る事が出来る場所は私一人占めと言うとてつもなく贅沢な状態と言う事なのです。
 
次は舞の披露と言う事ですが、この日の舞の演目は2種類ありました。 最初が「豊栄の舞」、次が「浦安の舞」と言う演目でした。 その場でも席が用意されていて、御茶と和菓子が用意されて、舞台の照明が整えられると舞の披露が始まりました。 何処と無く音楽が聞こえて来たのですが、何処から鳴らされているのであるのかは現在になっても分からない状態であります。
 
まずは、1曲目の演目になる「豊栄の舞」を見る事になり、千早を着て巫女姿になって、両手に榊を持っている2名のスタッフの方々が舞台に上がって参りました。 次に、両手に榊を持っている2名のスタッフの方々が、私のいる側に向かって来られました。 その次に、2名のスタッフの方々が両手に榊を持ったまま、私のいる側に向かって御礼が行われて行きました。 さらにその次には、豊栄の舞が開始されて行って、2名のスタッフの方々が榊を持っている右手を内側に持って行って、何も持っていない左手を翳して舞が行われています。
 
続いて、2名のスタッフの方々が左手を高く掲げて、天を見上げておられます。 今度は、2名のスタッフの方々が顔を俯かれて、榊を持っている右手を降ろして、何も持っていない左手を横に翳して、左足を前に出して舞が行われています。 そして、2名のスタッフの方々が大きく動かれて、立ち位置の入れ替えを行う所作がされて行きました。 引き続いて、 2名のスタッフの方々が、右手に持っている榊と何も持っていない左手を広げられて、舞が行われています。 最後には「社乃森阿波神社」の社殿に向かって榊を捧げると言うような構図で舞の披露が終演して行きました。
 
「社乃森阿波神社」の境内の舞台で、2名のスタッフの方々による「豊栄の舞」の披露が行われましたが、それに引き続くような形で音楽が変わって行って、十二単姿になられた女将の方が舞台に上がって来られました。 私の隣で、客室担当のスタッフの方が解説をされていたのですが、これから始まる舞の披露が「浦安の舞」になると言われました。
 
女将の方が檜扇を右手に持って、舞台に上がって来られました。 女将の方が着られている十二単は体験を行うのに最後まで迷いに迷った十二単になります。 そして、女将の方が檜扇を両手で持って、客である私の方に向かって一礼されて行きました。 女将の方が、まずは、檜扇を左手で開いて行って、浦安の舞の披露の開始になります。

 

今度は、女将の方が立ち上がって、両手を上に広げて行きました。 右手には檜扇を持たれています。 次に、女将の方が、右手に持っている檜扇を掲げて右側を向かれました。 十二単の袖の扱いの美しさに見ていて溜息が出て来ます。 今度は、女将の方が神楽鈴を右手に持って、その紐を左手で支える形で持って行かれました。 最後に、女将の方が右手に持っている神楽鈴を鳴らしながら、左手は神楽鈴の紐を持って客である私の方に向かって一礼が行われて、浦安の舞が終了になりました。
 
女将の方の舞の披露を見てからは、帰り掛けに少しだけ写真の撮影が行われて行きましたが、これにて十二単の体験が終了と言う事になります。 十二単の体験が終了になってからは、「呉竹の客室」に戻って、十二単を脱がせて頂いて、室内着に着替えて、「白梅の客室」に戻ると言う事になりました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その5)「御所社乃森」の「白梅の客室」の夜景を味わう。

「社乃森阿波神社」の境内の舞台での舞の披露が終わり、透渡殿の渡り廊下を渡って着付け場所として用意された客室「呉竹の客室」に戻りました。 十二単を身に纏っての「平安の姫君」の体験ですが、呉竹の客室に戻ると御名残り惜しい所ではありますが十二単が脱がされて衣装体験は終了となりました。
 
空の景色も夕刻が近付いて暗くなり始めて、客室である「白梅の客室」に戻りましたが、これから夕食まで時間が少しありますので、御湯殿に行こうか、それとも客室に残って撮影を行うかで迷っていました。  最初は、「白梅の客室」の外扉を開けてみた時の風景の撮影を行いました。 扉の前に白い紐が下がっていますが、こちらが呼び鈴の紐になります。 次に、「白梅の客室」の内扉を開けてみた時の風景の撮影を行いました。 室内は几帳とその脇の照明が見えていますが、確かに、周囲の外光が少なくなっているのか照明の力が強く感じられます。
 
さて、「白梅の客室」の内部に入って撮影を行いました。 廊下と寝室と和室が見えていますが、外が暗くなっているので、室内の照明だけで客室の内部が明るく照らされています。 寝室の背景の大和絵の部分が綺麗に写っています。 その次に、客室の北側の御簾の部分から覗き込むようにして、寝室の撮影を行いました。 寝室の檜の床も綺麗に手入れが行き渡っていて良い感じになっています。 さらにその次に、廊下に出てみました。 廊下からは几帳とその脇の照明が見えて来ますが、几帳の鮮やかな色合いと照明が綺麗に合っていて良い雰囲気を出しています。 続いて、寝室に入って、家具の撮影も行いました。 平安時代の設えが綺麗に出ていますが、夕方と言う事もあって周囲の明るさが適度に落ち着いています。 引き続いて、寝室から和室のある側に向けて撮影を行いました。 外はすっかり夜の風景になっていて、照明で照らされている光が全てになります。
 
今度は、和室から寝室のある側に向けて撮影を行いました。 寝室も室内の照明だけでの明るさになっていて、適度に落ち着いている明るさになっています。 次に、廊下から再び、和室のある側の撮影を行いました。 和室の漆塗りの机と座椅子が上品で落ち着いている雰囲気を出しています。 その次に、和室側の扉の撮影を行いました。 上には御簾が上げられていて、扉の外は完全に夜の景色になっています。 続いて、縁側に出て縁側から和室のある側や寝室のある側の撮影を行いました。 やはりですが、空間の大きさを感じさせられます。 最後に、夜景となってしまっている縁側からの風景の撮影を行いました。 本当に真っ暗になっていて、2010年11月当時の手持ちのデジカメではこの解像度と明るさで限界と言う感じになっています。
 
夕食までは、まだ時間もありますが、次は、折角の機会と言う事ですので、平安時代や女性神職を意識している室内着姿の状態で撮影を行う事になりました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その6)「御所社乃森」での室内着を愉しむ。

徐々に夕食の時間が近付いていますが、夕食までは、まだ若干の時間もありますので、次は、折角の機会と言う事ですので、平安時代や女性神職を意識している室内着姿で撮影を行う事になりました。
 
室内着姿になって、最初は立ち構図で撮影を行う事になりました。 強いて言えばですが、女性神職の装束の表着のように添え帯が欲しいかなと思います。 さらにその次に、右手に持っている舞扇を前に広げて出して、左手は斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行いました。 後ろにある袿型の蒲団の重厚さの方が印象に残ったと言う感じになります。
 
今度は、場所を変えての撮影と言う事になります。 右手に持っている舞扇を広げて顔の高さで煽いでいるような感じで持って、左手は斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行いました。 背景は袿型の蒲団に平安時代を意識した家具に御簾ですが、この並びがとても良く感じられます。 同じような構図でも背景を変えるとまた雰囲気も変わって来て良いかなと思った次第であります。
 
今度は、座りでの構図での撮影になります。 座りでの構図で舞扇を両手に持って広げている状態の構図で撮影を行いました。 舞扇が1振りあるだけでも雰囲気が色々と作る事が出来ますので舞扇は小道具として持って行って正解と言う感じになります。 最後は、足を投げ出して、右側に流すように出して、左側に傾いている状態で、右手に舞扇を持って広げて、左手は身体を支えるように降ろしている状態の構図で撮影を行いました。
 
そして、客室担当のスタッフの方が呼び鈴を鳴らされて、「夕食の準備が出来ましたので、御迎えに上がらせて頂きました。」と言われましたので、夕食を食べに透渡殿の渡り廊下を進んで食殿に向かう事になりました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その7)「御所社乃森」での夕食を味わう。

客室担当のスタッフの方が呼び鈴を鳴らされて、「夕食の準備が出来ましたので、御迎えに上がらせて頂きました。」と言われましたので、夕食を食べに透渡殿の渡り廊下を進んで食殿に向かう事になりました。 食殿の回廊も一度、平安遊びの時に通っているのですが、客室担当のスタッフの方に再度、食殿に案内されると、食殿も全室完全に個室で作られていた事にただ驚きました。 同じ個室でも居酒屋等の個室とは広さや壁の造り等でかなり雰囲気が違います。 料亭の個室が雰囲気的に近いかなと言えます。 私が、客室担当のスタッフの方に案内された食殿の部屋は「香緑の間」(こうりょくのま)になります。
 
「香緑の間」に入ると、既に前菜とおしながきが用意されていました。 部屋の広さは8畳程の広さになっていて、広い机は掘り炬燵式になっています。 その、掘り炬燵の縁に座椅子が置かれていると言う感じになっています。 最大の定員が3名で食事するのに、8畳はかなり広いかなと思われます。
 
ちなみに、食事する関係もあって、この時はウィッグも外して完全に地毛の状態です。 長さだけで言えば、平安時代で言われている髪型で言えば「尼そぎ」に近いと言えます。 また、掲載している写真の通りですが、足元は掘り炬燵になっていますが、脚が短い私に取っては、通常の座り方の方が楽ですので、脚は降ろさずに座っています。
 
最初に、客室担当のスタッフの方に飲み物の追加での注文を聞かれましたので、地酒と言う事で日本酒を注文しました。 おしながきを見ると、とにかく量の多さに驚きました。 季節に応じたメニューの構成になっていて、私が宿泊したのは秋と言うのもあって、菊酒や松茸、秋鯖、秋茄子と言う感じになっています。 また、宿泊の予約の際には、食物アレルギーに付いても聞かれますので、食物アレルギーのある方は予約時にその旨を伝えるとそれぞれに対応されたメニューの構成に変更されます。(ちなみに、私は梅と紫蘇がアレルギーですので、その旨を予約時に伝えています。)
 
最初から用意されているのが、食前酒である菊酒と、前菜である松茸白和え、秋鯖焼寿司、石垣真者(漢字が出て来ませんが酉の下に者)になります。 どの食材も初めて見るような物ばかりで、これだけ御洒落な食材や食器が出て来ると言う事で気分も高揚しています。 次に、スタッフの方に用意されて来たのが、吸物としての松茸の土瓶蒸しになります。 本当にこだわりの土瓶に入った具だくさんの松茸の土瓶蒸しが登場します。 見た目だけで言えば地方の正月の雑煮に近い感じです。 その次に、スタッフの方に用意されて来たのが、造里としての鯛の薄造りです。 純日本料理なのに、フランス料理のような盛り付けになっています。 この段階で、注文した地酒の日本酒も出されました。 真ん中に茗荷と紅葉おろしと鯛の皮の造りと酢橘と蒲公英の花が乗せられていて、それを囲い込むようにして、雲丹を巻いた鯛の薄造りが置かれてあります。
 
続いて、スタッフの方に用意されて来たのが、焼物としての秋茄子の秋刀魚味噌焼きになります。 こちらは茄子料理があまり得意で無い私にとっては味噌で味付けがしっかりとされていてとても食べやすかったです。 引き続いて、スタッフの方に用意されて来たのが、小鍋としての寄せ鍋になります。 寄せ鍋は「おひとり様」の大きさの小さな鍋で出て、予め用意されている固形燃料に火を付けて沸騰させると食べられる状態になります。 掲載している写真の通りに、固形燃料が燃え尽きるまで沸騰させると、野菜が柔らかくなって食べ頃になりました。 後は食べて行くだけですが、味がしっかり付いていて美味しい鍋になっています。 さらに引き続いて、スタッフの方に用意されて来たのが、揚物としての牡蠣豊年揚になります。 牡蠣に御飯の衣を付けて揚げている感じの物になります。
 
今度は、スタッフの方に用意されて来たのが、酢物としてのズワイ蟹と木ノ子撫おろし和えになります。 簡単に言えばズワイ蟹の酢の物と言う感じです。 この料理だけが唯一、徳島県や四国地方を彷彿させにくい物でしょうか。 蟹と言えば、日本海側の旅館の印象が強いですがそれでも鮮度が高くて美味しい物であります。 次に、スタッフの方に用意されて来たのが、御飯としての白御飯、止椀としての鯛あら汁と香物になります。 白御飯をスタッフの方が運んで来られましたが、何と、土鍋の釜で炊いた白御飯が運ばれて来ました。 白御飯は、食感はふっくらしているのに弾力性のあるそんな感じでした。 釜に入った状態なので、物理的には数回分はおかわりも出来ますが、既に他の料理で十分な量を食べているので最初に用意された分で御腹が一杯になりました。 鯛あら汁は、赤出汁の味噌汁に鯛のあらが入っていて、鯛の風味が香ばしい感じでした。 最後に、スタッフの方に用意されたのが果物としての季節盛り合わせと抹茶のアイスクリームが出て来ました。 果物の季節盛り合わせは柿と梨と巨峰になります。
 
度々、御茶も出て来て丁度良い温度になって飲んだら、再び、スタッフの方に持って来て貰ったりと言う感じでこれも美味しいですが色や味を知る限りでは焙じ茶であろうと思われます。
 
と、言う感じで食事も十分に堪能出来ました。 季節によって、若干、メニューが変わるそうですが、鳴門鯛や阿波牛と言った徳島の地元の食材を中心に料理が出て来ます  味付けは、どちらかと言えば濃い目の味付けです。
 
食事が終わると、女将の方が出て来ました。 女将の方は本当に上品な方で話は色々と盛り上がりましたが、私が部屋や衣装体験や建物や舞を色々撮影を行っていましたので、「将来、写真の個展を開かれるのですか?」とも聞かれたりしました。 そんな事を言われると、本当に写真展に応募したり、個展やグループ展を開きたくなってしまいます。
 
料理の陰に隠れがちですが、食器類もかなり上質の物が使われている感があります。 中には女将の方が自ら買い付けに行った食器もあるそうです。 床の間には、舞楽の衣装を着た人形の置物が置かれています。 食殿の部屋によっては、舞楽の衣装を着た人形の代わりに檜扇が置かれていたり等色々設定があるようです。 食事が終わると再び、透渡殿の渡り廊下を進んで本日の客室である「白梅の客室」に戻るのでありました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その8)「御所社乃森」での自前の打掛の衣装体験。

再び、透渡殿の渡り廊下を進んで行って、本日の客室である「白梅の客室」に戻って来ました。 既に料理を食べて満腹状態で、しかも、ほろ酔い気分で客室に戻りましたので酔いが醒めるまでの数十分は御湯殿に行くのはどうかなと思い、再び、色々と写真の撮影を行おうかなと思いました。 今までの記事でもウィッグや白色の小袖、袴、扇と色々小道具が登場しましたが、今度は時代設定が異なりますが、自前の衣装として持参して来た打掛と小袖になります。
 
小袖を着て、帯を締めて、その上から打掛を羽織りました。 打掛は婚礼用の中古品を購入して戦国時代の打掛のように袖の振りを短くするように仕立て直しして頂きました。 最初に、立ちでの構図で右手に舞扇を持って御皿に見立てて持って、左手は横に広げている状態の構図で撮影を行いました。 舞扇にこのような構図が出来るとは思わずに、予想外の写真が出来て個人的には満足しています。
 
今度は、舞扇を畳んで両手で持っている状態の構図で撮影を行いました。 袿ほど華やかではありませんが、こちらの打掛はそれなりには良い物になっています。 背景になっている几帳が何とも良い感じになっています。 几帳もそうですが、その脇に置かれている照明も撮影用の背景として良い物になっています。
 
衣装が変わると、客室が「平安時代を意識した寝殿造」よりも、「天下統一を成し遂げた戦国武将の御殿」のような雰囲気になります。 豊臣秀吉の正室の寧々なのか、徳川家康の側室の阿茶の局なのか、そう言う雰囲気に近くなって来ます。 打掛は打掛ですが、袖の振りを付けていない物ですので、戦国時代や安土桃山時代の衣装になっています。
 
次に、座りでの構図での撮影を行う事になりました。 座りでの構図で、舞扇を閉じて両方の手で持っている状態の構図で撮影を行いました。 2010年当時では、平安装束を購入する事は考えていなかったのですが、この場では袿の皆具が欲しいかなと思い始めたと言うのがあります。 さらにその次に、右手に持っている舞扇を煽いでいるような形で広げて、左手は斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行いました。 本当に、2010年当時に袿の皆具を手に入れていなかったと言うのが今となっては寂しいです。 最後に、右手に持っている舞扇を高く上に掲げて、左手は袖を目一杯に広げているような状態の構図で撮影を行いました。 安土桃山時代に登場する「聚楽第」の一室はこう言う雰囲気だったのでしょうか。
 
荷物こそ重くなりましたが、結果論ですが打掛も持って来て良かったと思います。 同じ客室なのにかなり後の時代のような雰囲気が強く出ました。 この場で、喉が渇いて来ましたので、冷蔵庫のある洗面所に向かうと言う事になりました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その9)いざ、湯殿へ、そして、平安時代の設えに囲まれての就寝へ。

自前の打掛の衣装体験の撮影が終わると、喉が渇いて来ましたので飲み物を取る為に冷蔵庫のある洗面所に向かう事になりました。 洗面所はこちらと室内の風呂の手前と2箇所に置かれてありますが、どちらも広くなっていて、鏡に映っている私の姿が隠せないようになっています。
 
前の項目にも少し書きましたが、消火器や冷蔵庫まで現代的な形を隠すように木製の格子戸に覆われていました。 格子戸を開けるとそこには冷蔵庫の姿が現れました。 中には、アサヒスーパードライ、ポカリスエット、ジャワティー、サントリー烏龍茶、クリスタルガイザーが入っています。 それぞれ2本ずつ入っていますが追加料金は不要です。 こだわりの造りはこちらにもあります。 エアコンや客室内の電話や各種照明のスイッチが置かれてある所も木の扉で覆われています。
 
昼から先程までは衣装に着替えて撮影していたりで暑かった為、冷房を軽めに設定していましたが、衣装体験としての撮影も終わり、部屋着姿に戻るだけに、今度は暖房を軽めに設定しました。 食殿から「白梅の客室」に戻る際にも、客室担当のスタッフの方から「今日は寒いので布団の中に毛布を用意しました。」と言われましたので、最初は昼と同じように暑いのかなとは思いましたが、夜になってどんどん冷え込んで来ましたので、やはり暖房が必要なのかなと言う感じです。
 
酔いも醒めた頃、疲れを癒すために御風呂に入る事にしました。 御風呂は室内の風呂と御湯殿の温泉の露天風呂の2箇所になりますが、先にメイクだけは落としたかったので室内の風呂に行く事になりました。 良くあるユニットバスでは無くて、全体的に石造りで出来ていて、扉を開けると半露天風呂と言うような感じで愉しむ事が出来ます。 2010年当時では男性の御客様は完全に御湯殿の温泉の露天風呂には入れませんでしたので、その分もあってでしょうかかなり本格的な造りにはなっています。 確かに、扉を開けていると半露天風呂と言う感じになります。 室内の風呂から見えている風景になります。 確かに、扉の位置を逆に開けると半露天風呂と言う感じになるであろうと思われます。 こうして、顔のメイクを落としていると、本格的に御湯殿の温泉の露天風呂に行きたくなりましたので、準備を整えて御湯殿に向かうと言う事になりました。 今度こそ、御湯殿に向かうのに、「白梅の客室」を出て、御湯殿のある方角に向かって行きました。
 
まずは、客室の前のきざはしのある場所の写真の撮影を行いました。 夜の風景になると掲載している写真の通りに変わって来ます。 15時少し前に「御所社乃森」に到着して、各種体験を行って、部屋着に着替えて撮影を行って、食事も終わって、再度、「白梅の客室」に戻って、持ち込みを行った自前の打掛を着ての衣装体験で撮影を行って、携帯を開けて時間を確認したら、もう、22時の時間になっていました。 到着して約7時間ですが、時間が過ぎて行くのはあっと言う間になっています。
 
透渡殿の渡り廊下を進んで、御湯殿に向かうのですが、最初に運転手のスタッフの方から言われたような、「平安時代の寝殿造りの夜の風景」そのままの世界になっていました。 燈籠は電球の照明なのですが、電気の配線は表側からは見えないように造られています。 その次に、きざはしのある場所の前から「社乃森阿波神社」の社殿の撮影を行いました。 夜でも用事があったのか、扉は開かれていて内部の照明が付けられています。 夜景では本当に幻想的な風景が見られます。 そして、寝殿の回廊を進んで行きます。 こう言った風景を見ながら進んで行きますので、まるで絵巻物の中に入り込んでいるような状態になっています。 透渡殿の渡り廊下の先には階段が見えて来ます。 透渡殿の渡り廊下の階段を登る前に寝殿側の撮影を行いました。 舞台の敷物は撤去されていて木材の本来の姿が見えて来ます。
 
今度は、御湯殿に向かう為に回廊を曲がって行きました。 そして、御湯殿の前の回廊に辿り着きました。 奥にある扉の向こうが御湯殿になります。 これから、御湯殿に入って温泉で癒されたり身体を綺麗に洗いたいと思っています。 透渡殿の渡り廊下を進んで、遂に御湯殿に到着しました。 2010年10月26日、この日の宿泊客は私一人なので、御湯殿まで完全に独り占め出来る空間になってしまっています。
 
着替え室のロッカーの表記は通常のアラビア数字の表記でした。 私の小学校の時の同級生の親が銭湯の経営をしていて行き付けにしていた所があったのですが、そこのロッカーが古い木製のロッカーで数字も漢字の表記でしたのでそれを連想しましたが、流石にそのような設定のロッカーを作る事は難しかったようです。 着替え室の隣の空間は化粧室になっています。 仕切りの向こうは休憩室でしょうか、椅子が置かれている風景が見えて来ました。 やはり、休憩室になっていて、休憩室の机と椅子、写真では分かりませんが、近くにマッサージチェアが置かれています。
 
部屋着を脱いで露天風呂に向かうと入口に木製の「御所社乃森温泉」と題した看板が掲げられていて、温泉の泉質等が書かれています。 泉質はナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉と書かれていました。 身体を洗ったら、今度こそは温泉に浸かります。 実際に湯船に浸かってみてお湯の匂いを嗅ぐと俗に「天然温泉」と言われている多くの温泉で匂う「塩素臭」が全くありませんでした。 内湯にしばらく浸かっていると、今度こそ温泉の露天風呂に行く事になりました。 実際に湯船に浸かってみて「源泉かけ流し」の御湯の流れを感じましたが、船形の浴槽へ注いでいる御湯がどんどん注がれて溢れた御湯はそのまま流れてい く、つまり、循環濾過も無い正真正銘の源泉かけ流しの温泉です。 また、温泉の濃度もかなり濃いです。
 
この日は、「御所社乃森」では私一人で全館貸し切りの状態でしたので、実際に入った時間帯での風景の撮影を行ったら掲載している写真の通りになります。 照明の装置は本当に最小限に留められていますので湯船から空を見上げると星空や雲や月が見えて現実を忘れるような光景でした。 特に雲が流れていて、その間から時々見える月が非常に綺麗です。
 
一度、露天風呂から上がって体を拭いて、マッサージチェアに腰掛ける私の姿がありましたが、マッサージチェアは家電量販店に置いてあるような高級な機種でした。 まず使い方から勉強ですがようやく操作を覚えてゆったりと過ごしました。 各種体験や撮影に気を取られてしまい、実際の体の筋肉がそこそこに疲労していたのを忘れていました。 凄く気持ちが良いです。 タイマーの目一杯の15分間座って、再度風呂に向かいました。 今度も惜しげも無く露天風呂になります。 適度に気温が下がっているので逆上せ無くてゆっくり入る事が出来ます。
 
そして、露天風呂から上がって時間を確認すると、もう23時、湯殿は通常は3時まで使用可能ですが、睡眠時間も考慮して湯殿から透渡殿の渡り廊下を進んで行って寝殿の「白梅の客室」へ戻りました。 ちなみに、この露天風呂は女性専用になりますので、2010年現在でも男性の入浴は出来ない状態です。
 
「白梅の客室」に戻って来て、廊下の撮影を行いました。 夜の風景になっていて光の量もかなり少なくなって来ています。  遂に、あの袿型の蒲団で睡眠時間と言う事になりました。 実際の寝心地がどうなのか本当に楽しみな物であったりします。 こんな夜景に包まれながら、夜の眠りに付くのであります。 本当は窓側の御簾も降ろす事が出来たようですがそれを知らなかった私は最後まで御簾を触りませんでした。 とても静かな所なので徹夜のまま翌日になるのかと思えば順調に眠りに入って行きました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その10)「御所社乃森」での2日目の朝を迎えて。

さて、2日目、2010年10月27日の朝がやって参りました。 この日に寝付いたのが1時前後でしたので、5時間は眠れましたが、6時過ぎになって目が覚める事になりました。
 
朝になって初めに見た景色は、和室から縁側に出る扉からの光でありました。 まずは、縁側に出て見る事にします。 縁側で見えて来た景色は、柴垣と柴垣の向こうにある竹林になります。 朝からこう言った風景が見られると言うのは清々しい物です。
 
次に、目覚めを良くする為に、透渡殿の渡り廊下を進んで御湯殿に向かおうと思います。 寝殿の回廊の風景になります。 その次に、きざはしの所から撮影を行った、「社乃森阿波神社」の社殿になります。 朝も御供えが行われていたのか、社殿の表の扉は開いていて障子の扉が閉められています。 朝になるとこのような風景が愉しめるようです。 そして、透渡殿の渡り廊下を進んで行く事になりました。 舞台のある場所の近くから、再び、「社乃森阿波神社」の境内の撮影を行いました。 やはり、旅館の中に神社があるのは良いです。
 
透渡殿の渡り廊下の階段を登って行きます。 朝になると、木材で出来ている建物もまた見映えが良く見えて来ます。 社殿に繋がる通路も初めて確認しましたが良い感じに出来ています。 次に、食殿と御湯殿に繋がる回廊に出て参りました。 こちらの回廊も、味があって良い物になっています。 回廊からは中庭も見えて、承明門と礼幸橋が見えて参りました。 礼幸橋の赤色の橋が朝の光でも綺麗に見えて来ます。 朝や昼の景色ではこちらの遣水が見えるのですが、本当に綺麗な水の流れになっています。 そして、御湯殿に到着しました。 これから、洗顔と目覚めを良くする為に、御湯殿の温泉に浸かろうと言う事になりました。 温泉旅館の場合ですと、朝に温泉に浸かると体調が良くなるので今回も楽しみであります。
 
朝の御湯殿を愉しむ為に、透渡殿の渡り廊下や食殿の回廊を通って、御湯殿の前までやって参りました。 朝になっていますので、外光も入っていて適度に明るくなっています。 さて、洗顔してからは、御湯殿の露天風呂の温泉に向かう事になりました。 やはり、御湯も綺麗になっていて、澄んでいる御湯に浸かると言う事になります。 掲載している写真の通りに、源泉が注がれていますが、その源泉を触れてもかなりのぬめりがあって気持ち良い物になっています。
 
泳げる位に広い舟型の浴槽になっています。 勿論、浴槽の中で泳いだりはしていませんが、本当に、浸かっていると広さと一種の解放感を感じさせられます。 「おひとり様」で貸し切り状態ですので気持ちが良い物になっています。 風呂から上がると、バスタオルの棚からバスタオルを取り出して、髪の毛をそれで纏めて、休憩室でゆっくりと過ごしていました。 そして、マッサージチェアにも座って、適度に肩凝りを治していました。 平安装束の衣装体験をしてそれで平安遊びを行いましたが、結構、身体には疲れが来るようです。
 
こうして、朝の御湯殿を愉しんだ後には、「もう一つの愉しみ」の為に、食殿の回廊や透渡殿の渡り廊下を進んで「白梅の客室」に戻って参りました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その11)「御所社乃森」での袿の形の蒲団を羽織っての衣装体験を行う事に。

前回の項目では、「もう一つの愉しみ」と書きましたが、そのもう一つの愉しみとは、蒲団として使用されている袿型の蒲団の着用の体験になります。 こちらの蒲団は客室の内部のみですが、実は、着用する事も可能になっているのです。 そして、こちらの袿型の蒲団の衣装体験が今回の旅行での最後の衣装体験となります。 例によって、三脚を立ててのデジカメのセルフタイマーでの撮影になります。
 
白色の小袖と汎用の濃色の女袴は自分で持ち込んで来た物になります。  このような感じで着用していますが、意外と着られる物になっているようです。 袿型の蒲団の中敷きが、丁度、単のような感じになっています。 丁度、「平家物語」の「扇の的」の女官のような構図になっています。
 
今度は、場所を変えて撮影を行う事になりました。 寝室の中に入って、右手に舞扇を持って外側に広げて持って、左手は斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行いました。 撮影の場所が変わるとまた雰囲気も変わって来ます。 舞扇を両手で持って広げている状態の構図で撮影を行いました。 廊下の床にまで袿型の蒲団の裾が流れていると言うのが良い感じです。
 
今度は、座りでの構図での撮影を行う事になりました。 座り構図の場合は意外にも裾の纏まり方が良い感じがします。 やはり、この場でも舞扇は小道具として大活躍しています。 袿型の蒲団が二陪織物になっているので高級感が感じられます。 本当に、この旅では最後の衣装体験の写真となりますが、舞扇を左手に持ち替えて、左手に持っている舞扇を下向きに持っていて、右手は袖を広げるような感じで広げている状態の構図で撮影を行いました。
 
こうして、もう一つの愉しみであり、最後の衣装体験にはなりましたが、袿型の蒲団の衣装体験が無事に終わりました。 後は、朝食の時間を待つのみですが、時計を見ていると、何と、あと10分で朝食の時間ではありませんか。
 
急いで、袿型の蒲団を元のような形に置いて、室内着に着替えると呼び鈴が鳴って、客室担当のスタッフの方に「朝食の準備が出来ましたので、御迎えに上がりました。」と言われましたので、客室担当のスタッフの方と一緒に、透渡殿の渡り廊下を進んで食殿に向かって行きました。

平安調旅館「御所社乃森」宿泊旅紀行(その12)「御所社乃森」での朝食と茶席、そして、思い出を残しての帰宅へ。

袿型の蒲団の袿としての着用体験が終わると、急いで、袿型の蒲団を元のような形に置いて、室内着に着替えると呼び鈴が鳴って、客室担当のスタッフの方に「朝食の準備が出来ましたので、御迎えに上がりました。」と言われましたので、客室担当のスタッフの方と一緒に、透渡殿の渡り廊下を進んで食殿に向かって行きました。
 
朝食も、「香緑の間」で用意が行われていました。 早速、客室担当のスタッフの方に案内される事になりました。 「香緑の間」の座椅子は「香緑の間」の壁紙の生地と同じ物が背もたれの生地としても使われています。
  
朝食は、見た感じからして量が多いと思った瞬間であります。 御茶は急須で用意されているので自由におかわりが出来るようになっています。 蓋をしたままの状態ではありますが御粥になります。 御粥は適度に塩味が付いていて良い味になっています。 香物でしょうか、各種漬物等が用意されてありますが、詳細の漬物の種類に付いては分からないと言う感じです。 そして、海老とアスパラガスと魚の練物の煮物になります。 アスパラガスが想像していたよりも柔らかくて美味しかったです。 前菜的な物でしょうか、左側から海苔入りの玉子焼きに鯛の焼物、鮪の寿司が用意されてあります。 造里になります。 烏賊の造りにかいわれ大根が添えられています。 温泉玉子になります。 やはり、温泉旅館に来たからには、外せない美味しい物になります。 牛蒡の煮物になります。 牛蒡の煮物に茗荷らしき物が添えられています。 サラダになります。 生野菜のサラダに生ハムが添えられています。 豆乳の茶碗蒸しになります。 デザートとして用意されたフルーツヨーグルトになります。 平安時代的な表現をすれば「酪」になりますでしょうか。
 
客室担当のスタッフの方に食後のメニューについて聞かれましたので、アイスコーヒーを注文しました。 私の場合は真冬以外は、朝にはアイスコーヒーやアイスカフェオレを飲むのが習慣になっていますのでアイスコーヒーを注文する事になりました。 食後のアイスコーヒーになります。 温かい御茶が元々用意されてあるので冷たい飲み物が欲しい方にはお勧めです。
 
朝食の時は御簾が開いているので、風景も味わえます。 丁度、透渡殿の渡り廊下と食殿の縁側と部屋の並びが見えています。 そして、夕食の時にも紹介しましたが、床の間には、このようにして舞楽の衣装を着た人形が飾られてあります。 ゆっくりと朝食を食べていると、朝食を食べてすぐなのに、満腹感で一杯なのに、再び客室担当のスタッフの方に案内されました。 今度は、「御茶席の準備が出来ていますので、どうぞ。」と言われて客室担当のスタッフの方と一緒に付いて行くのでありました。
 
朝食を食べた後に、客室担当のスタッフの方に案内されるままに食殿から縁側に向かうと、そこには御茶席が用意されていました。 丁度、縁側に高座椅子と机が置かれている状態で「投扇興」の後での舞の披露の場の茶席と似ている感じの雰囲気になっています。 高座椅子に座ると、横から雅やかな雅楽が流れて来て、抹茶と茶菓子が用意されました。
 
中庭の風景が広がっています。 向かい側が香絋殿、右側が食殿の個室の並びになっています。 茶席からは、中庭の礼幸橋も綺麗に見えて来ます。 その向こう側には承明門の屋根が見えています。 さて、御茶席の高座椅子に正面を向いて座ると、このようにして香絋殿の建物が見えて参ります。 そして、スタッフの方によって茶菓子が用意されました。 茶菓子は阿波和三盆糖になっていて、見た目は小さいですが存在感の大きな物になっています。
 
そして、抹茶が用意されました。 これから、茶菓子を味わって抹茶を飲むと言う事になります。 どちらも上品な味がしてとても美味しい物になっています。 茶道の知識は殆ど知らないですが、抹茶を頂いている状態の構図を客室担当のスタッフの方に撮影を行って頂きました。 御茶席が終わりましたが、チェックアウトの時間までもう1時間30分余りとなりました。 あともう1つ目的があります。 それは、前の方の記事にも時々写真で出ている「社乃森阿波神社」に参拝する事になります。
 
客室担当のスタッフの方に「社乃森阿波神社」への参拝の話を聞いてみると、「女将が急用で外出しなくてはならなくなった為、申し訳ありませんが、御一人で御自由に参拝して下さい。」と言われました。
 
透渡殿の渡り廊下を進んで、寝殿の回廊から「社乃森阿波神社」の境内に入って行くと言う事になりました。 掲載している写真の通りに「社乃森阿波神社」の社殿と鳥居になります。 鳥居を潜れば、その場所は、神々しい世界であろうかなと思われます。 手水舎になります。 自動水栓の方式になっていて、この場所で手を清めるのでありました。 これから、鳥居を潜って行こうと言う瞬間になりますがこの瞬間の撮影も良いです。 そして、社殿の前にまでやって参りました。 この後は、階段に登って二礼二拍手一礼をするのみであります。 続くような形で、自力で昇殿して行くのでありました。 昇殿してからは障子の扉の前で二礼二拍手一礼を行って、略式ですが、参拝が終了しました。
 
最後に、「白梅の客室」に戻って、荷物を整える事になりました。 そして、荷物が整えてから5分位の時間が経った頃でしょうか、客室担当のスタッフの方が「チェックアウトの時間ですので、御迎えに上がりました。」と言われました。 そして、打掛や小袖や袴等が入っている重いバッグを持って頂いて、透渡殿の渡り廊下を進んで香絋殿のフロントのある場所に行く事になりました。
 
そして、精算をするのに、掲載している写真の通りに三方が出されました。 今回は現金での支払いでの宿泊でしたので現金を一気に出して、宿泊代が55800円、十二単の貸衣装代が10000円、その他、地酒やアイスコーヒーの分も含めると70000円近い出費になりました。 その後、女将の方が用事から戻られて来て、中庭の礼幸橋のある場所で撮影を行って頂きました。 後日になって、客室担当のスタッフの方の直筆の手紙とともに立派な木製の額に入った写真が届いて参りました。
 
承明門の所で女将の方や客室担当のスタッフの方や着付け担当のスタッフの方、その他大勢のスタッフの方々に見送って頂いた後、送迎の運転手のスタッフの方と共に車に乗り込み、一路、高速鳴門のバス停に向かうのでありました。
 
道が空いていたので、送迎の運転手のスタッフの方のお勧めで松茂のバス停にある物産品の店に立ち寄りましたが、目に留まったのが酢橘の1kgの袋詰めにな ります。 何と、1kgも酢橘が入って値段は180円なのでとても安いです。 自宅への御土産はそれに決定しました。 流石にそれだけでは余りにも無骨なお土産になってしまうので他にも数点御土産を買いました。
 
松茂のバス停から送迎用の車で移動する事、約10分ですが、高速鳴門の駐車場に到着しました。 ここで、送迎の運転手のスタッフの方ともお別れです。 高速鳴門のバス停に到着して、バスに乗ってから「御所社乃森」の門で客室担当のスタッフの方から頂いた紙袋の中身を見てそこに手紙が入っていたので見たのですが、メールで何でも済ませられるこのご時世だからでしょうか、手書きの手紙はとても感動させられました。 先述の客室担当のスタッフの方の直筆の手紙も良いですが、 心が込められている事に加えて手書きで綺麗な文字が書けるのは羨ましいかなとつくづく感じさせられます。
 
思わぬ機会で、急遽、「平安朝旅館「御所社乃森」宿泊」の企画を立てましたが、平日に宿泊したとは言え、事前調査の情報以上に「事実上の宿ごと1人で貸切状態」で、平安調の建物や家具に囲まれての十二単及びその他の衣装体験や平安遊び体験で当然のように源泉かけ流しの温泉も完全に貸切り状態が出来ました。 それに加えて食事も豪華絢爛で美味なる物ですから、「費用対効果」を考えるとこの料金でここまでの体験が出来たと言うのは安いと言って良い位でしょう。 まさに、女性だけに許された「究極の「おひとり様」旅行」がこの形になります。 この旅行は一生忘れられない思い出です。
 
と、12編に渡る内容になりましたが、これにて「平安調旅館「御所社乃森」宿泊体験」の旅行記を終わりたいと思います。 ここまで見て下さった皆様、本当に有難う御座いました。