山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー

2012年11月23日から26日に鳥取県観光文化局主催で企画された「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」に当選して参加して参りました。 モニターツアーと題されていますが、ブログとfacebookの両方の案件になっている関係で、こちらのウェブサイトにもその時の旅行記を移転して掲載すると言う運びになりました。
 
この時には、「山陰海岸ジオパーク」と呼ばれている地域に当たる兵庫県と鳥取県の史跡や地質に纏わる景勝地を廻る内容での旅行になりましたが、地質に纏わっている内容と言うだけあって温泉も十分に愉しむ事が出来ました。
 
私の場合は、「おひとり様」での旅行である場合が圧倒的に多いのですが、今回も、「おひとり様」での行動で公共交通網を使用して可能な限りの名所を廻っての旅行になりましたので見て下さると幸いで御座います。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その1)いざ、香住に旅立って「味処喜いち」での昼食へ。

2012年11月23日、この日から3泊4日で「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」に出発する事になりました。 この日は6時に起床して、軽く朝食を食べました。 そして、自宅最寄り駅から地下鉄に乗ってにJR大阪駅に向かって大阪駅発の「こうのとり」の車両を待つ事になりました。 私が大阪駅のホームに到着した時には予定よりも早かったですので、「こうのとり」の車両では無く別の車両がホームに停まっていました。 何でも「かにカニはまかぜ」と呼ばれている臨時特急だそうで、浜坂まで直行されていますが、車両が現在風の金属色になっています。
 
そして、私が実際に乗る列車である「こうのとり」がやって来ました。 「こうのとり」の車両は時間帯にもよりますが、私が乗る始発の「こうのとり」は旧国鉄型の特急列車になっていました。 私が乗車した時にはまだ人が来ていなかったので運良く、席も撮影する事が出来ました。 このような座席に乗って、約2時間30分の時間を過ごすと言う事になります。
 
列車の中ではやはり、冬の北近畿の風物詩である蟹料理を食す旅行に行く目的があるのか、果てまた城崎温泉に向かう目的があるのか、指定席が完全に満席になっていました。 列車は予定通りに豊岡駅に到着しました。 私の場合はさらに香住駅まで向かいますので、香住行きの列車に乗り換える事になりました。 特急列車から在来線への乗り換えと言う事になりましたが、2両編成の列車になります。 香住行きの列車に乗る事約1時間ですが、終点である香住駅に到着しました。
 
豊岡駅から城崎温泉駅までの区間は乗客が多かったのですが、それ以降になると乗客の数も少なくなって地元の方が多い印象がありました。 香住駅の案内看板には色々と名所の名前が書かれていますが、このうちの複数の場所に向かう事になります。 神社仏閣好きには堪らない私に取っては大乗寺(応挙寺)は外せないです。 香住駅のホームには「待っとるでまた来んせぇな。 かにカニ日帰り日帰りエクスプレス」と描かれている幟も置かれています。
 
香住駅の出口には「かに道楽」の看板を彷彿とさせられる立体の蟹の看板があって、「歓迎」ならぬ「カニ迎」の文字が描かれていました。 香住駅の外に出ましたが、香住駅の改札口には見慣れた姿の女性がおられて、私の名前を呼ばれていました。 見慣れた姿の女性と言うのは「遊覧船かすみ丸」の公式ウェブサイトの写真で掲載されている三姉妹船長の姿だったからなのです。
 
香住駅の外観になります。 蟹の爪の形をした看板と「遊覧船かすみ丸」の出港の案内板が置かれていました。 この時間帯では出航していると言う状態であります。 そして、三姉妹船長の方が運転されている車が香住駅の駅前に停まっていました。 何と、この日の昼食の場所の案内をして頂けると言う事になったのです。 昼食は全くと言って良い程に考えていなかったので、本当に親切に対応して下さったのでとても有難かったです。
 
昼食の場所は三姉妹船長の方が複数の店舗に向かって下さったのですが、蟹料理の店舗は予約で満席でした。 運良く店舗の席が空いていて手配して下さった昼食場所が「味処喜いち」と言う名前の鮮魚料理の店舗だったのですが、香住駅から少し離れた場所にその店舗がありますので、三姉妹店長の方が運転されている車で向かって下さって到着しました。
 
こちらが、その「味処喜いち」の店舗の外観になります。 見た目の印象では、地方で良く見られるような純和風の和食の店舗と言う感じです。 店舗の中に入ると、主なメニューが書かれてある案内板が置かれています。 昼食としてお勧めなのが刺身定食とかに雑炊だとか。 この日の夕食は、予め、蟹料理を予約していたので「遊覧船かすみ丸」の三姉妹船長の方にお勧めされている刺身定食を選ぶ事になりました。
 
店舗の入口にはこのように香住の地酒である「香住鶴」も並べられていました。 さて、店舗の内部を進んで行く事になりました。 席はこのような個室の席も用意されていて、落ち着いた雰囲気になっています。 料理人の方の姿を見ながら座る事が出来るカウンター席も用意されています。 この時には同じく「遊覧船かすみ丸」に乗船の予約を行っていた女性の方と同席扱いになったのですが、結局、選んだ席は通常の座敷席になりました。
 
既に注文する料理は刺身定食と決めていましたので、それを注文してしばらくすると刺身定食が出されました。 メニューが書かれている案内板でも確認しましたが、刺身定食は確かに1200円と言う料金設定で新鮮で透明度の高い刺身とその他の料理とこれだけ立派な和 膳が出て来ましたので、見ただけで「安くて美味しい」と感じさせられました。
 
主菜となる料理となる刺身になります。 蛸、鯛、貝、烏賊、かんぱち鮪、牡丹海老と言う感じになっています。 刺身は肉厚の割に透明度が高いので鮮度の高さが窺われます。 出汁巻玉子と漬物になります。 鰈の煮付けになります。 刺身があるのにさらに鰈まで付いているとは、何とも贅沢な感じもします。 サラダになります。 こちらではその野菜分も充分にあります。 御飯になります。 硬過ぎず柔らか過ぎずと言う、丁度良い硬さの御飯になっていました。 こちらは鰈の煮付けと一緒に食べました。 最後に味噌汁になります。 この味噌汁は、何と、蟹の身が殻ごと入っていてこちらも贅沢な物になっていました。 蟹の出汁が上手く活かされていて美味しかったです。
 
こうして、刺身定食を完食した後は、店長の方に連絡をして頂いて、再び、「遊覧船かすみ丸」の三姉妹船長の方の車を呼んで頂く事になりました。 「味処喜いち」の店舗の前で待つ事約5分でしょうか、再び、「遊覧船かすみ丸」の三姉妹船長の方の車に出迎えられて、遊覧船乗り場に向かう事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その2)「遊覧船かすみ丸」で香住海岸の雄大な自然美を愉しむ。

「味処喜いち」で昼食を終えた後に、「遊覧船かすみ丸」の三姉妹船長の方が再び車で出迎えて頂けたのですが、その後に「遊覧船かすみ丸」の乗り場まで向かって行きました。 地図を見ていると距離は短いように感じましたが、意外にも、香住駅からの距離が長かったように感じられました。 「山陰海岸ジオパーク」に認定されているジオサイトである香住遊覧船の案内板になります。 香住海岸の地層や岩脈や海岸地形が観光出来て、遊覧船に乗ると切り立った断崖や洞門が見られると言う事が書かれていました。 「遊覧船かすみ丸」の待合室には、世界ジオパークの名前と香住海岸洞門島巡りと書かれている看板が掲げられています。
 
掲載している写真は「遊覧船かすみ丸」のポスターになります。 三姉妹船長と三姉妹船長Jr.の写真が掲載されています。 「遊覧船かすみ丸」の観光遊覧コースになります。 この時点では60分の2コースが予定されていて、2コースの料金を支払ってチケットを購入する事になりました。 こちらの場所は香住東港と呼ばれている地域だそうです。 いよいよですが、「遊覧船かすみ丸」に乗り込む事になりました。 三姉妹船長と三姉妹船長Jr.と呼ばれている通りに女性の船長によって運営が行われていると言う遊覧船になっていて、運転はもちろんの事、接岸の作業等も 三姉妹船長と三姉妹船長Jr.と呼ばれている女性の力による物になっています。
 
「遊覧船かすみ丸」に実際に乗り込んでみると想像していたよりも広い船室になっていて、このように椅子席が十分に用意されています。 椅子に座って前の方向を見ると、このような感じで席が並んでいると言う事になります。 前の方の席に縫いぐるみが置かれていると言うのが「女性らしさ」と言う物なのでしょうか。 こちらが風景を窓越しでは無くて、直に味わえるオープンデッキになっています。
 
今回の「遊覧船かすみ丸」の船長役は三姉妹船長の三女の方が担当される事になりました。 簡単な自己紹介が行われてから出発と言う事になりました。 ちなみに三姉妹船長Jr.と呼ばれる方々は三姉妹船長の長女の方の娘達だそうです。 こうして「遊覧船かすみ丸」が出港の準備に入って行きましたが、天候や波の状況が気になる所ですが、これからどのような風景が見られるのかが非常に楽しみだったりします。
 
私が乗っている「遊覧船かすみ丸」が出港の作業が行われて、無事に出港されて行きました。 船が動いて行ったのですが、やはり、演歌の歌詞に見られるような「冬の荒れる日本海」と言う状態になっていたので間も無くすると船が前後や左右に揺れ始めて行きました。 このように揺れ始めて来てもモニターツアーのブロガー企画での取材と言う事ですので、オープンデッキに遊覧船の航路が終わるまでいる状態になりました。
 
船は香住東港を出港して行きました。 港から徐々に離れて行って停泊している船の姿や、漁港の街並みの姿を見る事が出来ました。 船は防波堤の外に向かって出て行く事になりました。 この時には船の揺れが始まっていました。 この時点で三姉妹船長の三女の方に、「2コースでの運航予定でしたが海が荒れて参りましたので、1コースに変更させて頂きます。 コースの変更に伴い、差額の払い戻しを行わせて頂きます。」と言われました。
 
波に揺られながらもしばらく乗っていると、白石島が見えて参りました。 「遊覧船かすみ丸」の公式ウェブサイトの文章からの参照ですが、緑色凝灰岩と言う名前の白い岩で出来ている島で島の中央に鳥居が建っている島になります。 しばらく進んで行くとまた別の島が見えて参りました。 岩で出来た地層が斜めに通っています。 先程の島に船が近付いて行ったのでその時に撮影した物になります。 斜めに通った岩肌の手前には、まな板のような岩もありました。
 
さらに海岸線沿いに船が進んで行きました。 島は斜めに通った岩の地層の物が多い印象が感じられました。 このような地層が多いのは、日本列島の成り立ちと関係があって海が長年の時間を掛けて岩を削って行って作られて行ったと言われています。 このように香住海岸に浮かぶ島は白い岩で出来てその上に緑の木々が生い茂っている島が多いのですが、こちらの写真の右端の方では黒い岩の地層も見えて参りました。 黒い岩で出来た地層の部分は岩肌も細かい物になっています。
 
同じく、先程の島の黒い岩の地層の部分の切り立った空間の部分に船が近付いて行きました。 船が進んでいる速度が遅くなって来たのですが、先程の島の切り立った空間の部分が荒れている海の中で少しの時間だけ波が穏やかになりました。 その時に見えて来たのがこちらの風景になります。 切り立った空間の中に小さな岩が見えている状態になっていました。
 
船が進んで行って、色々な島を色々な方向から見せて頂いているのですが、こちらの島の中央には自然の力で風化して作られた観音像を模した岩がありました。 この岩は「観音岩」と呼ばれているそうで、古い時代から信仰が集められていたと言われています。 さらに船が進んで行くと、今度は今子浦のかえる島が見えて参りました。 蛙が構えているような姿からその名前が冠されたようです。 「無事に帰る、漁に出て生きて帰る等の良い意味が込められている。」と、三姉妹船長の三女の方に言われました。
 
「遊覧船かすみ丸」が五色洞門に近付いて行きました。 海が穏やかな時は五色洞門のもっと奥深くに入る事が出来るそうですが、海がこのように荒い状態ですので五色洞門の地層も楽しめるのですが、波の地層も味わえると言う事になりました。 五色洞門に最も近付いた時の写真になります。 五色洞門に近付いてからは船が後ろの方に進んで行って、五色洞門の遠目の姿も見せて頂ける事になりました。 「地層の間にこのように空間が出来るのも香住海岸の成り立ちの過程で海に侵食される形で出来て行った。」と三姉妹船長の三女の方に言われました。
 
船はこの場所からは香住東港の方に向けて戻る航路を辿って行きました。 島の岩肌の前には水面に浮かぶように別の岩も見えて来ました。 こちらの島の岩には綺麗に丸い形になった空間が開いていました。 流石は山陰海岸ジオパークに認定されているジオサイトであると言うのを感じさせられました。 船に乗る事約40分でしょうか、こうして「遊覧船かすみ丸」の1コースの航路が無事に香住東港に到着して行きました。
 
この場で三姉妹船長の三女の方から海難事故への対策の支援を行う運動である「青い羽根募金」の話や、「東日本大震災」への募金の話も行われました。 「遊覧船かすみ丸」の待合室に戻るとコースの変更に伴う払い戻しが行われました。 そして、有難い事に三姉妹船長の方に「大乗寺まで車で送りますよ。」と言われましたので、その御好意に甘えさせて頂く事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その3)大乗寺で円山応挙とその門弟たちの日本画を愉しんだ後に、かすみ矢田川温泉で癒しの世界に入る。

「遊覧船かすみ丸」の三姉妹船長の方が運転される車に乗せられて、「遊覧船かすみ丸」の乗り場のある香住東港から大乗寺に向かって行きました。 途中で香住駅で車を降りられて鳥取駅方面へ向かわれる観光客の方々と別れて、昼食の時に御一緒になった女性の方を含めて2名を乗せた車はJRの踏切を渡って、香住 駅から山側に進んで行ってしばらく行った所に大乗寺の看板が見えて来ましたが、その大乗寺の駐車場で車を降りる事になりました。 「遊覧船かすみ丸」の三姉妹船長の方とはこの場所にてお別れになります。
 
大乗寺に到着すると、このように大乗寺にある名勝の名前が載せられている看板がが建てられていました。 看板が木製になっていて味のある物に感じました。 大乗寺がある場所は香住駅から内陸側にはありますが、言う程山の中にあると言う感じでも無かったです。 大乗寺の山門の手前の道路側には掲載している写真のように庭園になっている場所があります。
 
山門の手前の庭園にはこのように小さな石仏が建てられています。 この石仏の由来も知りたくなって来ます。 紅葉の季節にもなっていたので樹木の緑色と紅葉の色が適度に混ざっていて良い風景になっています。 さて、これから、山門の中に入って行く事になります。 山門はこのように壁で覆われた構造になっています。 山門の看板には「西国薬師霊場第二十八番札所」の文字と「相互禮拝相互供養」の文字が描かれていました。 この古い木材の組み合わせ方が何とも味があります。
 
山門を潜って行くと、見えて来たのが本堂になります。 真ん中に木像らしき物がありますが、どのような物であるのか近付いて見てみる事になりました。 木像を見ていると、江戸時代の時代衣装である裃を着た男性の姿になっていました。 どうやらこの木像が円山応挙の木像であると言う事で、こちらの大乗寺と言う場所が円山応挙に縁の深い寺院と言う事に気が付かされました。 本堂は解説付きでの見学になる為に、時間を合わせて先に拝観する事になりました。
 
本堂の内部では襖で仕切られていた空間に仏の存在を絵画で象徴して、仏像を安置するのと同じ効果を持たせていると言う事になります。 大乗寺の本堂は2階建てになっていて、1階は円山応挙とその門弟達による仏教を象徴した日本画が描かれていて、2階も同じく円山応挙とその門弟達の日本画が描かれているのですが、円山応挙が若かりし時に中国の絵画を模写した迫力のある絵画の屏風も置かれています。 本堂の中は撮影が禁止されていますが、本堂の中の写真が掲載されている図録や絵葉書が売られていますので、それらの物を購入される事をお勧めします。
 
大乗寺は天平17年(745年)に行基の開創になる古寺で、平安中期の仏像木彫薬師如来一躯、十一面観音一躯、四天王四躯が現存し、各々国県の重要文化財に 指定されている寺院で、西国薬師霊場第二十八番札所でもあり、城崎温泉と湯村温泉の中間に位置して、香住の町は兵庫県下第一の漁港になっていると、大乗寺の絵葉書の袋に書かれている由緒書には書かれています。 このように庭園が広がっていて、その奥には御堂があって奥行きのある空間になっています。 大乗寺の楠の木になります。
 
楠の木の周辺には地蔵や土蔵が置かれている風景が目に入って来ました。 楠の木側から見た大乗寺の本堂の撮影を行いました。 鐘楼になります。 こちらの鐘楼も造りがかなり古い物になっていて、木材の生地が活かされているかなと感じました。 鐘楼のある場所から大乗寺の本堂の撮影を行いました。 本堂の漆喰の壁の周辺を簾で覆っていると言うのがまた趣があって良い感じがしました。
 
さらに奥に進んで行くと、仏塔が建てられている場所に辿り着きました。 仏塔の向かい側には御堂が建てられています。 その横には鳥居が建てられていて社が築かれています。 江戸時代だと神仏習合が行われている時代ですのでその事が分かって来ると言うような感じになります。 先程の社に近付いて撮影を行いました。 社のある所よりさらに奥に進んだ場所に手水舎が置かれていました。 通常は本堂に近い場所に置かれている場合が多いのですが、社に合わせて作られていると言う感じになるのでしょうか。 手水舎の横にはこのような木製の仏塔が建てられています。
 
さらに奥に進んで行くと、このように古い地蔵と古い墓碑が建てられています。 大乗寺の奥の区域に入って行きました。 このように古い墓碑がたくさん置かれています。 通路側に振り返ってみるとこちらにも仏塔が置かれていました。 私が大乗寺の境内の最も奥の区域の撮影を行った物になります。 大乗寺の歴代の住職の墓なのでしょうか、他の古い墓に比べると墓碑が大きな物になっています。 こうして、大乗寺の伽藍の拝観で歴史の深さを感じてからは、大乗寺の売店の方に教えて下さったタクシーの電話番号に電話を掛けて移動するのでありました。
 
最初は、そのままこの日に予約している宿泊施設に直行しようかなと思っていたのですが、思い出したのが、かすみ矢田川温泉の存在でした。 予約している宿泊施設は温泉旅館ですが、色々な温泉を愉しむにも丁度良いかなと思いまして、結果的にはタクシーに乗った時に「かすみ矢田川温泉までお願いします。」と言う感じで向かう事になりました。
 
丁度、良いタイミングだったのでしょうか、タクシーの運転手の方には「かすみ矢田川温泉」の割引券を頂きました。 タクシーに乗る事約5分でしょうか、かすみ矢田川温泉の建物が見えて参りました。  建物の正面側の撮影も行いました。 掲載している写真のように横に広い建物のような印象が感じられました。
 
かすみ矢田川温泉の入口になります。 比較的新しい建物になっていたのか、綺麗な建物になっている印象が感じられました。 かすみ矢田川温泉の内部に入ると掲載している写真のように、飲み物の自動販売機と御当地のお土産が売られている場所もあります。 まずは温泉に浸かる事になりました。 タオルの予備が無い状態でしたので、タオルだけ購入と言う感じになりました。
 
サウナも設置されていて、浴槽は水風呂と温泉になっている内湯と露天風呂と打たせ湯があります。 サウナは普段は身体に汗をかかせる為の物でしたが、今回に関しては冷え切った身体を温めるのに活用しました。 それから内湯と露天風呂に浸かりましたが、かなり多くの方が来られている状態になっていました。 身体が十分に暖まってからは温泉から出る事になりました。
 
温泉から出ると休憩室が用意されています。 テーブル席とリクライニングシートが置かれています。 一方、こちらは畳敷きの休憩室になります。 結局、私が選んだのはこちらのリクライニングシートになりました。 リクライニングシートからでは庭が見られるように作られていて癒しの空間としては良い物があります。 しばらく休憩していると、そろそろ、旅館に行きたいかなと思い、タクシーの番号に再び電話をするのでありました。 タクシーに乗る事約10分ですが、この日に宿泊する旅館「夕香楼しょう和」に到着しました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その4)1日目の宿泊施設「夕香楼しょう和」へのチェックイン、そして、新鮮な蟹料理の夕食を味わう。

「かすみ矢田川温泉」からタクシーで移動する事約10分の距離になりますが、香住駅からそれ程離れていない場所に建っている温泉旅館「夕香楼しょう和」に到着しました。 「夕香楼しょう和」の建物の外観は掲載している写真のような感じになりますが比較的新しい建物になっているようです。
 
「夕香楼しょう和」の入口になります。 建物の外観や入口は洋風の佇まいになっているようです。 フロントのカウンターで宿泊の予約をしているとの旨を伝えて、チェックインの書類を書く事になりました。 私が宿泊を行う部屋は3階にありますので、荷物をスタッフの方にわざわざ持って頂いて運んで行って頂きました。
 
「夕香楼しょう和」の建物は3階建てになっているのですが、エレベーターは無い状態で、階段で上がって行くと言う形になります。 2階に上がった所にはこのように鉢植えの花が置かれてあります。 全体的にカーペット敷きの床になっていて歩きやすいようになっています。 3階に上がった所にはこのようなオブジェが置かれてあります。 電源のコードが付いていますので、夜になると照明にでもなると言う感じでしょうか。
 
3階に上がって行くと廊下を進んで行く事になります。 廊下を進んで行くと私が宿泊を行う部屋に到着すると言う感じになります。 「夕香楼しょう和」にチェックインして約10分でしょうか、無事に私が宿泊を行う客室である「如月の間」に到着しました。 「如月の間」に到着してから旅館の説明を行って頂いてから、夕食の時間と朝食の時間を聞かれて自由時間になりましたが、これにて、1日目の宿泊地に無事に到着になりました。
 
夕食まではまだ時間がありますが、折角、案内頂いた部屋と言う事ですから、客室の仕様は6畳の和室になりますが、その部屋の中の仕様や設備等の写真の撮影を行って行きたいと思います。 まずは「如月の間」の扉を開けてみました。 最初に見えて来たのが洗面台であろう陶器製の物と和室であろう空間になります。 靴箱になります。 靴箱は3名程度の靴とスリッパなら入ると言う感じの大きさの物になります。 洗面所になります。 洗面所は洗面所単独での設備になっていて、トイレは付いていない状態になっています。
 
客室は掲載している写真の通りの広さの物になっています。 1名で予約する場合はこちらの仕様の部屋になるようです。 机と座椅子になりますが、食事が部屋食になる関係で大きめの机になっています。 夕食が常に部屋食での提供になっているのか、部屋は食材の匂いも漂っています。 机には茶葉の入った茶筒と急須と湯呑が置かれています。 板敷になっている部分ではテレビが置かれています。 32インチの大きさの薄型のテレビになっています。 部屋の隅には衣紋掛けが置かれていて、そこには羽織が掛けられています。
 
衣紋掛けが置かれてある場所の床には、浴衣とタオル等のアメニティー類が置かれています。 押入れの襖を開けてみました。 押入れには布団と金庫が置かれています。 部屋の窓側の隅にはタオル掛けが置かれています。 もう一方の窓側の隅にはポットとスタンドが置かれています。
 
さて、この時間からは夕食の時間まで自由に過ごすと言う事になりましたが、時間が良い頃合いでしたので、久し振りに大相撲の中継を見ていました。 大相撲の中継が終わると、夕食の時間をその頃合いに設定していましたので、仲居の方が来られて、夕食の準備が始まる事になりました。
 
「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」はこの場に来てようやく、1日目の夕食になりました。 夕食は「夕香楼しょう和」で出される蟹料理のミニコースを事前に設定して頂いていたのですが、漁港にある旅館と言う事ですので、どのような料理が出て来るのか非常に楽しみでもあります。 夕食の蟹料理のミニコースはこのような形で出されました。 茹で蟹と但馬牛、鱈の白子、鯛と烏賊の刺身と何と、事前に予約した時には設定されていなかった蟹の刺身も付けられていたのです。 蟹の刺身は生まれて初めて食べるだけあって本当に感動物です。
 
まずは、魚と蟹をメインにした寄せ鍋の食材になります。 白菜や豆腐等の具材も用意されているのですが、こちらを用意されている金属製の小鍋に入れて鍋料理として食べる事になります。 寄せ鍋はこのようにして、金属製の小鍋に入れて適度に火が通るまで煮込んで行きます。 寄せ鍋が完成すると食べる事になるのですが、蟹と魚と野菜類が適度に合わさっていて美味しい物になっていました。 先付として用意されているのが鱈の白子になります。 白子を食べる事も生まれて初めてなので本当に楽しみであります。 こちらはぽん酢に漬けて食べると言う形式になっています。 実際に食べてみると、口の中で魚の香りがして甘みもあってとろけるような味わいでとても美味しい物になっています。 御飯もおかわり付きで用意されました。
 
こちらも蟹料理と並んでメインの食材となった但馬牛になります。 但馬牛の切り身が5切れと玉蜀黍と南瓜とエリンギ茸になります。 こちらは陶板で炙って食べる形式になります。 但馬牛と南瓜とエリンギ茸を火が通っている陶板の上に置いてみました。 最初はこのように生肉の色になっていました。 しばらく陶板の上で炙っていると、このように段々と但馬牛に火が通って行くようになりました。 もう少し焼いた所で完成して食べるのでありましたが、本当に身が引き締まっていて美味しい肉になっています。 但馬牛はこのように豆味噌に漬けて食べて行く事になります。 隣には茹で蟹を食べる為の蟹酢も用意されています。 茹で蟹になります。 こちらは用意されているフォークで身を取り出して、蟹酢で食べるのでありました。
 
そして、鯛と烏賊の刺身と楽しみにしていた蟹刺しになります。 こちらを今から食べると言う事になるのです。 蟹の刺身に思い切り近付いて撮影を行いました。 蟹の刺身は身が非常に引き締まっていて鮮度も最高の物になります。 こちらを今から食べると言う事になるのです。 醤油に漬けて食べるのですが、とろけるような甘みが出ていて何とも言えない位に素晴らしく美味しい物になっています。 そして、最後に用意された物が吸い物になります。 吸い物は味噌汁と違って透明感のある物でしたが味がしっかりと付いていて、しかも、中には出汁にする為なのか蟹の身も入っています。
 
「夕香楼しょう和」の案内を見ていて、併設されている「カフェ・プラージュ」のスイーツのメニューも掲載されていましたので、酒類としてカシスオレンジ を、スイーツとしてケーキパフェを注文いたしました。 こちらの、ケーキパフェは通常のパフェの上に「カフェ・プラージュ」で出されているケーキをそのまま乗せた物になっています。 このように通常のパフェの上にモンブランが載せられていると言う贅沢な仕上がりになっています。
 
食事が終わってからしばらくすると、いよいよ、温泉になっている大浴場に向かう事になりました。 温泉の名前は「香住餘部温泉」と言う名前だそうです。 どのような効能があるのかが気になります。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その5)「香住餘部温泉」での癒しと、カフェ・プラージュでの朝食。

「夕香楼しょう和」の部屋での夕食が終わって、飲んでいたカシスオレンジの酔いも醒めた頃に大浴場に向かう事になりました。  大浴場の御湯は温泉になっていて「香住餘部温泉」と言う名前の温泉になっています。 この日は2回目の温泉と言う事になりますが、大浴場は1階に降りて通路を奥に進んで行った所にあります。 脱衣所は掲載している写真のようにこじんまりとした落ち着いた感じになっています。 脱衣所の向かいには洗面所も置かれていました。 客室にある洗面所よりも大きな物になっていて洗顔料等も置かれています。
 
大浴場の洗い場になりますが、通常のアロエ等が使用されているシャンプーやコンディショナー、ボディーソープ以外にもベビーソープも置かれています。 髪にはシャンプーとコンディショナー、身体にはボディーソープを使用しましたが、洗顔にはベビーソープを有難く使わせて頂きました。 ベビーソープで洗顔を行うと本当に刺激が少なくて肌への負担も少ないです。  掲載している写真が大浴場の浴槽になります。 大浴場と謳っている割にはこじんまりとした浴槽ですが、温泉になっていて、しかも、塩素の臭いもしていなかったのである程度の泉質があるのではと感じさせられました。
 
「香住餘部温泉」は海沿いの温泉にはなりますが、海側にありがちな「塩分」はあまり感じられなくて、敏感肌でも優しい泉質になっているような感じがします。 「香住餘部温泉」を十分に味わった後には、この日の朝が早かったので早めの就寝と言う事になります。 布団は仲居の方では無い別のスタッフの方に敷かれていましたが、綺麗に敷かれていて好印象でした。 少し電話で話しましたが、それも終わると就寝に入って行く事になりました。 こうして、「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の1日目が終了する事になりました。
 
2012年11月24日、この日は列車の時刻に合わせる為に少し早目の朝食になりました。 時間が早い状態でしたので、併設されてある「カフェ・プラージュ」での朝食になります。 「カフェ・プラージュ」の店内に入るとこのような開放的な喫茶店になっています。 店内ではこのように朝早くからケーキ等のスイーツ類の販売の準備が行われています。 朝食が用意されているテーブル席に行きました。
 
掲載している写真のように朝食もかなりの量が用意されています。  実はこの朝食の量の多さがこの日の日程を楽にさせて頂いたと言いますかそんな感じになります。 朝食の和膳の真ん中には箸が箸置きに置かれていて、その後ろには海苔が置かれています。 まずは小魚と大豆に煮物と香の物になります。 小魚の鮮度はやはり漁港が近いだけあって良い物があります。
 
出汁巻玉子になります。 程度に塩味と甘みが効いていて美味しい物になっています。 サラダになります。 サラダも新鮮な野菜が使用されていて、少量のドレッシングでもとても美味しかったです。 やはり、主菜としては魚料理が付いて来ます。 こちらは鰈の一夜干しでしょうか。 御飯になります。 御飯を碗に盛った所の写真の撮影を忘れてしまった所が申し訳無いです。 味噌汁になります。 白味噌と合わせ味噌の中間的な色合いの物になっています。 物を使っていたのか美味しかったです。
 
食事が終わると、御好意で車で香住駅まで送って頂きました。 列車の時間まではまだ若干の余裕がありましたので香住駅の周辺を散策していました。 このように蟹の形の看板が置かれてある「香住観光協会」の建物も香住駅に駅舎に併設されてあるのですね。 この日は朝から雨が降っていましたので、列車の時間が来るまでは香住駅の待合室にいる事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その6)いざ、浜坂へ、浜坂まち歩き案内所松籟庵に立ち寄る。

香住駅の待合室にいる事約15分でしょうか、鳥取駅方面へ向かう列車が来る時間が近付いて参りましたので、鳥取駅方面へ向かう列車のホームまで行きました。 1日目に香住駅のホームに行った時には気が付きませんでしたが、蟹の爪の形をした看板も建てられています。 兵庫県内でも山陰海岸ジオパークの存在が認知されているのでしょうか、「山陰海岸ジオパーク」の海岸の地図が描かれた看板が置かれています。
 
浜坂駅や鳥取駅に向かう列車がやって参りました。 こちらの列車に乗って行く事になります。 香住駅から1駅鳥取駅方面に向かうと鎧と言う名の駅があったりもします。 列車は普通列車でしたが、先程、名前を出した鎧駅は通過で最初に停車した駅は餘部駅になります。 さらに餘部駅から1駅鳥取駅方面に向かうと久谷駅と言うのがあるのですが、その駅も通過で結果的には香住駅から2番目に停車した駅が浜坂駅になります。
 
さて、列車は浜坂駅に到着しました。 浜坂駅の駅の看板は掲載している写真の通りになります。 浜坂駅は兵庫県美方郡新温泉町にあるのですが、鳥取県との県境の場所に位置している町になっています。 浜坂駅近郊と言えば浜坂温泉と湯村温泉と温泉地が揃っている場所になるのですが、こちらはそのうちの湯村温泉の宣伝看板になっていて「夢千代日記」の「夢千代の里」として宣伝が行われています。 浜坂駅の改札口に行くと「ようこそ浜坂へ」と書かれている看板と、香住駅の時と同じように「かにカニエクスプレス」の横断幕が取り付けられています。 こちらが浜坂駅の駅舎になります。 駅の入口には暖簾が付けられていて風情が良く出ています。
 
浜坂駅の駅舎を出て見るとこのように、「歓迎湯村温泉郷 浜坂温泉郷」の文字が書かれている看板が建てられています。 浜坂駅には駅を出た所にコインロッカーがありますのでそこに荷物を預ける事になりました。 ジオパークといえば地質の景観で認定されていますので、同じく地質で影響されて湧出される温泉もたくさん出ているのかなとも思われされました。 さらに、このように大漁旗が掲げられている足湯が置かれてありました。
 
足湯は屋形船の形を模していて、その先の方には蟹の置き物が置かれていて、「やはり、蟹。」と言う印象が感じられました。 この日は雨が降っていて寒い状態でしたので、レンタサイクルの営業時間が始まるまでの間の時間になりますが、足湯に浸かって行く事になりました。 足を触っていると若干の滑りはあるように感じました。 レンタサイクルのサービスが行われている「浜坂まち歩き案内所「松籟庵」」の営業時間が始まる時間に合わせて足湯から上がってそちらに向かう事になりました。
 
「浜坂まち歩き案内所「松籟庵」」の入口に暖簾が飾られましたので移動する事になりました。 営業開始時間の少し前なのですが、雨が降っていて寒かったのか御好意で内部に案内して頂ける事になりました。 比較的新しい時期に建てられた建物にはなりますが、古民家を意識した建物になっていて風情のある感じになっています。 「浜坂まち歩き案内所「松籟庵」」の内部はこのようになっています。 冬になると寒冷地になる為か、囲炉裏が部屋の真ん中に置かれている状態になっています。
 
「浜坂まち歩き案内所「松籟庵」」の内部はこのように休憩所の設備も完備されていて、囲炉裏を囲むように椅子が置かれていたり、冬季にはストーブが付けられたりします。 本来はレンタサイクルを借りるのみの目的で立ち寄りましたが、スタッフの方と話していると「奥の部屋には古い蓄音機やレコードを飾っていますので見て行かれませんか?」と言われましたので、御好意に甘えさせて頂く事になりました。 廊下を渡るとその古い蓄音機やレコードが飾られてある展示室があるのですが、その廊下にも昔の浜坂の風景を写した古写真が飾られていたりと言う感じで良い雰囲気になっています。 展示室はこちらの場所の右側に行った所にあるとスタッフの方に言われました。 蓄音機や音響機器やレコードが置かれてある展示室に入って行きました。 展示室も撮影が可能で自由に撮影を行う事が出来ます。 どうやら、浜坂が温泉地として有名になる前は、針の生産地として有名であったというのがあったようです。
 
さて、展示室に置かれてある蓄音機を見る事になりました。 近くで見ているとかなり古い機種の物であると言うのが分かって来ると言いますかそのような感じになります。 蓄音機が置かれたのも先述のレコード針との関連で置かれてあると言う事を知ったのでありました。 先程の蓄音機とは別の蓄音機の撮影を行いました  蓄音機の古さも見事な物なのですが、後ろに置かれてあるレコードの曲名も軍歌等が置かれていて聞いてみたいかなと思いました。 展示室の壁には、レコードの他には、浜坂を針の生産地として有名にさせた市原惣兵衛の功績が書かれている案内板も置かれています。 
 
さて、展示室を見終わりましたので、今度こそはと言う感じでレンタサイクルを借りる事になりました。 必要書類を書いた上で料金を支払って借りると言う事になります。 こちらのレンタサイクルは電動アシスト式の物になっていて、坂道でも楽に運転が出来るようになっています。 こうして、無事にレンタサイクルを借りると、浜坂の町並みを自転車に乗って廻る事になります。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その7)浜坂の神社仏閣廻りを行う。

浜坂駅から近い順番に神社や寺院等を廻って行ったのですが、浜坂駅から最も近いであろう場所に地図に書かれていた宝宣寺に最初に行く事になりました。 こちらが宝宣寺の門構えになります。 宝宣寺の燈籠になりますが、石の造りからするとある程度の古さは感じられました。 宝宣寺の本堂になります、御堂はこちらの本堂のみになっていて本堂と寺務所が同じ建物になっているようです。 宝宣寺の庭園になります。 こじんまりとした庭園であるかなと感じられます。 浜坂で最初に訪れた寺院はこちらの宝宣寺になりますが、地図を見ているとまだまだ他にも寺院がありますので見て行きたいと思います。
 
次に向かったのが宝宣寺から南東側に行った所にある満願寺になります。 自転車で移動する事約3分でしょうか、こちらが満願寺になります。 こちらは立派な門構えになっていて、「臨済宗満願寺」と刻まれた石造りの標識が置かれています。 こちらの満願寺には案内板も置かれていて、臨済宗南禅寺派に属していて、町指定文化財である木造十一面観音菩薩立像と四天王像が置かれていると言う事が書かれています。 門が見えて参りました。 門は古い木造のしっかりした造りになっていて、なかなか見栄えがしていて良い物に思えました。 門の中に入るとこのように新旧色々な燈籠が置かれています。 燈籠の石の状態が古い物もありました。 御堂が見えて参りました。 御堂は他の諸堂や燈籠の古さに合わせられて作られているように見えました。 こちらが鐘楼になりますが、 鐘楼は古い建物になっていて良い味を出されているように感じました。
 
参道を真っ直ぐに進んでいると、また、別の御堂が見えて来ました。 こちらの御堂は先程の御堂や鐘楼よりも古い造りになっているようで右側にはさらに別の御堂とも繋がった建て方になっているようです。 先程の御堂から右側を振り向いてみましたが、こちらの御堂が本堂になっているようです。 本堂であると言う事を表しているように山号が描かれた額が掲げられています。 諸堂が建てられている所から、墓地のある区域に向かって行った所の入口にはこのように仏塔が建てられています。 こちらの仏塔は造りが古いような感じがしました。 どのような目的で建てられたのかが気になります。
 
宝宣寺と満願寺の拝観を終えると、次なる目的地である栄福寺のある方角に向かって自転車を漕ぎ出すのでありました。 栄福寺も浜坂の町中にある寺院になります。 地図では距離しか見えて来ないので分からないのですが、道は起伏が多くて若干体力がいる所のようになっているかなとも感じさせられましたが、こう言った場所では電動アシスト機能付きの自転車が役に立つかなとも思わせられる瞬間です。
 
満願寺から自転車で5分程度の所でしょうか、栄福寺の門構えが見えて参りました。 外観から見る限りでは小規模な寺院のように感じて来ますが、内部に入ってみる事にします。 こちらの栄福寺には掲載している写真のように案内板も置かれていて、日蓮宗久遠寺派に属していて、本尊に釈迦牟尼仏が祀られていて、町指定文化財である紙本着色細字法華経が置かれていると言う事が書かれています。 栄福寺の鐘楼になりますが、 鐘楼は境内に入ってすぐ右側に建てられています。 御堂になります。 さらに別の御堂になります。
 
こちらの御堂は鳥居が付けられているのですが、どのような神が祀られているのかが気になる所です。 先程の鳥居が付けられている御堂の隣にある墓と仏塔の撮影も行いました。 古い墓には南無妙法蓮華経の文字が刻まれているだけです。 先程の墓の右側の仏塔なのか墓なのか石碑なのか分からない物の撮影を行いました。 栄福寺の本堂になります。 本堂も木造の建物になっていて浜坂の古い街並みに似合う造りになっています。 自転車は地図には浜坂駅から北に進んで行った所にある、勝願寺や柱松荒神社のある方角を目指して漕ぎ出して行きました。
 
柱松荒神社は地図には書かれていますが、なかなか場所が分からなくてその場所があるであろう道を見ていると小さな社を見付けました。 こちらが柱松荒神社になります。 本当に小さな社と燈籠で神社が構成されていますが、隣には猿田彦神社の名前が冠せられている社も存在しています。 古い石柱の上に古い社が築かれているだけの神社ですが、地図にも掲載されているのか由緒はあるようで、社の注連縄等は良い状態で手入れされています。 奥に本殿でもあるのかなと思って期待して道の奥に進んでみましたが、結局はこの社のみで神社と言う扱いになっています。
 
浜坂の町中にある、栄福寺と柱松荒神社の拝観を終えると、次なる目的地である勝願寺のある方角に向かって自転車を漕ぎ出す事になりました。 勝願寺も浜坂の町中にある寺院になります。 勝願寺は柱松荒神社から自転車で1分程度の本当に近い距離に見えて参りました。 本当に小さな町の中に寺院や神社が集中して建てられているのかなと感じさせられました。
 
勝願寺の門構えになります。 石柱の隣には案内板が置かれていますが、案内板の大きさに比べるとかなり大きな物になっていますのである程度の規模を持っている寺院であると言うのが窺われます。 こちらの勝願寺にはこのように案内板も置かれていて、浄土宗鎮西派に属していて、本尊に阿弥陀如来像が祀られていて、町指定文化財である法然上人画像と善導大師画像が置かれていると言う事が書かれています。 勝願寺の境内に入って行きました。 古い石柱で出来ている門構えの中には立派な本堂らしき建物が建てられています。
 
勝願寺の本堂と本堂の両脇の燈籠になります。 立派な木造建築になっていますが、これまで廻って来た浜坂の寺院の中では造りが新しいようにも感じられます。 勝願寺の寺号が入っている額も確認が出来ました。 本堂に隣接される形で、住職の住居なのか、寺務所なのかは存じませんが建物が建てられています。 鐘楼と仏塔が建てられている場所も見えて参りました。 鐘楼の左側にも御堂が建てられています。 こちらの御堂も何が置かれているのかが気になる所です。 墓地の入口には、このように石の状態がかなり風化されている墓が建てられていました。 浜坂の地元の偉い方々や、勝願寺の歴代の住職の方々の墓になるのでしょうか。
 
このようにして、勝願寺の拝観を終えると、浜坂の町並みの寺院や神社の拝観を全て終えて、当初から見る目的になっている浜坂先人記念館以命亭に向かって自転車を漕ぎ出すのでありました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その8)浜坂先人記念館以命亭と西光寺と加藤文太郎記念館を廻る。

「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の企画書を提出した時点から立ち寄る予定になっていた、浜坂先人記念館以命亭に向かう事になりました。 浜坂先人記念館以命亭の看板が見えて参りました。 建物の壁側には浜坂先人記念館以命亭の説明版も置かれています。 浜坂先人記念館以命亭の建物の正面の姿はこのようになります。 建物の入口の脇にはこのように庭園の門になっているのでしょうか、建物の入口とは別の門も置かれています。 再び、浜坂先人記念館以命亭の入口にやって来ました。 入口から入った所のすぐの場所にはこのように「豊岡縣勧業出張所」と書かれている古い看板が置かれています。 入口を入った所にある机になります。 算盤が置かれていて、その他の台帳等も置かれています。 酒造業が営まれていた当時はこの場所で、取引が行われたり、金銭の計算等が行われていたりされていたであろうと感じます。
 
入口から近い所にある部屋になります。 純和式の部屋になっていて書が描かれている衝立が置かれてあります。 部屋を進んで行くとこのように屏風が置かれたり、襖絵が置かれたり等様々な芸術品に出逢える事になります。 また、別の部屋に向かうとこのように違った風景に出逢えたりもします。 襖絵も綺麗で良いです。 浜坂先人記念館以命亭の建物の部屋の中に生けられている花の撮影を行いました。 和室の中でも中心的な場所になりますでしょうか、このように天井に向かって神棚が供えられています。 神棚が供えられている部屋の奥の部屋は仏間になっています。 こちらに置かれている仏壇は見た目は地味ですがかなり大きな物になっています。
 
この後も浜坂先人記念館以命亭の建物の撮影を行って行く事になりました。 浜坂先人記念館以命亭の建物に入ってしばらくの時間が過ぎて行ったのですが、建物の和の設えを見ながら昔の住居と先人の生活の知恵に心を馳せながらも隅から隅まで建物を見て行きたいと思ってさらに色々な所に入って行きました。 和室の端の方にはこのように衝立やその他調度品が置かれています。 こちらも別の和室を撮影した物になります。 全体の広さを考えるとかなり広い住居になっているようです。 こちらの和室は書斎でしょうか、障子と窓と机で仕切られている空間が見えて参りました。 また別の和室になりますが、古い調度品が置かれていて障子窓からは適度に光が入って来て良い風景になっています。
 
床の間には書の掛け軸と花器に生けられている花が置かれています。 廊下に出てみると庭園が見えて来ました。 廊下の窓はガラス張りの物になっていてそこから見えて来る風景にも癒されます。 廊下ではこのように庭園の回廊を結んでいる通路の風景も見えて来たりしています。 古い温泉旅館でも見られるような風景になっています。 廊下を進んでいるとこのように風呂が置かれてある部屋に辿り着きました。 風呂は木製の浴槽が置かれていて蓋も飾られてあります。
 
廊下から外側に出て見ると、このように開放的な空間が見えて参りました。 庭園に出て行ける扉もあるようですので出てみると言う事にしましょう。 建物の外観が見えて参ります。 同じく庭園から撮影を行った物になりますが、浜坂先人記念館以命亭の母屋の建物の部分がこのような形になっていると言う事が分かりました。 白い漆喰の壁が良い味を出しています。
 
浜坂先人記念館以命亭を満喫した後は、その庭園から見る事が出来た寺院である西光寺と「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の企画書を提出した時点から立ち寄る予定になっていた、加藤文太郎記念図書館に向かって自転車を漕ぎ出す事になりました。 浜坂先人記念館以命亭から自転車で2分程度の距離でしょうか、西光寺の名前が刻まれている石柱と門構えが見えて来ました。 こちらの西光寺にはこのように案内板も置かれていて、浄土真宗本願寺派に属していて、本尊に阿弥陀如来画像が安置されていて、町指定文化財である石燈籠が置かれていると言う事が書かれています。 こちらの燈籠が町指定文化財になっている石燈籠なのでしょうか、確かに、石材の古さと面影は出ています。
 
西光寺の山門になりますが、山門には「如是我門」と言う名前が描かれている額が掲げられています。 鐘楼と蔵になりますが、鐘楼も蔵も、比較的新しい時代に造られている物であるように感じられます。 本堂になります。 本堂は比較的新しい時代に修復されているのか綺麗な建物の印象が感じられます。 本堂に近付いて撮影を行いました。 額には「寿徳山」の山号が描かれています。 本堂から脇に入って行った所には、先程とはまた違う御堂が建てられています。 西光寺の石碑になります。 石碑に刻まれている文章を見る限りでは、平成時代になってから本堂や諸堂が修復されていると言う事が読み取れました。
 
西光寺と田畑を挟んで向かい側にあるのが、加藤文太郎記念図書館になります。 建物は現代的な物になっていますが、どのような展示があるのか気になりましたので、実際に行ってみる事になりました。 加藤文太郎記念図書館の入口になります。 現代的な図書館らしく、時間外用の返却口も備え付けられている物になっています。
 
建物の中に入ってみると、2階建ての物になっているでしょうか、加藤文太郎に関しての記念資料室等は2階に上がって見るようになっています。 既に予定以上の時間を費やしていた状態になっていましたので惜しい所ですが、2階へ向かう階段の入口のみを撮影する事になりました。 1階は通常の町にある図書館その物の設備になっています。 書籍の数もそこそこに立派な物になっていて休憩場所も完備されていると言う状態です。 こうして、西光寺と加藤文太郎記念図書館を見学した後は、一気に自転車で海岸沿いの道を走って行って、新温泉町山陰海岸ジオパーク館に向かう事になりました。 浜坂の町並みに行ってようやくのジオパークらしさの溢れる場所に廻ると言う事になります。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その9)新温泉町山陰海岸ジオパーク館と湯ートピア浜坂と浜坂駅に隣接されている鉄子の部屋の訪問を行う。

兵庫県美方郡新温泉町にある、新温泉町山陰海岸ジオパーク館にも廻る事になりました。 浜坂の町並みに来てようやくの山陰海岸ジオパークらしい場所の観光と言う事になります。 加藤文太郎記念図書館を見学した後には一気に自転車で海岸沿いの道を走って行って、新温泉町山陰海岸ジオパーク館に到着しました。 距離的にはかなり長く感じられましたが、15分程度の時間で到着しました。
 
新温泉町山陰海岸ジオパーク館の入口は掲載している写真ようになっています。 入口から建物の内部に入ると、このように「ようこそ山陰海岸ジオパーク館へ」と書かれてある案内板が置かれていて、新温泉町山陰海岸ジオパーク館の建物の案内と展示の概要もその案内板に書かれています。
 
さて、新温泉町山陰海岸ジオパーク館の本題の展示になる、山陰海岸ジオパークストーリーコーナーの展示を見る事になりました。 私は歴史系や史跡系の展示には強いのですが、地質系の展示になりますので「一からの勉強」と言う感じで見る事になります。 展示室はこのような配置になっていますので、順番通りに見て行こうと思います。 玄武岩の岩石の標本と、それで構成されている兵庫県豊岡市にある玄武洞に関しての展示が置かれています。 山陰海岸ジオパークがどうして世界ジオパークネットワークに認定されているのかが、手に取って分かる地質遺産に付いての案内板も置かれています。
 
こちらの展示は珪化木と呼ばれている木の鉱石になります。 元々は木材だった物が珪酸溶液が浸み込んで鉱石化した物になっています。 こちらの展示はオウナガイ化石の岩塊になっています。 こちらの展示は大山倉吉軽石に含まれている鉱物の表面を、顕微鏡で拡大して見られる物になっています。 こちらが先程の鉱物の表面の拡大図になります。 肉眼では見られないであろう、細かい砂や石の粒子を見る事が出来ます。 文科系の知識よりも理科系の知識の方がこう言う展示の場合は活かされますよね。 展示には化石や地質その物以外にも、このように地質の変化によって生み出されている自然名勝の紹介もパネルの展示の形式で行われています。
 
展示室を移動すると、このように山陰海岸の地上と海底の地形が表されている模型の展示も行われています。 さらに別の展示室に行くと、このように山陰海岸の地上の山脈や地層の立体地図が置かれている場所にもあります。 地形と道路の配置等が一目で分かる立体地図になっています。 また違う展示室に向かうと、今度は山陰海岸ジオパークの地形を身体で体験出来る展示が置かれていました。
 
新温泉町山陰海岸ジオパーク館を見学した後には、再度、自転車を漕ぎ出して海岸沿いの道を進んで行って浜坂の町中に戻って参りました。 自転車で15分程度の距離になりますが、湯ートピア浜坂と言う名前の日帰り温泉施設に到着しました。 湯ートピア浜坂の建物になります。 看板には高齢者いきがい施設とも書かれてありますが、高齢者で無くとも温泉を愉しむ為に入館や入浴をする事は可能になります。 敷地内にはこのように温泉玉子の茹で場所も用意されています。 卵は手持ちの物を持参する形式になります。 このように茹で場所の釜を開けて手持ちの卵を入れて行く事になります。
 
こちらの湯ートピア浜坂は、かつては、濱坂小学校が建てられていたと言う事でその跡地であると言う事の石碑が置かれています。 さて、周辺の風景は十分に見ましたので湯ートピア浜坂の内部に入ろうと思います。 扉を開けて入る事になりました。 入口のロビーにはこのように寛ぐ事が出来る場所も用意されています。 地蔵に見立てた石にテレビにと言う感じで、いかにも高齢者が寛ぐのに合った雰囲気になっています。 何と、浜坂では日本全国でも珍しい「温泉全戸配湯」を行っているとか、要するに浜坂に住むと家庭にいる状態で常に温泉に浸かる事が出来ると言う事です。 温泉も地質からの産物ですのでジオパークらしさと言うのはあるのではと感じられます。
 
こちらのカウンターで、スタッフの方に話しかけてから、入館料を支払って温泉に入ると言う事になります。 こちらが湯ートピア浜坂の温泉の入口になります。 この中で浴槽に浸かって、温泉を愉しみましたが、やはり海側に面している所の温泉なのか、温泉の湯が若干塩味を帯びていました。 浴槽は露天風呂が無く屋内の浴槽のみで、高温の浴槽が1個と中温の浴槽が2個の合わせて3個の浴槽がありましたが、比較的大きめの浴槽になっていました。 「湯上りは休憩」と言う事で、休憩室も見て行く事になりました。 マッサージチェアもこのように完備されています。 こうして、冷たい雨の中で冷え切った体を暖めると、雨も上がりましたので自転車で湯ートピア浜坂の建物を出て真っ直ぐ浜坂駅前にある浜坂まち歩き案内所「松籟庵」に向かって行って、レンタサイクルを返却してからは、浜坂駅のある方向に向かって行くのでありました。
 
さて、レンタサイクルを浜坂まち歩き案内所「松籟庵」に返却をしたのですが、次にやって来る列車の時間は13時20分の鳥取行きの列車になります。 この時点での時間は12時45分、と言う事は列車の時間まではまだ30分近くあると言う事です。 浜坂駅のコインロッカーの近くには、鉄子の部屋と言う名前の鉄道関連の展示を行っている観光施設があるのですが、そこの営業時間は10時から12時と13時から16時と言う事になっていましたので、鉄子の部屋が営業される時間までは、浜坂で最初に立ち寄った足湯に浸かって体を暖めていました。 13時になって鉄子の部屋の中に入る事になりました。 次にやって来る列車の時間に合わせると15分程度の時間の余裕にはなりますが、入場無料ですので見学して行く事になりました。
 
鉄子の部屋の入口のカウンターには、「祝浜坂駅開業100周年」と書かれている横断幕が置かれています。 鉄子の部屋の内部に入ると、このような感じで鉄道の歴史に関しての展示品が色々と置かれています。 「明治44年(1911年)開業浜坂駅」と染め抜かれている暖簾も置かれています。 鉄子の部屋の展示では、このように鉄道関連の古い方向板等が展示されています。 古い時代の「はまかぜ」の方向板や「姫路←→浜坂」と言った感じの方向幕になる以前の時代の方向板も置かれています。 青色の地色の板に鳥取行と書かれている方向板に関して言えば本当に昭和の時代と言うのを感じさせられます。
 
こちらにも懐かしの鉄道関連の展示が置かれています。 浜坂駅の隣の駅になる諸寄駅の古い看板が置かれていたり、蒸気機関車等の鉄製の番号札が置かれていたりします。 こちらの展示では、懐かしの餘部鉄橋の写真のオレンジカードのケースや餘部鉄橋の写真の絵葉書が置かれています。 餘部鉄橋の写真の絵葉書に関しては今でも需要が十分にありそうです。 こちらの展示では、懐かしの硬券の切符やその他記念の乗車券等が置かれています。 こちらの展示では鉄道関連の仕事に就きたいと思っている方なら憧れになるのでしょうか、鉄道関連の仕事の方が被られていた帽子が置かれています。 こちらの展示では鉄道関連の職業の方々の腕章が置かれています。
 
こちらの展示では鉄道趣味の方なら一度は購入したであろう、時刻表が置かれていて、その上には古い時代の青色地の板に書かれている方向板も置かれています。 こちらの展示では昭和中期頃の物でしょうか、かなり古い時代のカラー印刷の鉄道線路図や名所案内図等が置かれていました。 インターネットが存在していなかった時代にはこう言った物が直接の観光案内の情報源になります。 こちらの展示では現在は存在していないであろう懐かしの駅弁の包紙が置かれています。 こちらの鉄子の部屋では全部で80種類の駅弁の包紙が所蔵されているようです。 こちらの展示には鉄道関係者の制服や帽子等が置かれています。 こう言った制服を羽織れる企画があれば個人的には嬉しいかなとも思います。 こうして鉄子の部屋の展示を見ていると列車の時間が近付いて参りましたので、浜坂駅の構内に向かって行く事になりました。
 
「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の2日目の午前中の観光場所となった浜坂ですが、これにてお別れと言う事になります。 そして、兵庫県での山陰海岸ジオパークの観光もこれにて終了になり、次回の項目からは鳥取県の山陰海岸ジオパークの観光の内容に変化して行きます。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その10)いざ、岩美に向かい、浦富海岸島めぐり遊覧船を愉しむ事に。

「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の企画書を提出した時点では計画していなくて、浜坂の観光が終わったら浜坂からそのまま鳥取まで向かって、鳥取市内の旅館に直行する予定でした。 しかしながら、他の「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」に参加されておられる方も良く行かれていた、「浦富海岸島めぐり遊覧船」に私も興味を抱くようになりましたので、2日目の日程を変更して、香住駅から浜坂駅へ向かう列車を1本早めて、午後に岩美駅へ向かって「浦富海岸島めぐり遊覧船」に乗る事になりました。
 
13時20分に浜坂駅を出発した列車は予定通りに動き出して、予定通りに13時42分に岩美駅に到着しました。 さて、岩美駅に到着しました。 岩美駅の駅舎は本当に小さくてすぐに出口に辿り着いたのですが、駅舎の外観はこのようなこじんまりとした物になっています。 この岩美駅では「山陰海岸ジオライナー」の停車駅になっているのか横断幕や幟が掲げられています。 岩美駅も浜坂駅と同様に歴史が古いのか、開業してから100年以上経過しているので記念碑が建てられています。
 
丁度、この時間帯では、島めぐり遊覧船のりばのバス停に向かうバスが無い状態でしたので、岩美駅前に停まっていたタクシーに乗って「浦富海岸島めぐり遊覧船」の乗り場まで移動する事になりました。 タクシーの中では運転手の方とかなり話が盛り上がったのですが、この日、詰まり2日目に宿泊する旅館の名前を言うと、何と、昭和時代に昭和天皇が鳥取市内に行かれた際に宿泊された由緒のある旅館である情報を頂きました。 岩美駅からタクシーに乗る事約10分でしょうか、「浦富海岸島めぐり遊覧船」の乗り場に到着しました。
 
「浦富海岸島めぐり遊覧船」の乗り場に入って、遊覧船の時間に合わせるのに食事を取る場所として選んだのがこちらの「あじろや」になります。 遊覧船の切符を既に購入していますので、時間は20分程度しか無かったので軽食を選ばざるを得ない状態でした。 店内は新鮮な魚介類を中心とした料理を出されているので、このように、大漁旗が掲げられていて漁師小屋のような雰囲気になっています。
 
本当は無理してでも海鮮丼を注文したかったのですが、遊覧船の出航時間に合わせる為に手早く食べられる物と言う事で注文したのが、掲載している写真のあごカツバーガーになります。 さて、遊覧船の乗船時刻が近付いて参りました。 このように通路を降りて行って「浦富海岸島めぐり遊覧船」の乗り場に向かうのであります。 通路を渡るとその場には遊覧船が停泊していました。
 
こちらが今回、私が乗る事になっている遊覧船になります。 「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」に出発する数日前に電話で問い合わせた時に分かった事なのですが、こちらの「浦富海岸島めぐり遊覧船」は乗客が1名の時でも出港して下さるとの事です。 「浦富海岸島めぐり遊覧船」の船内はこのような席になっています。 1日目に乗った「遊覧船かすみ丸」と同様に結構大きな船になっています。 オープンデッキは掲載している写真のような席になっています。 こうして「浦富海岸島めぐり遊覧船」が出港の準備に入って行きましたが、これからどのような風景が見られるのかが非常に楽しみだったりします。
 
「浦富海岸島めぐり遊覧船」は無事に出港して行きました。 遊覧船の乗り場に近い海岸ではたくさんの鴎が飛んでいます。 遊覧船の乗り場に近い海岸では先述でも触れましたが、このようにたくさんの鴎が飛んでいます。 どうして遊覧船に向かって飛んできているのかなと思えば、船員のスタッフの方が市販のえびせんの御菓子をオープンデッキから撒いていたのでした。 えびせんの御菓子を船員の方が海に向かって投げ入れると、このように鴎が羽ばたいて食べに来ます。 遊覧船は網代港のある付近を通過して行きました。 遊覧船が出港すると最初は西側に向かって遊覧船が動いて行きました。
 
網代港と外海を遮る防波堤の所にやって来ました。 遊覧船はいよいよ外海に向かって行って浦富海岸の風景を味わって行くと言う事になります。 浦富海岸の海岸線に入ると、早速ですが、このように自然の造形美で出来上がった海岸や岩肌を見る事が出来ます。 浦富海岸の最初の名所が目の前に現れました。 こちらの島は千貫松島と呼ばれていて、島には洞門があって島の岩肌の上に一本の松の木が茂っているのですが、江戸時代に鳥取藩主であった池田候が船遊びをされた際に「我が城の庭に、この岩付きの松を移しえた者に銀千貫を与えようぞ。」と言われた所から千貫松島の名前が付けられたそうです。
 
こちらの名所は白粉の断崖と呼ばれている所になります。 どうして白粉をはたいたような岩肌になったのかと言えば、野生の鵜の糞が落とされて、それが風化して行ってこのように白くなっていると言う事です。 こちらの島は長島や平島と呼ばれる小さな島になっています。 こちらの名所は岩燕洞門と呼ばれる所になります。 季節になると岩燕が洞門の天井に巣を作っていた事からこの名前が付けられたそうです。
 
岩燕洞門からしばらく東側に進んで行くと、大小無数の島が点在している入江に辿り着くのですが、こちらの名所は観音浦・西蓬莱島と呼ばれる所になります。 このように、入江には島の岩肌と、陸地側の樹木が生い茂っているのが見えて来るのですが、何とも言えないような自然の造形美を愉しむ事が出来ます。 観音浦・西蓬莱島からさらに東側に進んで行くのですが、このように陸地の前には、小さな島が並んである風景に出会って行きます。 遊覧船からでは遠目に見えて来るだけなのですが、陸地側には蜩洞門と呼ばれる洞門が見えて参りました。
 
このような感じで陸地側に向けた風景にはなりますが、陸地の前には小さな島が点在している風景になっています。 波が荒れていますので海の水は透けていると言うよりは波の飛沫の色が見えていますね。 こちらの島は太郎兵衛島と呼ばれる島になります。 島の形を見る限りでは太郎兵衛島であると確認が出来ました。 遊覧船はやがて、菜種島・菜種五島のある場所に向かって行きました。
 
遊覧船が黒島と呼ばれる場所に到着すると、その場所が折り返し地点になっているのか、遊覧船は西側に向けて動き始めて行きました。 こちらの海岸が鴨ヶ磯海岸と呼ばれる場所になります。 このように浦富海岸の海岸線に沿って遊覧船が戻って行くと言う事になります。 御名残惜しい所になりますが、浦富海岸の海岸線の風景も見納めと言う事になります。 遊覧船の乗り場に近い海岸に戻って来ましたが、この場では最初に紹介されたえびせんの御菓子を鴎に振る舞って鴎が羽ばたいて食べに来る姿を再び見る事が出来ました。 本当に近くに寄って食べに来ますので迫力があります。
 
こうして、「浦富海岸島めぐり遊覧船」に乗り終えると、スタッフの方に聞いて次の列車やバスの時間の確認を行って頂くのでありました。 何と、次の列車にしてもバスにしても1時間近くもあるようです。 待合場所はこのように土産物も売られている状態になっています。 海産物を利用した物が多いようですが、御菓子類も置かれていました。 このように天井には大漁旗が掲げられていて、少し前の記事で紹介した「あじろや」と同様に漁師小屋のような雰囲気になっています。
 
流石に、御当地なのか生きたままの松葉蟹が売られています。 松葉蟹は腕も自力で動かされていて、口元からは泡を吐き出していて、「本当に生きている。」と言うのを実感出来ました。 こちらは天日干しになっているするめいかになります。 待合室から外に出ると、このようにボンネットバスに出会える事になりました。 乗務員の方に行先を聞いていると、岩井温泉の方に行くバスになっていて鳥取駅方面には行かないそうです。 乗る事が無かったのですが、折角の機会ですので撮影を行わせて頂く事になりました。 ボンネットバスの場合はこちらのバス停になるのですが、鳥取駅方面に向かうバスや通常のバス等は近い場所にある別のバス停に停まると言う事になります。
 
やはり、昼食が軽食になってしまった関係で、お腹が少し減って来ましたので、「あじろや」に再度入る事になりました。 料理の時間は終わっていたのですが、御菓子類なら提供出来ると言う事でしたので、イカ墨ソフトクリームを食べる事になりました。 強いて言えばイカ墨の粒子感が少しあったかなと言う感じでしょうか。 ようやく、鳥取方面に向かうバスが来る時間が近付いて参りましたので、バス停のある場所へ移動する事になりました。
 
待つ事約5分、鳥取駅方面に向かうバスが現れました。 早速乗り込んで、バスは出発されて行きましたが、浦富海岸から鳥取砂丘の近くを経由して、バスが鳥取市街地に入ると言う事になります。 バスに乗り込む事、約40分でしょうか、鳥取駅に到着してからは、この日に宿泊を行う旅館から「鳥取駅からでしたら送迎を行いますよ。」と事前に連絡をして頂いていましたので、旅館に電話を行って、出迎えて頂くと言う事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その11)2日目の宿泊施設「観水庭こぜにや」へのチェックイン、そして、新鮮な海の幸の夕食を味わう。

「浦富海岸島めぐり遊覧船」の乗り場のバス停からバスに乗り込む事、約40分でしょうか、鳥取駅に到着致しました。 この日に宿泊を行う旅館は「観水庭こぜにや」と言う所なのですが、実際に宿泊する数日前に「鳥取駅からでしたら送迎を行いますよ。」と事前に連絡をして頂いていましたので、旅館に電話を行って、出迎えて頂くと言う事になりました。 送迎車は小型の車でしたが車に乗る事約5分で、「観水庭こぜにや」に到着しました。 掲載している写真は「観水庭こぜにや」の玄関の建物になります。 夜景だと分かりにくいのですが、コンクリートの打ちっぱなしの壁に瓦葺きの屋根が用いられていると言う現代的な建物になっています。
 
玄関から入るとこのようなロビーになっていて開放的な空間が味わえます。 建物は新しくて全体的に「和モダン」な雰囲気が感じられます。 バーになるのでしょうか、落ち着いたカウンター席が並べられていて、地酒が棚に置かれている状態になっています。 掲載している写真はチェックイン後に撮影した物ですが、ロビーのカウンターの撮影を行った物になります。

 

チェックインの時にはソファーの席に案内されて、書類を書くのでありました。 チェックインの書類を書き終えると、こちらの色浴衣のカウンターに案内されて、好きな柄の色浴衣を選んで持って行って頂くと言う事になりました。
 
掲載している写真の、こぜに横丁と言う土産物屋を通り抜けて、私が案内される客室のある建物に案内されて行きました。 こぜに横丁の撮影を行った物になります。 個人的には写真の左上にあるもさえびせんべいと言うのが気になりました。 私が案内される部屋のある棟は白水館と言う建物になっています。 この建物は玄関のある建物と同様に約10年前に建て替えられた物なのですが、この建物になる前の建物が昭和天皇が宿泊された部屋があった建物になっていたと仲居のスタッフの方に言われました。
 
白水館の入口に置かれてある蹲になります。 瓦が円を描くように玉砂利に埋められていますが、何とも言えないような良い雰囲気を出しています。 白水館の内部に入るとこのように明るい現代的な空間になっています。 エレベーターまでは一本の通路で結ばれていてそのまま3階に上がって行くと言う事になりました。 白水館の3階の303号室が今回、私が宿泊を行う客室として用意されました。
 
客室まで案内されると、このようにおしぼりを用意して下さり、御菓子とウェルカムドリンクとして緑茶が注がれました。 この緑茶が何とも言えない程に美味しくて身体が暖まりました。 御菓子の「因幡の白うさぎ」の中身を開けた状態になります。 兎の形をした饅頭が出て来たのですが、適度に甘さがあって良い物に感じられました。 仲居のスタッフの方に「観水庭こぜにや」の館内の案内が行われて、夕食と朝食の時間を聞かれてからは自由時間になりましたが、これにて、2日目の宿泊地に無事に到着になりました。
 
2日目の宿泊地である「観水庭こぜにや」にチェックインを行ってから、私が宿泊を行う客室である3階にある303号室に到着しました。 折角、案内頂いた客室と言う事ですから、客室の撮影を行いました。 客室の仕様は8畳の和室にトイレと風呂が完備されている物になります。 まずは303号室の扉を開けてみました。 最初に見えて来たのが押入れであろう襖と、和室であろう空間が右側に見えて来ました。 その和室の入口はこのようになっています。 襖を開けると、和室の空間が目の前に現れて来ました。 和室は8畳分の空間が広がっていて、3名まで対応になっていて、薄型テレビと花器に生けられている花も置かれています。 また、机と座椅子も置かれているのですが、夕食が部屋食で出される関係があって、机も3名までの規模にしては大きめの物が置かれています。
 
薄型テレビの所が床の間風になっていてその隣にはクローゼットが置かれてあります。 クローゼットの中はこのようになっています。 バスタオルにタオル、色浴衣に寝間着用の浴衣と羽織とアメニティー類が置かれています。 襖と扉で二重に仕切られている部屋と言う事になっています。 左側の襖の奥には洗面所が見えています。 こうして、全部の方向から撮影を行ったと言う事になります。 客室の設備としては、このように机と座椅子が置かれていて、机の上には鳥取の観光ガイドの雑誌が置かれています。
 
先程も少しだけ書きましたが、このように薄型テレビが置かれていて、テレビのコントローラーとエアコンのコントローラーと電話機が置かれています。 こちらは、ポットと茶碗等が入っている櫃が置かれています。 こちらは、花器に生けられている花になります。 花も上品な雰囲気を醸し出しています。 広縁はこのように1名掛けの椅子が2台用意されています。 1人で寛ぐには十分過ぎる程の広さになっています。 カーテンはスクリーン式の物になっていて落ち着いた雰囲気の物になっています。
 
広縁にはこのように冷蔵庫も用意されています。 流石に旅館系の冷蔵庫だけあって大きさもそこそこにある物になっています。 翌朝に撮影を行った物になりますが、広縁からはベランダに出られるようになっていて、このように竹垣で覆われた空間に椅子が2台置かれています。 この広さの客室でも「観水庭こぜにや」の客室では小規模な方になっています。 私が宿泊を行う客室である3階にある303号室を撮影を行っていましたが、洗面所等の設備もかなり良い物になっていますのでそちらの撮影も行いました。
 
襖を開けてみると、洗面所が見えて参りました。 洗面所の鏡は壁一面に広がっていてかなり大きいように感じられます。 洗面所はこのようになっています。 壁一面に広がっている鏡とその下には大きな洗面台があって、ごみ箱や籠や物干しも完備されています。 洗面所には液体石鹸とコップとドライヤーとタオルが置かれています。 風呂に通じる扉を開けてみました。
 
開けてみると、トイレと風呂が並んで置かれているユニットバスの形式になっているのですが、壁はタイル張りになっていて高級感のある物になっています。 浴槽はこのように大きめの物になっていて、ボディーソープも完備されています。 マットも大きめの物が使われている印象があります。
 
浴槽からトイレ側に向けて撮影を行った物がこちらになります。 トイレの床もタイル張りになっていて高級感のあるものになっています。 トイレはウォシュレットが完備されています。 洗面台も通常のユニットバスに比べると、一回り大きめになっているように感じられます。 蛇口も通常のユニットバスと違って洗面台用と浴槽用と分けられています。 風呂と洗面所を仕切っている扉になります。 こうして、客室の撮影を行っていると夕食の時間が近付いて参りましたので、夕食の準備と言う事で仲居のスタッフの方が客室に来られました。
 
「観水亭こぜにや」のスタッフの方からは食物アレルギーのある食材の有無を事前に聞かれていて、私は梅と紫蘇がアレルギーであるとの旨を宿泊の申し込み時に書いて、それに対応されていたメニューが出されると言う事で期待を膨らませていました。 夕食の御品書きが用意されました。 鍵の籠を置いてある所には、私の実名が書かれていますので隠しています。 最初に用意して頂いた物は、先付と前菜と御造里と小鍋と酢物になります。  これだけ揃っている状態で、まだ、全ての食材が用意されていないと言う事になります。 この日の夕食も1日目に引き続いて酒類を加えてみる事にしました。 さて、盆に乗せられている料理を見て行きたいと思います。 箸の近くより時計回りの順番で、前菜、酢の物、先付、御造里と言う感じに置かれてあります。
 
先付の季節の品になります。 豆腐の上に雲丹が乗せられている物になります。 前菜の珍味五種盛りになります。 蟹の爪に代表されるように魚介類が多いです、個人的には左端にある烏賊の酢の物が適度に歯応えと、魚介類特有の香りがあって美味しかったです。 もちろん、右端の玉子の魚を交えた出汁巻も美味しかったです。 酢の物として用意されている茹で松葉蟹になります。 蟹酢で食べる事になるのですが、蟹酢として用意されている物は土佐酢になっていました。
 
御造里として用意されている旬の地魚盛り合わせになります。 旬に合った魚の刺身が用意されています。 海老に烏賊に蛸に鮪に海藻が乗せられています。 醤油と合わせて食べるようになっています。 小鍋として用意されている生の松葉蟹と季節の野菜の辛味鍋になります。 こちらに用意されている松葉蟹と季節の野菜を小鍋に入れて煮て食べると言う事になります。 このように生の松葉蟹と季節の野菜を小鍋に入れて行きます。 小鍋を一煮立ちさせると、このように鮮やかな色の松葉蟹と季節の野菜の辛味鍋が完成します。 小鍋の出汁に辛味のある物が含まれていて、適度に辛い味付けになっていました。
 
御飯と留碗と香の物が用意されました。 御飯は鳥取県産のこしひかりが使われていて、留碗は里山きのこ味噌仕立てと呼ばれる味噌汁になっています。 焼物として用意されている、のどぐろの塩焼きになります。 どくどくの味がして美味しい物に感じられました。 同じく、焼き物として用意されているトマト、茄子、大根の肉味噌焼きになります。 トマトも熱を通すと癖が無く食べられます。
 
これまた、同じく、焼き物として用意されている白烏賊の酒盗焼きになります。 酒盗なので塩分が効いて適度に辛くなっています。 洋皿として用意されている鳥取和牛ヒレステーキとエリンギのコラボレーション和風ソースになります。 鳥取和牛の締まった肉の感触が何とも言えない位に良いです。 焚合として用意されている、冬の焚き合せになります。 冬らしく海老が入っていたりと言う感じです。 温鉢として用意されている、じゃが餅蟹身あんかけになります。 蟹身とあんかけの合わせ方が本当に美味しい物になりました。
 
最後に水菓子・季節の物として用意されたのがこちらのグレープフルーツと抹茶と黒砂糖のゼリーになります。 すっきりとした味わいで、あまり甘く無くて爽快感があります。 夕食を食べ終わると、女将の方が直々に挨拶に来られました。 一人で泊まっているのにわざわざ挨拶までして頂けるなんて、本当に感動した瞬間でもありました。 流石は昭和天皇が鳥取県に訪問された時に宿泊された旅館と言うだけあります。 食事の後は、いよいよ温泉に入る事になります。 鳥取温泉と呼ばれる地域の温泉で、「源泉かけ流し」を謳われているのですが、どれだけ泉質が良いのか愉しんでみたくなります。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その12)「観水庭こぜにや」の夜景と鳥取温泉を愉しんで就寝へ。

「観水庭こぜにや」にチェックインを行ってから3時間程度の時間が過ぎて行ったのですが、そろそろ、温泉に浸かろうと思って温泉のある建物に移動をしようと思っていた時でした。 チェックインを行った時に説明された、貸切風呂に向かおうと思っていたのですが、既に先約が入っていた状態で時間待ちを行う事になったのです。 既に夜の景色になっていて数時間が経ちますが、庭園が程良くライトアップされていましたので、庭園を含めて夜景を愉しもうと思いました。
 
掲載している写真は私が宿泊を行っている白水館から、玄関のある建物を通り抜けた所にある離れの部屋になります。  一度は温泉旅館の離れの部屋に宿泊を行ってみたい物です。 私が宿泊を行っている白水館から、温泉のある建物に向かって行く通路になります。 通路は現代建築と古い建築を併せ持った「和モダン」な感じになっていて、これで、通路の素材が木造であるのなら寺院の通路のような雰囲気にも感じられます。
 
通路から温泉のある建物を撮影した物になります。 温泉のみで1棟の建物になっていると言うのも凄いです。 通路に生い茂っている楓の木になります。 温泉のある建物の近くに生い茂っている、土佐みずきの木になります。 温泉のある建物の近くにある石造りの橋になります。
 
石造りの橋を渡ってみようと思います。 ライトアップされているので、誤って踏み外す事は無いです。 石造りの橋から、玄関の建物の撮影を行った物になります。 石造りの橋を渡った所の楓の木のライトアップされた物になります。 石造りの橋を渡った対岸から白水館と通路を撮影した物になります。 待つ事、約30分でしょうか、ようやく、貸切風呂が空きましたので、ついに温泉に浸かる事になりました。 この日は寒かったので身体をじっくりと暖めようと思います。
 
貸切風呂は露天風呂になっている「二人静」と言う名前の場所と、屋内風呂になっている「なでしこ」と言う名前の場所がありますが、私がずっと狙っていたのは露天風呂になっている「二人静」の方になります。 温泉の告知と書かれている板が掲げられています。 「観水庭こぜにや」の温泉は「鳥取温泉」の中でもかなり上級の物とされていて、簡単な言葉で書きますと「源泉かけ流し」と言う事になります。
 
「二人静」の貸切風呂の洗面所になります。 このようにカップルや家族で使用出来る大きさの物になっています。 脱衣所になります。 籠が2個と言う事になっていますが、個人やカップルや家族での使用と言う事を前提に造られているように感じられました。 「二人静」の貸切風呂の露天風呂はこのような広さになっています。 浴槽と洗い場で4.5畳程度に広さと言う感じでしょうか。 一人で使用するには十分過ぎる程の広さがあります。 木の床に天井からは簾が降りて来ている、人気があってなかなか空きが出ないと言うのも分かります。
 
浴槽側から、洗い場側を見た状態で撮影を行ってみました。 これだけ撮影を行えば広さと言うのも実感出来るかなと思います。 洗い場になります。 石造りの壁に木の床になっています。 シャワーや蛇口等が2個備え付けられています。 これらを一人で使うと言うのも贅沢と言う感じでしょうか。 さて、洗い場で頭と身体をじっくりと洗うと、ついに、「鳥取温泉」の湯で満たされている「二人静」の貸切風呂の露天風呂に浸かる事になりました。 実際に浸かってみると写真のような視点になって来ます。 右側の柱にある筒の口からお湯が絶えず流れ込んでいます。
 
浴槽は木製の物でしたが、状態は良い物で端の方に行くと、このように御湯がかけ流されて行く装置も付けられています。 足を伸ばしてみるとこのような感じになります。 浴槽の直径が130cm程度の大きさなのでしょうか、身体がそのまま入りそうな勢いです。 「二人静」の貸切風呂の露天風呂の風景はこのような物になります。 簾と石庭と樹木が程良く見えている良い雰囲気の物です。 日本庭園を意識されているような風景が造られています。 泉質は海岸に面している土地柄らしく塩分が含まれている物になっていて滑りも適度にあります。 さて、じっくりと「二人静」の貸切風呂の露天風呂で癒されましたが、温泉から上がった時には運良く、もう1箇所の「なでしこ」の貸切風呂も空いていましたので、少しだけ時間をお借りして撮影を行いました。
 
こちらが「なでしこ」の貸切風呂の洗い場になります。 こちらもシャワーや蛇口等が2個備え付けられています。 こちらが、「なでしこ」の貸切風呂の浴槽になります。 石造りの浴槽と言う感じになっています。 広さは長方形型で程良くあると言う物になります。 こうして、貸切風呂を愉しんだ後には、大浴場の方にも向かうのでありました。 折角、高級な温泉旅館に宿泊していますのでどちらも愉しみたいです。
 
「観水庭こぜにや」には貸切風呂以外にも大浴場の温泉があります。 夜もかなり遅くなっている時間になり比較的空いているであろう時間になって来ましたので大浴場のある温泉のある建物に向かう事になりました。 温泉のある建物の入口になります。 「女湯」と書かれてある看板は、奥の方の大浴場の方へ案内されています。 交替制になっていて朝になると男女の大浴場の場所が交替になっているとチェックインの時に仲居のスタッフの方から説明して頂きました。 女性の大浴場に入って行く事になります。 幸い、誰もいない状態と言う事になります。 脱衣場になります。 貸切風呂と違っていて、このようにたくさんの籠が置かれている状態になります。 洗面所になります。 こちらも規模が大きな物になっています。 また、女性の大浴場には化粧水等も置かれています。 洗い場になります。 やはり、大浴場ですので大きさもこのように違って来ています。
 
大浴場「徳足の湯」の浴槽になります。 石造りの浴槽になっています。 露天風呂は逆上せない所が良いです。 露天風呂から見える景色はこのようになります。 こちらも、貸切風呂と同じく、日本庭園を意識した造りになっています。 夕食が終わった時にスタッフの方に布団を敷いて頂いたのですが、303号室に戻って、布団が敷かれている所にようやく到着して、就寝に入って行く事になりました。 こうして、「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の2日目の旅程が終了する事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その13)「観水庭こぜにや」の朝の温泉と風景、朝食、そして、旅立ちへ。

「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」も2日目の日程も終えて、3日目の日程が始まりました。 まずは、温泉のある建物に直行して行きました。 「女湯」と書かれてある看板は、手前の方の大浴場の方へ案内されています。 交替制になっていて、前の日の夜とは違って男女の大浴場の場所が交替になっています。 脱衣所の設備等は、奥の方の大浴場とは殆ど変わりの無い物になっています。 化粧水等が交替に合わせて動かされて用意されているという感じでしょうか。 化粧水等はこのようにして置かれています。 コーセーの「クエスト」が用意されています。 洗い場になります。 前の日の夜にしっかり体を洗っているので、軽く顔を洗うだけになりました。
 
大浴場「家持の湯」になります。 前の日の夜に浸かった「徳足の湯」とか違っていて木製の枠が使用されている浴槽になります。 露天風呂「紫陽花の湯」になります。 こちらも「家持の湯」と同様に木製の枠が使用されている浴槽になっていました。 露天風呂の御湯が出されている部分になります。 このような感じで「源泉かけ流し」が行われています。 露天風呂から見える景色はこのようになります。 逆上せないようにベンチが置かれていたと言う事は、この時に初めて知りました。 露天風呂「紫陽花の湯」の端の方には、このようにかけ流された御湯を流す場所が置かれています。
 
朝の大浴場を愉しんだ後には、庭園を巡ろうと庭園の方に足を運ぶように動いていたのですが、思わぬ、幸運に恵まれて、別の場所に向かう事になりましたが。 運良く、「なでしこ」の貸切風呂も「二人静」の貸切風呂も空いていたのです。 それぞれの貸切風呂の朝の風景の撮影だけでも出来たら良いかなと思って行く事になりました。 貸切風呂の入口になります。 向かって左側が「なでしこ」の貸切風呂、向かって右側が「二人静」の貸切風呂になります。
 
「二人静」の貸切風呂の朝の風景になります。 夜の風景と違っていて朝の風景になると開放的な感じになります。 やはり、朝の風景の方が綺麗で良いです。 石と木の色合いの違いが良く分かって来ます。 洗い場も朝になると、光が入ってきて開放的な空間になっています。 「二人静」の貸切風呂の露天風呂から見える風景はこのようになります。 朝になると、植えられている樹木の違いも良く分かって来ます。
 
変わって、「なでしこ」の貸切風呂の洗い場の朝の風景はこのようになります。 「なでしこ」の貸切風呂の朝の風景はこのように明るくなって来ます。 窓からは光が適度に入って来ます。 「なでしこ」の貸切風呂の浴槽は段差が少ないのが魅力です。 こうしているうちに朝食の時間が近付いて来ましたので、朝食の場所であるレストランに向かうのでありました。
 
2012年11月25日、この日は最初に訪れる予定になっている、「因幡万葉歴史館」のある鳥取市国府町行きのバスの時間に合わせるように、少し早めの朝食と言う事になりました。 朝食の場所は、部屋食ではなくて私が宿泊を行っている「観水庭こぜにや」の白水館の1階にあるレストランになります。 レストランの入口は、このように白いガラス窓の入口になっています。 席はこのようにテーブル席が配置されていて、全体的に明るくて開放的な空間になっています。 用意されてある席に案内して頂く事になりました。 席に着くと、朝食の御品書きが用意されました。
 
朝食の定食が用意されました。 定食なのに凄く量が多くてびっくりしています。 鰈の干物に雨滝豆腐、豆腐竹輪、きのこ海苔、らっきょう、鳥取県産こしひかりの御飯、その他、出汁巻き玉子や味噌汁、香の物、果物が含まれていてかなりの量になっています。 鰈の干物になります。 鰈は山陰地方の冬の朝食としては定番品なのでしょうか。 2日目の朝の「夕香楼しょう和」の「カフェ・プラージュ」でも鰈の干物が朝食として用意されていただけに。 出汁巻き玉子になります。 出汁巻き玉子は出しが薄い色の物を使用しているのか、綺麗な卵の黄身の色が生かされた物になっています。
 
豆腐竹輪と香の物になります。 豆腐竹輪は思ったよりも味が付いていて美味しく食べる事が出来ました。 きのこ海苔になるのでしょうか、野菜との和え物のような見た目になっています。 香の物になるのでしょうか、濃厚な味が付いていて御飯と良い食べ合わせになりました。 山芋と小魚になります。 山芋も小魚も新鮮で美味しく食べられました。 烏賊の刺身とらっきょうになります。 らっきょうは普段見慣れている物よりも一回り大きい粒になっています。 鳥取県産こしひかりの御飯と薬味と御茶になります。 御飯は適度に固さがあって食べ応えがありました。 味噌汁になります。 こちらの味噌汁は程良い味付けになっていて、中には適度に野菜類が入っています。
 
果物になります。 オレンジになりますでしょうかね、こちらも食べやすく切られていましたので美味しく食べる事が出来ました。 こうして、朝食を食べ終わると荷物を纏めて3日目の旅程を愉しむ準備を始めていました。
 
この日と次の日である11月26日は鳥取県内を観光するのでありますが、その際の移動手段はバスが主な移動手段になります。 そこで役に立つのが、「鳥取藩のりあいばす乗放題手形」になります。 鳥取駅構内の観光案内所等で購入を行う事が出来ます。 木製の御札の形になっているのが、「鳥取藩のりあいばす乗放題手形」になります。 鳥取市内はもちろんの事、鳥取県内の路線バスが3日間乗り放題になって、鳥取県内の観光施設の入場料も割引になる特典が含められていたりで何かと便利な物になります。 裏返すと掲載している写真のように、絵が描かれている面が出て来ます。
 
こちらは本題とは関連性の少ない写真にはなりますが、「観水庭こぜにや」のアメニティー類になります。 石鹸に櫛に歯ブラシとシャワーキャップと化粧水のセットが付けられていました。 さて、出発を目前にして、「鳥取藩のりあいばす乗放題手形」の用意を確認と言う事になりました。
 
因幡万葉歴史館のある鳥取市国府町行きのバスの時間は9時40分だったのですが、それまでには若干の時間の余裕がありましたので、「観水庭こぜにや」の朝の風景を撮影しての出発と言う事になりました。 朝の風景になりますので、客室から見える風景も愉しめます。 2012年は本格的には紅葉を見ていなかった私に取っては良い風景を味わえました。 白水館の入口に降りて参りました。 最初にチェックインした時には暗くて気が付かなかったのですが、このような形の入口になっているのです。 白水館から移動して玄関のある建物を通り抜けた所にある離れの部屋になります。 こちらも夜と朝では見えて来る姿が違って来ています。
 
温泉のある建物に向かっている通路になります。 朝になるとやはりですが、温泉のある建物の形もはっきりと分かって来ます。 中庭にある池で泳いでいる鯉の姿になります。 通路では、このように紅葉になっている楓の木が生い茂っている状態になります。 夜の時には暗くて見えて来なかった石造りの橋の先の島の風景になります。 茶室のある島から「観水庭こぜにや」の白水館を撮影を行った物になります。
 
玄関のある建物のロビーに戻って参りました。 ロビーの椅子もまた違った風景を出しています。 この場で出かける時間が近付いて参りましたので、精算を行って「観水庭こぜにや」ともお別れということになりました。 1泊での利用でしたが、一流の接客も味わう事が出来て本当にこちらの旅館を選んで良かったと思っています。 玄関を出て、玄関の建物の撮影を行った物になります。 駐車場に生い茂っている楓の木になります。 見事なまでの真っ赤な紅葉になっています。 最後に、「観水庭こぜにや」の入口を撮影してから、送迎用の車に乗り込む事になりました。 1泊での利用でしたが本当に御世話になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その14)「因幡万葉歴史館」での古代女官衣装の体験。

「観水庭こぜにや」のスタッフの方に鳥取駅前のバスターミナルに送って頂けた後、鳥取市国府町に向かうバスを待ちました。 待つ事、約5分程度でしょうか、国府町にも向かう雨滝行きのバスが到着しました。 こちらのバスに乗って移動ということになります。 鳥取駅前から雨滝行きのバスに乗る事、約25分でしょうか、最寄りのバス停である「因幡万葉歴史館入口」から歩いて約5分の所に、「因幡万葉歴史館」の建物の内部への入口が見えて参りました。
 
建物の内部に入ると、展示室の手前の通路に古代の衣装が人形に取り付けられたり、ハンガーパイプに掛けられたりして置かれてありました。 大人用のサイズの物と子供用のサイズの物が複数の種類で用意されてあります。 時間に余裕があれば、こちらの体験も行ってみたかったのかもしれません。 「因幡万葉歴史館」の展示を見られる場合は100円の体験料金で衣装体験が出来て、展示を見られない場合は300円の体験料金で衣装体験が出来るようになっています。
 
最初に選んだ衣装は女性用の衣装で、紫色の華やかな物になります。 衣装は直感的な色の好みで選ぶという事になりました。 衣装によっては若干のサイズの違いがあるようですが基本的には大人用と子供用に分かれています。 衣装は大人用の物も子供用の物も男性用の衣装と女性用の衣装があります。 女性用の衣装の場合は、最初に背子を選んでから、裙を選ぶ事になります。 最初に選んだ衣装はこちらの組み合わせになります。 紫色の背子に紅色の裙になります。 上衣は白色系のものに統一されていて、比礼や首飾りや髪飾りも用意して頂けます。 撮影はスタッフの方に行って頂けます。
 
こちらの「因幡万葉歴史館」の古代の衣装は裙は、本式の腰に巻く形式では無くて女袴の型紙を使用されていたのか、左右の脇に紐がある物になっています。 日曜日だとは言え、開館して間も無い時間帯でしたのでスタッフの方にも時間的な余裕があって、御好意で撮影を行って頂きました。 想像していたよりも華やかで上品な衣装の出来栄えに、私としても満足の行く内容です。
 
「因幡万葉歴史館」では紫色の背子の衣装を体験させて頂いたのですが、展示を見る時間という程の余裕は無い物の、若干の時間の余裕がありましたので、もう1着分衣装体験を行う事になりました。 体験料金はスタッフの方の御好意で費用の追加をしなくても、もう1着分衣装体験をさせて頂く事になりました。
 
2着目で選んだ衣装はこのように、縹色の背子に紫色の裙の物になります。 比礼は桜色の物と白色の物の二重重ねの物が用意されました。 こちらの縹色の背子は、胸周りが若干小さかったような感じがします。 背子が最初に着た紫色の物に比べると若干小さい物でしたので、背中にも胸にも少し窮屈かなと思いましたが、何とか着られたと言う感じになっています。
 
入館料を支払うとこのように展示室の入口では無くて、館内の庭園での撮影も可能になると言う事をスタッフの方から聞きました。 古代の衣装の衣装体験と言えば、2010年に「平城遷都1300年祭」が行われていた時代の奈良県の古代の衣装の衣装体験が真っ先に浮かびましたが、奈良県で体験出来る所は、博物館系の場所でも、店舗系の場所でも常設されていなかったので、常設で体験が出来る所では初めての体験になりましたが十分に愉しめる内容になって いました。
 
強いて言えば、裙が本式の腰に巻く形式の物であって頂きたかったかなと言う感じで、こちらで体験出来る衣装の裙は女袴の型紙から起こされて作られているので、着用方法も女袴とほぼ同じ形式でその点が惜しいと言えば惜しかったかなと思います。 「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」では初めてとなる衣装体験系の観光施設の訪問になりましたが、限られた時間ではありましたが十分な収穫がありました。
 
こうして、「因幡万葉歴史館」での衣装体験を終えると、再び、バス停まで歩いて行って鳥取駅前に向かうバスを待って乗り込む事になりました。 キャリーバッグを鳥取駅の構内のロッカーに預けなくて、重いキャリーバッグを引っ張って行ったのが反省面かなと思いました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その15)「とれとれ市場日本海」での昼食、そして、鳥取砂丘と「砂の美術館」へ。

「因幡万葉歴史館」の近くにあるバス停から、鳥取駅前に向かうバスに乗り込んで約25分でしょうかバスは鳥取駅前に到着しました。 次に計画している予定としては、この日は晴れていましたので、鳥取砂丘を見に行くと言う事になります。 鳥取砂丘に向かうバスの時刻表を見て、次に出るバスの時刻までは約40分という事ですので、その時間を活かして昼食を取る事になりました。 時間的には余り余裕が無いので、こちらの鳥取駅の構内にあるショッピングセンターである「シャミネ」の中に入る事になりました。
 
数件ある店舗から直感的に選んだのが、こちらの「とれとれ市場日本海」になります。 寿司なら少ない時間でも十分に食べられると言う印象があったので寿司を出して下さる店舗を探していました。 「とれとれ市場日本海」の定食を出されている側の店舗の入口には、このようにメニューが一部写真を交えて掲載されています。 私は店舗に入る前に直感的に注文したいと思っていた「日本海」という名前の小鉢と茶碗蒸し、寿司8貫、うどんがセットになっている定食メニューの注文を行いました。 掲載している写真の案内板が気になりました。 こちらの店舗で使用されている寿司に使われている酢飯は二十世紀梨の梨酢が使用されているとの事です。
 
こちらが「日本海」の定食の料理になります。 寿司が8貫、サラダの小鉢、茶碗蒸し、うどんが付けられていて1000円と言う手軽さのあるメニューになります。 寿司になります、私の好物の鮭の寿司もありますが、どの寿司ネタも新鮮で、且つ、身が分厚くて噛み応えのある良い物になっています。 サラダになります。 芋のサラダに蟹であろう物なのか、赤い色の身が入っていました。 うどんになります。 うどんの麺の固さは普通で、出汁は薄味でわかめときつねが入っていました。 こちらが茶碗蒸しになります。 茶碗蒸しも海産物が入っている物になっていて本当に美味しかったです。
 
支払いは「とれとれ市場日本海」の回転寿司を出されている側の入口のレジで行われました。 出口を出てみるとこのように、同じ「とれとれ市場日本海」でも回転寿司を出されている側の店舗の入口になっている場所になっています。 こうして、無事に昼食を終えると、鳥取駅構内にあるコインロッカーに荷物を預けてから、鳥取砂丘に向かうバスのある鳥取駅前のバスターミナルに向かう事になりました。 バスは程無くして来ましたのでそれに乗車して約20分の距離でしょうか鳥取砂丘のバス停に到着しました。
 
鳥取砂丘のバス停に到着した私は、らくだ乗り体験で何処に行けば良いのか分からない状態でしたので、運営元である「らくだや」と言う名前の土産物が売られている店舗に立ち寄る事になりました。 スタッフの方に聞いてみると直接、鳥取砂丘の入口の階段を上がった所に行けば、らくだ乗り体験の受付を行っていると言う事が分かりましたので、鳥取砂丘の入口の階段に向かう事になりました。
 
鳥取砂丘にはらくだ用の入口が用意されていたのか、らくだが引っ張っている車にも会うことが出来ました。 この時は休憩を終えて、これから仕事に向かうという状態でスタッフの方に引かれて行きました。 このようにして急な坂をらくだが引っ張っている車が登って行かれました。 さて、実際に鳥取砂丘の入口の階段を上がって行って、鳥取砂丘の中に入って行く事になりました。 本当に広い砂の世界が広がっていて、海も見渡せるという他所には無い風景が広がって来ました。
 
写真の真ん中にある砂の壁のような斜面が、「馬の背」と呼ばれている場所になります。 実際には斜面の部分の高さが50メートルあると言われています。 しばらくの間、鳥取砂丘の風景を見ていると海側から振り返った所には、らくだ乗り体験の場所が見えて参りました。 らくだ乗り体験は1名乗りだと1800円、2名乗りだと3000円と言う事が看板に書かれていました。 らくだ乗り体験を行いたいと言うのがあって、それに対して行列が出来ていたので、スタッフの方に待ち時間を訊ねてみると何と30分待ちになっていました。
 
30分も待っていると、当初からの予定が達成出来ないと言う物理的な壁に当たりましたので、らくだに乗っての撮影のみでの待ち時間を聞いていると、 その場合は5分待ちであると言う事が分かりました。 写真に残すと言う意味ではそれ程変わらないだけに、らくだに乗っての撮影のみを行う事になりました。
 
私もこのようにしてらくだの背中に跨って撮影を行って頂きました。 実際には乗って移動する事が出来なかったのですが、実際にらくだに乗って撮影を行って頂いていると言う事を、写真の形で残せたと言うだけでも収穫はありました。 最後はスタッフの方の指示で、らくだがデジカメの方向に振り向いている迫力のある構図で撮影を行って頂きました。 特別にサービスを行って頂けたのですが、らくだ単体での撮影も行わせて頂きました。
 
らくだに乗って撮影を愉しんだ後、再び、鳥取砂丘の風景を見てみる事になりました。 周辺の地域は樹木が生い茂っているのに、砂丘が広がっていて群生している植物も特殊な物になっていると言うのが自然の不思議と言う事です。 この日は15時から予約している物があって、鳥取砂丘の入口から出て、「砂の美術館」のある場所に向かってそこから再び、鳥取砂丘のある方角の風景の撮影を行いました。
 
鳥取砂丘でらくだに乗って撮影を愉しんでからは、鳥取砂丘のバス停から歩いて5分程度の距離にある「砂の美術館」へ向かいました。 「砂の美術館」はテーマを設定してそのテーマに合わせられた砂像が展示されている美術館であります。 こちらが「砂の美術館」の入口になります。 建物の外観は、現代美術系の美術館のような雰囲気が感じられますが、表には砂像が置かれてあります。 何でも、砂像が専門的に展示されている世界初の美術館になります。
 
今季の展示は「第5期展示砂で世界旅行・イギリス」になっていますので、このようにイギリスの国旗が飾られていて、イギリスを意識された通路になっています。 砂像の作品の順番は順路通りに紹介を行いたいと思います。 一番最初に見えて参りました作品は「タクシーとツーリスト」と言う名前の作品になります。 続いて見えて参りましたのが、「ロンドン塔」と言う名前の作品になります。 次に見えて参りましたのが、「タワーブリッジとダブルデッカー」と言う名前の作品になります。
 
続いて見えて参りましたのが、「大英博物館」と言う名前の作品になります。 さらに、続いて見えて参りましたのが、「イギリスの文学シェイクスピア」と言う名前の作品になります。 次に見えて参りましたのが、「ウィンザー城」と言う名前の作品になります。 案内板と見ていると、バッキンガム宮殿等のイギリスの王宮のいくつかを一般公開しているとの事です。 続いて見えて参りましたのが、「大航海時代を担った帆船」と言う名前の作品になります。
 
掲載している写真が、中心的な展示になっている、「エリザベス1世と絶対王政」と言う名前の作品になります。 さらに順路を進んで見えて参りましたのが、「イギリスの科学ニュートンとダーウィン」と言う名前の作品になります。 向かって右側がニュートン、向かって左側がダーウィンになります。 次に見えて参りましたのが、「イギリスの歴史産業革命」と言う名前の作品になります。 この「産業革命」で中世国家から近代国家に進化して行ったと言うことです。 続いて見えて参りましたのが、「ハンプトンコート宮殿」と言う名前の作品になります。 エリザベス1世の時代ではこちらの宮殿が政治や歴史の中心になったと案内板には書かれてありました。
 
こちらの作品が、「バッキンガム宮殿」と言う名前の作品になります。 こちらが現在のイギリス王室での宮殿の砂像になりますが、先程の「ハンプトンコート宮殿」の砂像の砂壁の裏側に造られています。 最後に見えて参りましたのが、「エリザベス2世と馬車」と言う名前の作品になります。 このようにして「砂の美術館」の作品を見て参りましたが、こちらの作品は砂を固めて彫っていると言う物にはなっていますが、崩れるのを防ぐ為の薬剤等の注入は一切行っていないとの事です。 それもあって、今回の展示が終わると、砂像が崩されてテーマを変えて砂像も新しく変えての展示と言う事になっているそうです。 こうして、「砂の美術館」を見終えた後は、移動を行う為のタクシーの手配を行いに「砂の美術館」の下にある観光案内所に向かう事になりました。
 
「砂の美術館」を見終えた後は、移動を行う為のタクシーの手配を行いに「砂の美術館」の下にある観光案内所に向かう事になったのですが、その観光案内所で は入場無料で「世界ジオパーク展示ギャラリー」と言う名前の展示室がありましたので、タクシーを手配している待ち時間を利用して見る事になりました。 こちらの展示室が「世界ジオパーク展示ギャラリー」の入口になります。 展示室の案内板には「世界のジオパーク&鳥取砂丘の風と共に」と言う内容で展示が行われています。 展示室の中は開放的な空間になっていて、「世界ジオパークネットワーク」に加盟しているジオパークがパネルの形で紹介されています。
 
展示室の壁面には鳥取砂丘や世界各国の砂丘を表した絵画が掲げられています。 「日本ジオパークネットワーク」に加盟しているジオパークのパネルの展示が置かれてあります。 このうち、「世界ジオパークネットワーク」に加盟しているジオパークの一つとして「山陰海岸ジオパーク」が存在しています。 こちらは「世界ジオパークネットワーク」に加盟している日本のジオパークのパネルの展示が置かれています。 「洞爺湖有珠山ジオパーク」、「島原半島ジオパーク」、「糸魚川ジオパーク」、「山陰海岸ジオパーク」、「室戸ジオパーク」と5箇所存在しています。
 
「世界ジオパークネットワーク」に加盟している中国のジオパークのパネルの展示が置かれてあります。 流石に中国は国土が広いだけあってジオパークも多いと言う事です。 こちらは「世界ジオパークネットワーク」に加盟しているアジア・オセアニア・アメリカのジオパークのパネルの展示が置かれてあります。 意外にアメリカ大陸のジオパークが少ないような印象が感じられました。 こちらは「世界ジオパークネットワーク」に加盟しているヨーロッパの国々のジオパークのパネルの展示が置かれてあります。 タクシーの手配の電話を行ってから約10分経過した所でしょうか、タクシーがやって来ましたのでタクシーに乗っての移動と言う事になりました。 鳥取砂丘周辺から次に訪れる場所は、バスでは直接行けない場所になるので、タクシーに乗っての移動になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その16)樗谿神社と芳心寺と本慈院で旅の無事を願う。

「砂の美術館」からタクシーに乗って向かう事になった場所とは、この、樗谿神社(おうちだにじんじゃ)になります。 タクシーに乗る事約10分でしょうか、樗谿神社の入口に到着しました。 樗谿神社の入口の唐門になります。 かなり古い作りになっていている物になります。 本殿にある唐門は国の重要文化財として指定されています。
 
唐門の手前には、「権現茶屋」と言う名前の喫茶店兼御札所が建てられています。 唐門を潜り抜けると、鳥取県神社庁の建物が見えて来ました。 鳥取県の神社の中でも樗谿神社は格式が高い神社であるということをタクシーの運転手の方から聞いていましたが、本当にそういう位置付けになっていて、神社庁を所有している神社と言う事になります。
 
かつては鳥居が建てられていたであろうのか、鳥居の礎石らしき物も見付けました。 丁度、対面上に2箇所ありましたので鳥居の礎石であるであろうと感じられます。 しばらく参道を歩いていると、拝殿に向かう門が見えて参りました。 こちらの門もかなり古い建物になっています。 拝殿に向かう門の横には手水舎も置かれています。 手水舎の石造りの水盤の下の方には「東照宮大権現御賽前」という文字が刻まれています。 現在は樗谿神社と呼ばれているのですが、別名として因幡東照宮として呼ばれていると言う事だそうです。 拝殿に向かう門を潜り抜けて階段を上がっているとこのように拝殿が見えて参りました。
 
拝殿には徳川家の家紋である「三葉葵」が染め抜かれている幕が飾られています。 こちらの拝殿も国の重要文化財として指定されています。 本殿の脇には掲載している写真のような古い石碑が建てられているのですが、どのような石碑であるのか気になる所です。 手前にあるのが唐門、奥にあるのが本殿になります。 どちらも国の重要文化財として指定されているのですが、唐門や本殿の木材の古さや精巧な造りも魅力的なのですが、それを覆っている結界もまた古さがあって良い物に感じられます。
 
拝殿と唐門と本殿の位置関係はこのようになっています。 どの建物も見る価値は高いと思います。 こうして、樗谿神社を参拝した後は、15時から予約している物がある場所に向かうべく、その場所が樗谿神社から歩いて行ける距離の所にありますので、歩いて向かうと言う事になりました。
 
樗谿神社から、15時から予約してある物がある場所に向かうべく、道なりに歩いていると、純和風の造りになっている庭園と休憩所を見つけましたので、少し、足を停めて見る事になりました。 こちらがその休憩所である梅鯉庵になります。 入館は有料になっていて、高齢者には割引が適応されるようになっています。 梅鯉庵の庭園はこのように池に石や樹木を配置した物になっています。 庭園を見るだけの目的であるのなら、内部に入る必要性は少ないです。 庭園は池の周囲を取り囲むように構成されている小規模の物になっています。
 
梅鯉庵の近くにはこのようにして陸に上げられている屋形船もあります。 案内板も設置されていて、こちらの地域を流れていた袋川という名前の川には、江戸時代から昭和時代初期まで屋形船が利用されていて、船遊びをしたり、川魚等の料理を楽しんだりをされたようです。 そして、こちらに置かれている屋形船が袋川で最後に使用されていた屋形船になります。 屋形船には入口であろう階段も取り付けられています。
 
樗谿神社から、15時から予約してある物がある場所に向かうべく、梅鯉庵のある場所からさらにその場所に近付いて行った所になるのですが、今度は寺院が見えて参りました。 門構えも大きい物でしたので、少しの時間ですが拝観を行う事になりました。 芳心寺の入口の門になります。 完龍院と言う名前の寺院の名前も冠せられていますが、芳心寺の別名なのか、また別に寺院があるのか分かりませんが入ってみると言う事にします。
 
寺務所らしき建物になります。 寺務所の近くにはこのように仏塔も建てられています。 日蓮宗の寺院らしく、「南無妙法蓮華経」とお題目が刻まれています。 寺院の建物の一つになります。 朱塗りになっている部分があったりして華やかな感じになっています。 さらに寺院の奥に進んで行きたいと思います。 道が細く分かれていて迷いそうな見た目になっています。
 
本堂に到着しました。 本堂は木造の建築物になっていて、古びた木材も使われています。 本堂と棟続きになっている建物がありますが、その場所には案内板が置かれていましたので、その案内板を見る事になりました。 案内板には日蓮宗の寺院であると言う事が書かれていて、「身延山別院・山陰身延」と呼ばれていて、日蓮の遺骨が分骨されている由緒のある寺院と言う事が分かりました。 墓地の入口になります。 入口には古くて大きな墓碑が建てられていて、昔の人物であろう墓が建てられています。
 
こちらが日蓮の遺骨が分骨されている御真骨堂になっています。 折角、来たからにはと言う感じで階段を上がって行くという事になりました。 御真骨堂が目の前に迫って来る所までやって参りました。 御真骨堂の前にはこのようにして蝋燭や線香を捧げる場所も置かれていましたが、手持ちに線香や蝋燭は無し、結局、御祈りするだけになりました。 御真骨堂にはこのようにして「高祖日蓮大菩薩」と描かれてある仏額が置かれています。
 
芳心寺の日蓮の御分骨安置霊場を拝観した後には、そのまま、15時から予約してある物がある場所に向かうべく、移動をしようと思った時でしたが、隣にも寺院がある事に気が付きましたのでそちらの拝観も行いたいと思って境内の中に向かう事になりました。 こちらが本慈院の門構えになります。 寺院なのに奥に鳥居の姿があるのが気になります。 門の中を歩いているとすぐに見えて参りましたのが、本堂になります。 「本慈院」と書かれてある額が掲げられています。
 
寺院である筈なのですが、このように石造りの立派な鳥居が置かれていて、奥には神社で言う所の社殿のような建物が見えて参りました。 鳥居の中を潜り抜けると、社殿らしき物が見えて参りました。 吊り下がっている物も神社の形式である鈴になります。 本慈院の表側は寺院なのですが、奥に入ってみると神社の形式になっていると言う変わった形式の寺院ではありました。
 
さて、寄り道を何度も行いましたが、次こそ、15時から予約してある物がある場所に向かう事になりました。 予め印刷して置いた地図が手掛かりなのですが、その場所の正式な番地までが出せなかったのでその場所であろう所に向かってみます。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その17)「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」にて、ドレス姿の御仕度に。

15時から予約してある物がある場所になるのですが、「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」の前期日程で参加されていた方が訪問されていて、その場所で衣装体験を行っておられましたので、私もかねがね行きたいと思っていた所だったのですが、その場所は「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」という名前の場所になります。
 
「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」の住所は鳥取市大榎町と言う住所になっているのですが、詳細の番地が地図サイトには掲載されていなくて、大榎町のある場所を歩いていましたが、本当に、分からなくなって来ましたので、予約を行った際に電話帳に入れていたスタッフの方の携帯に電話を掛ける事になりました。 そこで、「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」の詳細の場所が分かったのですが、地図サイトで教育会館と書かれてある場所から真っ直ぐ北に進んだ場所になります。
 
スタッフの方の出迎えによって「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」の内部に入って行くと言う事になります。 古民家を改装された建物になっていて、奥まっている所に入口がありました。 通路を進んで行くと、左側へ曲がる道が出て来ました。 目の前に見えている煉瓦造りの壁が気になります。
 
さて、私が案内されたのは、こちらの「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」の本館の方になります。 入口にはこのようにドレスが着付けられているトルソーの姿もありました。 着付けで用意された部屋には、掲載している写真のように「大榎庵」の文字が書かれている書の額が掲げられています。
 
さて、ここからがドレス選びと言う事になりますが、4着あるドレスの中では2着が同じデザインの色違いの物、残りの2着が違っているデザインの物でした。 どのドレスも魅力的なのですが、「如何にも、婚礼衣装のお色直し用のドレス風の物」よりも、鹿鳴館婦人を彷彿とさせられる時代衣装風のドレスが着たいと言うのがありましたので、写真では一番、落ち着いて地味に見える一番右側のドレスを選ぶ事になりました。 実際にドレスを着てみると、背中のファスナーも上手い具合に締まって、サイズは丁度合っていました。
 
ドレスを着付けて頂くと、ドレスの下に穿くパニエも用意されました。 こちらで用意されるパニエは、本当にワイヤーが入っている形式の物になります。 私は、「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」から仁風閣に移動しての衣装体験と撮影を希望していましたので、移動手段として、電動アシスト形式の三輪車である「シクロポリタン」という名前の乗り物が用意されてそれに乗っての移動と言う事になりました。 移動中には鳥取城跡と関連のある吉川経家の銅像の姿も見られました。
 
私を乗せた「シクロポリタン」は無事に仁風閣の前に到着して、その記念にという感じで私が「シクロポリタン」に乗っている所の撮影を行って頂きました。 ドレスを着てパニエを穿くと、裾周りが広くなるので見た目以上に席が一杯一杯と言う感じになります。 さて、この日の2回目の衣装体験は、こちらの仁風閣にてドレス姿で建物や庭園を背景に撮影を行って頂くと言う事になります。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その18)仁風閣にてドレスの衣装体験を行ってのロケーション撮影を愉しむ。

仁風閣に到着したのが既に16時近くの時間帯になっていましたので、閉館するまでは1時間と言う時間になっている関係上、先に仁風閣の建物の中に入っての撮影と言う事になりました。 撮影は乗り物である「シクロポリタン」を運転されているスタッフの方に行って頂けるのですが、仁風閣の建物の中で撮影する場合は、入館料をスタッフの方の分を含めて2名分支払うと言うことになります。
 
さて、スタッフの方に2名分の入館料を立て替えて頂いたのですが、それから撮影が開始されて行きました。 まず、最初にスタッフの方に案内された部屋で撮影を行う事になりました。 ドレス姿で本格的な洋館に入ってロケーション撮影出来ると言うプランを考案された和風スタイルカフェ大榎庵のスタッフの方には感謝です。
 
先程と、同じ部屋で撮影を行って頂きましたが、今度は、身体の向きを横に向けて顔だけ正面に向けてみました。 階段のある場所で撮影を行って頂きました。 階段の造りの古さが、歴史のある洋館であると言うのを感じさせられます。 そして、今度は2階に上がって2階にある部屋でも撮影を行って頂きました。 ドレスの臙脂色と木製の家具の色が丁度合っていて良い感じになっています。
 
さらに、2階の回廊に出た時も撮影を行って頂きました。 窓には紅葉している木があって、まさに、「日本の洋館」と言う印象が感じられます。 回廊側の扉からカーテンが出ていますが、そのカーテンの生地も適度に洋館の質感に合っていて良い雰囲気になっています。 回廊の窓側の見た目はテラスに近い物がありますが、寒冷地を想定して建てられた物であるのか、バルコニーのような外気にさらされる物にはなっていなくて木枠にガラス張りの空間になっています。 回廊の奥の方に行って、回廊の奥にある紅葉している木々が窓に映し出されている場所で撮影を行って頂きました。
 
やはり、紅葉の季節になると植えられている木々は日本の物になりますので、「和」と「洋」の世界が混ざっていて独特な風景になります。 こうして、仁風閣の内部での撮影が終わりましたが、それに引き続いて、仁風閣の外部での撮影を行って行くと言う事になりました。
 
仁風閣の内部での撮影が終了した後に、まだ、閉館時間までまだ時間的な余裕が残っていましたので、仁風閣の外部と庭園での撮影を行って頂く事になりました。 今度は、庭園に置かれている椅子に腰掛ける事になりました。 テーブルと椅子も仁風閣の建物の雰囲気に合わせられている物になっていて、設えとしても良い物になっています。 ドレスの胸元と裾の白色とテーブルと椅子の白色が良い見栄えになっています。
 
今度は、庭園の紅葉している木々を背景に撮影を行って頂きました。 ドレスの臙脂色が紅葉している木々にも映えて来ます。 地元の方々には結婚式の前撮りで使われていると言う場所だけあって流石に風景とドレスが良く合って来ています。 こちらのドレスは形式上では、現代の花嫁衣装のカラードレスと同じですが、デザインが鹿鳴館婦人を彷彿とさせられるような古風な物ですので、時代衣装にも見えて来たりと言う感じになります。
 
今度は、池のある場所に行ってその場所を背景にして撮影を行って頂く事になりました。 ドレスは地味目の物を選びましたが、その事が逆に自然な印象が出て来て良かったと思っています。 今度は、庭園の橋が掛かっている場所に行って撮影を行って頂く事になりました。 紅葉も赤色その物の物もあれば、橙色の物があったり、黄色の物があったりと色々あってこれらの風景を見て日本に生まれて良かったと思ってしまいます。
 
仁風閣の建物の外側にはこのように日本庭園になっている場所もあります。 日本庭園の茶室の橋の上で撮影を行って頂きましたが、この写真はお気に入りの一枚になりました。 先程までは洋館の景色だったのに一気に純和風の景色に変わって行きます。 この風景だと、着物でも十分に合って来る感じがします。 こうして、仁風閣での衣装体験のロケーション撮影が終了すると、丁度、その時に営業時間が終了したのか仁風閣の門が閉じられて、再度、「シクロポリタン」に乗って「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」に戻って行くのでありました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その19)「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」での夕食、そして、3日目の宿泊施設への移動に。

仁風閣から「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」に戻って来たのは17時を過ぎた頃で空が段々と暗くなっている状態でありました。 私が衣装体験を行うのに使用していた部屋は予約の御客様が来られていて、洋服と荷物類は別の部屋に移動されていましたので、その部屋に案内して頂き、衣装体験で着付けて頂いたドレスを脱いで、用意されている席に向かう事になりました。 この時に、スタッフの方から、鳥取駅から倉吉駅方面に移動する列車の時間を聞かれましたので、その時間を伝えるとそれに合わせてタクシーの予約も行って頂きました。
 
さて、用意されている席は掲載している写真の通りの2階の半個室席になります。 2階は座敷席やテーブル席や半個室席が複数あってなかなか良い空間になっています。 座敷席も良いかなと思いましたが、今回の「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」では旅館の夕食で複数回体験していたので別の席が良いかなと思いました。
 
さて、夕食の開始になります。 まず、御茶が出されました。 御洒落なティーカップに入っています。 御茶が出されるのに引き続いて、前菜が出されました。 前菜は3種盛りになります。 前菜の海老と南瓜の煮物になります。 小分けして入っているので見た目が多く見えます。 同じく前菜のもずくになります。 もずくの上に乗せられているのは紫蘇になります。 紫蘇はアレルギーがあって食べると顔に発疹が出来てしまうのですが、口に入れた後で気が付いてしまい結局は無理矢理に飲み込む事になりました。 同じく前菜の海藻の和え物になります。 白い温泉玉子のような外見の食べ物が何とも言えない位に美味しかったです。 次に出されたのが揚げ物になります。 紫蘇に蟹にトマトに海老にかぼちゃと鱚が天麩羅になって出て来ました。 3泊4日の旅行で夕食が完全に蟹の入っている料理になりました。 流石は冬が間近に迫っている時期の山陰地方です。
 
主菜として用意されたのが季節の御造里になります。 こちらも鮮度がとても高そうです。 こちらは鱈の刺身と鰹のたたきでしょうか、色的にはそのように見えます。 こちらは烏賊の造りにイクラが添えられています。 こちらも鮮度が高そうです。 こちらは甘海老の造りに魬の刺身になります。 本当に食欲がそそられます。 続いて用意されたのが茶碗蒸しになります。 茶碗蒸しも雲丹が乗せられていて本当に美味しそうな見た目です。 さらに御飯と味噌汁が用意されて、全ての品数が出て参りました。 仁風閣での衣装体験と料理を含めてもかなりのお値打ちな価格で提供されましたので、本当に満足度が高い物になりました。
 
ちなみに、私の場合は遅い時間での衣装体験となって、夕食の形で料理が用意されましたが、昼食の形として用意される事もあります。 こちらの御料理を完食してからは、予約されていたタクシーが来られて、鳥取駅に向かう事になりました。 予定より1本早い、18時31分の列車に間に合うと言う事になりました。
 
「和風カフェスタイルギャラリー大榎庵」に手配して頂けたタクシーで鳥取駅まで送って頂き、コインロッカーに預けていた荷物を取り出して、鳥取から移動を行うと言う事になりました。 待ち時間がありましたので、その間は鳥取駅構内の風景の撮影を行いました。
 
掲載している写真は鳥取駅に展示されている、SLの模型になります。 何でも国鉄時代最大の蒸気機関車であったようです。 鳥取の伝統芸能のしゃんしゃん傘になります。 夏になるとこのしゃんしゃん傘を持って踊られます。 豪華な傘が特徴です。 鳥取駅のホームに上がって来ました。 このようにして、大阪や岡山へ向かうの列車と倉吉や米子に向かう列車があります。
 
さて、列車に乗る事、約、1時間ですが、松崎駅に到着しました。 車両はこのような車両になります。 豊岡駅からの車両と同じ物になります。 3両編成でしたのでワンマンカーでは無かったのですが、松崎駅は駅員が不在の駅でしたので車掌の方に切符を渡して降りると言う事になりました。 松崎駅はこのように倉吉駅の1つ東側の駅になります。 岩美駅から鳥取駅まではバスでの移動でしたので、結果的には山陰本線の鉄道での移動は完全には行えなかったと言う事になります。
 
松崎駅からの最寄りの温泉は東郷温泉と羽合温泉になります。 私がこれから宿泊を行う旅館は東郷温泉にある旅館になります。 松崎駅の駅舎になります。 駅舎は本当にこじんまりとしています。 この場所から、歩いてでも行けますが荷物を持っていましたのでタクシーが停まっていましたので、タクシーにて旅館に向かうと言う事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その20)3日目の宿泊地「湖泉閣養生館」にてチェックインを行い客室に案内されて大浴場へと向かう。

「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」もいよいよ最後の宿泊地に到着しました。 この日の夜はかなり冷え込んで来ていて、松崎駅から送って頂いたタクシーの運転手の方が「こんな日は「養生館」の温泉にでも浸かれると良いですよね。」と言われて、どうやら「湖泉閣養生館」が、この東郷温泉でもかなりの有名な旅館であると言う事が判明した瞬間でもありました。
 
さて、タクシーに乗る事約3分ですが、「湖泉閣養生館」に到着しました。 「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」で今まで宿泊した旅館に比べると、何だか建物が古くて「昭和の時代の高級旅館」という門構えの印象が感じられました。 ロビーもとても広い構造になっています。 ロビーの休憩室になります。 テーブル席を数えているだけで全部で50席はあった印象が感じられました。 大型の薄型テレビが置かれていて、その横には喫茶室があります。
 
ロビーにあるフロントのカウンターになります。 この場で予約していた旨を伝えるとスタッフの方が出て来て下さって、荷物を持って部屋に案内して頂ける事になりました。 スタッフの方に案内されるように進んでいるとこのような看板を発見しました。 「湖泉閣養生館」の由来が書かれた案内板が置かれています。 通路に置かれている石灯籠と石碑のオブジェになります。 敷石になっている砂利石も良い感じを出しています。
 
通路には有名人の方が宿泊された際のサイン色紙が置かれていました。 掲載している写真はドラマの「西遊記」の出演者のサイン色紙になっています。 階段の影になる部分にも、このように日本庭園を意識されたような立派な石の飾りと竹垣が置かれています。 こちらも砂利石が敷石として使用されています。 こちらの通路は進んでいくと足湯のある場所に向かうようになっています。 さらに、歩いていく通路が延びて行っています。 敷地面積が広くて、2階以上の建物の部分が少ない旅館ならではという感じです。
 
通路を渡る事、約5分でしょうか、ようやく、私が宿泊を行う部屋である「千鳥の間」に到着しました。 スタッフの方に「湖泉閣養生館」の館内の案内が行われて、貸切風呂の説明と朝食の時間を聞かれてからは自由時間になりましたが、これにて、3日目の宿泊地に無事に到着になりました。 折角、到着したからには室内の撮影も行って行きたいと思います。 客室の仕様は8畳の和室にトイレと風呂が完備されている物になりますが、その客室の中の仕様や設備等の写真の撮影を行って行きたいと思います。 客室に入った状態での写真になります。 8畳の和室にはなりますが、夜も遅いのか、到着した時には既に蒲団が敷かれている状態になります。
 
床の間の横に置かれている薄型テレビになります。 見た感じでは32インチの物かなと思われます。 床の間になります。 床の間には掛け軸と置物と花器に生けられている花が置かれています。 床の間に置かれてある物になります。 左側には花器に生けられている花が、右側には置物の上に飾りが置かれています。 薄型テレビの左側にはクローゼットが置かれていますが中も見てみましょう。 クローゼットの中には浴衣と羽織、タオル、バスタオル、ブラシ、歯ブラシ、カミソリが置かれていますがこれだけあれば十分な数です。
 
テーブルは布団が敷かれている状態ですので、端の方に置かれています。 ウェルカムドリンクの御茶に御菓子、緑茶の缶に昆布茶の入れ物、ポットに鍵とテレビのコントローラーが置かれています。 ウェルカムドリンクの御茶と御菓子になります。  テーブルとは別に小机が用意されていて、こちらにはティッシュペーパーと鏡と電話が置かれています。 鏡がこれだけの大きさの物があると言うのが良いです。
 
広縁になります。 広縁には椅子には何と、炬燵が置かれています。 広縁の扉を閉めるとこのような感じになります。 テーブルが炬燵になっている分、狭く見えるかもしれませんが、広さ的には標準的な広さに感じます。 炬燵に足を入れてみました。 椅子に座る形の炬燵も初めての体験ですが予め、スイッチが入れられているのか本当に暖かいです。 奥の方には冷蔵庫も置かれていますが、自分で購入した飲み物も十分に入れる事が出来ます。 広縁の照明になります。 昭和時代に造られている建物なのか、照明も時代を感じさせられる物になっています。
 
3日目の宿泊地である「湖泉閣養生館」の私が宿泊を行う客室である1階にある「千鳥の間」を撮影を行っていましたが、トイレと風呂の設備もかなり良い物になっていますのでそちらの撮影も行いました。 トイレと風呂のある部屋の扉を開けてみました。 設備を見る限り大きな鏡が付いているユニットバスのようですが、左側に置かれている赤色の瓶が気になります。 その赤色の瓶に近付いて撮影を行いました。 何と、化粧水や美容液等のスキンケア用品が瓶ごと置かれているではありませんか。 温泉に浸かる度に化粧水がぱしゃぱしゃ使えると言う感じになります。
 
宿泊料金の割には、これだけアメニティー類が満足に使えると言うのが本当に魅力的です。 洗面台と浴槽と水栓とシャワーになります。 浴槽になります。 浴槽も女性が使うには適度に大きい物になっています。 浴槽の脇に置かれているシャンプー等のアメニティー類になります。 シャンプーとコンディショナーとボディーソープはビジネスホテルで置かれている物と同じような感じになります。
 
「湖泉閣養生館」には大浴場が屋内風呂と露天風呂と別々の場所にあって、さらに貸切風呂が3箇所にあると言う形になります。 私が最初に向かっていったのは屋内風呂の方の大浴場である「御婦人大浴場・天祥の湯」になります。 回廊をしばらく歩いていると、掲載している写真のように暖簾が付けられていて、大浴場の案内が行われています。 男女の入替制にはなっていなくて常に固定されている設定になっています。
 
大浴場の入口にはマッサージルームの案内板が置かれています。 マッサージルームの入口はこのようになっています。 予約制で入る事が出来るようになっています。
 
「ご婦人大浴場・天祥の湯」と書かれている看板と、女湯と書かれている暖簾が付けられています。 パウダールームはかなり豪華な感じになっています。 パウダールームとは別に洗面所があります。 両方あると言うのが何とも贅沢な感じがします。 脱衣場になります。 誰もおられない状態でしたので撮影が可能と言う事になりました。
 
洗い場になります。 結構な広さがありますが、こちらで頭と体を洗う事になりました。 「御婦人大浴場・天祥の湯」の浴槽になります。 これだけ広い浴槽を幸運にも一人で使えると言う状態になりました。 それでは、実際に浸かってみようと思います。 ゆったりと足を伸ばすのでありました。 「源泉かけ流し」の温泉ならではと言うのでしょうか、実際に浸かっていると温泉の成分が体に染み渡って来て疲れも何もかも癒されます。
 
泉質はナトリウム塩化物泉になっていて、舐めてみると塩の味がしました。 十分に癒されてからはマッサージ機があったので使ってみましたが、足つぼ用のマッサージ機は何と無料で使い放題です。 さて、温泉大浴場は女性が入る事が出来る場所では合計で5箇所もあります。 順番に廻って行こうと思いますので、近い場所から廻ってみる事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その21)「湖泉閣養生館」の夜の風景と温泉を愉しむ。

「御婦人大浴場・天祥の湯」ですっかり癒されたのですが、折角、貸切風呂が無料で使用出来ると聞きましたので、貸切風呂にも行く事になりました。 最初に行った貸切風呂は室内風呂である「煌の湯」になります。 「煌の湯」に入ると最初に看板が見えて来ます。 下の方には、革張りの椅子と照明が置かれています。 照明が和風の物になっていて雰囲気が良いです。
 
入口から階段を降りていくと、脱衣場になっています。 籠の数が個人やカップルや家族で使うには多いような感じもします。 洗面所もこのように立派に用意されています。 もちろん、男女のアメニティー類も完備されています。 脱衣所には絵画も飾られています。 ここまで設備が揃っているのに、追加料金無しで入る事が出来るって何とも贅沢な感じもします。 貸切風呂には1回に付き1時間までと言う時間制限がありますので、時計も完備されています。 こちらの扉から、「煌の湯」の内部に入って行きたいと思います。
 
洗い場になります。 床は全て木で造られていて適度な暖かさがあります。 「煌の湯」は浴槽が2個存在しています。 向かって左側はジェットバス、向かって右側は寝湯になります。 全体の風景はこのようになります。 木製の床が何とも無く良いです。 まずはジェットバスを愉しもうと思います。 温泉で「源泉かけ流し」なのにジェットバス、何とも贅沢な感じがします。 しかも浴槽の枠も木製です。 しかも、背景がステンドグラスになっているって何と言って良いのか分かりませんが本当に良いです。
 
続いて、枕木のある寝湯に行ってみました。 こちらの浴槽も見ての通りの「源泉かけ流し」になっています。 時間制限が来ないように適度に愉しみました。 さて、これで、貸切風呂は1箇所入りましたが、折角、来たからにはという事で、露天風呂と露天風呂の貸切風呂のある庭園にも出てみる事になりました。
 
まずは、庭園にて見ると門のような場所が見えて参りました。 夜間でも照明が取り付けられているので歩きやすいです。 しばらく歩いていると、「露天風呂」と書かれてある案内板が見えて参りました。 振り返って見ると、客室のある建物が見えて参りました。 露天風呂と書かれている看板を左に曲がると、石造りの灯籠が見えて参りました。
 
庭園には掲載している写真のように紅葉している樹木がたくさん生い茂っています。 ライトアップされているので、かなり綺麗な色に見えて来ました。 途中には東屋が見えて参りました。 さらに庭園の通路は続いています。 一先ずは左側の通路の方に行く事になりました。
 
露天風呂の案内板が建てられています。 植物で覆われている門の中を潜り抜けて、さらに奥に進んで行きます。 庭園の中には、石灯籠と植物が生い茂っている場所もあります。 途中には石造りのベンチとテーブルと、木製のベンチが置かれている場所もあります。 東郷湖の夜景はこのようになります。 対岸にあるのが羽合温泉の旅館になるのでしょうか。 このように庭園を見ていると、また、寒くなって来てしまったのか、露天風呂のある方角に歩いて行ったと言う事になります。
 
さて、庭園を廻っていると「御婦人露天風呂・羽衣の湯」の看板も見えて来ましたので、そちらの方にも向かう事になりました。 夜も遅くなって来ているのか、庭園を歩いておられる人々も本当に少ない状態でした。 「御婦人露天風呂・羽衣の湯」へはこちらの案内板が立てられていましたので、案内板が示している方角へ向かう事になりました。 通路には温泉玉子を入れる浴槽も用意されています。
 
何やら、露天風呂らしき建物が見えて参りました。 本当に木製の柵で覆われているだけの建物のような感じがします。 「御婦人露天風呂・羽衣の湯」の建物が見えて参りました。 本当に木製の柵に壁が少しだけ付けられている開放的な建物になっています。 さて、内部に他の御客様がおられないと言う事を確認してから、内部に入ってみました。
 
着替え場所になります。 露天風呂で着替え場所と浴槽の間に壁が設けられていないと言う形式は、生まれて初めて見た物になります。 「御婦人露天風呂・羽衣の湯」の建物はこのようになっています。 本当に着替え場所と扉の場所以外は、木製の柵や植物の柵で覆っているという感じになります。 洗い場になります。 こちらの露天風呂は体を洗う事よりも、温泉に浸かる事を重要視されているような感じで洗い場は1箇所のみになっています。
 
浴槽は掲載している写真のように楕円の形をしています。 こちらも「源泉かけ流し」になっていて、浴槽は石造りの物になっています。 周囲の気温が低いのか湯気も綺麗に見えています。 浴槽の奥にはこのように休憩所が用意されています。 さて、このように、「御婦人露天風呂・羽衣の湯」にも浸かってみましたが、他にも貸切風呂が2箇所残っていますので順番に廻る事になりました。
 
庭園の一番奥には「風樹の湯」と言う名前の貸切露天風呂がありますが、丁度、空室の表示が出ていましたので入る事に出来ました。 「風樹の湯」は山小屋のような建物がなっている貸切露天風呂になります。 入口は庭園の雰囲気と合わせられている感じになっています。
 
何と、入口は2階建てになっていて階段を登って入るようになっています。 階段の鍵を閉めると使用中の表示が出て来る事になります。 こちらの眺めも良いです。 入口の照明になります。 こちらの照明が適度に明るさを出しています。 着替え場所はこのように用意されています。 「御婦人露天風呂・羽衣の湯」と同じように着替え場所と浴槽の間に壁が設けられていないと言う形式になっています。
 
洗い場になります。 全体的に木で造られている小屋のような感じの貸切露天風呂ですが、洗い場の棚の部分のみが石造りのタイルになっています。 鏡も大きな物が付いていて便利です。 こちらが、「風樹の湯」の浴槽になります。 こちらの「風樹の湯」の浴槽のみが新しい年度に造られている物なのか、「源泉かけ流し」そのままでは無くて加水されている温泉になっています。
 
温泉の御湯がこんこんと湧き出ている状態になっています。 周囲の風景の眺めはこのようになります。 夜での風景ですので、完全に夜空が広がっていると言いますかそんな感じになります。 さて、「風樹の湯」を楽しんだ後は、一度、庭園の道を戻って行って、私が宿泊を行う部屋になっている「千鳥の間」に戻る事になりました。
 
さて、これまで、「湖泉閣養生館」の大浴場と露天風呂と貸切風呂を愉しみましたが、まだ、1箇所残っています。 それは、最初に「御婦人大浴場・天祥の湯」に行った時の帰りに見た時には入浴中になっていて、その時には入る事が出来なかった「名月の湯」と言う名前の貸切風呂になります。
 
幸いにも空室になっていましたので、内部に入る事になりました。 「名月の湯」の脱衣所はこのように、椅子が2脚置かれていて、その奥が風呂の部屋になっています。 脱衣所の籠はこのように、2段になっていてカップルや家族で使用するのに丁度良い大きさになっています。 洗面所になります。 洗面所も適度に大きさがあって良い物に感じられます。 アメニティー類もこのように男女両方とも完備されています。
 
「名月の湯」の洗い場になります。 こちらの部屋の方は、一般的な温泉旅館の貸切風呂と言う感じに見えます。 「名月の湯」の室内の方の浴槽になります。 さて、早速ですが、浸かってみる事になりました。 室内の方の浴槽はこのようにして、「虎の口」から「源泉かけ流し」の温泉が出て来ます。 こちらの浴槽は深さは結構な物がありました、なので、実際に浸かっている状態の視点で撮影を行うとこのような風景になって来ます。
 
「名月の湯」は掲載している写真のように二間続きで露天風呂にも出て来ました。 露天風呂は夜間はこのようにして月と星のイルミネーションが点灯されている状態になります。 「名月の湯」の燈籠になります。 実際に浸かってみると、このようにして月と星のイルミネーションを愛でながら温泉を愉しむ事になります。
 
水面には月と星のイルミネーションが映し出されています。 無理をしてでも夜の時間帯にこの場所を訪れて良かったという感じです。 こちらの浴槽は本当に東郷湖に面していて、浴槽がある場所の真横は湖になっています。 なので、本当に湖の水面の温度を身体で感じる事が出来ます。 さて、こうして、全ての風呂を愉しんだ後にはゆっくりと眠る事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その22)「湖泉閣養生館」の朝の貸切風呂と風景を愉しむ。 そして、朝食を食べて、旅立ちへ。

この日の朝は前の日の反省面もあって、ある程度、空が明るくなるであろう時間である6時30分に起床しました。 最初に訪れたのが貸切風呂である「名月の湯」になります。 夜の風景では見えなかった対岸にある中国庭園の「燕趙園」が見たかったと言うのが大いにあるのです。 朝の「名月の湯」の露天風呂の風景になります。 燈籠の外に広がる風景は本当に湖その物になります。 「名月の湯」から眺められる風景は、中国庭園の「燕趙園」の姿も見えて参りました。
 
以前に行った時とは別の角度から見られて良かったかなとも思っています。 月と星のイルミネーション以外にも、このような風景が愉しめる露天風呂は良いです。
 
続いて向かって行ったのは「煌の湯」になります。 しかしながら、実際に見ていると、光の入り方が前の日の夜とこの日の朝ではあまり変わらないので、少しだけ入ってからはすぐに移動して、庭園の奥にある 「風樹の湯」に向かいました。 この日は早朝から雨が降っていましたので、庭園に外出される方も本当に少ない状態でした。 なので、待ち時間は発生する事無く、空室になっていました。
 
入口も建物の構造も朝の風景になると良く分かって来ますが、何だか、昔の子供が憧れるような「秘密基地」のような外観に感じられます。 さて、2階に上がって行きます。 流石に周囲が明るいと、何もかもが鮮明に見えて来ます。 さて、この日の午前中は自前の衣装を用いての撮影を行いますので、この場所で身体と顔を丁寧に洗う事になりました。 景色も曇っている状態ですが、対岸の姿が前の日の夜に来た時よりもはっきりと見えて来ています。
 
少し、雨の水が飛んで来ますが、「風樹の湯」の温泉に浸かる事にしましょう。 勢い良く、温泉が注がれています。 これだけの風景を間近で見られるのは迫力物です。 温泉に浸かっている時の目線での風景はこのようになります。 木製の柵も綺麗に見えています。 湯上りの風景もまた格別の物がありました。 これにて、この日の朝の温泉廻りはほぼ完了です
 
前の日の夜にも庭園の風景は見られたのですが、朝になってからの明るい光が入り込んでいる状態の庭園の風景も見てみたいので、「風樹の湯」に浸かった後には、庭園の風景も見る事になりました。 朝になると樹木の配置の方法や建物の外観も良く分かって来ます。 私が宿泊を行っている客室はこちらの建物の向こう側と言う感じでしょうか、建物の雰囲気も良く伝わっています。 通路には、このように適度に紅葉している木もありました。 前の日の夜には、見えて来なかった大きな石灯籠になります。
 
さらに通路を歩いて進んで行きます。 本当に広い庭園になっているのかと思わせられるような大きな風景です。 建物の端の場所にまでやって参りました。 ここまで横に横に連なっている建物の温泉旅館も、最近では余り見掛けないかもしれません。 建物の近くで紅葉していて今にも散りそうな葉の木を見付けました。 建物の一部を見ていると掲載している写真のような感じで純和風の建物になっています。 さらに道を進んでみました。 本当にこれだけ広い日本庭園を持っている旅館もまた珍しいです。 湖のある方角に近寄ってみました。 朝になると風景も開放的な感じになります。
 
庭園の中にはこのような開けている地面があります。 これだけ多くの樹木が配置されていると、「手入れも大変なのでは。」と思ったりもしてしまいます。 さらに歩いていると、足湯のある場所に辿り着きました。 木製の通路が渡されていて、そこを上がって行くと言う事になります。 さらに木製の通路を渡って行くと足湯がありますが、足湯はこのように屋形船の形をした物になっています。
 
足湯はかなり大きな規模になっていますので、一人ならゆったりと腰掛ける事が出来ます。 足湯に足を入れてみました。 このように庭園を廻っていると朝食の時間が近付いて来ましたので、宿泊を行っている部屋である「千鳥の間」に戻る事になりました。
 
さて、最終日の朝食になりました。 そして、「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」では最後の旅館での食事になりました。 この日の朝食はこちらの「湖泉閣・養生館」では名物となっている鯉飯が付いた朝食になります。 鯉飯はおろか、鯉料理自体が初めてな私でしたので、どのような物になるのかとても期待していました。
 
さて、仲居のスタッフの方が来られて朝食が用意されました。 朝食でこれだけの量感がある物になっています。 見た感じでは御飯は白米の御飯が存在していますが、鯉飯は何処にあるのでしょうか。 朝食の御品書きも用意されました。 前の日に引き続いての朝食の場での御品書きになります。 おかずになります。 朝食のおかずなのに、これだけ品数があると言うのも魅力的です。
 
先付として用意されたのが、東郷温泉の温泉玉子になります。 三種珍味として用意されたのが、日本海烏賊麹漬け、岩海苔くらげ、辛子明太子になります。 向付として用意されたのが、日本海白烏賊刺身になります。 刺身の鮮度が良さそうです。 焼物として用意されたのが、東郷湖産せいご塩焼きになります。 小鉢として用意されたのが、ひじき豆になります。
 
中付として用意されたのが、採れたてサラダになります。 新鮮な野菜が使われています。 台の物として用意されたのが、湯豆腐になります。 御飯として用意されたのが、鳥取県産こしひかりになります。 御飯の左側にあるのが湯豆腐用のぽん酢になります。 お試しとして用意されたのが、東郷名物・鯉飯になります。 少量でしたが、とても美味しく頂けました。
 
御汁として用意されたのが、東郷湖産しじみ汁になります。 朝からこれだけしじみを食べていると肝臓に良い影響がもたらせられそうな。 しかも、しじみの粒がとても大きいのです。 隣に置かれてあるのが、座付として用意されているフレッシュジュースになります。 水菓子として用意されたのが、季節の果物になります。 オレンジが1切れ入っています。 さて、この日の午前中に計画している、自前の衣装での漢服を着た状態での撮影を行う為にメイクを行っていましたが、チェックアウトを行って、歩いて5分程度の所にある「燕趙園」に向かうのでありました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その23)いざ、「燕趙園」に向かう。

「湖泉閣養生館」を後にしてからは、道なりに歩いていると、中国庭園の「燕趙園」の姿が見えて参りました。 「燕趙園」と言えば、2009年に一度訪問しているのですが、この「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」でどうして訪問する事になっているのかと言う疑問が出て来るのかもしれません。
 
2009年に訪問した時には、その際には自前のチャイナドレスを持って行って衣装体験をしての撮影を行っているのですが、2度目に訪問すると言う事はその内容を上回る事を行うと言う事になります。 実は、時代衣装や民族衣装の絡みで漢服の衣装体験を行っての撮影を行う為に訪れる事になったのです。
 
「湖泉閣養生館」から歩いて約5分でしょうか、このように「燕趙園」の門が見えて参りました。 流石に開門してすぐの時間帯と言う上に、雨も強く降っていましたので、他のお客様も殆ど来られていない状態でした。 入口の受付で衣装を持参している旨を伝えて入場料を支払って内部に入る事になりました。
 
さて、「燕趙園」の内部に入る事になりました。 管理棟のある側には11時で予約を行っていましたので、それまでの時間は散策という感じになります。 3年振りに来ましたが、なかなか風情がある庭園です。 雨が結構降っていますので、地面は完全に濡れています。 漢服は2着持っているのですが、1着は裾を引き摺る形式の物でしたので、結果的にはそちらの方は持参しませんでしたがそれで正解であったかなとも。
 
こちらの屋根のある空間でしたら、雨の日でも撮影を行えそうです。 このような背景で撮影を行いたかったのですが、この場所は屋根がありませんので「せめて、風景だけでも。」と思い、撮影を行いました。 あの楼閣のある場所でも撮影したいです。 あの場所なら屋根もありますし。 前回に訪問した時の滝のある場所も見事な健在振りです。 衣装を着て撮影を行う場合は、雨が降っているのでこのように屋根がある場所での撮影と言う事になるのでしょうか。
 
こちらの門の中からも、また違った風景が見られると言う感じです。 確か、こちらの庭園の一部は適度に光が入って、屋根が付いていた場所もあったような感じがします。 本当はこのように開けた場所で撮影を行いたかったのですが、雨が降っている以上は仕方が無いと言う感じになります。 このような風景を背景にしても撮影を行いたかったです。 また、次回の楽しみに取って置きましょうか。 衣装体験用として使用する控室を予約している時間が近付いて参りましたので、管理棟のある方向に向かって行きました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その24)「燕趙園」で自前の漢服を着て至福の時間を過ごす。

「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」で敢えて、こちらの「燕趙園」を4日目の日程に組み入れたのかは自前の漢服を着ての撮影を行うと言う目的があります。 その目的を達成させるのに、管理棟に向かって行きましたが、管理棟のスタッフの方に予約を行っている旨を伝えると、奥にある控室に案内されました。
 
さて、キャリーバッグに詰め込んでいる漢服を取り出しました。  着付け方は、「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」に出発する以前に確認しましたが、難無く着る事が出来ました。
 
最初に、上着を着ない状態で立ちでの構図での撮影を行うと言う事になりました。 裾の引き摺りの無い漢服を持参しましたが、こちらの漢服は漢の時代の設定を意識された物になっていて、裾の引き摺りも少ない物になっています。 こちらの回廊は、屋根のある場所になりますが、回廊の屋根を支えている柱の外側では雨の音がかなり聞こえて来ています。 この日は、天候の関係で観光客の方が殆ど来られなかったので、撮影が可能な場所は完全に独り占め的な状態になっています。
 
裙を短めに着ているので足元が見えるようになっていますが、こちらに関しては、天候の面での対策になりますので、その点は致し方が無い状態にはなりますが、何とか撮影を行う事が出来ただけでも良いと言う感じであります。 緑色の衣装に緑色の欄干がまた合っていて良い雰囲気を出しています。
 
「燕趙園」での自前の漢服の持ち込んでの衣装体験は、上着を着ない状態の緑色の漢服での写真の撮影と、赤色の上着を着ている状態の漢服での写真の撮影と、 緑色の上着を着ている状態の漢服での写真の撮影を行っていますが、次は赤色の上着を着ている状態の漢服での衣装体験の様子を紹介させて頂きます。
 
赤色の上着の存在が華やかさと威厳を見せるような雰囲気に見せています。 こちらの赤色の上着は、見た目よりも生地が薄いので重力に従うように綺麗に落ち感が出て来ています。
 
立ちでの構図での撮影の続きとして、座りでの構図の撮影を行う事になりました。 漢服の場合は、基となる漢服が1着でも上着の有無で、雰囲気がかなり変わって来るだけに、その点では美味しい衣装のように感じて来る瞬間でもあります。
 
最後に、緑色の上着を着ている状態の漢服での衣装体験の様子を紹介させて頂きます。 最初に、立ちでの構図での撮影を行うと言う事になりました。 緑色の上着の存在が華やかさと重厚さと威厳を出していて、赤色の上着の存在が差し色的な効果を出していて適度に良い雰囲気に見せています。
 
流石に、緑色の上着まで着ると、存在感もかな り上がって来ていると言う感じになります。 何気無く立っている状態の構図でも存在感が出て来て、雨天の状態でも無理をして衣装を持ち込んだ甲斐がありました。
 
三脚での写真で角度の補正も行っていますが、その割には良い写真になっているかなと思います。偶然性のある写真であるとは言え、味のある写真に仕上がってその点では収穫のある衣装体験と言う感じになりました。
 
この後、三脚が風で転倒されてしまって組み立て直そうとすると衣装がかなり濡れてきましたので、控室に戻って衣装を乾かしながら荷物を収納するのでありました。 この時に役に立ったのが、2泊目の宿泊地と3泊目の宿泊地で頂いたバスタオルになります。 バスタオルに衣装の色合いの違う赤色の上衣を包んだり、他の衣装を包んだりしてバスタオルで挟むという形で運ぶという事になりました。

 

時間も丁度、昼になって来ましたので、天候が満足な状態ではありませんでしたが、「漢服を着て写真の形で中国庭園の「燕趙園」での衣装体験を行う。」と言う夢が達成出来て良かった瞬間でもありました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その25)ゆアシス東郷龍鳳閣で疲れを癒されて、倉吉市内の「第五十三代横綱琴櫻記念館」へ。

「燕趙園」を後にしてからは、隣にある建物で日帰り温泉施設になっている「ゆアシス東郷龍鳳閣」に向かいました。 派手にメイクをしていたと言うのがありましたし、流石に衣装を着ていたとは言え、雨で濡れて身体が冷え切っていましたので、少しでも暖まる事が出来たら良いかなと言う単純な思いで行く事になったのです。
 
掲載している写真が、「ゆアシス東郷龍鳳閣」の建物になります。 隣にある「燕趙園」と雰囲気を合わせる為なのか、こちらの建物も中国風の見た目になっています。 内部に入ってみると、このように木彫りの龍の彫像が置かれています。 カウンターで入浴のみの利用を選ぶのか、温水プールも含めての利用を選ぶのかを聞かれましたので入浴のみの利用を選びました。 私の場合はキャリーバッグを持っていたのでスタッフの方に預かって頂いてから、着替えの方に行く事になりました。
 
着替え場所に続いている廊下になります。 廊下の奥には食事が食べられる店舗も存在しています。 入浴のみの利用では「中国風呂」という名前の、中国風に装飾された洗い場と浴槽が1個置かれているだけの単純な構造になっているのですがこれでも十分に癒されました。 また、温泉は循環と加水が行われているようで温泉の濃度が薄いかなとも感じられました。 休憩室になります。
 
カウンターでスタッフの方に預かって頂いたキャリーバッグを返して頂いてからは、タクシーを呼んで頂くと言う事になりました。 行き先はそのまま倉吉市街の赤瓦・白壁土蔵群に行っても良かったのですが、やはり、荷物を倉吉駅にあるであろうコインロッカーに預けたかったので、一先ずは倉吉駅まで向かって頂く事になりました。
 
到着すると、真っ先に倉吉駅の駅舎の方に入っていって、コインロッカーを探すのでありました。 幸いにも、すぐに見付かって、荷物を預ける事が出来ました。 倉吉駅の駅舎が何だか新しく感じられるのは気のせいでしょうか。 以前に倉吉駅の駅舎を見たのは2009年でしたが、その時と違って駅舎が建て替えられているような印象がありました。
 
さて、バス停で待っているとすぐにバスが来ました。 時刻表を見ていると赤瓦・白壁土蔵群に向かうバスは10分から15分に1度と言う地方にしては多い頻度でバスが来ているようです。 バスは無事に赤瓦・白壁土蔵群の停留所に到着しました。
 
倉吉駅からは結構距離がありましたので、もし、タクシーで直接乗り入れているとかなりの費用が掛かったかなと思う瞬間でもあります。 バスを降りてからは観光案内所を目指して歩いていましたが、その途中ではこのように古い町並みになっていて御洒落なカフェらしき物もあるのを見掛けました。 メニューを見ていると本当にカフェメニューしか無い状態でしたので、定食系の物を求めていた私は通り過ぎる事になりました。 
 
掲載している写真が観光案内所になります。 隣にも喫茶店があるのですが、私がこの場所に行く前に団体客の方々が入っていて空席が無い状態でした。 観光案内所に行こうと思っていた時に目当ての物が発見出来ましたので、立ち寄らずにそちらの方に向かう事になりました。
 
掲載している写真が目当ての物であった、第五十三代横綱琴櫻の銅像と顕彰碑のある場所になります。 以前に、一度だけ、別の用事で倉吉へ出掛けた時に送迎して頂いたバスに乗っている時に通り過ぎて行った横綱の銅像がこの横綱琴櫻の銅像だったのです。 こちらが横綱琴櫻の顕彰碑になります。
 
掲載している写真が琴櫻の銅像になります。 両腕が上げられている構図になっていますが、「不知火型」の土俵入りの時のせり上がりの時の状態でしょうか。 こう言う時は横綱の綱の結び目の形を見れば、「雲龍型」なのか「不知火型」なのかが分かりますので、後ろ側に廻ってみました。 結び目が二つに分かれていますので「不知火型」の土俵入りを用いた横綱であると言う事が改めて分かりました。 「不知火型」の土俵入りを行う横綱は、現在では白鵬や日馬富士が有名です。 小さな看板で横綱琴櫻記念館の案内が書かれていましたので、食事をそっちのけで向かう事になりました。
 
横綱琴櫻の銅像のある場所から北東に少し進んだ所に、「第五十三代横綱琴櫻記念館」の看板があります。 私が倉吉市街の観光を行いたかったのは、赤瓦・白壁土蔵群でも無く、この場所が目当てだったりするのです。 第五十三代横綱琴櫻記念館は掲載している写真のような建物になっています。 第五十三代横綱琴櫻記念館の入口に入ると、このように等身大の琴櫻の人形に出迎えられます。
 
掲載している写真の木製の番付表には琴櫻が現役であった頃の物になっています。 東横綱が琴櫻になっていて、西横綱が解説者で有名な北の富士、東張出大関には初代貴ノ花の名前も載せられています。 この当時は、私は当然生まれている訳では無いですので、外国人力士が殆どいなかった時代の印象が強く感じられました。 こちらの壁には、第五十三代横綱琴櫻のプロフィールが書かれています。 私に取っては琴櫻と言えば、現役時代の姿は知らなくて審判部長になってからの印象が強いのですが、亡くなった時にはちょっとした衝撃を味わいました。
 
建物の中では「琴櫻記念館だより」と言う新聞風の物が置かれていて、2012年11月に作成された物になっていますが、その時点で「開館3箇月で来場者が7000人突破」と言う文字が書かれてあります。 どうやら2012年になってから開館されたそうで、後日に相撲ファンの友人に聞いてみると、「関西圏から気軽に行ける横綱記念館は琴櫻記念館位かな。」と言われましたので、実際に行ってみて正解と言う感じです。
 
壁には、琴櫻が横綱に昇進した時の昇進祝賀会の案内の張り紙が残されています。案内の張り紙の下にはその時の様子の写真も飾られています。 こちらの壁には、国鉄時代の「DISCOVER  JAPAN」の広告ポスターが貼られていて、三朝温泉の宣伝ポスターに現役時代の琴櫻の姿が掲載されています。 掲載している写真の吹き抜けには、琴櫻が親方をされていた佐渡ヶ嶽部屋の幟が飾られています。
 
もう一つの形である「雲龍型」の土俵入りは近い過去の横綱だと朝青龍が有名になります。 この場ではスタッフの方と相撲談義で盛り上がって昭和の横綱シリーズのDVDも見せて頂いたのですが、私より後に来た初老の御客様とも話題で盛り上がっ て、モンゴル人力士が活躍する生活習慣の話等で盛り上がってしまって、「こんな若いのに相撲の事で話せるなんて久しぶりに見た。」と言われてしまいました。
 
こちらが横綱の推挙状が入った額になります。 実際にはこのような感じの書状になるのですか。 こちらに置かれているのが横綱の三つ揃いの化粧回しになります。 「馬簾」と呼ばれる化粧回しの房の部分には紫色が使用されているのですが、この色は「禁色」扱いになっていて、横綱と大関にしか使用する事が許されていな いと言われています。 平安装束の世界にも「禁色」扱いの色が存在しますが、大相撲の世界でも存在しているのです。 掲載している写真は琴櫻が実際に使用していた「明荷」と呼ばれる荷物入れになっています。 漆が使われているのか、色も褪せていない状態になっています。 琴櫻の手形の色紙と現在の佐渡ヶ嶽部屋の親方である琴ノ若の手形の色紙が置かれています。 琴櫻が優勝した時のトロフィーと木製の番付表が置かれています。
 
この当時の番付表は入口に置かれている番付表よりもさらに古くて琴櫻が関脇の地位で書かれていて、横綱には大鵬や柏戸の名前があって、良く見ていると初代栃東の名前や、井筒部屋の親方である逆鉾の父親の鶴ヶ嶺の名前も書かれています。 こちらが琴櫻の優勝写真パネルになります。 当時の蔵前国技館でも実際に飾られていた物になっています。 昭和43年(1968年)と書かれていますが、私が生まれた年よりもかなり昔の時代になっています。
 
「第五十三代横綱琴櫻記念館」は2階建てになっていて2階には写真のパネルの展示が置かれてあります。 写真のパネルの展示は時代が古い物が多いのか白黒写真の物が多くありました。 これだけの内容の展示と言う、大相撲ファンから見たら嬉しい展示が揃っているのですが、入館料は無料と言う事になっています。 「第五十三代横綱琴櫻記念館」を後にしてからは赤瓦・白壁土蔵群の街並みを見る事になりました。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その26)倉吉の赤瓦・白壁土蔵群の街並みへ行く。

「第五十三代横綱琴櫻記念館」で予想外の時間を費やしてしまったのですが、その後には、倉吉らしい観光場所と言う事で赤瓦・白壁土蔵群のある街並みを見る事になりました。 日照の関係で時間が限られていますが、ある程度の場所は見る事が出来ましたのでそれらの建物の紹介して行きたいと思います。
 
街並みを歩いていると、このように赤色の瓦の古民家に出会う事が出来ます。 壁は白色の漆喰になっていて、屋根の瓦は赤みを帯びた色になっています。 窓は木枠になっている所と、土蔵のように分厚い壁に小さな窓になっている所と種類があるようです。 長屋のような感じの住居になっているようです。 如何にも赤色の瓦と白壁で出来た土蔵になっていますが、1階部分が店舗で2階部分が土蔵という感じです。 白色の壁の土蔵になっていますが、この日は休館日になっているようで扉が閉められています。 赤瓦・白壁土蔵群には建物を挟むような形で水路が流れている場所もあります。
 
赤色の瓦と白い壁の土蔵が連なっている状態になっています。 景観を保護するだけでもかなりの手入れが必要な感じがします。 違う方向から見ると掲載している写真のような見た目になります。 白い壁というのが涼しげな印象があります。 赤瓦一号館と言う名前の店舗になっています。 続いて、白壁土蔵群の二号館になっているようです。 こちらは開館されているようで扉が開いています。
 
白壁土蔵群の二号館の入口に近付いてみました。 中には人形が置かれているようです。 白壁土蔵群の二号館の入口にある人形になります。 その奥に祀られている布袋の木像になります。 こちらの建物は布袋の木像が売られているようです。 他にも赤瓦・白壁土蔵群の建物の敷地の中に入れる場所がありますので、その建物の紹介を行いたいと思います。
 
こちらが、その赤瓦・白壁土蔵群の敷地内に入る事が出来る建物になります。 最初に見えて参りましたのが、石灯籠と庭園に植えられている樹木になります。 入口を振り返ってみるとこのような風景に出会えます。 入口側にある白色の壁の土蔵になります。 小さめの土蔵ですが造りはしっかりとしています。 さらに奥に入って行った場所に建てられている土蔵になります。 こちらの土蔵は2棟続きになっていますが、扉や窓がかなり立派な物になっています。 さらに奥に進んで行きますと、掲載している写真のように赤瓦の屋根の建物が軒を連ねています。
 
再び、土蔵が2棟続きになっている場所に出て参りました。 さらに進んで行きますと、このように土蔵の風景から赤瓦の住居の風景に変わって来ます。 壁の前にも石灯籠が建てられています。 横にある紅葉になっている樹木が赤瓦の屋根と合っていて良いです。 こちらの壁も赤瓦の屋根の建物がたくさん見えています。 瓦の色を統一させるのもかなりの技に見えます。 赤瓦の建物には入る事が出来るようになっていますので、内部がどうなっているのかが気になります。 扉は開かれていますが、内部を少しだけ確認してから通り抜けて、通りの表側に出る事になりました。
 
建物の通りの表側に出ると確認が出来ましたが、防災センターになっているようです。 通りの表側に出てその建物の姿を見ると風情のある建物になっています。 段々と日が翳って来ましたが、日没まで観光を続けようと思って食事を行う事をすっかりと忘れてしまっていました。
 
倉吉市街にある赤瓦・白壁土蔵群の街並みの観光も佳境に入って来ました。 赤瓦・白壁土蔵群の街並みもかなり愉しめましたが、そろそろ、食事も取りたいかなと思う状態でもありました。 食事が出来る場所を探しながらも観光を続けて次なる目的地に向かう準備をしている状態ではありましたが、目の前にある赤瓦・白壁土蔵群の建物が気になりましたのでそれを見てからの移動と言う事になりました。
 
掲載している写真の建物は防災センターになっています。 周囲の景観に見事に溶け込んでいますが、内部にも入る事が出来るようになっていますので内部に入ってみようと思います。 このように、昔の消防用のポンプ車が置かれています。 どのようにして消火活動を行っていたのかが気になります。 こちらの壁には、防災に関しての展示と赤瓦・白壁土蔵群に付いての説明の展示が行われています。 土間から上がって行った所には、二間続きの和室になっています。 掲載している写真の空間を抜けていくと、赤瓦・白壁土蔵群の建物の場所に出られます。
 
防災センターのある建物から出てからは、次なる目的地に向かう為東側に歩いて行く事になります。 こちらは赤瓦・白壁土蔵群にある酒屋になります。 こちらは民芸品店になっているようです。 なかなか、食事が出来る店舗が見付からないようです。 赤瓦・白壁土蔵群の中では、一際目立っている建物が見えて参りました。 看板が出ているようですのでどのような店舗なのか調べようと思います。 看板に近付いてみると、カフェではありましたが、時間が遅くなるとディナータイムでの営業が行われているとか。 さて、ここまで赤瓦・白壁土蔵群を廻っていましたが、ようやく、最後になる観光を行う場所に行くと言う事になります。 その場所は過去にも1度だけ別の用事で少しだけ訪れた事があるのですが、その場所を訪問しようと思います。

山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー(その27)大岳院を訪ねて、「町屋清水庵」の餅しゃぶの昼食を食べ大阪行きのバスに乗って旅程の終了へ。

「山陰海岸ジオパーク女子旅モニターツアー」で最後に訪れた観光場所が倉吉市街にある大岳院になります。 こちらの大岳院には、過去には1度、2009年に「倉吉せきがね里見まつり」に参加させて頂いた時に、行列の出発場所としてこの寺院に行って住職の方から水晶の玉を頂くと言う儀式が行われたのですが、その際には少ししか見る事が出来なかった大岳院の寺院の伽藍と里見忠義の墓所をもう一度見てみたいと思って行こうと思いました。
 
さて、赤瓦・白壁土蔵群のある場所から東側に歩く事約5分でしょうか、大岳院の建物が見えて参りました。 大岳院の山門になります。 石碑には「大江磐代君霊廟所・里見安房守香華院」と記されています。 こちらの大江磐代と言う女性は第百九代天皇光格天皇御生母である方だそうです。 山門を潜り抜けた右側には仏像が置かれています。
 
山門を潜り抜けた左側には社が建てられています。 横の石碑を読んでいると、駒姫八幡大菩薩と書かれています。 社の右側には大江磐代とその母のお林の方の墓が建てられています。 先述にも書きましたが、大江磐代は光格天皇の母に当たる人物なのですが、その光格天皇は明治天皇の曾祖父に当たる人物であるとウィキペディアを調べていると書かれていました。 さらに奥に進んで行くと、石造りの燈籠と仏堂が建てられてあります。 手水舎になります。 石造りの浅めの水槽を見ていると、何だか露天風呂を小さくしたような形に見えて来てしまいます。
 
大岳院の本堂になります。 本堂からは左右に道が分かれていて、左側には先程書いた大江磐代とその母お林の方の墓が、右側には里見忠義と里見八賢士の墓が建てられています。 大岳院と書かれてある仏額が本堂には置かれてあります。 こちらが、里見忠義と里見八賢士と呼ばれる家臣の墓になります。 こちらに葬られている里見八賢士が、江戸時代に創作された「里見八犬伝」のモデルとされている人物であると言う説があります。 こちらには里見八賢士が持っていたとされる宝玉の文字が刻まれている石柱になっています。
 
最後に大岳院の山門の裏側を撮影してから、拝観が終了と言う感じになりました。 時間があれば寺務所でも探して、里見忠義に関しての事も聞きたかったのですが、その点が惜しい所になってしまいました。 さて、この時点で観光場所は全て見終えましたので、これにてかなり遅めの昼食を取るという事になりました。
 
大岳院を拝観してからは、食事が出来る店舗を探していましたが、少し歩いていると、「御食事処」と書かれてある暖簾が掛けられている店舗がありましたので、その店舗に近付いてどのような料理があるのかを見てみました。 こちらが、その「御食事処」の暖簾が掛けられてある「町屋清水庵」と言う名前の店舗になります。 どのような食事が出されて来る店舗なのかが気になります。 メニューはこのように定食系の料理が出ていますので、この店舗に決定という事で内部に入る事になりました。
 
実際に入ってみると、スタッフの方が出て来られて、「夕食メニューの開始時間はまだですので、定食の料理が提供出来ないのですが。」と言われて、何か食事が出来る物の有無を聞いていると、「餅しゃぶ料理なら時間の関係無しで出せますが。」と言われましたので、餅しゃぶの料理の詳細を聞いていると、餅のしゃぶしゃぶ鍋だそうです。 思わず、物珍しさにその料理に決定しましたが、こちらの餅しゃぶと言う物が名物になっているようです。 最後の最後に地元の名物料理に出会えて良かったです。
 
「町屋清水庵」の内部はこのように座敷席になっていて、広々とした店舗になっています。 御洒落な襖絵が描かれている席もあります。 店員の方から端の方の席を指定されましたので、そちらの方に移動する事になりました。 こちらが、私が選んだ席になります。 簾が窓に掛かっていて上品な風景になっています。 私が注文した料理はうどんが付けられている「餅しゃぶスペシャル」と言う名前の物ですが、鍋と料理が用意されました。 「餅しゃぶスペシャル」の料理になります。 餅しゃぶが12枚に野菜と魚介類とうどんが付けられています。
 
最初に野菜と魚介類を入れて行くという事になります。 固さのある葱やきのこを先に入れて、それから豆腐を入れると言う感じでしょうか。 それから、白菜を入れて行くと言う感じになります。 こうして、しばらく鍋で煮て野菜を柔らかくすると言う事になります。 しばらくすると、鍋が煮立って行きました。 野菜が柔らかくなって出汁が染み透ると野菜に付いては完成になります。 その後、茶碗蒸しと餡かけが用意されました。 この日は寒い日でしたので、最後に鍋料理に出会えたと言う事が有難いです。
 
「餅しゃぶ」はこのように、薄く切られている餅をしゃぶしゃぶのように鍋で泳がせて食べるようになっています。 餅は色々な味がありましたが、どの餅も美味しく頂けました。 茶碗蒸しになります。 食べているとやはり、魚介類の具材が入っています。 餡かけになります。 餅米の御飯の上に出汁の餡が掛けられています。 本当に、この「餅しゃぶ」と言う名前の料理に巡り会えて良かったです。 最後の最後にも美味しい物が食べられる事になりました。 さて、支払いが終わると、倉吉の市街地から倉吉駅前に向かうバスに乗り込んで、倉吉駅のコインロッカーに預けているキャリーバッグを取り出して、大阪へ向かう高速バスを待つ事になります。
 
倉吉駅前の高速バス乗り場に向かう事になりました。 過去の写真と見比べていましたが、やはりですが、2009年当時と違っていて倉吉駅の駅舎は建て替えられています。 倉吉市街地からバスにて戻って参りましたが、こちらが倉吉駅前の夜の風景になります。 駅舎が建て替わっているので、当然の事ながらバス乗り場も新しくなっています。 高速バス乗り場は6番乗り場になっていますので6番乗り場に向かいます。
 
大阪行きのバスがやって参りました。 こちらに乗って大阪へ帰るということになります。 バスは3列シートになっていて席が広くなっています。 席が広いので快適です。 私は予約した時期が早かったので前の方の席になりました。 こちらが私が予約している席になります。 幸い、後ろに御客様が乗っていない状態でしたので、適度に席を倒して休む事が出来ました。 バスにはトイレ等の設備も完備されています。
 
バスは定刻通りに倉吉駅前のバスターミナルを出発して、途中で鳥取駅前のバスターミナルも経由して4時間程度の時間で戻る事が出来ました。 早さを求めるのなら列車になるのですが、予算の問題がありまして帰りに交通手段に関しては高速バスを利用する事になりました。 時間が平日で遅い時間だったと言うのか、比較的、席が空いていて大阪まで戻る事が出来ました。 27編に渡る内容になりましたが、旅行記では初めての3泊4日と言う長さの規模になりましたが、十分に愉しむ事が出来ました。 企画を採用して下さった、鳥取県観光文化局の担当者様、本当にこの場を借りて御礼申し上げます。