錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行

2015年11月21日から2015年11月23日に企画を行った旅行が「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」になります。 当初は、武生駅近くの宿泊施設を予約して1泊2日の日程の規模で「花筐公園」にて、自前の平安装束を事前搬入して衣装体験を行う事のみが目的でしたが、幸運にもこの時に京都市近郊にて宿泊施設の予約が出来ましたので、旅行の規模としては2泊3日の日程の規模に格上げされる事になりました。

 

この旅行も、結果的には時間が許す限りで衣装体験の予定を組み入れましたが、結果的には、かなりの着数の衣装体験になったと言う事で満足度の高い旅行になっています。

 

例によって、同行者に気を使わなくても良い「おひとり様」での旅行記になりますが、おひとり様旅行をされている方々の参考になるように見て下さると幸いで御座います。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その1)いざ、北陸新幹線廻りで京都市内までの旅路を進んで行く事に。

2015年11月21日、ついに、「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の初日の日程になりました。 この日は、朝一の北陸新幹線である「かがやき」に大宮駅から乗車する為に、自宅最寄り駅を早い時間に出発して大宮駅まで向かって行く事になりました。
 
大宮駅に到着してからは、在来線のホームから新幹線のホームに移動する事になりましたが、その際には、昼食代わりと言いますか、駅弁と飲み物を購入してから新幹線のホームに上がって行く事になりました。 大宮駅の新幹線ホームになります。

 

目的地が、本当に、当初の目的地とは違う京都市内と言う事があって、「京都駅に向かうのに、何故、北陸新幹線。」と言うのがありますが、この時期では、私と同じ事を考えていた方々が多かったらしく、切符を購入した時も、「かがやき」に接続させる為の「サンダーバード」の切符がかなり取りにくくなっていました。

 

出発案内になります。 ホームの扱いと言う事では上越新幹線と同じ扱いになりますでしょうか。 最初に「とき」が来てから、私が乗車する「かがやき」が来て、その次にはまた「とき」が来るようになっています。 しばらく待っていると、北陸新幹線の「かがやき」がホームに入って来ました。 北陸新幹線の車体になります。 流石に、新しい車体と言う事もあって、流線型の車体に、白色と金色と青色が塗装されていて、贅沢な雰囲気の物になっています。 こちらの写真の撮影の為に、先頭側の車両まで向かいました。 LEDの方向案内板には、「KAGAYAKI」と書かれていて、まさに、北陸新幹線の「かがやき」であると言う事が分かります。 写真では、英語表記の方向案内板の時の物になっていますが、英語表記と日本語表記の交互に表示されます。

 

これから乗車すると言う事になります。 撮影の関係上で、12号車のある側から行きましたので、急ぎ足で、普通車のある10号車の場所まで移動しての乗車になって、その後、私が確保した席である4号車まで歩いて移動と言う事になりました。 そして、4号車の私が座る椅子になります。 椅子は普通車の場合は、3列+2列の5列シートになりますが、普段利用している東海道新幹線に比べると、枕が大きかったり、席幅が微妙に大きかったりと言う感じで高級感のある席になっています。 私の場合は、E席と言う事で端の席になりますので、窓枠のサードテーブルの撮影も行いました。 窓枠のサイドテーブルも可能な限りの大きな物になっています。 この後、私も席に座ると言う事になりましたが、座り心地がとても良い物になっています。 隣の席の方は次に停車する長野駅から来られるのか空席の状態になっていました。

 

私が座っている前の席の様子になります。 このような感じで、それぞれの席に小さなハンガーが用意されていたり、大きなテーブルが用意されていたりします。 全席にスマートフォンやパソコンを充電する為のコンセントも用意されています。 私が座っている席の前側の網ポケットに置かれている冊子は、JR西日本が出されている物になっています。 この点が、他のJR東日本の地域を走っている新幹線と違う設定になっているのでしょうか。 「西Navi」にはなっていますが、近畿圏で配布されている近畿版では無くてでは無くて北陸版の物になっています。 また、網ポケットの横にはカップホルダーも置かれています。

 

テーブルの裏面には、椅子の枕が上下に動かせる事や、コンセントが装備されていると事が書かれています。 コンセントが全席にあると言う事と、枕が上下に動かせると言う事が何とも良い感じになります。 そして、テーブルを広げてみました。 テーブルも可能な限り大きな物になっています。 これから、駅弁と飲み物を置いて行こうと思います。 駅弁と飲み物が置いた状態の姿で撮影を行いました。 駅弁は、日本らしさを外国人の方々に伝えるようにする弁当であるのか、色々な国の言葉で日本語の弁当に当たる言葉が書かれています。 駅弁には、品書きも書かれていて、こちらも、複数の言語で書かれている内容になっています。 品書きを見ているとかなりの日本的な料理が揃っている内容になっていいます。

 

駅弁の包み紙を剥がした状態で撮影を行いました。 駅弁の箱がプラスチック製であるのなら、御重として持ち帰りたくなるような見た目の日本的な文様になります。 そして、駅弁の蓋を開けてみました。 本当に、見る限りでは、日本料理が入っている内容の弁当に見えて来ます。 こちらの駅弁は、人気があるのか、昼間や夜に良く立ち寄っている東京駅や新宿駅の駅弁売り場では余り見た事が無いです。 飲み物は糖分の無い物でと言う事で、ジャワティ―ストレートを購入しています。

 

これから、駅弁の紹介と言う事で、品書きに書かれている順番に近い形で、時計回りで紹介させて頂きます。 まずは、海老にぎり寿司とキス握り寿司になります。 キスが握り寿司に出来ると言う事は、恥ずかしながらではありますが、この場で初めて知りました。 次に、ちらし寿司になります。 ちらし寿司には、酢飯にいくら、蓮根酢漬、椎茸煮、菜の花お浸し、錦糸玉子が乗せられています。 そして、煮物とその他の料理になります。 煮物は、里芋、筍、南瓜、人参、蒟蒻、がんもが入っていて、その他の料理としては、松前漬、江戸巻、かまぼこ、ほたてフライ、海老天ぷら、ピーマン素揚げが入っています。 駅弁の中身を見ていると、本当に、日本らしさを伝えるような料理になっていますが、私も自力でこのような料理を作りたい物であります。
 
そうこうしているうちに、新幹線は長野駅、富山駅と言う感じで停車して行って、終点である、金沢駅に到着しました。 約、2時間の贅沢な時間ではありましたが良い経験になりました。 金沢駅の新幹線のホームはこのような感じになっています。 看板には北陸新幹線の時刻表も書かれていますが、実際に東京駅にまで出ている本数としては、ちょっと少ないかなと言うの印象が感じられました。
 
北陸新幹線の往路と言う意味では、これにて、乗ったと言う形になりますが、本当に、当初の目的からは少し違う内容になりましたので、これから、京都市内の駅に向かう為の列車に乗り換える為に、在来線のホームに向かう事になりました。 金沢駅の新幹線のホームから、在来線のホームに移動して参りました。 金沢駅の在来線のホームの看板には、このような感じで、JR西日本の表記とIRいしかわ鉄道の表記が描かれています。 待つ事、すぐでありますが、大阪行きの「サンダーバード」が来ましたので、撮影を行う事になりました。 切符を見て12号車と書かれてありましたので、その位置であろう場所にいる状態で「サンダーバード」の車体の撮影を行う事になりました。

 

実際に「サンダーバード」の撮影を行っていると、これまでとの大きな違いを発見すると言う事になりました。 今までは、数字の大きな号車にあればなる程、金沢側の方向になっていて、グリーン車が大阪側の端の車両になっていたのですが、北陸新幹線の開業に合わせられてなのか、その点でも変更になっていて、グリーン車の位置が完全に逆の位置になっていてその事に驚きました。 要するに、私がいる場所が1号車の扱いになっていて、この事が原因で、慌てて、グリーン車の車両では無い、他の車両から乗車すると言う形になりました。

 

そして、金沢駅のホームの端から端に移動しましたが、12号車の普通車の席はこのような感じになっています。 在来線の特急列車の車両と言う事もあって、椅子も、若干、小さな物になっています。 また、席間の間隔も最新型の車両である北陸新幹線の車両に比べると短い物であります。 この時点で、尿意が出て来ましたので、トイレに向かうと言う事になりました。 トイレの隣には、自動販売機が置かれていて、飲み物の販売も行われています。

 

トイレに入りましたが、流石に特急列車のトイレであるのか、清潔感のある物になっています。 先程の北陸新幹線の車両のトイレは、別の旅行で撮影を行いましたが、そちらの方はもっと凄い内容になっています。 便座に座っている状態で、撮影を行う事になりましたが、このような感じで、ベビーチェアや、手洗い場まで綺麗に完備されています。 この点は、流石に現在の車両であるのかなと思わせられます。 手洗い場になります。 流石に、飲料水の設定ではありませんが、かなり清潔感のある物になっていて、手を洗うには十分過ぎる程の設備になっています。

 

さて、客席に戻る事になりました。 こちらの「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」では急遽、立ち寄る場所が1箇所増えたと言う事もあって、この時間を利用して、ベースの部分だけ塗っていたメイクにポイントのメイクを施して、完全に顔を作り上げると言う形になりました。 幸運にも、隣の席の乗客は、福井県内の駅で降りられましたので、何とかメイクを施す時間を作る事が出来て良かったと思うばかりになります。

 

メイクを仕上げて、しばらくの時間が経過した頃には、列車が無事に京都駅に到着すると言う事になりました。 つい、1年前までは、金沢駅側から京都駅に向かうと言う事が考えられなかったと言う事があって、不思議な感覚もしますが、その点は住んでいる場所が変わったと言うのが改めて実感する事が出来ます。 そして、京都駅は京都駅でも目的地に向かう為に嵯峨野線のホームに移動すると言う事になりました。 看板の色が異なりますが、JR西日本の駅であると言う事には間違いが無いと言う事になります。

 

少しの間待っていると、列車も到着して参りました。 こちらの列車は亀岡行きになっていますが、2015年11月の3連休と言う事もあって、嵯峨嵐山行きの列車の表示も存在していました。 観光客の殆どの方々が嵯峨嵐山駅で降りられると言う事もあっての臨時の列車であるのかなと思わせられました。 嵯峨野線の列車の席はこのような感じの物になります。 私の場合は、中型のキャリーバッグを持参していたので、上の方にある荷物棚には入りにくい関係で、通路側の席に座ると言う事になりました。

 

今回の「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の最初の目的地は円町駅になります。 円町駅で降りて、駅看板の撮影を行いました。 円町駅は、比較的新しく作られた駅で、ホームも狭めに作られていますが、このような感じで木材を生かした屋根になっているホームから出口に向かって行くと言う事になりました。

 

円町駅のホームを降りて、私が友人から頼まれていている物で目当てにしていた物が、こちらの、「京の冬の旅」の冊子になります。 早速、駅員に理由を言って数冊貰うと言う形になりました。 この時には想像も付かなかったのですが、後々に、私自身もこちらの冊子に掲載されている内容の恩恵を受けられると言う事になりました。 こちらが、円町駅の駅舎の入口になります。 後発的に作られた駅と言う事に加えられて、場所にも限りがあったのかガード下に収まるような小さな駅になっています。 この場所から、少しだけ歩いて、バス停に向かって、最初の目的地に行くと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その2)「京都市平安京創生館」にて袿の衣装体験を行う。(蘇芳色衣装編)

円町駅に到着してからは、駅前にあるバス停にまで行ってバスに乗って、丸太町七本松まで向かう事になりました。 丸太町七本松のバス停を降りて少し歩いた所に、最初の目的地である、「京都アスニー」の中に存在している「京都市平安京創生館」に到着しました。 「京都アスニー」の建物の入口になります。 端の方には「京都市平安京創生館」の真新しい看板も置かれています。

 

「京都市平安京創生館」の展示室の奥まで行くと、このような感じで、平安時代風の設えが置かれていて、衣装体験が出来る場所になっていて、女性用の袿の皆具と、男性用の狩衣の皆具が置かれています。 袿の皆具が白色の小袖から長袴まで、狩衣が白色の小袖は勿論の事、単の付いている皆具の形で置かれていると言うのが価値としても高い物になります。
 
この場で、男性のスタッフの方に撮影の手伝いに付いて聞きましたが、そのスタッフの方が、「こちらの場所の担当者を今から呼んで来ます。」と言われて、別の女性のスタッフの方が来られました。 この時点で、袿の着付けは途中の段階まで出来ていましたが、その女性のスタッフの方は着付けの担当をされているスタッフの方になっていて、袿の着付けの詳細のを手直しして仕上げて頂くと言う事になりました。

 

着付けが終わると、撮影を行って頂く事になりました。 最初は、立ちでの構図と言う事で、檜扇を閉じて、檜扇の要を右手に持って、左手でその檜扇を支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 やはり、袴が長袴と言う事だけあって流れるような裾の緋色の長袴の存在感が大きな物があります。 髪型は分け目の左右に鬢そぎ用のパーツウィッグを付けていますが、自然な感じの垂髪のような髪型に仕上がっています。

 

次に、檜扇を少しだけ広げて、右手に持っている檜扇を左肩のある位置に持って行って、左手は檜扇を支えるようにして左側に出している状態の構図で撮影を行って頂きました。 着付けと撮影の担当のスタッフの方を長時間拘束するのもどうかなと思いましたので、デジカメのシャッターの音が聞こえたら、その都度、構図を変えて連続的に撮影を行って頂くと言う感じになりました。 その次に、右手に持っている檜扇を広げて、内側に向けて、左手は袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 さらにその次に、檜扇の要を左手に持ち替えて、左手に持っている檜扇を顔の前の位置で構えて、右手を胸の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

袿の色は蘇芳色になっているようですが、博物館系の衣装体験の場所で見掛ける袿にしては珍しい色目の設定になっているだけに、袿の存在感が出て来ています。 そして、檜扇の要を両手で抱くような感じで持って、胸の下の位置で檜扇を広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 袿の裾から出ている単や緋色の長袴の裾が何とも立派な存在感を出しています。 こちらの「京都市平安京創生館」の衣装は、開館から約半年余りの状態ですが既に1着分の袿が入れ替わっていて、その前から存在していた袿は赤色の物で、緋色の単が付いて、濃色の長袴になっていたと言う事です。

 

今度は、再び、檜扇の要を右手に持って、前に向けて広げて、左手をその檜扇に添えると言う感じの構図で撮影を行って頂きました。 袿の色や紋様も珍しい物になっていますが、何と言っても白色の小袖から長袴まで揃っている形での袿の皆具での衣装体験が出来ると言うのが大きいかなと感じました。 続いて、檜扇を左に向けて広げて、左手は、檜扇を支えるような感じで手を添えている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

緋色の長袴はその場の流れで、左側に流している状態で撮影を行って頂いています。 引き続いて、顔を左側に向けて、右手に持っている檜扇を高く掲げて、左手は、袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 さらに引き続いて、右手に持っている檜扇を手首の先から右下に向けて掲げて、左手は内側に曲げて襟がはだけないようにしている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、座りでの構図と言う事で、畳のある場所に立膝で座って、脇息に、もたれると言う形になりました。 その後、右手に檜扇を持って顔を煽ぐような感じで持って構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 脇息も設えとして置かれていて、仕切りの役割を兼ねた几帳も置かれていて、本当に平安時代風の設えが作られていて、無料で衣装体験が出来る場所としてはかなりの良い環境になっています。 次に、檜扇を左手に持ち替えて、檜扇を持っている左手を脇息に置いて、脇息から外側に向けて檜扇を掲げて、右手は袿の襟がはだけないようにする為に御腹を押さえている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、左手に持っている檜扇を高く掲げて、右手を脇息のある位置に持って行っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 最後に、檜扇を右手に持ち替えて、控えめに檜扇を広げて、袖から出しているような感じで檜扇を構えて、左手は脇息にもたれている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

袿を畳んで片付けようとすると、着付けと撮影を担当して下さっている女性のスタッフの方に、「袿は色違いがあって、もう1着体験されて行きますか。」と言う事を言われましたが、御厚意に預からせて頂くと言う形で、衣桁の端の方を見ていると箱を見付けましたので、その箱からもう1着の袿を出すと言う形になって、2着目の袿の衣装体験を行うと言う形になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その3)「京都市平安京創生館」にて袿の衣装体験を行う。(朱鷺色衣装編)

「京都市平安京創生館」にて、蘇芳色の袿の衣装体験を行って、女性の着付けと撮影のスタッフの方に撮影を行って頂いていましたが、その方に、「袿は色違いがあって、もう1着体験されて行きますか。」と言う事を言われましたが、御厚意に預からせて頂くと言う形で、衣桁の端の方を見ていると箱を見付けましたので、その箱からもう1着の袿を出すと言う形になって、2着目の袿の衣装体験を行うと言う形になりました。
 
袿が入れられている箱を開けると、朱鷺色の袿と蘇芳色の袿に付属されている物と完全に同じ物になる単と緋色の長袴と白色の小袖を見付けました。 その事もあって、袿のみを朱鷺色の物に変えるのみと言う形での着替えと言う形になりましたので、1着目の袿から2着目の袿への着替えに関しては短時間で完成しました。

 

着替えが終わると、撮影を行って頂く事になりました。 最初は、立ちでの構図と言う事で、檜扇の要を右手に持って、左に向けて檜扇を広げて、左手は、胸の高さの位置で檜扇を支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こちらの朱鷺色の袿は、紋様としては、比較的、何処の衣装体験の博物館でも見られるような向蝶丸紋ですが、おめりと裏地が紫色と言う事で、その点では、珍しい色目の袿に感じました。

 

次に、右手に持っている檜扇の位置は殆ど同じのままで、袿の袖を見せるような感じで左手を真横に掲げている状態の構図で撮影を行って行って頂きました。 袿と単の色合わせとしては、朱鷺色と萌黄色と言う事で、全体的に優しい印象になっています。 その次に、右手に持っている檜扇を顔の高さで右上の方向に掲げて、左手は内側に曲げて襟がはだけないようにしている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

さらにその次に、右手に持っている檜扇を左下の方向に掲げて、左手は檜扇の上を通過するような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 袿の生地の状態が新しいのか、袿の袖の生地に適度な張りがあって形が作られています。 そして、檜扇を左手に持ち替えて、左側に檜扇を掲げて、右手は胸の下の位置に持って行って、襟がはだけないようにしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 本当に、微妙な構図の違いであろうと思いますが、写真の出来栄えとしては良い物に仕上がっています。

 

今度は、左手に持っている檜扇を上の方に高く掲げて、右手は、袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 続いて、檜扇を右手に持ち替えて、袿の袖から出るような感じで檜扇を下向きに広げて、左手は、袿の袖を見せるような感じで肩の位置から横に広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こう言った構図でも、檜扇の開き加減で印象が変わるのではとも思わせられる瞬間であります。 引き続いて、檜扇を持っている右手を少しだけ上に動かして、左手は檜扇の端を持つような感じで支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 少しだけ見えている紫色の裏地が個性的な印象に見えて来ます。 さらに引き続いて、右手に持っている檜扇を右下の方向に構えて、左手は左手は内側に曲げて襟がはだけないようにしている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、座りでの構図と言う事で、畳のある場所に立膝で座って、脇息に、手を添えると言う形になりました。 その後、右手に檜扇を持って、檜扇を少しだけ広げている状態で袿の袖から出すような感覚で右下の方向に出して、左手は脇息に手を添えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 次に、右手に持っている檜扇を頭の高さで掲げて、顔を左に傾げて、左手を脇息にもたれている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、檜扇を左手に持ち替えてから、檜扇を脇息に置いて、右手を斜めに降ろして、左手も脇息にもたれている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

最後に、左手に持っている檜扇を右手に渡すような感じで、右袖の上に置いて、右手は檜扇を支えているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 流石に、2着目と言うのがありましたので、撮影の速度も上げて行きましたが、衣装が適度に着崩れていてそれもまた良い雰囲気であるのかなと思えて来ました。
 
こうして、急遽、「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の旅程の中に入る事になった、「京都市平安京創生館」での袿の衣装体験になりますが、大満足と言える衣装体験の内容になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その4)島原の入口の島原住吉神社にて旅の安全を祈る事に。

「京都市平安京創生館」を出てから、再度、バスにて円町駅前まで戻ってからは、嵯峨野線に乗って丹波口駅まで向かうと言う事になりました。 丹波口駅を降りると、駅の出口から南側に歩いて行って、その途中で神社が見えて参りました。 その神社の近くには、島原の西門跡の石碑が置かれていて、その隣が島原住吉神社と呼ばれる神社になります。 過去に、1度、こちらの道を通った事があるのですが、今回は旅行記の記事として制作すると言う事もあって、その島原住吉神社にも参拝をさせて頂く事になりました。

 

島原住吉神社の境内への入口になります。 面積的には小さな神社と言う感じになりますが、鳥居や柵等も含めて使われている石材等が古びているだけに、何らかの由緒のある神社であるのかなと思えて来ました。 島原住吉神社の由緒書と申しますか、それに関係している内容の石碑になります。 元々は島原の街並みに住んでいた住吉屋太兵衛の自宅で祀っていた住吉大明神が、島原の鎮守となって繁栄していましたが、明治維新の時の廃仏毀釈の時に神社株を持っていないと言う事で廃社になって、打ち壊しに近い状態となったそうですが、地元の崇敬心は篤いと言うのがあって、京都府船井郡本梅村の無格稲荷社の社格株を譲り受けてこの地で再興されたと言う事になっています。
 
再興後は、一度は、稲荷神社の名前として存在していましたが、平成13年(2001年)になって、ようやく、社名を島原住吉神社と言う名前に改称されて、現在に至ると言う事が石碑には刻まれています。 石碑はその2001年の島原住吉神社への改称の時に作られたと言う事で、石材の状態が新しい物になっています。

 

手水舎になります。 本当に小さな手水舎で最低限の設備のみが取り付けられています。 社殿になります。 社殿は、平成11年(1999年)に整備されたとの事で、屋根の瓦等がまだ新しい物になっています。 社殿を斜め前の角度から撮影を行った物になります。 木の柵に覆われた儀式殿の後ろに本殿が置かれていると言う状態になっています。 本殿を斜め前の角度から撮影を行った物になります。 本殿の前には、狛犬も置かれていて良い雰囲気に再興されています。

 

こちらが、島原住吉神社の社名が書かれている額になります。 島原住吉神社の名前に改称されたのが、2001年と言う事になりますので、社名額はまだ新しい状態になっていて文字の彩色も鮮やかな物になっています。 この場で、鈴を鳴らして、二礼、二拍手、一礼の参拝を行って参りました。 願いの内容としては、旅の無事と安全に対しての事になります。

 

阿型の狛犬になります。 狛犬は古い時代の頃から存在していたのか、石材の一部に皹が入る位まで古くて傷んでいる状態になっています。 吽型の狛犬になります。 こちらの狛犬も阿型の狛犬と同様の時期に作られているのか、石材の一部に剥がれが出ている状態になっています。 そして、島原住吉神社の左奥側には、もう一棟の社殿が置かれています。 その事に関しての内容の石碑も置かれていますので石碑の方も見てみる事にします。 こちらの石碑を見ていると、先程の社殿は、幸天満宮と呼ばれる、島原住吉神社の境内社になっています。 こちらの幸天満宮は、島原の揚屋町の会所に天神の祠があって、享保19年(1784年)にこちらの場所に移設された物になっていると言う内容が石碑には刻まれています。

 

こちらの幸天満宮でも鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼の参拝を行って参りました。 小さな社殿ではありますが、こちらの社殿も1999年に改修されていると言う事があって、手入れの行き届いている社殿になっています。 そして、社殿の下側に置かれている石燈籠になります。 石燈籠の下には、天満宮と言う文字が刻まれていて、天満宮系の社殿であると言う事が分かって来ます。 こうして、島原住吉神社にて、旅の無事と安全を願ってからは、次なる目的地にして、当初は、最初に訪問する目的地の店舗に向かうと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その5)「花姿」での太夫の衣装体験を愉しむ事に。(金色打掛編)

島原住吉神社の参拝の後には、いよいよ、こちらの「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の京都市内に到着してから最初に訪問をする予定である「花姿」と言う名の店舗に到着すると言う事になりました。 「花姿」の店舗の入口になります。 こちらの店舗の訪問は2度目になりますが、開店している時には、暖簾が掛かっていて、看板も出されていると言う形式になっています。 扉を開けて、店舗の内部に入って行くと言う事になりました。

店舗の内部では、撮影用のスタジオの風景も見えて参りましたが、金屏風の前に帯の几帳が増やされていたり、日本人形が置かれていたりと言う感じで設えとしても、かなり、充実した内容になっていました。 店舗の中に入ると、店長の方から個人情報等を書く用紙が出されて、必要事項を記入して行きましたが、その後には、かつらの髪型の種類の希望を聞かれるようになって、新作のかつらである「男元禄」のかつらを選ぶと言う事になりました。

 

着物用の下着と浴衣が入っている籠のような入れ物になります。 舞妓の衣装体験や花魁の衣装体験の場合では着物用の下着のみが貸し出される場合が多いのですが、こちらの店舗では、着物用の下着の上に着る浴衣も貸し出して頂けます。 着物用の下着を着て、浴衣を着てからは、トイレに行って、顔を洗ってから、メイクと着付けが開始されて行きました。 メイクは、鬢漬け油をメイクの下地として塗ってその上に白粉を塗って行く形式の本式のメイクで、目元や眉毛は舞妓の衣装体験と似ているような感じのメイクが施されますが、口紅は下紅だけが塗られると言う形になります。
 
メイクが終わると、かつらが被せられて、太夫の衣装の中着である、赤色の着物が着付けられてからは、散策用の薄手の打掛を選んでからその打掛が着付けられて、着付けが完了すると、店舗の表側に案内されて行って、三枚歯の下駄が用意されて、それを履いて、店長の方に片手を支えて下さってからは、撮影担当のスタッフの方が私の手持ちのデジカメと店舗側のデジカメを持って3名で「花姿」の店舗から島原の街並みに向けて歩いて行くと言う事になりました。

 

最初は、島原の大門のある場所で、撮影が行われると言う事になりました。 最初に、真っ直ぐに立って、右手で、打掛を絡げている部分を持ちながら、左手を帯に中に入れている状態の構図で撮影を行って頂きました。 次に、左手を打掛の袖を見せるような感じで横に掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 散策用の打掛は複数の種類がありましたが、今まで着た事の無いような色目の物が着たいと言う事もあって、金色の地色に緑色で笹の葉が描かれている柄の打掛を選ぶ事になりました。 その次に、左手を襟元の所に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こちらの店舗の太夫の衣装の襟返しの部分は大きめに入っていますが、店舗によっては控えめに入れられていたりと言う感じで、店舗ごとの襟返しの部分の若干の違いは存在しているようです。 さらにその次に、顔を右に向いて、左手を打掛の袖を見せるような感じで肩の位置まで降ろしてから横に掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

島原の大門のある場所での撮影が終わると、店長の方の付き添いで、輪違屋の前まで移動して、その場で撮影を行って頂くと言う事になりました。 最初に、真っ直ぐに立って、右手で、打掛を絡げている部分を持ちながら、左手を打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態で撮影を行って頂きました。 輪違屋は、一般の観光客の入場を禁止されている関係上で、背景として使用するのは良いとの事だそうですが、建物や柵には触れないようにして頂きたいと言う事で、その面に配慮しながらの撮影を行うと言う事になりました。

 

続いて、顔を少し左側に向けて、左手を肩の高さから斜め上の角度に掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 打掛の袖の振りの長さが、本職の太夫と同じように短く仕立てられていますが、笹の葉の柄が綺麗に出ていて良い雰囲気に仕上がっています。 打掛の色目としては金色の扱いになっていますが、それ程、輝いているような感じでも無くて意外にも落ち着いた物であると言う事が感じさせられました。 引き続いて、顔を右側に向けて、左手を胸の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 赤色の襟返しのある中着に打掛が着付けられていると言うのが、本式の太夫を意識された衣装体験と言う感じでしょうか。

 

個人的には、現代では存在していない職業ではありますが、花魁の正式な衣装も、錦絵や各種の文献を見ながら、中着の着物も含めてきちんと再現されて頂きたいかなと思っていたりします。 さらに引き続いて、顔を少し左側に向けて顔を傾げて、左手を襟返しのある場所に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こちらの打掛は裏地もこだわっているのか、少しだけ出ている裏地の部分の柄が出て来ていて雰囲気のある写真に仕上がっています。

 

輪違屋での撮影が終わると、店長の方の付き添いで、旅館の前まで移動して、その場で撮影を行って頂くと言う事になりました。 こちらの旅館の前では、まず、太夫道中の歩き方である、内八文字の歩き方での撮影を行って頂く事になりました。 最初に、太夫道中の内八文字の歩き方と言う事で、右手で、打掛を絡げている部分を持ちながら、左手を帯の内側に入れて、右脚を踏み出している状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

次に、内股で八文字を描くような感じで、左脚を踏み出している状態の構図で撮影を行って頂きました。 実際には、内八文字で進んで行きましたが、写真としての撮影は限界があるのか、脚が動いている状態としての写真が余り残らなかったと言うのが惜しい所であります。 その次に、内八文字での太夫道中の構図の撮影が終わると、自由な構図での撮影と言う事で、顔を右側に向けて、身体を捻じるような感じで、足元を少し動かして、左手を打掛の袖が見えるような感じで横に支えるようにして広げた状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

さらにその次に、顔を左側に向けて、左手を打掛の袖が見えるような感じで斜め上に掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 絡げている裾とその中で少しだけ見えている赤色の中着が良い意味で差し色としての効果が出ています。 最後に、顔を真横の角度になるような感じで右側に向けて、左手を胸の高さで右に向けて掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こちらの店舗の場合では、散策の時には裾を絡げる時には紐で固定せずに実際に手に持つ形式になっていますので、絡げる時の裾の具合が微妙に変わって来ていますが、良い意味で自然な感じで裾を絡げる事が出来ますので、その点では評価が出来るかなと感じられました。
 
この後には、店長の方に片手を支えて下さって、「花姿」の店舗に戻って行くと言う事になりました。 これからの時間としては、衣装の着付けの手直しが入ってスタジオ撮影が行われて行くと言う事になって行きます。 最初に、立ちでの構図での撮影と言う事で、散策用の金色に笹の葉の柄の打掛を着ている状態で、スタジオの真ん中の毛氈の上に後ろ向きに立ってその位置から左側に廻って左手は打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

良く見ると、太夫のかつらには小さな団扇や小さな花簪が付いていて、小さな花簪は、現時点では、3月の設定である水仙の花の花簪しか無いようですが、店長の方に聞いてみると、今後は少しずつ増やされると言う話を聞きました。 次に、表側に完全に振り返って来て、右手を帯の位置に当てて、左手は打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 打掛の裾が前の方に流れていると言うのは、元々が後ろ向きの姿になっていてその状態から前向きの状態に変わったと言う事での現象になっています。

 

その次に、身体を反らして、顔を左に向けて、右手を帯の内側に入れ込んで、左手は打掛の袖を見せるような感じで肩の位置で横に広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 太夫の衣装体験の場合は、舞妓や芸妓の衣装体験と同じく現存している職業の衣装体験と言う事ですので、小道具の面ではかなり無限大な位にあると言っても良いのですが、こちらの衣装体験を行っている時の当時では、基本的な小道具しか持って来ていない状態であります。

 

今度は、小道具として、手持ちの舞扇を取り出して、舞扇を左手に持って顔の高さで掲げて、右手は白に降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 中着の裾が踏み込んでしまっていて綺麗に出来ていないのですが、雰囲気としては出ていますので、そのまま、全身の構図の写真として掲載しています。 続いて、身体を左側に傾けて、顔も傾げて左手に持っている舞扇を腰の下の位置で掲げて、右手は斜めに降ろしている状態で撮影を行って頂きました。 引き続いて、身体を左側に傾けて、顔も傾げている状態で右側に向けて、舞扇を右手に持ち替えて、右手に持っている舞扇を肩の高さで横に掲げて、左手は胸の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 この時に、かつらに結ばれている市松文様の布が見えて来ますが、こちらの布が「男元禄」の髪型の特徴になります。

 

個人的には、「時代や」の「げんろく太夫キャンペーンプラン」で使用されていた「後ろ勝山」の髪型のかつらがこちらの店舗でも導入する事が出来たら良いかなと思いつつも、次回の「花姿」のかつらの制作で完成されて来るであろう、「割れしのぶ」のかつらの完成を期待していたりします。 今度は、小道具として、手持ちの篠笛を取り出して、篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 この時には、上流階級の人々の設定で使用する笛が龍笛である事を知らずに篠笛を使用していますが、現在の舞妓や芸妓、太夫の世界での芸の披露の場面で使用する事は間違っていないらしく、その事を知って何とか安心した次第であります。 次に、左肩を降ろして、身体を右側に捻って、顔も少し傾げて、同じく、篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

その次に、篠笛を右手に持って篠笛を横向きの状態にして構えて、左手は打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。  太夫と花魁との大きな衣装体験の違いと言う意味では、中着の色の設定と、襟返しの設定と、帯の結び方の設定の違いでしょうか。 その中でも、帯の結び方になると、現在の太夫の場合は、心の文字を結うような結び方になりますので、その点で太夫の衣装体験であるのか、花魁の衣装体験であるのかと言うのは分かって来ると言うのがあります。 

 

今度は、座りでの構図での撮影を行って頂くと言う事になりました。 毛氈の上に座って、小道具を舞扇に変えて頂いて、舞扇を右手で持って、舞扇を半開きにして、左手のある位置に被せるようにして構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 太夫の衣装体験や本職の太夫の場合は、座りでの構図は、正座の他にも足を片側に流すような感じで投げ出すような構図も存在していますが、写真に収める為には、前者の構図の方が綺麗に収まると言う事もあって、そう言った構図での写真を掲載して行っています。 続いて、右手に持っている舞扇を顔の高さで構えて、顔を右に向けて、鏡を見るような形で舞扇を見ているような雰囲気になって、左手は、胸の下の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 丁度、顔が、横向きになっているだけに、「男元禄」の髪型の雰囲気が伝わっているような写真にも見えて来ます。

 

引き続いて、小道具を篠笛に変えて頂いて、顔を少し傾げて左に向けて両手で篠笛を受け取っているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛を受け取るような構図での撮影を行うのであれば、手持ちの三本調子の大きな篠笛を持って行くと言う手もありましたが、無難に少しだけ大き目の六本調子の篠笛を持参しましたので、その点の篠笛の存在感は可も無く不可も無くと言う感じになります。 最後に、顔を少し傾げて、顔の下の位置で両手で篠笛を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 小道具としては、基本的で、且つ、荷姿の小さな小道具を持参しましたが、何も無い事を比べるとかなり良い感じでの撮影を行って頂く事が出来たのではと言うのがあります。 次に、室内用の打掛に着替える為に、打掛が置かれているスタジオの端の衣紋掛けのある場所に行って、打掛を色々と見る事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その6)「花姿」での太夫の衣装体験を愉しむ事に。(白色打掛編)

次は、室内撮影用の打掛に着替えると言う事になりましたので、店長の方に案内される形で、打掛が置かれているスタジオの端の衣紋掛けのある場所に行って、打掛を色々と見る事になりました。

そこで、過去に、こちらの店舗を訪問した時に着ている打掛や季節感の合わない打掛を除外した形で打掛を見ていると、白色の地色に扇の文様が織り込まれている打掛があって、今までに太夫や花魁の衣装体験の時に着ていない文様と言う事もあって、その打掛を選ぶと言う事になりました。 その打掛を、助手のスタッフの方に着せて頂いて、撮影が開始されて行きました。

 

最初に、立ちでの構図での撮影と言う事で、毛氈の上に立って白色の地色に扇の文様が織り込まれている打掛の後ろ姿を見せる為に、打掛の襟元を持って両方の方向に広げると言う事になりました。 ちなみに、顔は屏風のある側に向いていますが、丁度、「男元禄」の髪型のかつらの特徴が良く出ていて、出来上がった写真を見て、個性のある髪型であるかなと感じさせられました。 次に、顔を少し傾げて左に向けて、右手を下に降ろして来て、左手は肩の位置で打掛の袖を見せるような感じで横に広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、顔を少し上げて右に向けて、右手を肩の位置で打掛の袖を見せるような感じで床に広げて、左手は打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 打掛の文様の重厚さが見えて来て適度に良い雰囲気を出しています。

 

今度は、小道具として、手持ちの舞扇を店長の方に渡して頂いて、舞扇を半開きにして右手に持って、左手はその舞扇に手を添えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 白色の地色に扇の文様が織り込まれている打掛に背景の帯の几帳が合っていて良い味を出しています。 続いて、顔を右に向けて、右手に持っている舞扇を肩の高さで掲げて、左手は肩の位置で打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、舞扇を左手に持ち替えて、顔を左に向けて、右手を脇の位置に置いて、左手は肩の位置から上に向けて掲げるような感じで舞扇を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 出来上がって来た写真を見ていて、時々、姿を見せている日本人形が高級感を出しています。

 

今度は、小道具を篠笛に変えて頂いて、両手で篠笛を受け取っているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛を受け取っている状態の構図も印象的な物になっていて良い感じがしています。 次に、顔を左に向けて傾げて、篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 背景の飾りだとばかり思っていた御屠蘇の器が実際には小道具であったと言う事を知るのは、かなり後の頃の話になりますが、この時に小道具である事を知っていたら、撮影用の小道具として使っていたであろうと思われます。 その次に、顔を右に向けて、篠笛を首の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、座りでの構図で撮影を行って頂くと言う事になりました。 毛氈の上に座って、小道具を舞扇に変えて頂いて、舞扇を右手で持って、舞扇を半開きにして、前に差し出すような感じで舞扇を構えて、左手は胸のある位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 続いて、舞扇を左手に持ち替えて、顔を左に向けて、右手を胸のある位置に置いて、左手は打掛の袖を見せるような感じで肩の位置から上に向けて掲げるような感じで舞扇を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、小道具を篠笛に変えて頂いて、顔を右に向けて、左肩を前に出して、両手で篠笛を受け取っているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛は、大きさも色々存在しているだけにどの大きさの物を持参するのかと言う所が考え所です。 最後に、顔を傾げて、顔の下の位置で両手で篠笛を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 同じような構図であったとしても、打掛の生地の質感や色が違うと雰囲気も変わり替わって来る物であるのかなと言うのが実感させられました。
 
この時点で、通常の「花姿プラン」での衣装体験としては終了になりますが、追加料金を出す事で、打掛の着替えが出来ると言う事で、打掛の追加を希望させて頂くと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その7)「花姿」での太夫の衣装体験を愉しむ事に。(青海波打掛編)

白色の地色に扇の文様が織り込まれている打掛を着ての衣装体験が終わって、基本の「花姿プラン」としての衣装体験が、終了する事になりましたが、追加料金を出す事で、打掛の着替えが出来ると言う事で、打掛の追加を希望させて頂くと言う事になりました。 そして、店長の方に案内されるがままに、打掛が置かれているスタジオの端の衣紋掛けのある場所に行って、打掛を色々と見る事になりました。
 
打掛を色々と見ていましたが、この場に来て迷いが出て来ましたので、店長の方に御勧めの物を聞いていると、黒色の地色に青海波の文様が織り込まれている打掛を勧めて下さりましたのが、その色目の打掛も今までに太夫や花魁の衣装体験の時に着ていない色目と言う事もあって、その打掛を選ぶと言う事になりました。 その打掛を、助手のスタッフの方に着せて頂いて、撮影が開始されて行きました。

 

最初に、立ちでの構図での撮影と言う事で、毛氈の上に立って黒色の地色に青海波の文様が織り込まれている打掛を着ている状態で、両手を肩の位置で打掛の袖を見せるような感じで広げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こちらの打掛はかなり豪華な打掛で全体に織り文様が施されている為なのか、重量感もかなりある物になっています。 次に、顔を少し上げて右に向けて、右手を肩の高さで打掛の袖を見せるような感じで斜め上に掲げて、左手は襟元に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、顔をほぼ正面に向いて、右手を襟元に置いて、左手は打掛の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 裾の生地の固さが気になる所ではありますが、その分、袖の部分の生地は固くなっている分、袖の振りの部分がはっきりと出て来る物になっているようです。

 

今度は、小道具として、手持ちの舞扇を店長の方に渡して頂いて、舞扇を半開きにして右手に持って、顔の高さの位置で構えて、顔を右に向けて、左手は、胸の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 続いて、顔を少し傾げて左に向けて、右手に持っている扇を全開にして左肩を被せるような感じで構えて、左手は斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 右手側の袖の振りの形が綺麗に出て来ていますが、打掛の生地が固いからこそ形が出て来るのではと考えさせられます。 こちらの打掛の袖には、金色の生地で飾られている部分があって、その事で、袖に張りが強く出るような感じになっていますが、全体的として贅沢な造りの打掛になっているであろうと思わせられます。 引き続いて、舞扇を左手に持ち替えて、右手を帯の前の位置で構えて、左手は打掛の袖を見せるような感じで肩の高さの位置で横向きに舞扇を掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、顔を少し左に向けて、小道具を篠笛に変えて頂いて、両手で篠笛を受け取っているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛を受け取っている状態の構図も打掛が変わるだけでかなり雰囲気も変わって来ます。 次に、身体を正面向きの角度に変えて、顔を少し傾げて、篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 篠笛を構える構図も色々と行っていますが、打掛の違いや身体の微妙な向きの違いでかなり違っている印象に見えて来ます。 その次に、身体と顔を右に向けて、篠笛を顎の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、座りでの構図で撮影を行って頂くと言う事になりました。 毛氈の上に座って、顔を少し右に向けて、小道具を舞扇に変えて頂いて、舞扇を右手で持って舞扇を全開にして視線を舞扇のある方向に向けて、左手は胸の下の位置で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 続いて、舞扇を左手に持ち替えて、打掛の袖を見せるような感じで顔の高さで上向きに舞扇を掲げて、右手は、同じく打掛の袖を見せるような感じで方の位置から横に広げて、手首を横に向けて立てている状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、小道具を篠笛に変えて頂いて、顔と身体を正面に向けて、両手で篠笛を受け取っているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 最後に、身体と顔を右に向けて、篠笛を顎の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 どの写真も趣のある物に仕上がっていて、時間があるのであれば、フォトブックとして外注して仕上げてみたいかなと思った位であったりします。

 
この時点で、今回の「花姿」での衣装体験が終了して、メイクを落とす事になりました。 流石に、本式の鬢漬け油での下地と言うのがあって、メイクを落とすのに時間が掛かりましたが、個人的には、ベビーオイルよりも、水性の拭き取り式のクレンジングクリームで落とせるのであればそれを置いて頂けると油分が肌に残らないだけに嬉しいと言うのがあったりします。

 

本当に、今回の「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」での「花姿」での写真は最後になりますが、メイクを落とした時には、着替えの部屋にこのような感じで太夫最中と抹茶が置かれていました。 この日は、かなり早起きしたと言うのがあって、カフェインが多く含まれていて糖分の少ない抹茶は嬉しい眠気覚ましになりました。 太夫最中は太夫最中でまた味の上品な京都らしい和菓子になっていてこちらも印象が良いです。

 

この時に、中型のキャリーバッグの螺子が緩んでいましたので、ドライバーが売られているであろう京都タワーのダイソーに行く為に、タクシーで先に京都タワーに向かうと言う事になりました。 京都タワーのダイソーでは無事に旅行用のドライバーのセットを購入しましたので、京都タワーからは、徒歩で、再度、京都駅に向かうと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その8)いざ、1日目の宿泊地である亀岡に向かわん。

京都タワーで所用を済ませた私は、改めて、この日に宿泊するビジネスホテルがある京都府亀岡市に向かう為、京都タワーから徒歩で京都駅に向かう事になりました。 こちらが、京都駅の入口になります。 まさか、1日目の旅程で、こちらにも廻るとは思わずと言った感じでの訪問になります。

 

嵯峨野線のホームの看板になります。 夕暮れ時で看板が暗くなっています。 そして、亀岡駅に向かう列車になります。 要するに、この列車で終点まで行くと亀岡駅に辿り着く事が出来ます。 例によって、先程の列車の椅子になります。 昼と違って夜と言う事もあって椅子も微妙に暗くなっています。
 
列車に乗って、約30分でしょうか、列車は無事に亀岡駅に到着しました。 途中では、次の日に訪問をする嵯峨嵐山駅も見えて来ましたが、時間も時間でしたので、真っ直ぐに亀岡駅を目指す事になりました。

 

亀岡駅の看板になります。 ここまで来ると懐かしい思い出もありますが、この日の夜は、亀岡駅の周辺が宿泊地になっているだけに、駅の建物から出たいと思っています。 亀岡駅の2階にある一角が、「亀岡光秀まつり」で有名な「亀岡市観光協会」の部屋になっています。 このような感じで、ショーウィンドウには、「明智光秀公大河ドラマ化運動」の署名を集められていると言う旨のパネルが置かれています。 先程の、「明智光秀公大河ドラマ化運動」の隣のパネルには、このような感じで明智光秀の功績を描いているパネルが置かれてあります。
 
今回は、時期が時期ですので、そのパネルは無かったのですが、「亀岡光秀まつり」の時期が近付くと、「亀岡光秀まつり」のポスターを貼ったパネルも隣のショーウィンドウに掲げられます。 そして、亀岡駅の駅舎になります。 駅舎も新しい物になっていますが、嵯峨嵐山駅の駅舎が建て替えられたのが、遅くとも2011年までには建て替えられていますので、その頃と同時期に建て替えられたのではと言うのが考えられます。

時間的な都合で、昼食を食べる時間がありませんでしたので、これから、夕食を食べる為に、飲食店を探すと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その9)「お食事処割烹はっとり」での1日目の夕食を食す。

亀岡駅から、この日に宿泊する宿泊施設に向かう途中で、夕食を食べたいと思って店舗を探していましたが、幸運にも和食系の店舗を見付けましたので、その店舗に入ると言う事になりました。 こちらが、1日目の夕食を食べる事になった、「お食事処割烹はっとり」になります。 こちらの店舗を選んだ一番の理由としては、定食系のメニューが豊富に出ていて、価格も看板に派手に書かれていると言う明瞭会計な店舗になるからと言うのが決め手になります。

 

この時は、運良く空席があったのか、店舗の中の撮影も出来る事になりました。 カウンター席は寿司系の料理を出す事が出来るようにそれに見合っている形式の物が使われています。 こちらが、テーブル席になります。 見た目の印象としては、昭和の時代から存在している昔ながらの和食店と言う感じがします。 そして、こちらの席が、私が選んだ席になります。 荷物も適度に置く場所もあって良い感じになっています。
 
この時に、料理人のスタッフの方に注文の内容を聞かれましたので、寿司定食を注文すると言う事になりました。 寿司定食は、私が注文した物が最後の物になっていたようで、その後に来られた御客様が同様の注文を行われた際には売り切れである旨の話がされていました。

 

待つ事しばらくになるのですが、寿司定食が用意される事になりました。 いわゆる和膳になります。 やはり、京都市内で無くとも京都府内で食事をするのなら、出来れば、和膳が出て来る店舗の方が嬉しいです。

 

寿司定食の寿司になります。 寿司の数としては、巻き寿司系の物も含めて8貫置かれています。 鮪の寿司の身が薄い色になっている事や、巻き寿司系の物を見ていると、西日本系の寿司と言うのが感じさせられます。 寿司用の醤油になっています。 醤油はどのような物を使われているのかまではこの場では判別が出来ませんでしたが、甘味のある醤油が使われています。 野菜の御浸しになります。 もやしと法蓮草が殆どの材料になるのですが、少しだけ肉系の具材も入っていたのでその点は贅沢感が感じさせられます。 味噌汁になります。 色的な見た目としては、合わせ味噌が使われているようです。 貝割れ大根の色どりが素敵な味噌汁になっています。 最後に、冷奴になります。 豆腐に出汁醤油と刻み海苔と青葱が乗せられています。

 

流石に、この日の場合は、8時に朝昼兼用の駅弁を食べて、それから、何も食べる事が無くて、この時間まで来ましたので、これだけの定食が出て来ると、かなり身体の中が満たされたと言う感じになります。 食事が終わって、会計を済ませると、いよいよ、この日に宿泊する宿泊施設に向かう事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その10)1日目の宿泊施設「ビジネスホテルポニー」にて癒しの時間を愉しむ。

さて、夕食も終わって、ようやくですが、1日目の宿泊施設である、「ビジネスホテルポニー」に向かうと言う事になりました。

こちらの宿泊施設は、過去にも、「亀岡光秀まつり」の前泊用の宿泊施設として利用したと言う事もあって、その経験で、観光シーズンに京都市内、特に京都駅近くの宿泊施設が満室の時の穴場的な存在で、こちらの宿泊施設では観光シーズンでも空室がある場合もあると言う事を知っていました。

この時も京都駅周辺の宿泊施設でビジネスホテル的な安い場所になると何処も満室と言う事がありましたので、こちらの「ビジネスホテルポニー」に直接、電話で問い合わせてみると、喫煙室のみではありますが、空室があると言う事でこちらの宿泊施設に宿泊すると言う事になりました。

 

「ビジネスホテルポニー」の看板になります。 ビジネスホテルの外観の写真は、翌朝に撮影を行っていますが、道路側には不動産屋があるビルの所を曲がった所に看板が見えて参ります。 「ビジネスホテルポニー」の入口になります。 入口の扉には、セキュリティーの業者のステッカーも貼られていると言う事になりますので、セキュリティーに関しては安心感が持てるようになっています。 「ビジネスホテルポニー」の入口に入ってすぐの所にフロントのカウンターがありましたので、予約している旨を話すと、精算を行って客室の鍵が渡されてから、ビジネスホテルの内部に入ると言う事が出来るようになります。

 

ロビーは狭い面積ではありますが、このようにして、椅子が2脚と灰皿と傘立てが置かれています。 ロビーのこちらの席に関して言うのであれば、喫煙場所と言う感じでしょうか。 灰皿との相性が良い造りになっています。 これから、エレベーターに乗り込む事になります。 エレベーターのカーペットには、「ビジネスホテルポニー」の英語の表記での文字が描かれています。 エレベーターは、特にこれと言った装飾性の無い物になっていて、小規模なオフィスビルのエレベーターと似ている雰囲気があるかなと思いました。

 

「ビジネスホテルポニー」の客室が入っている階層の案内板が置かれています。 2階から4階までが「ビジネスホテルポニー」の客室と言う事ですので、20室から25室と言う規模でしょうか。 それでも、嵯峨嵐山駅や京都駅まで列車で乗り換え無しで行く事が出来る環境にあるだけあって、かなりこちらのビジネスホテルの存在には助けられています。

 

今回、宿泊する客室である2階に到着しました。 廊下を歩いて行くと言う事になりましたが、私が宿泊する客室の近くには、朝食コーナーも置かれていて、便利な場所になっているようです。 そして、今回、宿泊する客室である、205号室に到着しました。

 

「ビジネスホテルポニー」での宿泊の回数としては、今回が3回目になりますが、今回、宿泊する客室である、205号室の客室の内部を紹介させて頂きたいと思います。 まず、客室の中に入ると、いきなり、扉から右側に曲がる設計になっていて、表側には、トイレと風呂への扉と、給湯用のスイッチが置かれています。 そして、右に曲がった時点での撮影を行いました。 このような感じで、ベッドが置かれている場所や机や電話や冷蔵庫が置かれている場所が見えて参りました。

 

このような感じで、客室の入口の近くにはハンガーパイプの棚が置かれています。 こちらのビジネスホテルの場合は、1人で泊まる事が出来る客室としては宿泊料金が3段階設定されていますが、こちらの客室は、最も安い料金設定の客室になります。 先程のハンガーパイプの棚の下には、スリッパが置かれています。 1人で泊まる事が前提にされている客室ですので、1人分のスリッパが置かれています。

 

客室を奥に進んで行くと、鏡が置かれている空間が出て参ります。 鏡には、丁度、その向かいの位置にあるトイレと風呂への扉の姿が見えています。 先程の写真の拡大した物になりますが、ドライヤーも置かれています。 ベッドになります。 ベッドは、ビジネスホテルとしては、小さめの大きさであるシングルサイズの物が置かれています。 エアコンになります。 エアコンは、客室ごとに個別に取り付けられていて、どのような季節の場合でも冷房や暖房を付ける事が出来るようになっています。

 

机になります。 机は幅広の物が使われていますが、ビジネス的な用途で使う場合だと、丁度、良い物になっているであろうと思われます。 机の引き出しには、ホテルの案内のファイルと、浴衣型の寝間着が置かれています。 机の端には、テレビが置かれています。 19インチ型の薄型テレビになっていて、適度に使いやすい大きさの物になっています。 テレビの隣には、このようにして、目覚まし機能付きの時計と灰皿が置かれています。 私は喫煙はしていませんが、こちらの客室の場合は、普段は、喫煙室として使われていますので、灰皿が常備されている設定になっています。

 

先程の目覚まし機能付きの時計と灰皿の隣には、電源コンセントとスタンド、ティッシュペーパーと電話機、メモ帳が置かれています。 こう言った物が置かれていると言うのが、ビジネスホテルとしては基本的な設備と言う感じでしょうか。 机には、電源コンセントが1口分ではありますが、自由に使えるようになっています。 パソコンやタブレットやスマートフォンを繋ぐには良い感じでしょうか。

 

机の左側には、このようにして、冷蔵庫が置かれています。 冷蔵庫もビジネスホテルに良くある大きさの物ですが、揃っている物としては、きちんと揃っていると言う感じでしょうか。 冷蔵庫を開けてみました。 奥行きも適度にあって、1人で使う物としては、比較的、色々な物が入るのではと言うのが印象であります。 冷蔵庫の上には、電気ケトルと湯呑みを入れる容器が置かれています。 電気ケトルと言うのが今時の物と言う感じでしょうか。 湯呑みを入れる容器を開けてみると、このような感じで、湯呑みが1個と煎茶のティーバッグが置かれていました。

 

寝る時には、こちらのベッドでゆっくりと眠る事が出来ます。 ベッドの隣には電源コンセントらしき物がありますが、実際には何であるのかを確認したくなりました。 その場所に行くと、私の予想通りに電源コンセントが置かれていました。 それも2口と言う感じで本格的な造りになっています。 デジカメの電池の充電等にも役に立つのではと思えて来ます。

 

「ビジネスホテルポニー」の205号室の客室の室内の設備を見て行きましたので、次は、トイレと風呂の設備を見に行く事になりました。 給湯用のスイッチになります。 風呂に入る時にはスイッチを入れて、給湯の温度を調節する設定になっています。 トイレと風呂の扉を開けてみました。 このようにして、ビジネスホテルに良くあるユニットバスの姿が見えて参りました。 便器とトイレットペーパーのホルダーになります。 ユニットバスとしては、少し狭めに出来ているのか、便器が斜めの向きで取り付けられています。

 

トイレの浄化槽と上の段の棚とタオル掛けになります。 タオル掛けには、バスタオルとフェイスタオルが置かれていて、トイレの浄化槽にはレバーが置かれていて、その上と上段の棚には備品が置かれています。 トイレの浄化槽の上段の棚には、歯ブラシと歯磨きのセットとコップが置かれています。 コップはガラス製になっていますので、客室内用のグラスとの併用と言う設定で置かれていると言う感じでしょうか。 トイレの浄化槽の上には、容器に入っているトイレットペーパーの姿がありました。 同じく、トイレの浄化槽の上には、風呂用の小型の石鹸が置かれています。 石鹸は、近年のビジネスホテルではボディーソープに置き変えられている場所が多いのですが、ボディーソープでは洗顔の時に顔の油汚れが落しきれないだけに石鹸だとその点で助かります。

 

洗面台になります。 水栓は浴槽と共用になっていて、水栓を動かす事で洗面台と浴槽の両方に使用出来る内容になっています。 浴槽になります。 浴槽は、長さとしては少し短めではありますが、幅はそれなりにありましたので、実際に入っているとそれ程窮屈感の無い物になっています。 浴槽を横向きの姿で撮影を行いました。 端にはカーテンが取り付けられていて、バスマットが掛けられていますが、浴槽の長さとしては、若干、短めの物になっているようです。 浴槽の横幅を見たいと言うのがありましたので、浴槽の向きをさらに変えて撮影を行う事になりました。 浴槽の横幅と言う意味では、比較的、広めに作られている印象があるように感じられます。

 

備品としてのリンスインシャンプーになります。 石鹸が置かれていたと言うのがありましたが、その理由としては、ボディーソープを置いていない為であるのかなと思わせられました。 そして、ユニットバスの照明と鏡になります。 照明の光は明るく感じられましたが、LEDの電球に変えられているのでしょうか。 鏡は、ビジネスホテルのユニットバスに良く置かれているごく普通の鏡になります。
 
この日は、時間も押していましたので、コンビニに行って、飲み物を購入しましたが、その時間で風呂の給湯をしてから風呂に入って、水分を補給してから眠りに付く事になりました。 勿論、iphoneやデジカメの充電を行いながら眠ると言う感じであります。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その11)「ビジネスホテルポニー」にて2日目の朝食を食す。

さて、2日目の朝が訪れて参りました。 既に、充電を行っていたデジカメの電池とiphoneの電池の残量も満充電の扱いとなってからは、着替えをして、朝食を食べに行くと言う事になりました。 205号室の客室のほぼ向かいの位置に、朝食コーナーと書かれている扉があります。 こちらの場所が、朝食のサービスが行われている場所になります。

 

朝食コーナーの部屋の中に入ってからは、最初に、席の確保を行うと言う事になりました。 一応ではありましたが、端の席を確保すると言う事が出来ました。 まずは、食パンを乗せる為の皿や、コーヒーを入れるためのマグカップを取りに行くと言う形になります。 このようにして、清潔感のある容器に皿とマグカップが入っています。

 

食パンは、冷蔵庫に入っていると言う形式になっています。 枚数を確保したいが為に、冷蔵庫の扉を開ける事になりました。 食パンは、私が食べる時には2枚分だけが残っていましたので、その残っている2枚を取ると言う形になりました。 この後に、スタッフの方が来られて、食パンの補充が行われていました。

 

食パンは、こちらにある電子レンジやオーブントースターで温めたり焼いたりすると言う事になります。 早速と言う感じになりますが、食パンをオーブントースターで焼く事になりました。 食パンをオーブントースターで焼いている途中の時点で、コーヒーをマグカップに入れると言う事になりました。 コーヒーメーカーで作られているのか、私に取っては、適度に濃い目のコーヒーになっている印象がありました。

 

こちらには、バターナイフと、塩と砂糖、コーヒーフレッシュにマーガリンが置かれています。 必要な分のみを適度に取って行くと言う事になりました。 ちなみに、他の席の様子は全体的にカウンター式の席になっていて、簡単な朝食が食べられるような形になっていますでしょうか。 こちらには、有料オプションのバナナとスナック菓子とスープが置かれています。

 

さて、こちらが、出来上がった朝食になります。 本当に最低限の朝食になりますが、コーヒーがあると言うのが大きいです。 食事としては、この時には、昼まで持てばそれで良いと思っていましたので、最低限の量での内容になっています。

 

朝食コーナーの部屋には、油絵も飾られています。 私の友人に画家の方がおられるのですが、その画家の方の作品が置かれたら嬉しいかなとも思っていたりします。
 
朝食が終わると、次なる予定の時間までの余裕が少なくなって来ましたので、荷物を取りに205号室の客室に戻ってからは、すぐに、建物の入口に行ってチェックアウトをして、亀岡駅のある方向に歩いて行きました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その12)いざ、2日目の最初の目的地である嵯峨嵐山へ向かう。

「ビジネスホテルポニー」をチェックアウトしてからは、真っ直ぐに亀岡駅に向かって行くと言う事になりました。 亀岡駅の朝の風景の撮影を行った物になります。 朝の早い時間ではありますが、車が停まっていたりバイクが停まっていたりと言う感じで適度に賑わっています。

 

こちらが、亀岡駅のコンコース内に置かれている石田梅岩の銅像になります。 江戸時代の人物で亀岡に縁のある人物と言う事までは分かっていますが、石田梅岩の功績の詳細に関しては、ウィキペディアを見る必要があるようです。

 

亀岡駅の看板になります。 行き先が嵯峨嵐山駅と言う事になりますので、こちらのホームの看板の撮影を行いました。

 

そして、少し待っていると、京都行きの列車がやって参りました。 早速、列車に乗り込んでからは、嵯峨嵐山駅まで乗って行くと言う事になりました。

 

列車に乗って約10分でしょうか、無事に嵯峨嵐山駅に到着する事が出来ました。 この事にて、立証出来た話になりますが、朝から嵐山で活動をする時には、前泊の場所として亀岡駅周辺を選ぶと言う事も十分に可能であると言うのが分かりました。

 

嵯峨嵐山駅の南口になります。 駅舎も新しい物になっていて、観光客にもバリアフリーに対しても良い駅になっています。
 
こうして、無事に、嵯峨嵐山駅に到着しましたが、この日の最初の訪問先の最寄り駅と言う事ですが、早速の話になりますが、衣装体験絡みの店舗に向かうと言う事になります。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その13)「時代や」にて十二単の衣装体験を愉しむ事に。

さて、嵯峨嵐山駅に到着しましたが、目的は、既に20ポイントのポイントが満了して10000円の値引きの権利が発生している「時代や」のポイントカードの消化を兼ねての「時代や」への訪問になります。 この時には、丁度、「十二単キャンペーンプラン」が実施されていましたので、そのキャンペーンプランの衣装体験を行うと言う形になりました。 「時代や」に到着すると、丁度、時代やの結髪のスタッフの良美様も来られたのか、扉を開けて中に入って行かれました。

 

こちらが、「時代や」の建物になります。 私は、この日は9時からの予約と言う事で、朝一番の訪問客と言う扱いになりますが、その関係もあってなのか、スタジオのカーテンは閉められた状態になっています。
 
「時代や」の店舗に入ると、スタッフのゆか様なのか朋子様なのかどちらの方であるのかは失念しましたが、キャリーバッグを持参している私の姿を見て、キャリーバッグと小道具類を分ける作業を行ってから、キャリーバッグは1階に置かせて頂くと言う事になり、私自身は2階に上がらせて頂く事になりました。

 

2階に上がると、部屋に案内されて行きました。 毎度の通りではありますが、個人情報や希望のプラン等を書き込む用紙を渡されてから、必要事項を書き込んでスタッフの方に渡すと言う事になりました。 今までと違う所と言う事では「時代や」のポイントカードを渡して、10000円の値引きの権利を使用したと言う感じでしょうか。
 
「十二単キャンペーンプラン」と言うキャンペーンプランと言う事で、スタジオ撮影が1枚付いて来ますが、今回は、「時代や」の他の常連のお客様の方で自作の絵巻物を寄贈された方がいると言う情報を知っていました。 その事もあって、それを使用しての撮影も行いたいと言うのがありましたので、スタジオ撮影をもう1枚追加して、1枚は立ちでの構図の写真、もう1枚は、座りでの構図で絵巻物を持っている状態の写真と言う事で御願いをさせて頂きました。
 
ちなみに、十二単の衣装体験であると言う事で、髪型を通常の垂髪のかつらか長い方の垂髪のかつらかと言う事も決める事が出来ましたが、長い方の垂髪のかつらを選ぶと言う事になりました。 スタジオ撮影の構図の内容を決まったと言う事で、トイレにを済ませてから、1階に降りて、メイクと着替えの部屋に行って、下着姿になってメイクを施して頂く事になりました。 メイクは流石に手慣れていると言う感じがありましたが、私の知人の方々の情報が出て来たりと言う感じで楽しい時間を過ごす事が出来ました。

そして、十二単の組み合わせで希望していた色目の物が用意されて着付けられると言う事になりました。 この時点で、気付かれた方がおられると思いますが、この時の「十二単キャンペーンプラン」の特徴として、単と五衣と表着と唐衣と裳が自由に組み合わせられる内容になっていて、中には、その時の新作の山吹色の唐衣に「袿袴キャンペーンプラン」の時に登場した赤色の袿を表着として使用して、井筒企画の玉鬘の十二単のような感じの物を構成されて衣装体験をされていた他のお客様が「時代や」のブログにて紹介されていました。
 
私の場合は、同じ井筒企画の十二単でも紫上の十二単のような色目の物が着たいと言うのがありましたので、濃紫色の唐衣と裳に「袿袴キャンペーンプラン」の時に登場した朱鷺色の袿を表着として使用して、他の物も、可能な限りで、井筒企画の紫上の十二単の色目に合わせる事になりました。 なお、写真の掲載の順番は、時系列の形式では無く、構図の種類による形式になりますので、その点は御了承の程を御願いします。

 

最初に、立ちでの構図のスタジオ写真を撮影する為に、左脚を半歩前に踏み出してから、右手に檜扇を持って、顔の高さで上に向けて掲げて、左手は十二単の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 流石に、私が思い描いていた通りの色目の十二単の姿になったと言う事がありましたので、旅程に組み込んで良かったと言う感じになります。

 

次に、身体全体を少しだけ左側に向けて、右手に持っている檜扇を左肩の位置に当てて、左手は十二単の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、身体をほぼ正面向きに整えて、右手に持っている檜扇を右下に向けて構えて、左手は十二単の袖を見せるような感じで内側に降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 十二単の場合は、このような構図でも袖の張りや重なり具合が出て来るだけに味のある構図になって来ます。

 

今度は、手持ちの造花をスタッフの方に渡して頂いて、身体を左側に向けて造花を右手に持って、左手で造花の花の部分に添えていると言う状態の構図で撮影を行って頂きました。 続いて、右手に持っている造花を神事の巫女舞のような感じで高く掲げて、左手は、造花と対象的な位置で造花の気を受け止めるような感じで脇に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 造花の向きで写真にも立体感が出て来るのかなと思わせるような雰囲気になっています。 引き続いて、右手に持っている造花を裳の大腰の位置で内側に構えて、左手は十二単の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、手持ちの篠笛をスタッフの方に渡して頂いて、身体を正面向きにして、顔を少し上に向けている状態で篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 良く考えると、「時代や」での十二単の衣装体験の時では一番最初に訪問をした、2011年の2月に衣装体験をした時の十二単の時以来の緋色の長袴での衣装体験になっています。 次に、顔と身体を左側に向けて、篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、顔をほぼ正面向きに整えて、身体を右側に向けて、篠笛を顔の下の位置で両手で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

座りでの構図の写真の撮影が行われて行く事になりました。 最初は、スタジオ写真の撮影と言う事で、茵と脇息と絵巻物が用意されて、檜扇を床に置いて、茵に正座の形で座って、両手を広げて、スタッフの方に絵巻物を両手に乗せて頂いて、それを広げて頂いた物を持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 流石に、絵巻物の作者の方の力作と言いますか、絵巻物はとても長い物になっていて、スタジオの端から端までの横幅の長さがあるのではと言うような量感のある物になっています。 続いて、ボーナスカットと言う扱いで撮影を行う角度を変えて頂いて、両手に持っている絵巻物の位置を少し動かしている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

さらに引き続いて、絵巻物をスタッフの方にしまって頂いてから、檜扇を右手に持って、右手に持っている檜扇を左に向けて構えて、左手はその檜扇を支えているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 やはり、茵や脇息があると、同じ座りでの構図でも平安時代風の設えと言う感じで雰囲気が出て来ます。

 

最後に、檜扇を左手に持ち替えて、左手に持っている檜扇を顔の位置で上に向けて構えて、右手は裳の大腰の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
このような感じで、完成したスタジオ写真を2枚分頂いて、「時代や」での「十二単キャンペーンプラン」での衣装体験が終わりましたが、やはり、「時代や」のポイントカードを渡して、10000円の値引きの権利を使用したと言う事が大きかったです。 実際に支払った料金と言う意味では、追加料金のスタジオ写真の料金と長い方の垂髪のかつらの追加料金だけの料金になりました。
 
現在は、「時代や」のポイントカードは2枚目に入っていて、それなりにポイントを稼いで行っていますが、やはり、昨年、2015年の時の「藤娘特別キャンペーンプラン」と「斎宮代特別プラン」の時のポイントがかなり生きていると言う感じになっています。
 
この後は、別の店舗にて、衣装体験の予約を行っていて、時間的にも厳しくなって来ているのがありましたので、急いで、嵯峨嵐山駅まで歩いて行って、嵯峨嵐山駅にて軽食と飲み物を購入して、駅での待ち時間でそれを食べてから、京都駅に戻る事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その14)「町屋花音」にて舞妓の衣装体験を愉しむ事に。

「時代や」での「十二単キャンペーンプラン」の衣装体験が終了すると、急いで、嵯峨嵐山駅まで歩いて行って、嵯峨嵐山駅にて軽食と飲み物を購入して、駅での待ち時間でそれを食べてから、京都駅に戻る事になりました。 その時の時間は、12時30分になっていましたが、急いで、「町屋花音」の店舗に行くのに、京都駅のタクシー乗り場に行くとそこで行列に巻き込まれる事になりました。
 
待つ事、15分ではありますが、何とかタクシーに乗る事が出来て、印刷をした地図を見せながら、指定している場所の近くで、車の通行が可能な場所まで向かって頂く事になりました。 しかしながら、京都市内の主要な道路は、3連休の2日目と言う事もあって、殆ど渋滞していて、裏道を進んで行って頂きながらの移動になりましたが、それでも、「町屋花音」に当初、予約している時間である13時には間に合わなくなりましたので、「町屋花音」に電話を掛けて道路が渋滞して遅れると言う旨を伝えると、快く対応して頂きました。
 
それでも、渋滞で、本来、行ける所までにはとてもではありませんが辿り着けませんでしたので、目標の場所の500m手前の場所ではありましたが、その場所でタクシーから降りる事になって、その場所から、歩いて10分程度の距離の場所で庚申堂が見えて参りましたので、その周辺の狭い道で、町屋の建物になっている、舞妓の衣装体験の店舗と言う事で探していると、何とか、「町屋花音」の店舗を見付ける事が出来ました。

 

こちらの築年数の古い町家の店舗が、「町屋花音」の店舗になります。 現在は、残念ながら閉店されましたが、2015年12月頃までは営業されていました。 店舗に近付いてみると、このような感じで、「花音 2004」と書かれている看板が掛けられていています。 入口も古い建物と言う事があって、かなり古い木と竹を組み合わせた扉がありますが、その扉を恐る恐る開けると言う事になりました。 とにかく、店舗らしい雰囲気を感じさせられない、個人の民家を想像させられるような建物になっていました。

 

店舗の中に入ると、スタッフの方が出て来られて、予約していた時間に遅れて来たと言う旨を伝えると気さくに対応して下さりました。 このような感じの小さなテーブルに座って、個人情報や希望のプラン等を書き込む用紙を渡されてから、必要事項を書き込んでから店舗側のデジカメで撮影される4枚の写真の構図のセットの希望を書いてスタッフの方に渡すと言う事になりました。 この時には、facebookを見たと言う事を申し出る事で、1000円割引の特典が付けられましたが、庚申堂の混雑の事を考慮してなのか、八坂の塔の境内での野外撮影も特例として付けられると言う事になりました。

貴重品を入れる為の籠と襦袢と足袋が用意されて、着替えの場所と服を入れる引き出しを案内して頂いてから、足袋を履いて、襦袢姿に着替えると、その近くにある洗面台で顔を洗うと言う事になりました。
 
顔を洗うと、スタッフの方にトイレに案内されてから、ドレッサーに座って半かつらが付けられて、メイクが施されて行きました。 私の場合は、「町屋花音」が男性の方々の女装の形での舞妓の衣装体験が可能で、しかも、野外での撮影に対応されていると言う事を知っていましたので、そう言った話題が中心になってスタッフの方との会話になりましたが、やはり、男性の方々でも女装の形での舞妓の衣装体験には一定の需要があるようで、男性の常連の御客様もおられると言う話も聞く事になりました。
 
ちなみに、メイクは、歌舞伎油と呼ばれる、ペースト状の鬢漬け油を顔に付けられてから白粉が塗られて行って、ポイントメイクが施されて完成になりましたが、近年ではニベアクリームを下地として使う店舗が増えているだけに、下地に歌舞伎油を使ってる店舗がまだ存在したと言う事に驚きました。

 

メイクとかつらが完成すると、スタッフの方に2階の衣装の部屋に案内されて、着物と簪と帯を決める事になりましたが、私は、前々から、「町屋花音」で舞妓の衣装体験を行うのなら、「町屋花音」のウェブサイトに掲載されているモデルの方が着られている紺色の着物が着たいと言う事で衣装の部屋のスタッフの方に言って用意して頂きましたが、その着物で即決と言う感じになりました。

 

簪も、季節的に秋であると言う事で、10月の設定の簪と11月の設定の簪を出して頂きましたが、やはり、「町屋花音」のウェブサイトに掲載されているモデルの方が付けられている10月の設定の簪の一つである「一輪菊」の簪を選ぶと言う事になりました。 最後に帯を選ぶと言う事になりましたが、帯は、だらり帯の形式になっていますが、全てが金襴織りの帯であると言う事もあって、着物の色と合わせて落ち着くような感じの色合いの帯を選びました。 衣装の部屋のスタッフの方に舞妓の衣装を着付けて裾を紐で絡げて頂けると、いよいよ、野外での撮影と言う事になりました。

 

そして、撮影担当のスタッフの方と共に、八坂の塔の境内に入って、店舗側のデジカメでの撮影が開始されて行くと言う事になりました。 野外での撮影になりますが、レフ板等も用意されていて、撮影担当のスタッフの技術としては評価が出来るかなと思いました。 自由撮影の時間に入ると、最初に八坂の塔の境内の神社と言う事で、八坂稲荷尊天の鳥居の前で重心を前に持って行って、おこぼの爪先に力を入れて綺麗に見えるような状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

次に、先程と同じ場所で、顔を少しだけ傾げて、身体を少しだけ左側に向いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 簪は菊系の簪でもぶらの付いていない「一輪菊」の簪で、「おふく」の髪型の設定の本職の舞妓に良く見られる簪になりますが、かつらの髪型は「割れしのぶ」の髪型になっています。 その次に、少しだけ場所を移動して、八坂稲荷尊天の石碑の前で正面向きになっている状態の構図で撮影を行って頂きました。 平安装束の世界でも四季通用の襲ね色目で「松重ね」と言う物がありますが、舞妓の衣装の場合でも松の文様の場合は、四季通用で汎用出来るようになっているようです。

 

さらにその次に、右手を肩の位置で横に広げて、舞妓の衣装の袖の振りを見せるような状態での構図で撮影を行って頂きました。 袖の部分にも、松の文様が綺麗に入っています。 今度は、撮影担当のスタッフの方と共に場所を移動して、苔蒸した庭園の前で撮影を行って頂くと言う事になりました。 玉砂利の地面に立って、苔の部分が背景に出て来るような感じで、正面向きになって籠を持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

続いて、先程と同じ場所で左肩を出して、身体を少し右側に向けている状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、顔を右側に向けて、顔の角度を上げて、右手を襟元に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 さらに引き続いて、顔の角度を元に戻して、右手を斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました  強いて言えば、斜めに降ろしている右手の袖の振りがもっと綺麗に出ていたらさらに良かったかもと思わせられる写真になっています。

 

今度は、撮影担当のスタッフの方と共に、八坂の塔の境内の中の寺務所のような建物の前に移動する事になりました。 こちらの場所では、色こそ通常の青々とした紅葉ではありますが、手の届く高さで、紅葉の葉がありましたので、身体を右側に向けて、顔を斜め前に向いて、右手で紅葉を持っているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 次に、顔を右側に向けて、顔の角度を上げて、背伸びをしているような感じで紅葉の葉に触れている状態の構図で撮影を行って頂きました。 個人的には、本職の舞妓の方々のモデル用の撮影のような写真の仕上がりにはなりますが、これだけ派手に動きが出ている写真の方が好みであったりします。

 

今度は、八坂の塔の境内の端の方に移動しましたが、紅葉の木ではありませんが、他の種類の広葉樹で色の付いている木がありましたので、撮影担当のスタッフの方に勧められるがままに、その広葉樹の木のある場所に移動をして撮影を行うと言う事になりました。 続いて、先程と同じ場所で、足元はそのままで、顔と上半身を正面側に向けて、右手で広葉樹の木の葉に触れている状態の構図で撮影を行って頂きました。 上半身が正面側に向けられているのか、右手からは舞妓の衣装の袖の振りがある程度綺麗に出ている写真に仕上がっています。 最後に、足元はそのままで、身体と顔を左側に向けて、右手を襟元に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

これにて、八坂の塔の境内での撮影が終わって、本来の場合だと、そのまま「町屋花音」の店舗に引き返して行くのでありますが、撮影担当のスタッフの方の御厚意で、庚申堂に行くだけ行って、撮影が出来る状態であるのなら撮影も行って頂けると言う事になりましたので、庚申堂の入口まで移動をする事になりました。

 

最初に、庚申堂の入口で足元と身体を右側に向けて、顔を正面側に向けて、入口に置かれている玉の吊るし守りの紐を右手で持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 次に、身体と顔の向きは同じですが、右手を胸の位置に当てている状態の構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、庚申堂の中でも舞妓の衣装体験の時のモデル撮影の時に有名な場所になっている、玉の吊るし守りが奉納されている場所に移動をすると言う事になりました。 身体と顔を右側に向けて、顔を上の方に向けて、右手で玉の吊るし守りに触れている状態の構図で撮影を行って頂きました。 何時かは舞妓の衣装体験で行ってみたいと思っていた、こちらの場所での撮影になりますが、それが実現する事になって良かったです。

 

続いて、顔の角度を通常の角度に戻して、右手で、玉の吊るし守りに触れている状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、上半身を正面に向けて、右手を貴重品入れである籠に手を添えるような状態の構図で撮影を行って頂きました。 やはり、この色とりどりの玉の吊るし守りが雰囲気を良く出しています。 さらに引き続いて、立つ位置を変えて、玉の吊るし守りが奉納されている場所のある側に向けて立って、上半身と顔を左側に向けている状態の構図で撮影を行って頂きました。 帯の結んである様子や簪の付け方が見えて来てこちらはこちらで良い雰囲気の写真に仕上がっています。

 

今度は、身体を左側に向けて、顔を正面側に向けている状態の構図で撮影を行って頂きました。 次に、身体を左側に向けて、前向きの姿になって、右手で玉の吊るし守りに持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 その次に、右手を肩の位置で斜め上に広げて、舞妓の衣装の袖の振りを見せるような状態での構図で撮影を行って頂きました。

 

今度は、庚申堂の本堂のある場所に移動して行きました。 おこぼの爪先に力を入れて綺麗に見えるような状態で立って、上半身と顔をほぼ正面側に向けて、右手を肩の位置で横に広げて、舞妓の衣装の袖の振りを見せるような状態での構図で撮影を行って頂きました。 同じ庚申堂でも、本堂に行くとまた雰囲気が変わるのかなと言うのが感じさせられました。 続いて、身体を正面側に向けたまま、右手を貴重品入れである籠に手を添えるような状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、身体を左側に向けて、顔も左側に向けて、右手を胸の高さで掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 最後に、身体全体を右側に向けて、身体としては横向きの見た目になって、帯が綺麗に出ている状態にして、顔は振り返るような感じで前側に振り向いている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
これにて、庚申堂での撮影も終了しましたが、庚申堂である程度の枚数の写真を残す事が出来たと言う事で、思わぬ収穫で内容の充実した衣装体験になりました。 「町屋花音」では、過去には、追加料金無しで2着分の舞妓の衣装が着られるキャンペーンプランが行われていたと言う事もあって、数年前からもっと行けば良かったかなと思わせられるような内容の店舗であるかなと思わせられました。
 
「町屋花音」での衣装体験が終わると、最寄りのバス停まで行って、京都駅に向かって行きましたが、意外にもバスの方が混雑に巻き込まれずに京都駅まで行く事が出来ました。
 
京都駅に到着すると、今回の「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」での最終の目的地である武生駅近くの美容室に向かう為に京都駅から武生駅に向かう「サンダーバード」の切符を購入してから、食事をする為に京都駅の駅ビルの中に入って行く事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その15)「葵茶屋」での2日目の夕食を食す。

京都駅の駅ビルの中は、夕食には少し早い時間ではありましたが、3連休の2日目と言う事もあって、飲食店的な場所は、殆ど混雑していて、空いている店舗を探しに探したのですが、京都駅の駅ビルに入っているジェイアール京都伊勢丹の建物の中に、比較的、待ち時間の無い店舗がありましたので、その店舗に入ると言う事になりました。

 

その店舗とは、「葵茶屋」と言う名前の店舗で京野菜のせいろ蒸しの料理が出される店舗になります。 空きのある店舗が和膳を出す店舗と言うのが運命的にも感じられます。 ショーウィンドウにはこのようにして、せいろ蒸しの和膳の模型が置かれています。 どのセットでも和膳の形式になっているようです。

 

店舗の中に入ると、このような感じで2人掛けの席に案内されて行きました。 和膳の形式で出される店舗と言うだけあって、2人掛けの席でも席が広くなっていて、テーブルも大きな物になっています。 席に座ると、このような感じで、御茶が出されました。 店舗の内部の全体の風景の写真は、他のお客様の方々がそれなりにおられましたので、最低限の撮影に留めましたが、設えとしては、全体的に落ち着いた雰囲気で作られています。

 

このような感じで、スタッフの方にメニューのファイルを用意して頂きました。 御勧めの料理で、メニューの名前が私が良く行っている舞妓の衣装体験の店舗と縁がある名前と言う事がありましたので、「葵」のせいろ蒸しの和膳を注文させて頂きました。 待つ事、約10分でしょうか、「葵」のせいろ蒸しの和膳が用意されて参りました。 この日も、本格的に食事を行うと言うのが、この夕食のみになるだけに、これだけの和膳が用意されて来ただけでかなり充実した感じがします。 これから、料理を京野菜のせいろ蒸しから時計回りに紹介させて頂こうと思います。

 

他のせいろ蒸しの和膳のメニューにも共通で出て来る京野菜のせいろ蒸しになります。 野菜が蒸されていて適度な薫りを放ちながら存在しています。 野菜が蒸されていると言う事もあって、柔らかく、癖の無い味に仕上げられているようです。 先程の京野菜のせいろ蒸しは、胡麻だれ、もしくは、出汁で食べるようになっています。 個人的な感想ではありますが、柔らかくて濃厚な味になる胡麻だれの方が味としては良いかなと思いました。 刻み蕎麦になります。 蕎麦の出汁は京都風の薄い色の出汁になっていて、個人的には蕎麦の出汁としては、もっと、しっかりとした味付けであって頂きたかったかなと思います。 かやくごはんになります。 蕎麦と一緒に出されていると言う事もあって、量的には控えめな物で出されています。

 

天麩羅になります。 海老の天麩羅と南瓜の天麩羅、長芋の天麩羅と大葉の天麩羅がありますが、紫蘇アレルギーの絡みがあって大葉の天麩羅が食べられない所が惜しい所です。 天麩羅は、先程の、京野菜のせいろ蒸しのに付けられている出汁か、こちらの塩で食べる事になります。 刺身になります。 鮭の刺身と鯛の刺身、烏賊の刺身が用意されています。 これらの刺身の中で最も美味しかったのは鯛の刺身でしょうか。 自宅では刺身を食べる機会が少ないので、外出先で刺身が食べられると嬉しいです。

 

野菜の御浸しになります。 野菜の色を見る限りでは法蓮草では無いようですが、どの野菜であるのかが気になります。 また、油揚げや茸も入っている所が贅沢な感じがあります。 味は、例によって京都風の薄味になっています。 漬物になります。 大根の漬物と紫蘇に浸している胡瓜の漬物でしょうか。 紫蘇アレルギーと言う事で、例によって、大根の漬物だけを食べましたが、京都らしい漬物になっています。 最後の最後に、食後の楽しみとして、和菓子が置かれています。 1つは黒糖味で、もう1つは抹茶味でしょうか。 和菓子が良いと言うのは、流石は京都の店舗の料理と言うのがあります。
 
こうして、偶然的で訪問した店舗ではありますが、何とか、京都から武生に移動をする前に、京都らしい和膳を食べる事が出来て良かったと言うのがありました。
 
私が、こちらの「葵茶屋」の店舗には行った時には空席がある状態ではありましたが、店舗を出る頃には長蛇の列が出来ていました。 本当に、繁忙期の京都市内は恐るべしと思わせれる内容になります。 この後には、京都駅の改札口に向かう為に、ジェイアール京都伊勢丹の建物から外側に出ると言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その16)いざ、当初の目的地である武生に向かわん。

「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」で本来、訪問する武生に向かう為に、「サンダーバード」に乗る事になりましたが、京都駅の改札口に向かう為に、ジェイアール京都伊勢丹の建物から、一旦、外側に出ると言う事になりました。 こちらが、京都駅の烏丸口の風景になります。 夕暮れ時と言う事があって、少し暗めの見た目になっています。

 

「サンダーバード」に乗る為に、0番線のホームに向かう事になりました。 こちらの看板は、0番線の看板になります。 しばらくすると、「サンダーバード」の車両がやって参りました。 「サンダーバード」は、北陸新幹線の開業後は金沢側がグリーン車の扱いになりますが、列車によっては先頭部の見た目も、一部で異なっているようです。

 

先頭部の見た目が違うのですが、先頭の車両は、グリーン車になっています。 私は、短時間の乗車と言う事もあって、自由席の切符を購入していますので、普通車の車両の場所から乗って、自由席の車両に移動して行くと言う事になりました。 自由席の席になります。 時間的に中途半端な時でしたので、幸運にも2席分の席が空いていますので、こちらの席に座ると言う事になりました。 時間としては、1時間30分位でしょうか、「サンダーバード」が無事に武生駅に到着しました。

 

武生駅に到着すると、既に夜の景色になっているのか、このような感じで、夜の風景で、サンダーバードの車両が見えています。 そして、こちらが、武生駅の看板になります。 当初の予定では、大宮駅から北陸新幹線に乗って、金沢駅で「サンダーバード」に乗り換えて行く予定でしたので、その場合だと、違うホームになりますが、京都駅から移動したと言う形ですので、こちらのホームの扱いになります。

 

武生駅の待合室には、北陸新幹線と東海道新幹線の両方の路線を使用した場合での、東京駅へのアクセスの方法について写真や図を交えた物が掲示されていました。 こちらを見ていると、帰りの列車に関しては、米原駅を経由して東海道新幹線で戻ると言うのも手であったのかもしれません。

 

武生駅の駅舎になります。 夜景での状態での駅舎の撮影を忘れてしまいましたので、翌朝に撮影を行った物を掲載させて頂きます。
 
武生駅に到着してからは、飲み物のみを売店で購入して、武生駅の近くにある宿泊施設に向かう為に、キャリーバッグを持って徒歩で移動して行くと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その17)2日目の宿泊施設「武生パレスホテル」にて癒しの時間を愉しむ。

武生駅に到着してからは、飲み物のみを売店で購入して、武生駅の近くにあるホテルに向かう為に、キャリーバッグを持って徒歩で移動して行くと言う事になりました。 徒歩と言っても、駅の出口から左側に進んで行くだけですが、2日目の宿泊施設である「武生パレスホテル」に到着しました。(外観の写真は、翌朝に撮影を行った物になります。) この日は、早めに、休息をしたいと言うのがありましたので早く、内部に入って行くと言う事になりました。

 

武生パレスホテル」のロビーに入って行くと、このような感じで11月と言う季節ではありますが、クリスマスツリーが飾られていました。 そう言えば、こちらの「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の日程から1週間と少しで2015年12月と言う事になるのですよね。 結婚して1年目の日々を送っていて、初めてのクリスマスの月を迎えて行くのかとしみじみ感じさせられました。

 

「武生パレスホテル」は武生駅近くでは唯一と言って良い程のシティーホテルですので、このような感じで、ロビーも広く作られていて、テーブルやソファーや椅子が色々と置かれています。 壁側にもこのような感じでテーブルを囲むような形でソファーや椅子が置かれています。 時間的に余裕があるのなら、この場所で寛ぎたい位であったりします。 柱には、このような感じで立派な時計が置かれています。 時計を見る限りでは、19時10分を過ぎた時間帯にはなっていますが、衣装体験の店舗を2店舗廻ったと言う事がありましたので、この時間でもかなり疲れが出ている状態になっていました。

 

先程の壁面とは反対側になりますが、このような感じで、ブライダル関連の小道具類が陳列棚に飾られています。 この事を考えると、こちらの「武生パレスホテル」では、ブライダル関連の事業もされていると言う感じでしょうか。 その事を匂わせるような感じで、さらに、このような感じで、プチギフト用のウェディングケーキ型の箱が置かれています。 その奥には、時間的には閉まっているであろうと思われますが、ブライダル用の窓口のカウンターも見えています。

 

そして、こちらのフロントのカウンターに行って、呼び鈴を押してフロントのスタッフの方を呼んで、チェックインの手続きを行って、奥にあるエレベーターに向かって行く事になりました。 こちらが、「武生パレスホテル」の案内板になります。 やはりと思うばかりに、神殿やチャペルと言った結婚式場の存在も書かれています。 エレベーターホールの横には、このような感じで、紅葉の季節を意識した設えが置かれています。 この場所に関しては、まだ11月であるのかなと言うのが感じられました。 1階のエレベーターになります。 こちらに乗って、今回、宿泊する客室である8階を目指して行きます。 エレベーターに乗ると、内装もそこそこに高級感が出ていて、広い空間のように感じられましたが、8階を目指して上がって行くと言う事になります。

 

今回、宿泊する客室である8階に到着しました。 8階のエレベーターホールは、このような感じで落ち着いた内装になっています。 エレベーターホールを出た所には、油絵が壁面に置かれていて、その下には、ソファーが置かれています。 ソファーの隣の窓側には、有料放送のカードの販売機と飲み物の自動販売機とビールの自動販売機が置かれています。 廊下に面している場所では、8階の客室の案内板が置かれています。 私が宿泊する客室は825号室ですが、その客室を探すと言う事になりました。 廊下を入って右に曲がってすぐの場所の右側に825号室の扉が見えて来ました。 エレベーターホールに近い客室ではありますが、この時点で、ようやく、この日に宿泊する客室に到着しました。

 

「武生パレスホテル」での宿泊の回数としては、今回が3回目になりますが、今回、宿泊する客室である、825号室の客室の内部を紹介させて頂きたいと思います。 「武生パレスホテル」で1名で泊まる事が出来る客室としては通常のシングルルームとデラックスシングルルームの2種類の客室がありますが、今回は、デラックスシングルルームで予約を行いましたので、デラックスシングルルームの客室を紹介させて頂きます。

 

まず、825号室の客室の扉を開けると、このような感じで、直線的な間取りと家具の設えになっていて、見通しの良い客室に感じられます。 トイレと風呂に通じている扉や、ベッドが置かれている場所、椅子と丸型のテーブルが置かれている場所や机が置かれている場所、冷蔵庫や荷物置きが置かれている場所が見えて参りました。 客室の中に入って、最初に見えて来たのが、鏡とハンガーとハンガーフックになります。 鏡の下には、このような感じで、靴べらと靴磨き用クロスが置かれてあります。 鏡の下の床にはこのような感じで、スリッパが置かれてありました。 スリッパも縫製がきちんと整っている物になっていて、「武生パレスホテル」のマークが描かれています。 さらに客室を進んで行くと、このようにしてベッドの姿が近くに見えて来て、椅子と丸型のテーブルが置かれている場所の向かい側にはソファーの姿も見えて参りました。

 

ベッドになります。 ベッドは寒冷地の仕様であるのか、厚めのカバーが掛けられていて、蒲団の量感も厚い物が使われています。 ベッドの上にはスタンドも置かれていて、撮影を行う為の光量としては十分な位にありました。 また、ベッドに目覚まし時計が内蔵されている物になっていて、ベッドの上には電話も置かれてあります。 なお、ベッドの大きさを見ているとセミダブルサイズの物が置かれているようです。 ベッドの上には、浴衣型の寝間着が置かれています。 個人的には、浴衣型の寝間着ははだけやすいので、検査着型の寝間着やパジャマ型の寝間着の方が好みであったりします。 ベッドの上には、電話が置かれています。 部屋が暑い状態ではありましたが、集中管理型の空調になっていて、冷房の設定がされていなかった上に窓が固定されていましたので、フロントに電話をして、工具を使用して窓を開けて頂く事になりました。

 

油絵は、ベッドが置かれている側の壁に飾られています。 花器に生けられている花と言う静物画になりますが、適度に華やかな花が描かれていて見ていて癒しになります。 椅子と丸型のテーブルとソファーになります。 通常のシングルルームとデラックスシングルルームの違いは、これらの設備の有無で違って来るのでしょうか。 衣装体験が連続していて立っている姿勢が多かっただけに、ソファーに座ると、かなり脚が癒される事になりました。

 

ソファーになります。 1人で座るには、丁度、良い大きさになっています。 こちらが、椅子になります。 椅子も勿論、座る事が出来ますが、座る事よりも荷物置きの補助的な役割としての機能に向いているのかなと思いました。 丸型のテーブルには、禁煙ルームと書かれている看板が置かれていますが、禁煙ルームの扱いになっていて、灰皿と言った設備は置かれていない客室になっています。

 

机になっていて、テレビや冷蔵庫、及び、その他電化製品が置かれている場所になっています。 机は、木目がしっかりと生かされている物になっていて、重厚感のある物になっています。 こちらが、テレビとリフレッシャーと呼ばれる消臭スプレーになります。 テレビは19型の薄型テレビになっていて、テレビの前には、テレビのご案内と書かれている、チャンネル一覧表のファイルが置かれてあります。 ティッシュペーパーになります。 ティッシュペーパーはケースに入れられている形式の物になっていて、ケースから出ているティッシュペーパーを使って行く形式になっています。 ドライヤーになります。 ドライヤーは、市販されている普及品の物が置かれています。 こちらが、IH式の湯沸し器になります。 こう言った設備があると、夜食でインスタントラーメンを食べたりする事も出来るので便利と言えば便利な物になります。 こちらが、「武生パレスホテル」のご案内のファイルになります。 ホテルの設備やサービスの案内等が日本語と英語の併記で書かれています。

 

こちらの盆には、グラスと湯呑み、煎茶のティーバッグが置かれている皿が置かれています。 煎茶のティーバッグは2個置かれていますが、この事が平均的な設備になっているようです。 机の右側には、このような感じで、電源コンセントが置かれています。 電源コンセントは2口になっていますが、iphoneの充電やデジカメの充電で使われると言う事になりました。 机の上には、このようにして、鏡も置かれています。 鏡が客室の中に複数置かれていると言う所が便利になっています。

 

机の下には、このようにして、冷蔵庫が置かれています。 冷蔵庫は、元々の机の下の空間を見る限りでは、小型の物が置かれているようです。 こちらの冷蔵庫は、小型の物になっていますが、このような感じで殺菌灯が付けられていて、清潔感の意味ではなかなか良い物になっています。 机の下には、ごみ箱も置かれていました。 ごみ箱は大きい方が使いやすいと言うのがあったりします。 最後に、荷物置きになります。 ある程度大きな規模のホテルになると、このような形の荷物置きが置かれていますが、荷物を置く事以外でどのような使い道があるのかが未だに分からなかったりします。

 

「武生パレスホテル」の825号室の客室の室内の設備を見て行きましたので、次は、トイレと風呂の設備を見に行く事になりました。 トイレと風呂に続く扉になります。 これから、扉を開けて、トイレと風呂に入ろうと思います。 トイレと風呂の扉を開けてみました。 シティーホテルに良くあるユニットバスの姿が見えて参りました。 扉を開けた第一印象としては、備品は一通り揃っているかなと言うのがあります。 同じ、ユニットバスの形であってもホテルによっては微妙な違いが出て来ているのかなと思いました。

 

便器になります。 便器はシャワートイレに改造されているのか、端の方には電源のコードが見えていたり電源の光が見えていたりしています。 シャワートイレのリモコンとトイレットペーパーのホルダーになります。 トイレ周りは、奥行がそれなりにあるのか、便器も真っ直ぐな角度で設置されています。 トイレの浄化槽のレバーとその上の段に置かれている歯ブラシと歯磨き、コップと櫛になります。 歯磨き用のコップと飲み物用のグラスが別々に扱われていると言うのが嬉しい装備であったりします。 先程の、コップ等のアメニティー類の角度を変えて撮影を行いました。 コップの他には、歯ブラシと歯磨き、カミソリと櫛になります。

 

洗面台になります。 水栓はビジネスホテルのユニットバスで良く見るような浴槽との共用型では無くて洗面台の専用型になっていて、水栓の長さも短い造りになっています。 洗面台の水栓に近付いて、撮影を行った物になります。 水栓の長さが短い物になっています。 浴槽のある側から、洗面台とトイレの部分を撮影を行った物になります。 このような感じで、ある程度の広さのある造りになっています。

 

浴槽になります。 浴槽は、長さとしてもごく普通の形になっていて、幅はそれなりにあります。 実際に入っていると適度に広さのある物になっています。 また、シャワー普通のシャワーで適度に使いこなす事が出来ました。 シャワーの下には、浴槽用の水栓が置かれています。 浴槽を横向きの姿で撮影を行いました。 端にはカーテンが取り付けられていて、バスマットが掛けられていますが、浴槽の長さとしては、標準的な長さになっています。 浴槽の横幅を見たいと言うのがありましたので、浴槽の向きをさらに変えて撮影を行う事になりました。 浴槽の横幅と言う意味では、広めに作られている印象があるように感じられます。

 

こちらのシティーホテルの場合は、リンスインシャンプーとボディーソープは備え付けのディスペンサー式の物になっています。 ある意味、今時のシティーホテルやビジネスホテルのリンスインシャンプーとボディーソープの設置のされ方と言う感じでしょうか。 浴槽のある側から撮影を行いましたが、トイレ側の壁にはタオル掛けが置かれていて、フェイスタオルとバスタオルが置かれていました。 タオルは「武生パレスホテル」のオリジナルの物でしょうか、ホテルの名前が織り込まれている物になっています。 最後に、ユニットバスの鏡になります。 鏡は、シティーホテルのユニットバスに良く置かれているごく普通の鏡になります。
 
この日は、時間的な意味では、比較的、余裕がある状態でしたが、かなり疲れていましたので、トイレと風呂の撮影が終了すると、早速、風呂に給湯をしてから風呂に入って、水分を補給してから眠りに付く事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その18)「レストラン・ボン・アヴェニール」にて3日目の朝食を食す。

さて、3日目の朝が訪れて参りました。 既に、充電を行っていたデジカメの電池とiphoneの電池の残量も満充電の扱いとなってからは、着替えをして、朝食を食べに行くと言う事になりました。 朝食を食べに行く前には、自前の平安装束の野外ロケーション撮影の形での衣装体験を行う為に衣紋者の先生の方から電話が掛かって来て、天候の面での相談の電話になりますが、何とか、午前中であるのなら晴天の状態が続くとか。
 
その事もあって、食事が終わったら、すぐにチェックアウトをして、「今日が月曜日と言う日程の廻りになっているので、美容室の側の入口は休業日で締めているので、「日本民族衣裳源流会」の看板が置かれている扉の方に来て下さい。」と言う連絡の内容でありました。
 
美容室の休業日は月曜日であったのかなと思いながら、考えていると、私が現在住んでいる関東地方では通常では火曜日が美容室の休業日になるのですが、美容室の休業日が火曜日になるのは関東地方だけのようで、他の地方では月曜日が休みと言う事で、その点で、一種の文化の違いを感じてしまいました。
 
さて、朝食の話に戻りますが、朝食は、チェックインの時に予め、クーポンを頂いていた、「レストラン・ボン・アヴェニール」に食べに行く事になります。 「レストラン・ボン・アヴェニール」には、エレベーターで1階上がって9階に行ってから入ると言う事になります。 9階のレストランに続く通路になっています。 「レストラン・ボン・アヴェニール」には、こちらの提灯の掛けられている場所を左に曲がって、さらに左に曲がっていた場所にあります。

 

「レストラン・ボン・アヴェニール」の案内に付いても看板で紹介されていますので、そちらの方を目指して向かうと言う事になりました。 「レストラン・ボン・アヴェニール」の手前の通路には、このようにして、合戦屏風の模写のような絵画が置かれています。 歴史好きとしては、何の合戦が描かれているのかが気になります。

 

こちらが、「レストラン・ボン・アヴェニール」の入口になります。 この場でスタッフの方を呼んで、朝食のクーポンを出して、「レストラン・ボン・アヴェニール」の内部に入ると言う事になりました。 まずは、席を確保すると言う事になりました。 窓側の良い雰囲気の席が空いていましたので、その場所の椅子に上着を掛けて席を確保しました。 他の御客様がおられましたので、広角で撮影を行う事が出来ませんでしたが、このような感じで、3名掛けから4名掛けのテーブル席が窓側の壁面に並んで配置されています。

 

まずは、食器を確保すると言う事がありましたので、盆とナイフとフォークを取る事になりました。 盆とナイフとフォークは、席に置きに行ってから、再度、こちらの場所に戻る事になりました。 各種の皿や器類が置かれています。 最初に、大皿を取る形になりました。 朝食は、バイキング形式になっていて、このような形で、好きな食材を取って行くと言う形式になっています。 こちらでは、洋食系のおかずが置かれています。 私の場合は、朝になると、口の筋肉が疲れる事が多いので、簡単に食べる事が出来る料理を中心に選んで行く事になりました。

 

焼き魚や、切り干し大根と言った和食系のおかずが置かれています。 こちらには、湯豆腐や玉子焼きと言ったおかずが置かれています。 和洋朝食バイキングと、楽天トラベルには紹介されていますが、どちらかと言えば、和食系のおかずが強いかなと感じられました。 業務用の大型の炊飯器が置かれていますが中身は御飯になります。 その業務用の大型の炊飯器の近くには、野菜カレーと言う名のおかずが置かれていました。 同じく、先程の業務用の大型の炊飯器の近くには、味噌汁と御椀が用意されている場所もあります。

 

先程の味噌汁と御椀が置かれている場所から少し離れた場所になりますが、ヨーグルトとカクテルフルーツとオレンジムースが置かれている場所がありました。 そして、こちらが、飲み物類が置かれているカウンターになります。 この日の旅程としては、野外ロケ撮影の形式の衣装体験になりますので、オレンジジュースを1杯だけグラスに入れて席に運んで行きました。 他にも、和洋のおかずが置かれている場所がたくさんありましたが、全部掲載していると、きりがありませんので、皿や器には朝食として食べる分を盛り付けて席に運んでいますので席に戻る事になりました。

 

席に戻って、朝食として食べる物を、皿や器に盛り付けて、盆の上に置いて並べている時に撮影を行いました。 基本的には、朝食バイキングの形式で和食と洋食がある時には、洋食系の食材を中心に選ぶ事が多いですが、今回の場合も、温泉玉子を除いては、殆どと言って良い程に、洋食系の食材を選ぶと言う事になりました。

 

実際に、皿や器に取り分けて盛り付けた食材を紹介して行こうと思います。 こちらも原則としては、時計回り的な順番での紹介になります。 最初に、2個のクロワッサンになります。 やはり、パンが中心的な存在になりますでしょうか。 次に、オレンジムースになります。 理想的には、こう言った食感のダイエットスムージーを自宅に常備させて、昼食の時間に置き換えたいのですが、資金的な面で苦しい状態です。 その次に、おかず類になります。 2種類の玉子焼きとソーセージ、ベーコンとポテトサラダになります。 どれも一口的に食べられる物ばかりになっています。

 

そして、温泉玉子と出汁になります。 出汁は北陸地方と言う事で、京都風の薄味の出汁と関東風の濃味の出汁との中間的な味付けになっています。 最後に、オレンジジュースになります。 栄養価的には、肉系や、デザート系と偏っていますが、何とか楽に御腹が満たされたら良いかなと言う事で、食べる事になりましたが、何と言っても、オレンジムースが楽に食べる事が出来て、御腹が程良く満たされると言う感じになりました。

 

「武生パレスホテル」からでも歩いて数分の場所にありますが、「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の本来の目的である、自前の平安装束を着ての野外ロケーション撮影の形での衣装体験を行う為に御世話になる「日本民族衣裳源流会」の建物を目指して行くと言う事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その19)「花筐公園」にて十二単の衣装体験を愉しむ事に。

朝食に行く前に、「日本民族衣裳源流会」の衣紋者の先生の方から電話が掛かって来て朝食が終わると、荷物を纏めて、急いで、「武生パレスホテル」をチェックアウトすると言う事になりました。 「武生パレスホテル」からでも歩いて数分の場所にありますが、「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」の本来の目的である、自前の平安装束を着ての「花筐公園」での野外ロケーション撮影の形での衣装体験を行う為に御世話になる「日本民族衣裳源流会」の建物を目指して行くと言う事になりました。
 
「花筐公園」での平安装束姿の野外ロケーションの撮影のプランは、形の上では、「紫式部公園」での平安装束姿の野外ロケーション撮影を行った方のリピーター専用のプランになるだけあって、とても楽しみであったりします。 「日本民族衣裳源流会」の建物の入口になります。 普段の場合は、併設されている「美容室Wish」の店舗の側から訪問するのですが、この日が月曜日と言う事があって美容室の定休日になりますので、今回は、こちらの扉の呼び鈴を押して建物の内部に入る事になりました。
 
建物の内部に入ると、衣紋者のスタッフの方々が出て来られて、最初に、事前に搬入していた平安装束が、2階の着付け用の部屋に置かれていて、かつらの段ボール箱が1階の美容室のある側に置かれていましたので、その確認が行われてから、トイレに行って、小用を済ませて顔を洗ってから、2階の着付け用の部屋で衣紋者のスタッフの方々に平安装束の濃色の小袖と袴の姿に着付けられました。 その後には、1階の美容室のドレッサーのある場所に案内されて、衣紋者の先生の方が現れてメイクが開始されて行く事になりました。
 
最初に、羽二重を付ける事になりましたが、羽二重を付けるだけでは物足りないと、衣紋者の先生の方に言われて、テープで額や揉み上げの部分を思い切り釣って、釣り目に見せるように土台を作って頂きました。 この時には、メイクの道具として、付け睫毛を複数持って行っていましたが、2種類の付け睫毛を結合させた歌劇メイク風の付け睫毛を見せると、衣紋者の先生の方が、「野外での撮影になるだけに、これだけ派手な付け睫毛の方が強い印象が出て良い。」と言われて、その派手な付け睫毛が使われると言う事になりました。

 

メイクは、洋化粧の物が使用されて、洋化粧の技術で洋装の時のメイクの時より少し明る目に仕上げて頂いて、ポイントメイクはしっかりと施して頂きました。 メイクの仕上がりとしては、釣り目になっていて、その状態で派手な付け睫毛も付けられていますので、目元はとても華やかな感じに仕上がりました。 メイクが終わると、かつらが被されて行って、この後は、自前の平安装束を順番に衣紋者のスタッフの方々に着付けられると言う事になりました。
 
衣装体験の順番としては、十二単の衣装体験を行ってから細長の衣装体験を行うと言う事になっていますので、先に、十二単を着付けて頂く事になって、十二単姿になって、衣紋者のスタッフの方々に細長と細長の当て帯を移動用の車の後ろの席に乗せて頂いてから、私も、撮影用の小道具を持って十二単姿で移動用の車に乗って、運転手のスタッフの方と衣紋者の先生の方と衣紋者のスタッフの方々と5名で、「花筐公園」に向けて、車が走って行くと言う事になりました。 車が「花筐公園」に到着すると、最初の撮影場所の近くで降ろして頂いてからは、運転手のスタッフの方が駐車場のある場所に、一旦、車を移動させてから、撮影が開始される事になりました。

 

最初に、「花筐公園」の中に併設されている神社の一の鳥居のある場所で衣紋者のスタッフの方々に裾を整えて頂いてから、小道具として持参していた篠笛を渡されて、両手で篠笛を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 「日本民族衣裳源流会」の方々が関連している衣装体験は、今までは、「紫式部公園」での撮影でしたが、今回は、「花筐公園」と言う別の場所での撮影と言う事があって、風景が何もかも違う感じになっていて新鮮味のある内容になっています。 次に、「花筐公園」の茶室のような場所の前の庭で小道具として持参していた檜扇を渡されて、右手に檜扇を持って顔の高さで上向きに構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
今回の十二単姿を見て、感じられる方がおられる可能性もありますが、実は、表着を別の平安装束の物を使用しています。 その別の平安装束は、井筒企画の紫上の細長になりますが、紫上の細長の表着の部分のみを、私が元々から持っている平安装束に組み合わせて、井筒企画の「お祭り、大好き!」の平安時代編の冊子に掲載されている「十二単紫の匂」に近い感じの十二単姿を想定して、自前の平安装束を用意しましたが、その事が良い方向で当たったと言う感じになります。 その次に、「花筐公園」の中に併設されている稲荷社であろう鳥居の前で、右手に檜扇の要を持って、左手をそれに添えるような形で後ろに広げようとしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 衣紋者の先生の方が言われるには、「紫の精」と言う感じではありますが、そう言ったのも意識していましたので、ある意味ですが、理想的な平安装束の姿になりました。

 

さらにその次に、先程の稲荷社の参道を引き返して歩いて行っている状態で、衣紋者のスタッフの方々に裳と裾を整えて頂いてから、身体を横向きの姿になって、顔を正面側に斜め上に向けて右手に檜扇の要を持って、左手をそれに添えるような形で上に広げようとしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 再び、「花筐公園」の茶室のような場所の前の庭に移動して、顔を傾げて、右手に檜扇を持って、半開きで広げて、左側に向けて構えて、左手は檜扇の要に添えるような感じで構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 今度は、「花筐公園」の中に併設されている神社の境内の中に移動をして、燈籠が多く建てられている場所で、右手に檜扇の要を持って、檜扇を閉じて、左手で檜扇を支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 ちなみに、移動する場合は、衣紋者のスタッフの方々に裾と裳を持って頂いての移動ですので、裾が汚れる可能性は殆ど無いと言っても良いと思います。

 

続いて、先程とほぼ同じ場所で、檜扇の持ち方も同じ状態で、顔を傾げて、身体の向きを変えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 引き続いて、先程と同じ場所で、顔の角度を整えて、右手に持っている檜扇を左上に向けて広げて、左手は檜扇を支えるような感じで構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 さらに引き続いて、「花筐公園」の中に併設されている神社の境内の石畳の場所に立って、紅葉を背景にして、顔を少し右側に向けて、右手に檜扇を持って顔の高さの位置で上に向けて構えて、左手は檜扇の端を指すような感じで構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
この場に来て、ようやく、「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」でも、色の付いている紅葉を背景にしている写真の撮影が適いましたが、季節感のある風景での撮影は独特の雰囲気が出て来て良くなるだけに、こう言った写真を残す事が出来て良かったと言う気持ちになりました。

 

今度は、顔を正面側に向けて、右手に持っている檜扇を顔に翳すような形で左上に向けて構えて、左手は、肩の位置で十二単の袖を見せるような感じで斜めに降ろしている状態の構図で撮影を行って頂きました。 次に、「花筐公園」の中に併設されている神社の境内の石畳を進んで行って、神社の本殿を背景にして、顔を少し右側に向けて、右手に持っている檜扇を前側に広げて、左手は、胸に入っている帖紙を持って、檜扇を支えているような状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
平安装束の姿で撮影を行う時では、通常の場合では、檜扇の角度や開き方を考える事があるのですが、衣紋者の先生の方は、それを遥かに越えた考え方を持たれていて、帖紙も構図の変化として使用すると言う事も思い付かれています。 その次に、先程とほぼ同じ場所で、顔を左側に向けて、顔の角度を上げて、右手に持っている檜扇を右側に向けて大きく広げて、左手に持っている帖紙を顔に向かい合う位置で掲げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 構図に広がりのあるような雰囲気もありますが、それ以上に紫色の唐衣から紫色の上着と紫の薄様襲ねの五衣が見えて来て、何とも無く印象的な写真に仕上がっていて、その事で感動させられました。 十二単姿での最後の撮影と言う事で、先程とほぼ同じ場所で、顔を少し右側に向けて、顔を傾げて、右手に持っている檜扇を顔の高さで右上に掲げて、左手に持っている帖紙を胸の位置に置いている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
ちなみに、今回の衣装体験での撮影の時の構図は、全て、衣紋者の先生の方が作って下さっていますが、どの構図も本当に良い物になっていて、手持ちのデジカメのサムネイルの画面を見ても良い写真に感じられましたが、実際に、自宅に戻ってから、パソコンにデータを移して確認していると、本当に良い写真ばかりで、本当に自前の平安装束を使用しての衣装体験を行って良かったと思わせられるような写真の仕上がりになっています。
 
十二単姿での撮影が終了すると、衣紋者の先生の方が、車で、運転手のスタッフの方と連絡をして頂いて、車が着付けを行いやすい場所に移動されて、その車が停まっている場所に移動して、唐衣と裳が脱がされて、細長を着付けて頂く事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その20)「花筐公園」にて細長の衣装体験を愉しむ事に。

十二単姿での撮影が終了すると、「日本民族衣装源流会」の衣紋者の先生の方が、車で、運転手のスタッフの方と連絡をして頂いて、車が着付けを行いやすい場所に移動されて、その車が停まっている場所に移動して、唐衣と裳が脱がされて、細長を着付けて頂く事になりました。

 

細長は、車の後部座席に乗せられていましたが、細長と一緒に着付け用に使う敷き紙も用意されていたようで、敷き紙を地面に置いて、そこに、一度、脱がされた唐衣と裳が畳まれて置かれて、細長もそこに置かれてから衣紋者のスタッフの方々に着付けられると言う形になりました。 唐衣も細長も同じ紫色系の物ではありますが、微妙な色の違いがあって、見た目的な面でも色目的な面でも違って来る雰囲気になっています。

 

最初に、「花筐公園」の中に併設されている神社の一の鳥居のある場所で衣紋者のスタッフの方々に裾を整えて頂いてから、小道具として持参していた造花の花束を渡されて、両手で造花の花束を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 細長の場合は、裾の長さが長くて、4つの部位に分かれている為、裾を整えるのに、かなりの手間が掛かるようで、構図を変える時には、衣紋者の先生の方の指導を仰ぎながら動いて行く事になりました。

 

次に、撮影を行って頂く方向を変えて頂いて、左肩を下げて、顔をデジカメのある側に向いて両手で造花の花束を構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こちらの構図への変化は、本当に、肩の位置を下げて、顔の方向を動かしたのみになります。 その次に、右手に造花の花束を持って、右手を肩の位置で横に広げて、細長の袖を見せるような感じで、左手は、細長の腰帯の床の位置に構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
今度は、色目の合わせ方としては、紫色の表着に青紫色の細長を合わせていると言う状態になります。 十二単の時でも言える事ですが、禁色に禁色を重ねている形になりますが、袴の色が濃色袴と言う事ですので、上流貴族の娘と言う設定になっているようです。 細長姿ともなると、本当に上流貴族の娘と言う感じに見えています。 今度は、「花筐公園」の茶室のような場所の前の庭で小道具として持参していた檜扇を渡されて、右手に檜扇を持って、左手は、胸に入っている帖紙を持って、檜扇を支えているような状態の構図で撮影を行って頂きました。 この時にも、帖紙が撮影用の道具として使えると、衣紋者の先生の方に指導されるがままに構図を作って頂いています。 裾も衣紋者のスタッフの方々に移動する時には持って頂いて、撮影を行って頂く時には裾を地面に置いて下さって整えられる事になります。

 

続いて、先程とほぼ同じ構図で、撮影を行って頂く方向を変えて頂いて、顔を傾げている状態の構図で撮影を行って頂きました。 衣紋者の先生の方が言われるには、「細長になると姫の設定になるだけに、幼い位に若々しく見せるように撮影しないとそれらしくならない。」との事でした。 引き続いて、先程の場所より少しだけ前に進んで、顔をデジカメのある側に向いて、顔を傾げて、右手に檜扇を持って半開きにして左側に向けて構えて、左手は帖紙を持って、顔の高さの位置で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
こちらの細長は、2012年に生地の色や紋様等で吟味に吟味を重ねて購入した物になりますが、それだけの物と言う事もあってなのか、愛着の度合いの意味では現在でもかなり強い物を持っています。 さらに引き続いて、先程の場所より少しだけ前に進んで、顔を前側に向けて、右手に持っている檜扇を半開きにして下向きに広げて、左手に持っている帖紙を下に向けて持っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 丁度、襲ね色目が良く出ている写真になりますが、全体的に紫色系の色で纏められているのですが、唯一と言って良い程に、表着のおめりの赤色の部分が差し色のような見た目になっています。

 

今度は、先程の場所から、大きく移動をして、裾の部分を衣紋者のスタッフの方々に持って頂いて、背景に池が見えている場所に移動をする事になりました。 その場で、裾が整えられてから、右手に檜扇の要を持って、檜扇を閉じて斜め上に向けて持って、左手はその檜扇を支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 こう言った風景で撮影が出来ると言うのが、また風情のある場所での野外ロケーション撮影での平安装束の衣装体験の魅力でしょうか。 衣紋者の先生の方が言われるには、「「紫の精」でも少女の姿の形。」との事でした。

 

次に、撮影を行って頂く方向を変えて頂いて、顔を少し左上に向いて、右手に持っている檜扇を半開きにして、左側に向けて構えて、左手はその檜扇を支えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 先程の写真と、撮影を行って頂く方向を変えて頂いただけの写真になりますが、それだけではありますが、実際に自宅に戻って確認をしていると雰囲気の違う写真に仕上がっていてこれまた良い写真であると言う事が感じられました。

 

その次に、「花筐公園」の石碑が置かれている場所に移動して、胸を張って、右手に持っている檜扇を右下に向けて広げて、左手は帖紙を持って胸の位置で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 今度は、裾を衣紋者のスタッフの方々に持って頂いて、場所をかなり移動して、「花筐公園」の中に併設されている神社の境内の石畳がある場所まで進んで行きました。 その場所で、裾を整えて頂いてから、神社に参拝をして二拍手の時に手を合わせている瞬間の状態の構図で撮影を行って頂きました。
 
やはり、「花筐公園」の中に神社があるだけに、神社への参拝者したいと言う気持ちがありましたが、撮影のみで終わらなくてその点の収穫がありました。 それと、場所はかなり異なりますが、「伊勢まつり」の斎王群行での斎王役の方の参拝の場面があったのですが、それに肖りたいと言う気持ちが心の片隅にあったと言うのがあります。 続いて、先程とほぼ同じ場所で、顔を傾げて右手に持っている檜扇を全開に広げて、左向きに構えて、左手は帖紙を持って肩の位置で構えている状態の構図で撮影を行って頂きました。 細長姿の場合でも、紅葉の背景での写真が欲しいかなと言うのがありましたが、この時にそれが実現して嬉しかったと言うのがあります。

 

最後に、「花筐公園」の中に併設されている神社の参道に移動をして、右手に持っている檜扇を顔の位置で右上に掲げて、左手は胸の位置に持って行っている状態の構図で撮影を行って頂きました。 この時点で、基本的な撮影は終了していましたが、自由撮影と言う事で、数枚の写真の撮影を行って頂くと、デジカメの電池が無くなりましたので、撮影が終了と言う事になって、衣紋者の先生の方が、車で、運転手のスタッフの方と連絡をして頂いて、車が着付けを行いやすい場所に移動されて、その車が停まっている場所に移動して、車に乗せられる事になって、「日本民族衣裳源流会」の建物に戻る事になりました。
 
戻る途中では、衣紋者の先生の方が用事で、市民会館的な場所で降りられましたので、衣装体験の料金の支払いはどうなるのかと言う事でしたが、運転手のスタッフの方が衣紋者の先生の旦那様であると言う事を知っていましたので、その方にメモ紙に手書きした物を添えて衣装体験の料金の支払いも行う事になりました。 その後、この日は美容室が定休日と言う事もあって、美容室の待合室の床の広い場所で衣紋者の方々に平安装束が脱がされて行って、先程まで着ていた平安装束を畳んで、大型のスーツケースにしまう作業を衣紋者のスタッフの方々に手伝って頂きながら行うと言う形になりました。
 
平安装束を大型のスーツケースにしまう作業が終わると、残りの作業は、かつらをかつらのケースにしまって、段ボール箱に入れる作業がありますが、こちらの作業は自力で行いました。 最後にメイクを落とす作業になりますが、こちらに関しては、洋化粧の技術でのメイクでしたので、先に付け睫毛を外してから拭き取り式のメイク落としでメイクを落として、水で顔を洗ってから化粧水を付けるだけで完了しましたので、メイク落としの面を考えると洋化粧の技術は手早く復元出来るだけに凄いかなと感じさせられました。
 
最後に、大型のスーツケースに入っている平安装束と、段ボール箱に入っているかつらは着払いの伝票を持参して送って頂けるようになっていますので、それで、伝票を取り付けてから、現場に残っているスタッフの方々に挨拶をして、「日本民族衣裳源流会」の建物を出て、武生駅に向かう事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その21)さらば、武生、また逢う日まで。

「日本民族衣裳源流会」の建物を出て、武生駅に向かう事になりましたが、私が予約している列車の切符は、その時の時間よりもかなり遅い時間になっていました。(撮影の時間の長さが読めなかったので、最終の時間の「サンダーバード」と「かがやき」に合わせての切符にして頂いていました。)

 

こちらが、武生駅の駅舎になりますが、後、何回、武生駅を利用するのであろうか現状では未定であります。 武生駅の構内に入ると、列車の時間を変えて頂こうと言う事で、みどりの窓口に行って、駅員の方に聞いてみましたが、全席指定席で目的地に早く到着する北陸新幹線の「かがやき」は全て満席で、停車駅の多い北陸新幹線の「はくたか」も指定席が全て満席であると言う事を言われました。

そこで、駅員の方と相談して決まったのが、金沢駅までの「サンダーバード」の席は若干の空席があると言う事で、それに乗る事にして、金沢駅から出発する北陸新幹線の「はくたか」の自由席に並んで席を取るかどうかに賭けてみると言う事になりました。 今となっては、「しらさぎ」で米原駅まで出て、そこから東海道新幹線の「こだま」や「ひかり」に乗り継いで、東京駅を経由して自宅最寄り駅に向かうと言う手段に帰る事も出来ただけに、この手段を選んだのは、間違いであったと後悔させられましたが、少しでも儲かるのか、駅員の方に勧められるがままに切符を変えて頂く事になりました。 そして、武生駅の金沢方面に向かうホームに行きました。

 

こちらの看板が、武生駅の金沢方面に向かうホームの看板になります。 こちらのホームから自宅最寄り駅に帰ると言うのが、流石は関東地方に引っ越したと申しますかそんな感じになります。 そして、金沢駅に向かう「サンダーバード」がやって参りました。 これから、こちらの列車に乗り込む事になります。 「サンダーバード」の席は指定席でも、若干の空席が空いていましたが、連休の最終日と言う事もあってなのか、車内の撮影が出来る程の余裕があると言えばそうでも無いような状態になっていました。

 

「サンダーバード」に乗る事、約1時間あるかどうかでしょうか、金沢駅に到着しました。 これから、北陸新幹線の「はくたか」に乗る為に自由席に並ぶ事になります。 そして、北陸新幹線の「はくたか」がやって参りました。 東京側が1号車と言う扱いになりますので、一番、前の車両に乗ると言う形になります。(こちらの北陸新幹線「はくたか」の車両は帰りに大宮駅で撮影を行った物になります。) 北陸新幹線の「はくたか」に乗ると、自由席もすぐに満席になってしまって、仕方が無しに一度、デッキの空間に行くと言う形になりました。

 

北陸新幹線のデッキの空間の写真の女子トイレの付近の物になります。 流石に、新しい車両であるのか、それとも、JR東日本が立席指定席券を販売している関係であるのか、デッキの空間も良い物になっています。 洗面所も、このような感じで、自動で石鹸が出て来たり、自動水栓になっていたり、乾燥器が付けられていたりで至れり尽くせりになります、 写真に人物が写り込んでいますが、私本人の姿になりますので、特に修正ブラシ等での加工はしていません。 この場所でもコンセントがあると言う事が、また、立席指定席券を販売している関係での配慮でしょうか。

 

洗面所の隣には、男女兼用のトイレの扉があり、その隣には男子トイレの扉があります。 女子トイレの写真を見ても分かりましたが、近年の列車は女性に優しい設備になっているのかなと改めて実感させられました。 しばらくの間、デッキの空間にいましたが、途中の駅ではさらに乗客の方が乗り込まれて来ましたので、その方に押されるような形で、席が置かれている車内の方に移動する事になりました。
 
そこで、偶然にも目を合わせた乗客の方がおられたのですが、その乗客の方のスマートフォンのケースには長岡駅までの切符と上越妙高駅から長岡駅までの指定席の切符が挟まれていました。 要するに、その乗客は、上越妙高駅で確実に下車される方になると言う事になります。 その時は、丁度、糸魚川駅を過ぎたばかりでしたので、その方の席を狙っていましたが、上越妙高駅に到着すると、予想通りにその乗客の方が下車して下さったので、その空いた席に幸運にも座ると言う事が出来ました。
 
その時以降は、長野駅でも若干の乗客の入れ替えがありましたが、基本的には、高崎駅までが混雑していて、それ以降にようやく空席が目立ち始めましたので、結果論で書く事になりますが、その、偶然にも目を合わせた上越妙高駅で下車された乗客の御蔭でかなりの長時間の距離を席に座ると言う事が出来ました。 列車は、高崎駅を過ぎると、大宮駅までは30分掛かるかどうかと言うような時間で到着しましたが、大宮駅では、大混雑を思い出させるような雰囲気を忘れさせられるような状態で下車すると言う事になりました。

 

こちらの写真は、今回の「錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行」とは別の機会で、北陸新幹線の「はくたか」に乗って下車した際に撮影を行った物になります。 自由席と言う事で、1号車と言う事になります。 そして、ようやくですが、大宮駅に戻って参りました。

 

北陸新幹線の「かがやき」に乗って、金沢駅に向かっていた時には一瞬に感じられましたが、それが同じ北陸新幹線でも「はくたか」と言う停車駅の多い新幹線で、しかも乗っていた席が自由席で、しかも大混雑していた車両であって、乗車時間がかなり長く感じられてしまいました。
 
その事もあって、新幹線の車内で駅弁を購入する事が出来なかったので、夕食と打ち上げも兼ねて、大宮駅の駅ビルのLUMINEに向かう事になりました。

錦秋の北陸新幹線に乗って雅を愉しむ旅紀行(その22)「日比谷マツモトロー」での3日目の夕食を食して打ち上げへ。

北陸新幹線の車内では駅弁を購入する事が出来なかったと言う事で、「レストラン・ボン・アヴェニール」での朝食の時以来、食事が、全く出来ない状態でしたので、夕食と打ち上げも兼ねて、大宮駅の駅ビルのLUMINEに向かう事になりました。
 
流石に、夜も遅い時間になっているのか、夕食時の混雑の時間が過ぎていましたので、予算と好みで食事の内容を決めると言う事になりましたが、京都府内での1日目と2日目の朝食が和膳と言う事がありましたので、久々に洋食を食べたいと言う事で、洋食の店舗を探していると幸運にも見付ける事が出来ました。

 

その店舗とは、洋食レストラン「日比谷マツモトロー」になります。 店舗の屋号からして東京の洋食の店舗と言う感じですが、気になっているメニューがありましたので入る事になりました。 それは、牛フィレ肉ステーキシャリアピンソースときのこ炊込ご飯になります。 他所の店舗では、もっとディナーと言うような感じで価格もかなり高い物がありましたが、夕食の時間帯でこの1900円(税抜)と言うランチより少し高い価格帯の料理でこれだけの料理が食べられる事が魅力的に感じられました。

 

さて、店舗の中に入ると、スタッフの方が出て来られましたが、時間も遅かったのか、「御自由に空いている席に座って下さい。」と言う感じで言われましたので、適度に空いている席を探すと言う事になりました。 このような感じで都会的で御洒落な内装になっていて、カウンター席やテーブル席が用意されています。 テーブル席になります。 こちらの席の雰囲気も良いかなと思い、こちらの席を選ぶと言う事になりました。 先程のテーブル席の角度を変えて撮影を行った物になります。 テーブルの真ん中には、メニューのファイルが置かれています。

 

この時点で、スタッフの方を呼んで、先程の牛フィレ肉ステーキシャリアピンソースときのこ炊込ご飯を注文すると言う事になりました。 適度に喉も乾いていましたので、セットドリンクの形にはなりますが、アイスミルクティーも注文する事になりました。 この後は、待ち時間が発生するのですが、夕食と打ち上げを兼ねての訪問でしたので写真の整理の作業を少しだけ行っていました。

 

しばらくすると、牛フィレ肉ステーキシャリアピンソースときのこ炊込ご飯とセットドリンクのアイスティーと水が用意されました。 夕食のセットメニューとしては御手頃な料金設定ではありましたが、量的には夕食の料理としては少なめの物になっているようです。 折角、料理が運ばれて来たと言う事もありますので、牛フィレ肉ステーキシャリアピンソースときのこ炊込ご飯の皿に盛り付けられている部分の撮影を行いました。 御飯の部分が白御飯になっていなくて味の付いている御飯になっている所が個人的には嬉しい所になります。

 

フライ物になります。 南瓜のフライと薩摩芋のフライ、茄子のフライ、パプリカの素揚げになります。 同じ揚げ物でも、和膳の天麩羅と洋膳のフライとでは味付けも何もかも違って来るようで、下味が強く効いていて美味しい物に感じられました。 メインになる牛フィレ肉ステーキシャリアピンソースになります。 適度に牛肉がレアの状態に焼かれていますので、私としては美味しく食べる事が出来ました。 一緒に付けられている香辛料や香草も良い味を出しています。 きのこ炊込ご飯になります。 同じ、炊込ご飯でも洋食の物になりますので、味付けが、和食の炊込ご飯とはかなり違いますが、こちらはこちらで美味しい物になっています。

 

食事を食べ終わる事には、喉もかなり乾いていましたので、こう言った水分がかなり助かりました。 氷も適度に入っていて冷たくて美味しい水を愉しむ事が出来ました。 最後に、アイスミルクティーを飲む事になりました。 2015年の秋頃から、コーヒーや紅茶には砂糖を一切入れなくなりましたが、今回もガムシロップは使わずにミルクだけを使う事になりました。 適度に茶葉の味が出ていて美味しい仕上がりになっていて、こちらも堪能出来ました。 こうして、夕食を食べてから、大宮駅から自宅最寄り駅に向かう京浜東北線のホームに向かいました。
 
当初は、1泊2日での「花筐公園」での衣装体験から始まった話になりますが、衣紋者の先生のスケジュールが動いた関係で、日程的に2泊3日の規模に拡大されて、さらに、その後の経緯で、京都市内での観光も出来たと言う形になりました。
 
こう言った、派手な移動を伴った旅行が実現出来たと言うのは、夫の協力があっての物になります。 これだけ派手なスケジュールの旅行を許して下さった夫にも感謝であります。

 

最後に今回の旅行記は22編に渡る長さになりましたが、見て下さっている皆様方、本当に今まで御付き合い頂いて有難う御座いました。