真冬の京都路・旅紀行

私が生まれて初めて、本格的に、宿泊を含めた京都市内への旅行と言う事で計画を行ったのが、2012年2月15日から2月17日までの2泊3日の日程で旅行した「真冬の京都路・旅紀行」になります。
 
私の場合は、元々が京都市内までは日帰りで行く事が出来る場所に住んでいたと言う事があって、衣装体験を行う場合でも史跡廻りを行う場合でも、単発的に行く事が出来るだけに、京都市内を意識的に泊り掛けで旅行を行うと言う事はほぼ皆無でしたが、周辺の友人や知人の個人のブログやウェブサイトを見ていると、一度は、泊り掛けで旅情を味わう形で京都市内への旅行をしても良いかなと思って企画すると言う事になりました。
 
例によって、同行者に気を使わなくても良い「おひとり様」での旅行記になりますが、私が京都市内への旅行に嵌り出したきっかけの旅行になるだけに、見て下さると幸いで御座います。

真冬の京都路・旅紀行(その1)最初の目的地、嵐山へ出発する事に。

2012年2月15日、「真冬の京都路・旅紀行」の旅程がついに始まりましたが、自宅の最寄り駅を出発して一番最初に訪れる場所が阪急嵐山駅近くの場所でしたので、朝のラッシュ時間と時間が合っている関係で阪急梅田駅を経由して桂駅で乗り換えを行って阪急嵐山駅に行く事になりました。
 
阪急梅田駅から乗ったのは通勤特急の河原町行きでした。 朝のラッシュ時間ですので特急も通勤特急になりますが、始発の阪急梅田駅から乗った選択は正解でした。 時間の関係で阪急京都線の車両は撮影出来なかったのですが、阪急嵐山線の車両はこの場で掲載しています。 元々、阪急京都線で使用されていた6300系を改造された車両になっていました。
 
阪急嵐山線の車両は基本は2列シートに1列シートを加えた3列シートになっています。 廊下が広くて荷物も余裕で置けるのですが、この時の阪急嵐山線は阪急京都線と違って空いていたので向かいの席に荷物を置く事になりました。 車内も清潔でなかなか乗り心地が良かった感じがしました。
 
古い駅舎に灯籠をイメージした照明が何とも雰囲気を出しています。 ごみ箱も京都らしさを感じる和風の造りになっています。 人力車をイメージしたベンチになります。 嵐山には観光客用の人力車があったかなと思い出して人力車をイメージした物である事が分かりました。 阪急嵐山線の駅の看板は木目調の塗装になっていて「和」のイメージが強く出されている物になっています。 阪急嵐山駅の駅舎の外観はホームの部分と違って駅舎や駅前の広場は、新しく改装されて整備されている物に感じました。
 
阪急嵐山駅の駅舎の向かいにある看板です。 観光客向けに地図の看板があったりするのですが、現代的な「和モダン」のお洒落な看板になっていました。
 
嵐山の中ノ島に向かう道にはこのような看板が建てられていました。 何と、高級温泉宿が多い嵐山温泉に外湯が建設されるそうです。 中ノ島の「嵐山公園」と呼ばれている区域に日帰り温泉が作られるとなると、これから向かう「京の舞本店」の舞妓の衣装体験や芸妓の衣装体験での散策のコースがどうなるのか気になると言えば気になる所です。 そうこうしているうちに、2012年2月15日、本日1回目の衣装体験である「京の舞本店」の建物が見えて参りましたので、予約していた時間とは、若干、早いですが、その場所に向かう事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その2)「京の舞本店」での十二単の衣装体験へ。

2012年2月15日、この日は既に午後にも十二単の衣装体験を予定していましたが、午前に何を行うかで迷っていましたが、同じく嵐山にある店舗である「京の舞本店」にも間際になって予約する事になりました。 「京の舞」系列の店舗は「ホテルステーション京都」で過去に十二単の衣装体験を行っていますが、機会が出来て行く事が適う事になってしまいました。 阪急嵐山駅から道なりに歩いて行って嵐山公園の中ノ島の通じる道の近くに「京の舞本店」の建物が存在しています。
 
店舗の中に入ると、十二単や舞妓の衣装や芸妓の衣装の体験者の方々の写真が飾られていました。 1階の部屋には、舞妓の衣装の衣装体験用のかつらが置かれていました。 かつらの簪は固定になっていますが、2月設定の簪である「梅」の簪の物があったのです。 「梅」の簪にこだわると言うのは私が2月生まれと言うのが大きいです。 さて、スタッフの方に案内されて店舗の中の2階に上がって行きました。 そこには十二単が置かれていて、メイクの道具も机に置かれている状態になっていました。 早速、メイクが施されましたが、顔にドーランが塗られて、その上に白粉が塗られて行ってアイラインと口紅が描かれたと言いますかそのようなメイクになっています。
 
メイクが終わると十二単が着付けられました。 単が着付けられて、五衣が一部略された物になっていて、打衣も略されていました。 表着と唐衣は存在している状態です。 表着は桜色の物が使われていて、唐衣は紫色の物が使われています。 かつらはおすべらかしですが、後姿も垂髪とおすべらかしではかなり見た目が変わって来ます。
 
立ちでの構図で撮影を行って頂きました。 立ち上がると分かるのですが、やはり、五衣の一部と打衣が略されているのが見ただけでも分かって来ます。 五衣が五枚では無くて三枚になっている状態かと思われます。 背景が略式ながらも、平安時代を意識した物になっているので雰囲気は出ていると思います。
 
この後、髪型をおすべらかしのかつらから垂髪のウィッグに変えての撮影が出来るかどうか聞いてみましたが、可能であると言う事が分かって、御好意に甘えさせて頂く形となって、髪型をおすべらかしのかつらから垂髪のウィッグに変えての撮影が行われる事になりました。
 
衣紋の修正は最初に着付けられてからは手直しが殆ど行われていない状態ですので、唐衣の衣紋が乱れていますが、その点は御容赦を御願いします。 垂髪のウィッグらしく、下の方に綺麗に垂れ下がっています。 足元が裳で隠れていますが、綺麗な見栄えのする構図に感じて来ます。 やはりですが、唐衣の襟が縦に平行に広がっていないので、十二単なのか細長なのか分かりにくい衣装になってしまっています。
 
座りでの構図になって撮影を行って頂きました。 垂髪ではありますが本式のかつらでは無いので見栄えは地味ですが、それなりの雰囲気は出せていると思います。
 
さらに、スタッフの方に質問をしてみたのですが、唐衣と裳を外して頂いて、袿姿での撮影を行っても良いのかと質問をしましたが、そちらに対しても快諾を頂けましたので、御厚意に甘えさせて頂く形で袿姿での撮影も行われる事になりました。
 
袿(表着)は桜色の生地に紅色の地紋が織り込まれていて、さらにその上に蓬色と薄紫色の上紋が織り込まれています。 袿の色が思った以上に華やかなものですので、かなり見栄えがするかなと感じます。
 
袿は、元々が十二単の表着として使用されていますので、裳を結ぶ所にある有職紋様が傷んでいるかなと言う印象が受けられます。 やはり、御腹周りに当たる生地の部分が裳と擦れるのか傷みが目立っているかなと言う印象が受けられます。
 
平安時代の当時では畳敷きの床は存在していないので、板間であればもっと再現度が上がるのかなと感じられます。
 
想像していたよりも長時間になった衣装体験ではありますが、4500円と言う破格の安さで十二単姿と袿姿と2種類の衣装を存分に楽しめたと感じています。 あれだけ衣装体験を楽しんだのに、予定していた時間より少し早く終了しました。 この時の時間は10時45分でしたが、少し早いのですが、昼食を取りに嵐山の渡月橋付近に出掛ける自分の姿がありました。

真冬の京都路・旅紀行(その3)「嵐山よしむら」での1日目の昼食。

「京の舞本店」で十二単の衣装体験と袿の衣装体験が終わったのが10時45分頃で、精算を済ましてから嵐山の渡月橋を渡ってすぐの所にある蕎麦屋さんである「嵐山よしむら」に向かいました。 この店舗を選んだのは口コミサイトで調べていると予算もさる事ながら、渡月橋のすぐ側にあって行きやすくて簡単に判別出来る建物である事が書かれていたからでした。 「嵐山よしむら」の外観は、純和風の外観になっていて、場所柄、敷居が高そうな見た目にはなっていましたが、予約制では無くて普通に入る事が出来ます。
 
昼食用のメニューは立地と値段の割には量感が多いように感じました。 やはり、蕎麦が中心に構成されているようです。 「嵐山よしむら」の店舗が開店時間になったので、早速、中に入る事にしました。 入口の門を潜ると石畳が敷かれていて小さな日本庭園のような物が見えていました。 京都らしくなのですが小さな日本庭園でも手入れが良く行われているようです。
 
入口の門から、真っ直ぐ進んだ所の右側に店舗の建物の入口がありました。 案内板には、「よしむらはここ嵐山に本店”嵐山よしむら”東山のふもと、清水三年坂に別庵”よしむら清水庵”二つの庵を京都の東西に構えております  また蕎麦工房を烏丸五条に持ち、石臼で挽いた国産の玄蕎麦を毎日熟練の職人たちが心を込めて手打ちしております。 どうぞ挽き立て、打ち立て、湯がきたての香り高い蕎麦をぜひご賞味いただき、本当の蕎麦の味をご堪能ください。」と書かれていました。 暖簾が掛けられている所から内部に入って行きたいと思います。
 
1階には下足箱が置かれていてそこに靴を置いて2階に上がる事にしました。 開店時間に入ったので他のお客様が誰も入っていない状態になっていました。 基本的には、掘り炬燵式の席になっていて、掘り炬燵式のテーブル席とカウンター席がありました。 私は1人で行きましたので大堰川が見えるカウンター席に案内されました。 カウンター席でも狭苦しくなく、広々として落ち着いた所になっていました。
 
木製のカウンターの上にはテーブルセンターと箸が置かれていて箸もこのように上品な箸置きに包まれて置 かれていました。 また、座った時には茶も用意されましたが、蕎麦茶になっていました。 おしぼりがタオルになっている所が良いです。 カウンター席に座ると掲載している写真の通りに渡月橋が見渡せるようになっていました。 渡月橋を見ていて、「何時かは復活での参加をしたい「斎宮行列」。」と思いながらもメニューが用意されましたので何にするかを決める事になります。 観光客向けの和膳や単品の蕎麦、スイーツ類等色々書かれていましたが、内容を見て私は渡月膳を注文する事にしました。
 
渡月膳は、最初は蕎麦汁と薬味と蕎麦汁用の容器が用意されてから天ぷら丼と京の漬物が用意されました。 この天ぷら丼も油の状態が新しくて美味しかったです。 続いて、半量ざる蕎麦と冷やしのとろろの半量蕎麦が用意されて最後に葱と天かすが用意されました。 半量蕎麦と書かれていますが、私に取っては一人前の蕎麦が2つ用意されたと言うかそんな感じです。 天ぷら丼も美味しかったのですが、蕎麦もこしがある物になっていて適度に歯応えがあって良い物でした。 流石に、口コミサイトでも紹介されている店舗かなと感じました。 気になる価格は1785円でした。 立地の事もあるので分相応な値段でむしろ良心的かなと感じました。
 
2階の席から1階のレジで会計を済ませてから、店舗を後にしましたが、その時の時間が11時40分、次に控えてある「時代や」の衣装体験は13時からでしたが、まだ時間に余裕がありましたので、渡月橋と「時代や」のある場所の間で何処かで観光出来ないかなと思って候補になる場所を探す事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その4)人力車に乗って、いざ、嵐山の観光に向かう。

「嵐山よしむら」を出たのは11時40分、次の「時代や」の衣装体験は13時からでしたので、渡月橋周辺を歩いてみました。 歩いて、野宮神社まで行こうと思っていた所でしたが、周囲を見ていると、丁度、人力車がありました。 人力車のスタッフの方に行先や料金を聞いていると「野宮神社までなら約10分で1区間の料金(2000円)で可能ですよ。」と言われましたので、ついつい、甘えて人力車に乗る事になりました。
 
人力車が進んで行くと野宮神社近くの竹林の道を通って行きました。 この場所なら洋装よりも和装や時代衣装姿の方がしっくり来る様な感じがしてならないのは私だけでしょうか。 人力車に乗って約10分経過した頃でしょうか、私が乗った人力車は無事に野宮神社に到着しました。 人力車と人力車の引き手のスタッフの男性の方とはこれで御別れになりました。
 
私を乗せた人力車は無事に野宮神社に到着しました。  人力車を降りた目の前には野宮神社の黒木鳥居が鎮座していました。 野宮神社の境内に入りましたが、境内に入ってすぐの所には奉納木の奉納所が置かれていました。 願い事はありましたが、奉納木が有料になる関係上で、奉納木を納める事はありませんでした。 こちらの手水舎は「龍の口」は取り付けられていませんが、井戸から組み出した水で清めるように作られています。 早速ですが、手水舎で手を清めて行く事にしました。
 
良縁祈願と看板に書かれている絵馬掛けと神石と野宮大黒天の賽銭箱がありました。 私は願い事達成の神石を撫でて行こうと思います。 掲載している写真の通りになりますが、願頃達成の神石(亀石)になります。 流石に多くの観光客に撫でられているのか表面は綺麗にすべすべとした肌触りになっていました。
 
野宮神社の本殿に行きました。 本殿と言っても小さな神社ですので中に入って祈祷と言う感じではありませんが、賽銭箱に小銭を入れて参拝して参りました。
 
野宮神社の右奥に入った所には絨毯苔がありますが、その入り口には鳥居が設けられていました。 苔の高さが非常に低いので苔が全体に生えているのですが、苔が生えていると言うよりは苔の生え方が絨毯のような見た目になっています。 絨毯苔の端の方には石碑が置かれていました。
 
こうして、野宮神社をくまなく願い事をして観光をして来ましたのですが、時計を見るとまだ時間に余裕があるようですのでゆっくりと歩いて、「時代や」のある方角を目指して行きました。 この時の時間は12時10分になっていました。 2006年度の「斎宮行列」で御世話になった神社でしたが、名残惜しい所ですが移動する事にしました。
 
野宮神社から歩いて約10分の距離でしょうか、嵐山の御洒落な店舗がある通りにひっそりと「極楽殿熊谷山法然寺」と書かれてある標識があります。 場所的には「京都嵐山オルゴール博物館」の南隣です。 奥にある洋風の建物が「京都嵐山オルゴール博物館」になります。

 

法然寺の門は、比較的新しい時期にこの門が作られているのか現代的な塗料が使われている門に感じました。 瓦や漆喰の壁もかなり状態が新しいです。 法然寺の本堂が見えて参りましたが、門の中に入って外観を撮影する事が出来ましたので撮影致しました。 
 
このように法然寺の拝観を無事に済ませたのですが、小規模の寺院でしたので時計を見ているとまだ12時30分、まだ時間がありましたので、他に訪ねる所は無いのかなと思いながら法然寺を後にしました。
 
「時代や」での衣装体験は13時からなのですが、この時の時計はまだ12時30分でした。 今回は完全に観光として京都市内に行っているので何処か立ち寄れる所は無いかなと思い、「時代や」と踏切を挟んで南隣にある「京都嵐山オルゴール博物館」に行く事になりました。 カフェがあると言う事で待ち時間を消費するのに入ってみる事にしました。 看板には「京都嵐山オルゴール博物館」と書かれていました。 周囲は「和」の風情で整えられているのですが、こちらに関して言えば「洋」の風情で整えられています。
 
オルゴールを取り扱っていると言う事で建物ももちろん洋風に作られています。 「京都嵐山オルゴール博物館」の内部への入口です。 内部の撮影は博物館と言う関係上、撮影は出来ませんでしたので建物の撮影はこれまでとさせて頂きます。(「オルゴールカフェ赤い靴」での席の上の「1品ケーキセット」の料理はスタッフの方から撮影の許可を頂いています。) 2階が「オルゴール博物館」、1階が「オルゴールカフェ赤い靴」と売店のオルゴールショップになっています。
 
内部に入ってみると、入口から左側に「オルゴールカフェ赤い靴」があって、正面には売店があってオルゴールの販売が行われていました。 内部には古いオルゴールがいくつも置かれていて演奏されている状態で音楽が流れて来ています。 オルゴールも古い時代の物になると大きい物もあるのです。 注文した料理は、「1品ケーキセット」と言う料理でカフェオレとケーキのセットになっていますが、味はかなり美味しかったです。 気になる価格ですが、「1品ケーキセット」は750円でした。 こうしているうちに時計は12時50分になっていたので今度こそですが、踏切を渡った北側にある「時代や」に行く事にしました。

真冬の京都路・旅紀行(その5)「時代や」での細長と十二単の衣装体験を愉しむ。

「京都嵐山オルゴール博物館・オルゴールカフェ赤い靴」でスイーツを愉しんでいたら、「時代や」の店舗に到着したのが12時50分、ついにこの日の主目的を達成する瞬間が訪れました。 それは、「時代や」でも特別プランに当て嵌まる「源氏物語細長プラン」を愉しむ事でした。 「時代や」は過去に「十二単キャンペーンプラン」や「於江さんキャンペーンプラン」で2度訪問していますが今回の訪問が3度目になります。 掲載している写真は「時代や」の建物になります。 「時代や」はキャンペーンプランで行く事が殆どですので、正規の料金で予約した事が初めてだったのですが、それでも、こちらの「源氏物語細長プラン」は特に御勧めであると言う事を聞いていましたので、何時かは体験したかったのですが、今回は機会に恵まれて体験すると言う事になりました。
 
さて、「時代や」の店舗内に入って階段を上がって2階の部屋に案内されました。 この場で「源氏物語細長プラン」に付いての説明を受ける事になりました。「源氏物語細長プラン」の衣装体験を始めるのですが、細長が2種類から選べるようになっていました。 私は最初から決めていたのですが紫色の細長を選ぶ事になりました。(紫色以外では山吹色の細長があります。)
 
着付けは表着までが完了した時点で、畳まれている状態の細長が用意されてそれを両手で受け取っている構図で撮影を行って頂きました。 こちらの構図が「源氏物語細長プラン」の一番最初の構図になるようです。 そして、細長の着付けと帖紙を身に着けて着付けは完了となり、その時点で再び撮影が行われました。 かつらは「源氏物語細長プラン」の場合では同じ垂髪のかつらでも他のプランの垂髪のかつらとは違っていてもっと長い髪の物が使用さ れていて、途中で結われていないと言う本式の平安時代を彷彿とさせられるかつらになっています。
 
後ろ向きになっている状態から、前の方に振り返った構図で撮影を行って頂きました。 「時代や」の「源氏物語細長プラン」では細長の前の裾を交差させる着方になっていますので、脇の部分は表着が出て来る状態になって来ます。 横に向いていても十二単の時の裳の引き具合と細長の時の裾の引き具合の色の差が出て来てそれ相応の味が楽しめるかなとは思いました。 今度は、細長の前の裾を交差させない着付け方に変えて頂いての撮影と言う事になりました。
 
「時代や」の「源氏物語細長プラン」では細長の前の裾を交差させる着付け方をしているのですが、段々と、細長の前の裾を交差させない姿も決まっているかなと思う次第であります。 実際に体験を行った日程は雛祭りの前の時期と言うのもあって、平安装束姿で撮影が出来たと言うのが思い出に残りましたが、女雛の十二単姿とはまた違う細長姿も堪能出来て本当に嬉しいと思っています。 こちらの「源氏物語細長プラン」を体験した1箇月後には、A5判のフォトブックが届きましたが、出来栄えの良さに驚いているばかりであります。
 
「源氏物語細長プラン」の撮影が終了した後、引き続いて十二単姿の撮影が行われました。 この時の「十二単キャンペーンプラン」は、十二単の種類は3種類から自由に選ぶ事が出来ましたので、前回体験した紫色の唐衣の物では無い、濃色の唐衣の物を選びました。 時代やの「十二単プラン」と言えば通常は袴が緋袴になりますが、この日は「源氏物語細長プラン」の細長を体験した後と言う事でしたので袴を通常の「十二単プラン」では体験出来ない濃色袴を選ぶ事になりました。
 
最初に、檜扇が用意されて檜扇を掲げた立ち姿の撮影を行って頂きました。 大道具類は置かれていない状態になります。 続いて、大道具類が用意された状態での檜扇を掲げた立ち姿の撮影を行って頂きました。 大道具も用意されると見映えが違って来ますよね。 次は、座り構図での撮影を行って頂きました。 脇息が置かれていてそれに重心を移せると言うのも良いです。 同じ座り構図でも今度は、檜扇を広げている状態で撮影を行って頂きました。 何気にこちらの十二単の重ね色目は良いです。 唐衣と表着は同系色で合わせられていますが、五衣は違う色で合わせられています。 続いて、斜め上からの視点で撮影を行って頂いた物になります。
 
再び、檜扇の持ち方を変えてみました。 華やか、且つ、落ち着いている十二単姿になっています。 座り構図が続いて行きますが、このような構図での撮影も行って頂きました。 檜扇を広げたまま、床に置いてみた状態での構図で撮影を行って頂きました。 檜扇も白色が基調になっていて閉じた状態でも華やかさのあるものになっています。 かつらの違いの撮影を行って頂きたかったので、横に振り向いた状態で撮影を行って頂きましたが、かつらも「源氏物語細長プラン」の物になっていますので、同じように、後姿でも撮影を行って頂きました。 このような感じで結われていない長い垂髪のかつらになっています。 最後に、前向きに振り返った状態での構図で撮影を行って頂きました。
 
ほぼ、半日の付き合いでしたが、中川店長及び「時代や」のスタッフの方々、毎回、色々と希望を言っているのですがそれに御付き合いして頂けましたが本当に有難う御座います。 また、機会が合えば時代やには訪れたいと思っています。 本当に有難う御座いました。

真冬の京都路・旅紀行(その6)安倍晴明公嵯峨墓所と長慶天皇嵯峨東陵と皇子承朝王に参る。

「時代や」でかなりの時間を費やしてしまった為、嵐山地区での観光時間も有名な寺院は拝観時間には間に合わなかった上に、日照の関係で限られて来ましたので、「何か、近くて見られる史跡を。」と思い、手持ちの地図を見ていると、長慶天皇嵯峨東陵と長慶天皇皇子承朝王墓が近くにありましたので、そこに向かって行きました。
 
その途中に安倍晴明公嵯峨墓所を見つけましたので、まずはそちらに墓参する事に致しました。 写真で掲載している安倍晴明公嵯峨墓所は長慶天皇嵯峨東陵へ南側から行った小道にひっそりと存在しています。 安倍晴明と言えば陰陽師で有名ですが、墓所は一条戻り橋や晴明神社とは違う所にあった事に驚きました。

 

墓所は新しく整備された感じでは無くて古くからあったと言う感じで石碑もかなり古びています。 存在している所が地元の方々に愛されているのかなとも感じました。 陰陽師だからなのか、神職との繋がりがあるのか、墓所の前には神道の象徴である鳥居が置かれていました。 鳥居を潜ると石碑と墓が置かれていました。 遠目にですが五芒星の印が刻まれた石の結界がありました。 供養塔の中心には陰陽師の象徴である五芒星の彫刻がありました。 花が新しい状態で捧げられていると言う所が地元の方々に愛されていると言う事が分かって来ます。 墓の側には安倍晴明の功績を讃えた石碑が置かれていました。 こうして、安倍晴明公嵯峨墓所を墓参した後は長慶天皇嵯峨東陵を目指して歩いて行く事にしました。
 
安倍晴明公嵯峨墓所から北に向かって行った所には、長慶天皇嵯峨東陵と長慶天皇皇子承朝王墓が存在しています。 長慶天皇は南北朝時代の南朝の天皇ではありますが、南北朝時代にも興味がありましたので、行けるのなら行ってみたいと思いその場所を探してみました。 目立たない場所ではありますが、入口である事を示している看板に出会えました。 場所的に言えば、地図サイト等で「長慶天皇嵯峨東陵」と書かれてある場所の北西側に存在しています。 看板には「みだりに域内に立ち入らぬこと」と書かれていますので念には念を入れて周囲を確認しましたが、「立入禁止」と書かれてある看板や結界が無いようですので中に入って進む事にしました。 看板の、丁度、後ろ側の位置になるのですが、手水舎がありましたのでこの場で手を清めて行く事にします。 天皇と言えば神道の長になる立場の為でしょうか、神道式の手水舎が置かれてあるのかなと感じられました。
 
砂利道を進んで行って向かって左側に行った所には長慶天皇嵯峨東陵の墓所である石造りの結界と門がありました。 この結界と門の中には当然の事ながら一般の人々は立入禁止になっています。 石造りの結界が二重になっていたのでやはり天皇陵と言う神々しさを感じる事になりました。 天皇陵だけあって鳥居も置かれています。 また、遠目にですが「菊の御紋」らしき物も確認出来ました。 周囲に生い茂っている樹木の手入れが行き届いている事に時代を経ても地域の住民に守られていると感慨深い物がありました。 砂利道は奥の方まで続いているようですので結界等がある所まで進む事にしました。
 
その砂利道を左に曲がった所で撮影した物になります。 奥の方に鳥居と石造りの結界が見えて来ましたが、こちらの方が長慶天皇皇子承朝王墓である事が分かりました。 石碑にもその名前が書かれてあって改めてその場所に来たと言う実感が湧きました。 こちらの周囲も長慶天皇嵯峨東陵本体と同じく手入れが施されていて、天皇や天皇家に対しての崇敬の表れであると感じられました。 砂利道を再び戻って来て長慶天皇嵯峨東陵本体の近くに戻って来ました。 通行出来る砂利道を一通り歩いて来ましたが、一般の人々が立ち入る事が出来る天皇陵としてはかなり規模が大きい物のように感じました。 南北朝時代の史跡、それも南朝の天皇や皇子の生き様に思いを馳せつつも、墓前で道中の無事を祈ってこの場所を後にする事にしました。

真冬の京都路・旅紀行(その7)1日目の宿泊施設、「ホテルモントレ京都」へのチェックインへ。

長慶天皇嵯峨東陵・皇子承朝王墓から再び、阪急嵐山駅に行き、それから再び阪急嵐山線に乗って阪急桂駅まで行き、再び阪急京都線に乗って阪急烏丸駅に行き、そこから烏丸通を北に進んでこの日の宿泊施設である「ホテルモントレ京都」に辿り着きました。 烏丸駅から北に5分程歩いた所でしょうか、「ホテルモントレ京都」と書かれてある看板が発見出来ました。 場所的には阪急烏丸駅と地下鉄烏丸御池駅の中間に位置になります。 何故、このホテルを選んだと言えば、ミシュランのガイドブックに掲載されているホテルと言う事で気になったと言う事と、「スパ・トリニテ」と呼ばれる温泉施設が置かれてい ると言う色々設備が整っていると言う事から決めました。
 
「ホテルモントレ京都」の建物の中に入りました。 入口が二重になっていて高級感のある建物になっていて、私には勿体無いかなと思う位に立派な入口になっていました。 二重になっている入口を入って右に曲がって行った所にフロントがありますが、そこに向かう所の廊下の撮影を行いました。 廊下の内装もかなり凝った内装になっています。 最初、フロントのカウンターかと間違えてしまったテーブルだったのですが、こちらは京都の現地の観光案内のカウンターになっています。 それにしてもフロントのカウンターとは別に観光案内のカウンターを作っている所が格式のあるホテルであるかなとは思います。
 
フロントのカウンターにある部屋の置かれてある絵画と花瓶があります。 花も絵画も「洋の設え」になりますが、かなり高級感のある凝った物が置かれています。 フロントのカウンターの横にあるバーになります。 昼は軽食類を提供する飲食店、夜はバーとして営業されているとの事です。 さて、寄り道してしまいましたが、こちらがフロントのカウンターになります。 掲載している写真は翌日、2012年2月16日の朝に撮影を行った物で人が少ない状態の時に撮影を行っています。
 
私がチェックインした際には、フロントのスタッフの方に、「本日、シングルで予約頂きましたが、本日は修学旅行生が宿泊されている為、シングルルームが満室になっていましたので、お部屋のアップグレードサービスを行い、ツインルームで提供させて頂く事になりました。」と言う事になりました。
 
再び、廊下に出てからエレベーターに乗って移動と言う事になります。 廊下も観光客向けの高級シティーホテルなだけあって別方向から見ても手入れが行き渡っている仕上がりになっています。 廊下を渡ってエレベーターに乗りました。 エレベーターも内装が普通のエレベーターと違って趣向のある内装になっていました。 写真では写っていませんが天井の方を見るとまた凄かったりします。
 
エレベーターの天井にはこのようなシャンデリアも付けられています。 これが外資系の有名ホテルのもてなしなのかと、つくづく思わせられます。 エレベーターは私が宿泊する客室の階層である4階に到着しました。 4階のエレベーターホールはこのような感じで赤色の壁紙で飾られていて上品な雰囲気があります。 エレベーターホールは掲載している写真のような感じです。 エレベーターホールから客室の廊下に行く入口は自動ドアがあってセキュリティーも充実した造りになっています。
 
エレベーターホールから廊下に入るのですが、廊下を歩いて行って曲がって行った向こうに私が宿泊する客室があるので、さらに廊下を進んで行きます。 廊下には、掲載している写真のように絵画等の美術作品があちらこちらに置かれていました。 長い廊下を歩いて行った所に私が宿泊する客室である435号室がありました。 フロントのスタッフの方からシングルルームからツインルームに格上げされている事が知らされているのですが、その事を楽しみにしながら客室に入って行くのでありました。
 
「ホテルモントレ京都」の435号室に入りましたが、客室の内装が普段泊まっているようなビジネスホテル系の場所と違っていてかなり御洒落な部屋でしかも広さにも余裕があった事に感激させられました。 掲載している写真の通りですが、まずは客室に入った所で撮影を行いました。 確かにツインルームになっていて、ビジネスホテルのツインルームと違って客室の広さも余裕がある感じになっています。 客室の写真を見て友人が「こんな部屋に一緒に宿泊してみたい。」と言われる程の物になっています。 外資系のシティーホテルで壁紙が綺麗で内装が綺麗な部屋に泊まったのは恐らくは初めてであろうと思います。 ツインベッドになります。 壁紙の赤を基調とした縞模様も御洒落です。 客室から窓とカーテンを撮影を行いました。 カーテンも華やかさと上品さを兼ね備えていて高級感があって良い感じになっています。
 
私が宿泊する客室は4階で比較的低層階でしたので、眺望は愉しめませんでしたが、それでもカーテンの色合い等を見ていると惚れ惚れとさせられてしまいます。 流石に外資系の有名ホテルと言うのもあってなのですが客室に絵画が飾られています。 ドレッサーのテーブルとテレビとポットと言ったアメニティー類もかなり揃えてられています。 テレビは薄型テレビでそこそこの大きさがあって良い感じの物になっています。 テレビの下の扉には冷蔵庫が置かれています。 テレビの下の扉の冷蔵庫にはビールやコーラと言った飲み物が置かれています。 良くあるビジネスホテルだと空の冷蔵庫の場合が殆どですが、流石は外資系の有名ホテルであるかなとは感じさせられてしまいます。
 
ドレッサーのテーブルを拡大した写真の撮影も行いました。 ポットの横に日本茶等の飲み物が置かれていて、アンケートを書く用紙も置かれていました。 このドレッサーのテーブルも大きめに出来ています。 客室の奥には空気清浄機が置かれています。 ホテルで空気清浄機が置かれてある所を見たのはほぼ初めてでしたのでこれにも好印象を抱きました。 同じく客室の奥にはクローゼットが置かれていました。 掲載している写真の通りのクローゼットも大きめに作られていて、季節柄、冬服を着ている私にはかなりと言って良い位に大活躍しました。
 
さて、ベッドに戻りますが、ベッドの幅も適度に広くて良い感じがします。 マットの質もかなり良いです。 手入れの良さも好印象が持てます。 天井を見ていると照明が置かれていましたが、ビジネスホテルに良くある蛍光灯色の照明では無くて電球色の照明になっている所がかなり癒されます。 照明を方向を変えて撮影を行ってみると赤いランプシェードになっています。 客室の奥の方から客室の入口に向けて撮影を行った物です。 扉のデザインもさることながらセキュリティーも整えられていて至れり尽くせりと言うのはこんな感じでしょうか。
 
トイレや風呂のある場所も紹介して行きたいと思います。 ツインルームの設備の良さや壁紙の御洒落さで感動していた私ですが、トイレや風呂が置かれてある場所にも入る事にしました。 第一印象ですが、単身者向けのマンションやビジネスホテル系に良く見られるユニットバスでは無い御洒落な壁紙になっていた事に驚きでした。 段差も少なくて風呂側には手摺りも付けられているので年配者でも安心して使えるようになっている感じでしょうか。 トイレの便座はウォシュレットが完備されていて、着替えを入れる籠も置かれていて、洗面台にはハンドソープが備え付けられていました。 トイレの上にはアメニティー類が置かれてある棚がありましたのでその撮影も行いました。 上段にはタオルやコップが、下段には歯ブラシ等のアメニティー類が置かれてあります。 アメニティー類が置かれてある棚の上段を撮影した物です。 コップが2個置かれていますが、その下には説明書きが書かれている板が置かれていました。
 
その説明書きが書かれている板には「モントレ京都では、ホテル客室内に、地下から汲み上げた天然水をお届けしております。 「京都の水は美味しい」と言われているミネラル分を含んだ良質の水でございます。 客室にもご用意しております煎茶などにも適しており、肌や髪にもやさしい水ですので、バスルームでも安心してご利用ください。」と書かれてありました。 水道水がミネラルウォーターと言うのも嬉しい設備です。 ちなみに、トイレと風呂がある部屋の撮影が終わった時に、早速、水道水をポットに入れて沸かして煎茶を飲みましたが良い味になっています。 アメニティー類が置かれてある棚の下段を撮影した物です。 歯ブラシと剃刀は確認出来ましたが、他にも置かれていてブラシとシャワーキャップとボディースポンジでしょうか。 かなりアメニティー類は充実していた感じがあります。 歯ブラシも立派で歯磨きの容量も多かった感じがあります。
 
風呂側の撮影を行いました。 こちらの風呂ですが浴槽の大きさが外資系のホテルらしく国際基準なのでしょうか、かなり大きい浴槽になっていて余裕で寝そべって入る事が出来る大きさになっています。 国際基準の浴槽らしく深さは若干浅めになっていた感じがしましたが浴槽その物が大きいので好印象になります。 シャワーも色々と水流を調節出来る多機能型の物になっています。 風呂側にあるアメニティー類です。 掲載している写真の左側からボディーソープ、リンス、シャンプーが置かれていました。 私はこの日は温泉施設である「スパ・トリニテ」で体を洗ったので実際には翌朝にこの浴槽に浸かってボディーソープを使っただけでしたが、それを使った感覚で言えばですが品質は良い物であろうかなと思わせられます。
 
こうして、客室を撮影しているうちに夕食を食べたくなるような時間になって来ましたので、夕食を食べるべく客室を一度出る事になりました。 この時点では何処で夕食を取るかは決めていなかったので、前回の項目で掲載したフロントが置かれてある部屋の観光案内のカウンターに行く事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その8)「ホテルモントレ京都「レストランエスカーレ」」でのディナーを食す。

前回の項目でもありましたが、最初は京都の市街地での名店を探そうと思い、フロントが置かれてある部屋の観光案内のカウンターに行きましたが、「ホテルモントレ京都」の近くにある飲食店、それも京都らしさのある和食になると想像していたよりも値段の高い店舗が多くありましたので移動するのも考え物になりました。 その事もあってホテル内の店舗に付いて聞いてみると、前回の項目で紹介したバー以外にはフランス料理のレストランと中国料理のレストランがあると言う事を知り、それらの店舗を見てから考える事になりました。
 
2階に上がると最初に目に飛び込んで来たのがフランス料理のレストランである「レストランエスカーレ」の案内板が置かれていて、案内板を見ていると値段もそこそこに張った料理の案内が置かれていましたが、1つだけ私の御財布事情でも何とか出費出来るであろう料理がありました。 それは、「プレ5周年特別ディナー」と名付けられている料理になります。 「レストランエスカーレ」には予約無しで入れたら良いかなと言う軽い気持ちで向かう事にしました。  やはりですが外資系のシティーホテルと言うだけある高級感の感じられる外装になっています。 最初に見た印象ですが、飲食店のようなオーラは感じられなくてブライダルサロンか結婚式の披露宴会場かと言うような印象にも取れます。
 
「レストランエスカーレ」の内部に入ると人数と予約の有無を聞かれましたが、予約をしていない旨を伝えましたが、幸いにも時間が早めだったのかスタッフの方に案内して頂けるようになりました。 「レストランエスカーレ」の内部は掲載している写真の通りの感じになっていますが本当に結婚式の披露宴の披露宴の場所のような高級感のある空間になっています。 絵画も飾られていて京都独自の「和の設え」の印象とはかけ離れていましたが、ここまで「洋の設え」で固められていると逆に清々しいかなとも感じさせられます。 「レストランエスカーレ」に置かれてある飾り棚になります。 天井の照明を撮影を行いました。 シャンデリアのようになっていてきらきら光る金属製の飾りが随所に付けられていて華やかな照明になっています。
 
さて、「レストランエスカーレ」の内部の設備を撮影していると席が用意されて案内されましたので席に着く事にしました。 4人掛けのテーブルの設定にはなっていますがそこに1人で座ると言う感じになりました。 メニューが用意されて先述にもありましたように、「プレ5周年特別ディナー」を注文しました。 大皿が用意されて銀製のナイフとフォークが用意されました。 フランス料理店は基本はナイフとフォークで食べる店舗が多いのですが、中には箸で食べる店舗も存在しているのですが、私はフランス料理となるとやはりナイ フとフォークで食べるのが王道かなと思いますので、このように正統派な食器が用意されて嬉しさを感じられます。
 
最初に、食前に飲む物を聞かれましたのでスパークリングワインを注文しましたがそれが用意されました。 スパークリングワインは甘口でも辛口でも無くすっきりとした美味しさがありました。 続いて、本日の一口スープが用意されました。 この日の一口スープは京野菜の蕪を使ったスープであると言われた記憶があります。 フランス料理に京野菜と言う組み合わせは最初はどうかなとは思いましたが、味はきっちりフランス料理の物になっていて京都でしか味わえないフランス料理に も思えて来て良い組み合わせに感じました。
 
次にパンが用意されました。 このパンは後になって分かりましたが、おかわり可能で焼きたてのパンを持って来て下さるのでかなり美味しかったです。 さらに引き続いて、鯛のマリネオレンジとレモン風味ハーブのドレッシングが用意されました。 鯛の鮮度も良かったのですが、和食の御造里の鯛とは一味違った感触に美味しさを感じました。 透明感のある盛り付けにも評価が高いです。 その次に用意されたのが、鴨もも肉のコンフィーとブロコッリーのムースになります。 鴨肉とブロッコリーの配置も芸術的でしたが、チョコレートで描かれたラインも美しい物があります。 味はフランス料理と京料理を合わせたような感じになっていました。 パンのおかわりに続いて用意されたのが、帆立貝と蕪の湯葉包み白ワイン蒸しになります。 京都らしく、この場で湯葉が登場しました。 こちらもフランス料理と京料理の長所を合わせた味に仕上がっていました。
 
これがメインディッシュなのでしょうか、塩漬け豚バラ肉と白いんげん豆の軽い煮込みが用意されました。 適度に脂身が混ざっていて、普段、自宅で食べている豚バラ肉と比較が出来ない程に味わいのある物になっていました。 いんげん豆も程良く煮込まれていて美味しい物になっています。 これがメインディッシュなのでしょうか、塩漬け豚バラ肉と白いんげん豆の軽い煮込みが用意されました。 適度に脂身が混ざっていて、普段、自宅で食べている豚バラ肉と比較が出来ない程に味わいのある物になっていました。 いんげん豆も程良く煮込まれていて美味しい物になっています。 最後に紅茶が用意されました。 紅茶とミルクと砂糖になります。 久しぶりにフランス料理のフルコースを食しましたが感動出来る食事になりました。 久しぶりのフランス料理のフルコースは一人ディナーでしたが、自分のペースで食べる事が出来て良い時間を過ごす事が出来ました。

これだけの料理が登場しましたが、価格は5000円になっていました。 しかもスパークリングワインを注文していたので実際に支払ったのは5800円になります。 夕食で5000円以上も使うなんてかなり久しぶりなのですが、これはこれで充実出来ました。 周囲も静かな環境で良かったです。
 
この後は客室に戻って、「ホテルモントレ京都」の温泉施設である「スパ・トリニテ」に向かうべく準備をして行く事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その9)「ホテルモントレ京都」温泉施設である「スパ・トリニテ」で温泉を愉しむ。

「レストランエスカーレ」でフランス料理のディナーを満喫した後は、「ホテルモントレ京都」にチェックインした際に渡された「スパ・トリニテ」と言う名の温泉施設の入場券がありましたので、御好意に甘えると言う形でですが、最上階である13階にあるスパ・トリニテに向かいました。 温泉で体を癒すと言う事になりますので、荷物類は最小限にして服装も薄着で動きやすい状態に着替えてから部屋からエレベーターに乗って13階に向かいました。
 
最上階である13階に到着です。 私が宿泊している客室の4階とはエレベーターホールも違った雰囲気になっていました。 「スパ・トリニテ」の入口になります。 入口は男女同じになっているようです。 「スパ・トリニテ」の入口の看板の撮影も行いました。 会員制とは書かれていますが、「スパ・トリニテ」の入場券付きの宿泊プランで宿泊すると入場券がフロントで頂けて会員で無くても入る事が出来ます。 「スパ・トリニテ」の入口のマットを撮影を行いましたがこちらのマットはかなり重厚な物になっていました。 この先は「スパ・トリニテ」のフロントのカウンターが置かれています。
 
「スパ・トリニテ」のフロントのカウンターに行って入場券をフロントのスタッフの方に渡しました。 その時にロッカーの鍵を渡されて、廊下を渡って女性用の脱衣所並びに温泉のある場所に向かいました。
 
脱衣所で着替えていると、「スパ・トリニテ」には岩盤浴の空間も用意されている事を知りました。 岩盤浴は予約制になっている為に岩盤浴の部屋の前にある電話機でフロントのスタッフの方に連絡して予約してから温泉に向かいました。
 
温泉は加水が行われていない源泉の浴槽の他に加水が行われている浴槽と気泡風呂の浴槽と露天風呂の浴槽と4つの浴槽がありました。 浴槽の他にはサウナもありましたが。 入っていて気持ち良かったのはやはり源泉の浴槽でしょうか。 うっすらと薄い黄色味掛かった白色に濁っていました。 露天風呂は都会の真ん中のオアシスのような感じがしましたが眺望があまり良く無かったのが御愛嬌と言う感じでしょうかね。
 
岩盤浴の時間に合わせて体を洗って温泉を愉しんで一度、温泉から出る事にしました。 時間が丁度、良い頃合いになりましたので、一度、ロッカーに出ていると、スタッフの方に声を掛けられて岩盤浴の空間の鍵と室内着とタオルと枕を頂いてから 岩盤浴の空間に入る事にしました。 岩盤浴の部屋はかなり清潔感があって衛生的にも良い造りになっていました。 岩盤浴で、一杯、汗をかいた後は室内着を返却してから再び温泉で身体を洗い流して、ゆったりと温泉を愉しみました。
 
温泉をじっくりと堪能してからは脱衣所に戻って服を着てから「スパ・トリニテ」に併設されてあるラウンジに向かいました。 ラウンジではテレビ付きのリクライニングチェアに座りながら、柚子茶を注文して寛いでいました。 ラウンジはリクライニングチェア以外にも和室の部分もありました。 柚子茶を愉しんでしばらく休憩してからフロントのカウンターに戻って脱衣所の鍵を返却してから柚子茶と岩盤浴の料金を精算して出る事になりました。
 
当然の事ながらこの後は、ベッドに入って寝る事になるのですが、ベッドの質も良い物で寝心地がかなり良い物がありました。 流石はミシュランのガイドブックに掲載されているホテルと言うだけあって、この内容なら再び泊まってみたいかなとも思うような内容です。
 
翌朝は、前に書いた項目の客室の風呂を使用して朝風呂に入りましたが、確かに、浴槽は立派で大きい事を体感させられました。 日付が変わって2012年2月16日になりましたが、この日は午前中から予定をかなり細かく組んでいるだけに早めの時間にチェックアウトする事にしました。

真冬の京都路・旅紀行(その10)六角堂頂法寺を参拝する。

日付が変わって、2012年2月16日になりましたが、「真冬の京都路・旅紀行」の2日目に入って行きます。 「ホテルモントレ京都」を早めにチェックアウトした私は、この日は9時から「華陽」での舞妓の衣装体験があって8時30分にホテルをチェックアウトをしたので すが、地図を見る限りでは「ホテルモントレ京都」と2012年当時の「華陽」の店舗までは歩いて5分程度の距離でしたので、ついで観光で六角堂頂法寺に立ち寄る事にしました。 六角堂頂法寺の本堂が建てられています。 門の隣には石碑が建てられていて「西国十八番霊場 華道発祥の地六角堂」と刻まれています。 本堂の撮影も行いました。 六角堂頂法寺の門を潜った左側には不動明王を祀っている御堂がありました。 御堂の隣には「南無不動明王」と書かれてある赤色の幟が飾られています。
 
不動明王を祀っている御堂のある側から振り返って、六角堂頂法寺の門を潜った右側になりますが六角堂の由緒書の案内板が建てられていました。 案内板は長文になっているので触りだけ紹介しますが、用明天皇2年(587年)に聖徳太子が建立して大阪にある四天王寺の建立の為に用材を求めてこの地に来られた時に夢に霊告を受けて杉の大樹によって六稜の堂を建てて自らの護持仏をここに安置された事が六角堂頂法寺の始まりになっていると書かれています。 当時は飛鳥に都があったのにこの頃から京都に仏堂が建てられていたと言う事になります。
 
御神籤を取り付ける枝垂れ柳がや六角堂と書かれてある青銅製の灯籠が置かれていました。 枝垂れ柳には御神籤が結ばれていますが、細い枝に結ばれているので御神籤があたかも空中に浮いているようにも見えるかなとは思いました。手水舎の全景になります、手水舎の後ろ側の仏像が複数設置されている所にも目が行きます。 手水舎で清めてからの参拝になりますが、こちらの龍の口は小振りで可愛い印象があります。 青竹の太さとの比較でも分かりますがかなり小振りの龍の口です。 手水舎の後ろ側の仏像の撮影を行いました。 これらの仏像は、「六角堂 十六羅漢」と言う名前の仏像になっていて、かなりの仏像が置かれています。 写真を見る限りでは16体以上の仏像がある感じもします。
 
手水舎の後ろ側にある仏像から右奥に向かった所に華道に関わると六角形の御堂がありました。 六角形の御堂の近くには「一言願い地蔵」と呼ばれる小さな地蔵が置かれていました。 何と無くですが、この地蔵の表情には癒しを感じてしまいましす。 先程の六角形の御堂からさらに奥に進むと、先程の写真のお堂とは色が違いますが再び六角形の御堂が見えて来ました。 こちらは「親鸞堂」と呼ばれている所で親鸞上人が祀られている御堂になっていました。 親鸞堂の所で行き止まりになっていましたので、引き返しましたが、引き返した所には親鸞上人の銅像が鎮座していました。 丁度、等身大の男性の大きさがあったのではないかと思える立派な銅像です。
 
この場に来てようやく、六角堂頂法寺の本堂の参拝と言う事になりました。 線香を捧げての参拝ですが、線香を置く所の台座には六角堂の名前が描かれています。 御賽銭を賽銭箱に投じて参拝になります。 本堂の中に鎮座している物も金網越しにはなりますが重厚感のある物が色々と置かれていました。 僅かに見えた仏像も良い表情をしています。
 
こうして、六角堂頂法寺を参拝していましたが、時計を見ていると8時50分になっていましたので、9時から舞妓の衣装体験を行うべく、「華陽」の店舗のある方角に歩いて行くのでありました。

真冬の京都路・旅紀行(その11)「華陽」での舞妓の衣装体験を行う事に。

2012年2月16日、「真冬の京都路・旅紀行」の2日目ですが、舞妓の衣装体験を本格的に愉しもうと言う事で、かねがね個人のウェブサイトや個人のブログでも評判の良い「華陽」と言う名前の店舗に行って舞妓の衣装体験を行って参りました。 「真冬の京都路・旅紀行」では六角堂頂法寺から歩いて行きました。
 
「華陽」の店舗の玄関には、散策用に使用される「おこぼ」が用意されていますが、鼻緒が複数の色で揃えられています。 赤色が年少の設定の舞妓で、順番に桃色、水色や緑色と年長の設定の舞妓になって行くようです。 待合室はこのようなこじんまりとしていて、古民家を改装しているような雰囲気になっています。
 
「華陽」の店舗の中に入ると店長の方が出迎えて下さって、2階のロッカーの部屋に上がって行く事になりました。  着付けの部屋とロッカーの部屋が隣続きとこじんまりとしていますが、ロッカーの上には12箇月分の簪が入った箱が所狭しとたくさん置かれていました。 プロの写真家の方に撮影を行って頂いている方々が、写真で板に貼り出されて掲載されています。 下着が用意されて、ロッカーの部屋で下着姿に着替えてから隣の部屋であるメイクと着替えの部屋に向かう事になりました。 化粧品やメイク道具が鏡台の上に色々と置かれています。
 
この時点で、店長の方からちょっと前の日に舞妓の衣装体験で有名な個人のウェブサイトのオフ会が開催された事を知らされたので、その関係で、「節分お化髪」仕様になっ た黒色の襟の付いた着物や変わり髷のかつらがあったのですが、それらの仕様の衣装やかつらを御好意で追加料金無しで体験させて頂く事になりました。 髪型は「結い綿」と呼ばれる物で、本職の舞妓の場合は「おふく」の髪型を結う事が出来る舞妓にしか体験出来ない物になっています。
 
最初に、下地のメイクを行って頂きましたが、掲載している写真のような感じでメイクが行われて行きました。 下着の上に手拭いを被せて頂いている事にさりげない配慮が良いです。 下地のメイクが終わると、長襦袢と裾除けを選ぶ事になりました。 この時点では半かつらの髪型を「おふく」で予約をしていましたので、その「おふく」と言う年長の舞妓の設定に合わせて、地味目の柄の物を選ぶと言う事になりました。 元々使用する予定であった梅の簪でしたが、先程の「節分お化髪」の仕様の「結い綿」の髪型のかつらを使用する関係で、散策の時には、「節分お化髪」の時期の薬玉の簪を付けて頂く事になりました。 折角、用意して頂いた梅の簪は散策が終わって、座敷での撮影の時に付け替えて頂くと言う事になりました。 でも、こちらの梅の簪も精巧に出来ていて本当に良いです。
 
髪型が「節分お化髪」の仕様の「結い綿」と言う事もあって、メイクは若干派手目に施して頂きました。 この後、着物の着付けが行われましたが、選んだ着物は臙脂色の上品な柄の物になりました。 そして、「結い綿」の髪型の半かつらが被されて着付けが完成して行きました。 着付けが終わると付き添いのスタッフの方に予約して頂いたタクシーに乗る事になって、1時間散策コースの場所の一つである平安神宮に向けて付き添いのスタッフの方と一緒に出発される事になりました。
 
「華陽」の店舗の位置から平安神宮までは距離がありますが、そのタクシーに乗っての移動を含めてのプランなのに、13650円(2012年2月時点の料金)と言うのは本当に良心的です。
 
平安神宮に到着すると、この場でタクシーの運転手の方とは別れて、付き添いのスタッフの方と一緒に平安神宮の散策に出掛ける事になりました。 最初に平安神宮の門の前で撮影を行って頂きました。 撮影はスタッフの方に付いて来て頂いて手持ちのデジカメで撮影を行って頂けますので手持ちのデジカメは画質の良い物を持参される事を御勧めします。 蒼龍の手水舎で手を清めて参拝する事になりました。 蒼龍の像は掲載している写真の通りで写真の構図上、切れてしまいましたが、その場所でも撮影を行って頂けました。 朱塗りの柱や窓枠がある壁面を背景に撮影を行って頂きました。 楼門を背景にして撮影を行って頂きました。 上半身のみの構図で、先程の楼門を背景にして撮影を行って頂きました。 着物は追加料金が発生する物では無いのですが、かなり生地や染めの良い物が使われています。 ちなみに、黒色の襟になっているのは「節分お化髪」仕様になっているからと言う事になります。
 
参拝順路を進んで行って、再び、朱塗りの柱や窓枠がある壁面を背景に撮影を行って頂きました。 御神籤を結ぶ木の前に来ましたので、御神籤を結んでいるような構図で撮影を行って頂きました。 髪型が通常の舞妓の髪型である「割れしのぶ」や「おふく」と違っているのでまた新鮮感があります。 寄り道が多かったのですが、今度こそはと言う感じで本殿に参拝に向かう姿で撮影を行って頂きました。 本殿に向かっているという姿ですので後ろ姿になっています。 帯はいくつか出されてそれらの中から選びましたが臙脂色系の着物に白の金襴織りの帯も良い感じで合っています。 平安神宮の本殿に向かっている姿を、後ろ側からの視点で撮影を行って頂きました。
 
さて、平安神宮の本殿で参拝を終えてから出て来た所の撮影を行って頂きました。 撮影用小道具として、付き添いのスタッフの方から和傘を用意して頂きました。 和傘を持って神殿を背景に撮影を行って頂いた物になります。 朱塗りの柱や窓枠や屋根と、紫色の和傘と臙脂色の着物の色の鮮やかさが本当に見栄えが良く仕上げて頂いています。 この日は晴れ渡っていましたが、冬の寒い時期でしたので和傘も違和感が無く小道具として使う事が出来ました。 このような感じで平安神宮の参拝と散策を終えて出て来た所で撮影を行って頂きました。 平安神宮での散策時間は1時間になっていましたが、1時間散策コースの料金でしたが、それ以上の時間を散策したような感じがありました。 スタッフの方が事前に電話で連絡をして頂いたのかなとは思われますが、平安神宮の入口には「華陽」の店舗の前に戻る為にタクシーが待機されていました。
 
平安神宮から付き添いのスタッフの方と店舗側のサービスとして手配して頂いたタクシーに乗って「華陽」までの道まで戻る事になりました。 帰りのタクシーでは少し渋滞しましたが、その間に他の舞妓の衣装体験の店舗が廃業された話題が出て来ましたが、話をしているうちに無事に到着する事になりました。 この場でタクシーの運転手の方とは御礼の言葉を言って別れて、付き添いのスタッフの方と一緒に「華陽」の店舗の周辺の散策を行う事になりました。
 
まずは、「華陽」の店舗の町家の通りの奥にある小さな神社に向かう事になりました。 1時間散策コースに加えて、こちらの神社での撮影が行えると言う事を知ったのは、舞妓の衣装体験で有名な個人のウェブサイトに掲載されていた情報で知る事になりましたが、本当にこじんまりとした神社になっていますが、華陽の店舗のある町家の通りの方々からは信仰が篤い神社になっています。 質素な鳥居に「節分お化髪」仕様の華やかな舞妓姿の女性が写っていると言う構図になっています。 鳥居を潜って神社の参拝に向かっている構図で撮影を行って頂きました。 こんな場所に本当に神社があった事に私自身驚いていたりします。 町屋の風景と落ち着いた神社の佇まいが何とも良い雰囲気を醸し出しています。 社殿は小さめですが手入れはかなり行き届いています。 神社への参拝が終わって、鳥居から出て来た時の状態で撮影を行って頂きました。 小さな神社でしたが、参拝して清々しい気分になります。
 
町家の前の通りを通って行って、「華陽」の店舗に到着しました。 暖簾の前でも撮影を行って頂きました。 華陽の店舗の暖簾を右手で開けている構図で撮影を行って頂きました。 暖簾潜りの構図の前側の物になります。 舞妓の衣装体験の野外撮影と言えば、やはりこちらの構図は外せないです。 こうして、野外での撮影が終了しましたが、この後には御座敷での撮影が行われる為に、「華陽」の店舗の中に戻って行くのでありました。 この時点で、2階に上がって行って、ロッカーの部屋の隣の部屋である御座敷の部屋へと案内されて撮影が行われると言う事になりました。
 
「華陽」の店舗の2階はロッカーの部屋が真ん中にあって南側の部屋が着付けとメイクの部屋、北側の部屋が御座敷の部屋になっています。 最初にスタッフの方に袖が整えられて、御座敷の部屋の中での撮影を行って頂きました。 御座敷の部屋もこじんまりとした部屋なのですが、几帳が置かれていたり、その他調度品が置かれていたりして上品な部屋の内装になっています。 この時点では既に絡げていた裾を元に戻して頂いていましたので、裾を引き摺っている状態になっています。 裾と袖を整えて頂いて、座り構図で撮影を行って頂きました。 本職の舞妓が御座敷に上がる際の袖を左右に置いている状態での構図になります。 そして、御客様に対して御辞儀を行っている構図になります。 こちらの構図でももちろん撮影を行って頂きました。 舞扇を持たせて頂いている構図で撮影を行って頂きました。 舞扇の色が着物の色に合っていると言うのが良いです。 次は、紙風船を持たせて頂きました。
 
引き続いて、簪を薬玉から梅に挿し替えて頂いて撮影を行って頂きました。 やはり、誕生月の簪と言うのがあって梅の簪には思い入れと言うのがあります。 先程とは別の襖絵の所に立って立ち構図での撮影を行って頂きました。 手には小道具として薬玉が用意されました。 こちらの薬玉も「節分お化髪」で使用される物になっているようです。 几帳の前に行って扇を持たせて頂いての撮影を行って頂きました。
 
舞妓の衣装体験の場合は散策の時は着物の裾を絡げるのですが、御座敷の中では絡げずに御引き摺りでの撮影が楽しめるので一口で二度美味しい体験になっています。 扇を持って舞っているような構図で撮影を行って頂きました。 舞妓の衣装は袖の振りがある物なので、袖が思ったよりも重く感じられて来ました。 扇を上に掲げての構図で撮影を行って頂きました。 この状態で、袖の振りの部分の染めの部分が見えて来ましたが、かなり豪奢な柄になっています。 裾の柄も綺麗に入っているのが分かって来ます。 今度は、扇を左手に持ち替えてみた状態で撮影を行って頂きました。 御座敷の部屋で舞っていると言う雰囲気を出したかったのですが、十分に出ているのかどうかは微妙かなと言う感じです。
 
こうして、御座敷での撮影も無事に終了して、簪を外して頂いて、半かつらも外して頂いて、顔を洗う事になりました。 シャワー付きの洗面台で本当に気持ち良く洗い流せました。 「華陽」の店長の方からは私の毛量と長さを見て、「今度は地毛結いの芸妓は如何でしょうか?」とも言われましたが、舞妓の衣装体験でも追加料金が無い着物でも満足の行く着物でしたので、芸妓の衣装体験でも満足の行く着物が味わえるかなとも期待していたりします。 次回、「華陽」に行くのは何時になるかは分かりませんが再び行ってみたいかなと思っています。 個人的には、1月の黒色の紋付の正月正装の舞妓の衣装体験か、夏の時期の夏の季節に合った衣装の舞妓の衣装体験か、7月の祇園祭の時期の「勝山」と言う名前の髷が結える華やかな舞妓の衣装体験かいずれかを体験してみたいかなと思っていたりします。

真冬の京都路・旅紀行(その12)2日目の昼食「海鮮イタリアン食堂MARE CASA」と崇徳天皇御廟への墓参へ。

「華陽」で舞妓衣装体験を終えて、次なる目的地である「ペンション祇園」での舞妓衣装体験までに時間があって昼食の時間と水分の補給を十分に行いたいのがありました、 「華陽」の店舗から大丸京都店に方角に歩いて行った所に京都市内にしてみたら比較的値段が良心的なイタリア料理の店舗がありましたのでそこで食事をする事になりました。
 
店舗の名前は「海鮮イタリアン食堂MARE CASA」です。 こちらに決めた理由は「華陽」の店舗から近い言う立地の面もありますが、1日目の夕食の「レストランエスカーレ」でかなり贅沢をしてしまいましたので、それで少しでも安く上げたいかなと思いましてそれで選ぶ事にしました。 店舗の外装はイタリアの国旗をイメージした色使いになっています。 流石はイタリア料理の店舗と言う感じです。
 
昼食の時間と言う設定上、パスタがメニューの主流になっています。 ペペロンチーノもカルボナーラも私が好きなスパゲティーなのでお気に入りですが、そんなスパゲティーでも「鶏ももと水菜の柚子胡椒風味」と言う和風の食材を使用しているのが流石は京都の店舗であるのかなとは思いました。 他にもランチメニューはありますが、単品の料理の場合は、1000円以下になっているので京都の街中の店舗にしてはかなり良心的な値段であるかなとは感じさせられます。
 
私が店舗の中に入った時は椅子席が混雑していたのでカウンター席に案内されました。 メニューが用意されてどんな料理を注文しようかなと迷っていた所でした。 掲載している写真はテーブル席が空いた時に撮影を行ったのですがテーブル席はこのような感じになっています。 こちらの店舗の名物料理は土鍋パスタのようでしたが、私はカルボナーラが好きでしたので、結局注文した料理は「厚切りベーコンとアスパラのカルボナーラ」にしました。
 
注文が決まると水とフォークやスプーンと言った食器類が用意されました。 見た目的には本格的なイタリア料理店と言うよりはパスタ専門店的な雰囲気を醸し出しています。 店舗内のカウンターを見ていると酒類がたくさん置かれてグラスもたくさん置かれているのですが、夜になるとバー的な要素も入って来るのではないのかなとも感じさせられました。 注文していた厚切りベーコンとアスパラのカルボナーラが用意されました。 同時に用意されましたが、次なる舞妓の衣装体験に向けての水分の補給と言う意味を加えてアイスミルクティーも注文しました。
 
厚切りベーコンとアスパラのカルボナーラは半熟卵が乗せられていて、ベーコンも厚切りになっていてカルボナーラのソースも濃厚でかなり美味しかったです。 私はカルボナーラが好きでしたが、京都らしさを追求するには、和風の食材を使用している料理を注文しても良かったか なと思います。 カルボナーラの熱さを冷ますようにアイスミルクティーが適度に爽快感を味わえました。
 
このような感じで、庶民派なイタリア料理店で昼食を取りましたが、昼食が終わったら京都市営バスの四条高倉のバス停に移動して、歩くには中途半端に遠くなる東山安井のバス停までバスに乗る事にしました。
 
昼食を終えて、四条高倉のバス停からバスの停留所で言えば4番目になるのでしょうか、バスは東山安井のバス停に到着しました。 この時の時間はまだ13時20分、次の衣装体験となる「ペンション祇園」での舞妓衣装体験は14時からでしたので少し時間に余裕があったのですが、「ペンション祇園」の近くにある崇徳天皇御廟に墓参する事に致しました。
 
崇徳天皇と言えば、とにかく悲劇的な人物の天皇であった事で有名です。 崇徳天皇崩御後は京都の街中でも祟りが起こったりとか色々あったと言う伝説があります。 その生き様が違ったり崩御後に怨霊が発生したというのもあったとは言え、1日目に墓参した長慶天皇嵯峨東陵と違って厳重に門が付けられていたりと言う感じで、内部を見る事が難しい状態になっていました。
 
同じく崇徳天皇御廟ではありますが、正面から撮影した物になります。 やはりと申しますか門が厳重に閉じられています。 崇徳天皇御廟には由緒書の案内板が置かれていました。 案内板には、「崇徳上皇(七十五代)は、平安時代の末、保元の乱(1156年)により讃岐の国へ御配流の悲運に遭われた。 上皇は、血書をもって京都への御還幸を願われたが、意の如くにならず憤怒の御姿のまま、長寛2年(1164年)夏、46歳にて崩御。 五色台白峰山の御陵に奉葬された。 上皇の寵愛篤かった阿波内侍は、御遺髪をを請い受けて、この場所に一塚を築き亡き上皇の霊をお慰めしたと伝承されている。 その頃の京都では、上皇の怨念による祟りの異変が相次いで発生したため、御影堂や粟田宮を建てて慰霊に努めたが、永い年月の間に廃絶して、此の場所のみが 哀史を偲ぶよすがとなっている。」と書かれてあります。
 
門の隙間から撮影した物ではありますが、こちらが崇徳天皇御廟の一塚になっています。 この一塚を建てた阿波内侍の想いも尊敬出来るかなとは感じられました。 写真の撮影に関してはこの角度が限界でしたのであまり鮮明な写真ではありませんでしたが、これらの写真を持って崇徳天皇御陵の墓参の内容にしたいと思ってい ます。
 
崇徳天皇御廟から「ペンション祇園」へ向かっている所で井伊美術館の建物を見る事が出来ました。 実はこの美術館では甲冑の体験が出来るのですが、時間的な制約の関係で、今回は前を通るのみになってしまいました。
 
時計を見ていると13時50分になっていましたので「ペンション祇園」のチェックインと舞妓の衣装体験の為にそちらに向かう事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その13)「ペンション祇園」での舞妓の衣装体験を行う事に。

崇徳天皇御廟から南に歩いて行くと「ペンション祇園」と言う、舞妓の衣装体験の店舗と宿泊施設を兼ねた建物があります。 私の2012年2月16日の2度目の衣装体験はこの「ペンション祇園」での舞妓の衣装体験になります。 時間は13時55分になっていましたが、体験開始時間が14時からでしたのでとりあえずはペンション祇園の宿泊施設側の建物に行く事にしました。
 
「ペンション祇園」は宿泊施設を兼ねているので、このようにして、宿泊施設側の入口に最初に訪問する事になります。 カウンターには掲載している写真の通りの看板が掲げられています。 宿泊施設なのに、舞妓の衣装が体験出来る店舗と言う事になっています。 カウンターの上に置かれてある電話で女将の方を呼び出す事になりました。 その後、女将の方が来られて、案内されて行った建物は、昭和の時代の舞妓の置屋を彷彿とさせられるような建物になっています。 この建物は「舞妓のお部屋」と呼ばれています。 「舞妓のお部屋」の入口の撮影を行いましたが、こちらにも「ペンション祇園」の看板が掲げられています。 
 
女将の方に案内されて行って、2階にあるメイクと着付けを行う部屋に到着しました。 メイクを行う所も手作り的な雰囲気で出来ているのかなと言う印象が感じられます。 舞妓の衣装の衣装体験用の長襦袢になります。 季節ごとの簪等が置かれてあります。 通常はその月ごとに合わせるのですが、髪型を「奴島田」と言う特殊な時期にのみ結う物を指定している為、髪型に合わせて簪を選ぶと言う事になりました。
 
かつらのみを頭に合わせた状態になります。 こちらは「奴島田」と呼ばれる髪型で「おふく」の髪型の舞妓が1月の正月正装の時と4月と8月の八朔正装の時に結われる物になります。 掲載している写真は、メイクを行って頂いている途中での写真になります。 かつらを合わせた直後に女将の方と着物の設定を話したのですが、1月の正月正装の設定になると黒色の紋付きの振袖になって追加料金がかなり掛かると言われましたので、追加料金の比較的少ない4月の設定の衣装と簪を選んで頂く事になりました。 その時には着物を数種類、女将の方に出して貰ってその中から選ぶと言う形式になっています。 他所の舞妓の衣装体験の店舗と違うのはこう言う着物の選び方にあるのかなと感じます。
 
今回は4月の舞妓の設定なので、櫛が桜の櫛が挿さっています。 掲載している写真はアイラインと口紅以外のメイクが終わった状態の顔の写真になります。 この後、メイクの仕上げが行われて着物が着付けられる事になりました。 また、この時に、4月の設定の桜の簪も挿して頂く事になりました。 まずは、舞妓の衣装が着付けられた姿になった時に構図を指示して頂いて、上半身のみでの構図で写真の撮影を行って頂きました。 着物の色や柄を見る限りでは見た目は芸妓にも見えますが、着物が振袖になっている関係で舞妓の姿になります。 年齢の設定的には20歳前後の襟変えの直前の頃の物になっているそうで、着物も殆ど芸妓に近い状態の柄の付け方になって来ています。
 
掲載している写真は、全身で写っている構図で撮影を行って頂いた物になっています。 襟も白色の生地に刺繍が施された本式の物になっているだけあって、贅沢な仕上がりになっています。 同じく、立ちでの構図で扇を胸元に当てている構図で撮影を行って頂きました。 横姿でありますが、何と無く雰囲気が出ていて良いかなと思っていたりします。 大人の芸妓になる直前の姿の舞妓姿が何とも無く良い雰囲気を出しています。 袖を腕に乗せて、舞っているような構図で撮影を行って頂きました。 流石に舞妓の家柄の方の指導と言うだけあって構図の作り方もかなり綺麗になっています。 いよいよ、散策に入りますので、女将の方に準備を行って頂いて、散策の準備に入って行く事になりました。
 
散策用のおこぼも鼻緒の色が赤色と桃色がありましたが、年長の設定の舞妓の設定と言う事で桃色の鼻緒のおこぼを履いて外出する事になりました。 まずは、舞妓のお部屋の前で撮影を行って頂きました。 続いて、「ペンション祇園」の宿泊施設側の入口の前で撮影を行って頂きました。 道路と言っても裏道的な存在の道ですので、人通りは比較的少なくなっています。
 
安井金毘羅宮の鳥居の前にまでやって参りました。 この場でも撮影を行って頂きました。 本当に、良い意味で衣装が地味ですので、落ち着きのある舞妓の姿に感じてしまいます。 ちなみに、4月の衣装の設定ですので、帯は金襴の織り帯ではなくて、染め帯になっています。 手水舎で手を清めている構図で撮影を行って頂きました。 顔は白粉が塗られているので手だけを清めると言う形にはなります。 有名人の絵馬が奉納されている額の前で撮影を行って頂きました。 続いて、御札が奉納されている場所を背景に後ろ姿で撮影を行って頂きました。 御札も山の形になって積み上げられていると芸術品になります。 さらに、引き続いて、御神籤が奉納されている場所で撮影を行って頂きました。
 
安井金毘羅宮の本殿に向かって歩いて行っている構図で撮影を行って頂きました。 流石に、縁切りの神様が祀られている神社と言うだけあって、この場所は観光客で一杯になっていました。 私も2012年2月当時に縁を切りたい方がいましたので、参拝をする事になりました。 安井金毘羅宮の神様に正式に参拝をする為に、二礼二拍手一礼を行って賽銭も投じて来ました。 本殿の前から、別の拝殿を背景にして撮影を行って頂きました。 やはり、社殿が背景になっていると味がある写真になります。 奉納されている酒樽と一緒に撮影を行って頂きました。 「華陽」での舞妓の衣装体験で訪問した平安神宮でも、酒樽が奉納されている場所がありましたが、このようにして観光客の間近に見える形で奉納されていると言う違いがあります。 櫛塚の石の前で撮影を行って頂きました。 こうして、最初に入って行った安井金毘羅宮の鳥居とは別の鳥居を潜って、「舞妓のお部屋」に戻る事になりました。 2月と言う冬の時期でしたので早々と夕方に近付いていますが、この後は「舞妓のお部屋」で本格的に構図を決めての撮影を行って頂く事になります。
 
安井金毘羅宮での散策で撮影が終了すると、「舞妓のお部屋」の建物に戻っての座敷での撮影が行われる事になりました。 袖も整えて頂いています。 顔だけを振り向いている状態で撮影を行って頂きました。 着物と帯の合わせ具合が何とも無く良いです。 立ち上がって、障子に手を掛けている構図で撮影を行って頂きました。 微妙な光の加減が生かされています。 障子を開けて頂いて欄干に腰掛けている状態で撮影を行って頂きました。 背景の簾も何とも無く綺麗な見栄えがします。 窓を開けている状態で障子に手を掛けている構図で撮影を行って頂きました。 こう言った構図も撮影が出来ると本当に満足度が高いです。 手鏡を片手に紅筆を持って、紅を差している構図で撮影を行って頂きました。 本当に、次から次へと小道具が出て来られます。
 
次は、手鏡を片手に持って、簪を触っている構図で撮影を行って頂きました。 こう言った構図も味があって良いです。 さらに続いて、手鏡で顔を見詰めている構図で撮影を行って頂きました。 左手の置き方も女将の方の直々の指導が入っています。 床の間の前に座っている構図になります。 袖を整えながらも片腕を付いたりと言う感じで、良い感じになっています。  衣装全体の色が上品に出ていてその点が流石は舞妓の家系の方がされている店舗であるかなと思いました。 小道具として扇子が用意されました。 小さな扇子ではありますが、こちらも味が出ている小道具になっています。 舞扇を使用する構図は多いですが、小さな扇子を使用する構図は珍しいです。 そして、顔の向きを変えて撮影を行って頂きました。 全体的に落ち着いた色の衣装に銀色の扇子が何とも華やかさを出しています。 扇子を持っている状態で構図を変えて撮影を行って頂きました。 この時には補助照明も使用されたのですが、光と影の具合が良く出ています。
 
こうして、撮影が終了すると、簡単にメイクを落としてから、宿泊料金を含めた体験料金の精算を行って、宿泊施設の方の建物に移動して、宿泊する部屋に案内されてから本格的にメイクを落として体を洗うのでした。 午前中の「華陽」で体験に引き続いての、年長の舞妓の設定での舞妓の衣装体験でしたが、他の店舗では余り体験が出来ないだけに十分に愉しむ事が出来ました。

真冬の京都路・旅紀行(その14)「ペンション祇園」チェックインおよびツインルーム編。

「ペンション祇園」の舞妓の衣装体験の店舗側の建物から南に数軒行くとこの日の宿泊施設である「ペンション祇園」の宿泊施設側の建物が見えて来ます。 厳密に言えば、舞妓の衣装体験の前にチェックインをしているので部屋の写真は舞妓の衣装体験の前に書いても良かったのですが、客室の写真の撮影を行ったのが舞妓の衣装体験の後になりましたので、今回の項目で紹介させて頂きたいと思います。
 
「ペンション祇園」の宿泊施設側の建物の外観になります。 外見から言えばホテルを小さくしたような感じでしょうか、4階建ての小振りな建物になっています。 掲載している写真がフロントのカウンターになります。 建物の入口を入ってすぐ右側に置かれています。 昼は無人になっていますが夜と朝はスタッフの方がおられます。 入口にはこのような御洒落な暖簾が取り付けられています。 暖簾は「舞妓の衣装体験の店舗の古参。」とは打って変わって現代的な雰囲気がしています。 廊下は本当に短くてすぐに階段を上がって行くと言う形になります。
 
私がこの日に宿泊する客室は301号室でしたが、エレベーターは取り付けられていない状態でしたので階段をそのまま上がって行きます。 301号室の扉を撮影する事が距離的に出来ませんでしたので、「STAFF ONLY」と書かれている扉の撮影を行いました。 外部からの自然光を取り入れている廊下の窓の設計になっていました。 掲載している写真は、3階の客室の扉及び廊下を撮影した物になります。 通常のツインルームは2階と3階に2室ずつありますが、そのうちの1室に宿泊すると言う形になります。 私は、向かって左側の客室で宿泊する事になりました。 当然の事ながら客室の内部の撮影も行いましたのでそれも合わせて紹介して行きたいと思います。 扉を開けるとツインベッドが置かれた部屋になっています。 本当にこじんまりとしたビジネスホテル系やペンション系のツインルームと言う感じでしょうか。
 
客室には収納庫が置かれています。 舞妓の衣装体験の店舗が元と言うだけあって収納庫は広めに作られています。 チェックインした後にはデジカメや着物下着や足袋と言った貴重品を出してから「舞妓のお部屋」に移動をするのですが、適度に収納庫が広くて荷物の整理は行いやすい場所でした。 客室に用意されていたアメニティー類をテレビが置かれてある棚に置いて撮影しています。 テレビは薄型テレビですが16インチと小振りな物が置かれていて、横にはポットやタオル類や歯ブラシを置いています。 ツインルームですので当然ですがベッドが2台置かれていますが、1人で宿泊する場合は好きなベッドを選んで下さいと言うそんな雰囲気でした。 ツインベッドの間には窓があってブラインドが取り付けられているのですが、外部の自然光を適度に取り入れられるようになっていました。 それで、結局、私が選んだベッドは廊下側の壁にある物にしました。 本当に直感的に選んだだけです。
 
ここで、アメニティー類を調べていると一つ気が付いた事がありました。 何と、寝間着が置かれていなかったのです。 後日になって調べましたが、元々置かれていないらしく、結局、この日は下着用のキャミソールに同じく、下着用として用意していたスパッツで寝る事になったのです。 トイレや風呂が置かれてある場所にも入ってみました。 見た感じではビジネスホテル系の良く見られるユニットバスが置かれてあるのかなと感じます。 トイレのタンクの上に棚が置かれていてそちらには、左側からボディーソープとシャンプーとコンディショナーが揃って置かれています。 この点でもビジネスホテル系の良くあるアメニティー類の姿であるかなと感じさせられました。 浴槽側を撮影した物になります。 こちらに関してもビジネスホテル系のこじんまりとした浴槽であると言う事が感じられました。 舞妓の衣装体験の後で体を洗うと言うのが目的に作られているのか、ボディー用のスポンジが置かれていました。
 
私は、舞妓の衣装体験が終わった後に身体を軽く洗い流して、次の目的の友人との夕食会に備えるべく、テレビを見ていたりして休憩をしていました  私の場合は大阪市内から京都市内までの移動ですのでテレビ番組では特別に旅情を感じる物は無かったのですが、適度にニュースを見て楽しんでいました。 客室で休憩をしていると次の予定である夕食会の時間が近付いて来ましたので、友人との待ち合わせ場所まで歩いて行く事になりました。 夕食会は18時30分からでしたのでそれに間に合うように18時15分に客室を出る事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その15)2日目の夕食「祇園牛禅」にて鍋料理を食す、そして、八坂神社の夜景を愉しむ事に。

「真冬の京都路・旅紀行」も2日目の夕食まで進んで行きました。 この日は何を食べるかで迷いましたが、祇園の交差点に近い場所でコース料理で手軽に食べられる物を探していると「祇園牛禅」と言うしゃぶしゃぶ料理の店舗のコース料理がありましたのでそちらのコース料理を予約する事にしました。
 
「ペンション祇園」での舞妓の衣装体験を終えて身体を洗ってしばらくの間休憩を行って、18時15分にペンション祇園」の客室を出て、北に上がって行き、祇園の交差点にまで行きました。 祇園の交差点にあるローソンで友人と合流して、18時30分にそちらに行く事にしました。 「祇園牛禅」は祇園会館の4階にあります。 エレベーターを使用して4階まで上がって行きます。
 
「祇園牛禅」の看板が見えて来ました。 実際に4階に上がってみると落ち着いた雰囲気になっていました。 店内には祇園牛禅と書かれている看板が置かれてあって、通常の席と個室の席と両方用意されているのですが、私は個室の席で予約をしていたので個室の席に案内されました。 予約していた個室の席に案内されましたがなかなか広い個室席になっていました。 個室の席は追加料金が500円掛かりましたが落ち着きのある良い感じになっています。 掘り炬燵式のテーブルにはしゃぶしゃぶ用の鍋と野菜としゃぶしゃぶ用のたれが置かれていました。 野菜も時間制限はありますがおかわりし放題になっています。 しゃぶしゃぶの肉は牛肉と豚肉と2種類から選べるようになっています。 この牛肉と豚肉も時間制限はありますがおかわりし放題になっています。
 
しゃぶしゃぶ用の鍋の蓋を開けてみました。 適度に加熱されていて既に出汁が入っていて、何時でも肉を食す事が出来る状態になっていました。 先程、少しだけ話題に触れましたが、こちらが野菜になります。 これらの野菜もおかわりし放題になっています。 他にはうどんやマロニーと言った食材もおかわりし放題になっています。 こちらもコースに含まれているサラダになります。 コース料理の内容に書かれている物であれば何でも注文し放題になっています。 京都らしく湯葉も注文しました。 こちらもコース料理の内容に含まれている物になります。 飲み物の飲み放題は含まれていなかったのですが、酒類も注文しましたので、それに合うように鶏の軟骨唐揚げも注文しました。 こちらも当然コース料理のメニューに含まれている物になります。
 
同じく酒類に合うように竹輪の揚物も注文しました。 鶏の軟骨唐揚げと同様に美味しい物でした。 腹持ちを良くしようと思って注文したのがうどんであります。 こちらも先程触れましたがコース料理の内容に含まれている物になります。 最初は御互いに空腹状態でしたので烏龍茶を注文しました。 酒類はこの後肉や野菜等を食べてから注文する事になりました。 鍋の中に具材を入れた時の写真になります。 こうして、肉や野菜やその他の料理を食べ尽くして、かなりと言って良い程に満腹になりました。
 
「祇園牛禅」で友人と食事をした私は、その友人と一緒に祇園の交差点に行って当初はそこで解散しましたが、祇園の交差点から見えている八坂神社がライトアップされていて良い雰囲気になっているので、その友人と八坂神社の境内に入る事にしました。
 
時間が限られているので殆ど急ぎ足での訪問となりますが、3日目の旅程を考えると今の時間を有効に利用した方が良いかなとも思って訪問する事にな りました。 祇園の交差点の北西側から坂神社の楼門を撮影した物になります。 ライトアップされていて白い光の中に朱塗りの門が浮き上がっていて良い雰囲気になっていました。 信号を渡って八坂神社の楼門の前にまで行きました。 八坂神社の楼門の夜景になります。 向かって左側の狛犬になります。 口は阿吽の「阿」の方でしょうか、口が開いています。 向かって右側の狛犬になります。 左側の狛犬程ではありませんが若干口が開いています。 阿吽の「吽」になると考えられますが、絵に描いたような口の閉じ方では無かったのが印象的です。
 
本殿の参拝まで行く事が出来るかどうかは分かりませんが、手水舎で手を清めて行く事にします。 八坂神社の摂社の一つである疫神社になります。 八坂神社の末社の一部である太田神社と白髭神社になります。 「祇園のえべっさん」と書かれてある提灯がありましたので撮影を行いましたが、この場所は祇園蛭子社と呼ばれる場所である事が幟の文字を見て分かりました。 舞殿の夜景になります。 こちらの本殿で夜間参拝を行いました。 掲載している写真は本殿側から再び舞殿側を撮影した物になります。 舞殿にはたくさんの提灯が飾られていました。 地元の有名企業から地元の店舗の名前が書かれていたりと色々な提灯があります。
 
こうして、八坂神社の夜間参拝を終えた私と友人は八坂神社の楼門で解散して友人は自宅へ、私はこの日の宿である「ペンション祇園」に戻るのでありました。
 
この日の夜は、翌日、詰まり、3日目の予定を当初通りに行くか、変更するかで迷って手持ちのスマートフォンでも色々と調べましたが、予約の電話を行うにも遅い時間となってしまった為、早めに寝る事にして翌朝起きる時間を1時間早める事にしました。 この日、詰まり、2日目の行程はこれにて終了と言う事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その16)建仁寺の伽藍と摩利支天堂と禅居庵を訪ねる。

さて、2日目が終わって、2012年2月17日、詰まり、3日目の朝になりました。 当初の予定よりも、1時間早く起きての行動でしたが、この日の最初の観光は「ペンション祇園」から歩いて行ける建仁寺に行く事になりました。 本来は正門から入るべきではありますが、ペンション祇園との地理的な関係上で北門から入る事になりました。 こちらが建仁寺の北門になります。 場所的には本坊や方丈や法堂の北東側になります。
 
少し進んで行くと、陀羅尼の鐘(だらにのかね)と言う鐘楼が見えて来ました。 さらに進んで行くと由緒書等が書かれてある石碑が見えて来ました。 沿革や由緒には石碑には「臨済宗建仁寺派の大本山、鎌倉時代の建仁2年(1202年)に創建された。 寺号の由来は朝廷から年号を賜ったもの。 山号は東山。 開山は栄西禅師、開基は鎌倉幕府2代将軍の源頼家卿。 室町時代の最盛期には塔頭寺院六十余を数えたが、創建当時の建物は応仁・文明の兵火などで荒れ、現存の大部分も江戸時代以降に復興されたものである。 現寺域約二万二千坪、山内寺院十四箇寺。」と書かれていました。 石碑には他にも栄西禅師の略歴や主な建造物の紹介も書かれています。
 
本坊に到着しました。 確かに、時間は9時よりも前でしたのでいわゆる一般の拝観時間には早かったようです。 他の予定との兼ね合いも考えて今回は本坊や方丈と言った有料で拝観出来る所には入らずの寺院の拝観にする事にしました。 本坊に隣接されている形で方丈が建てられていました。 方丈は正面から撮影した物もありますが、正面向きの写真よりもこちらの方が綺麗に写っているので敢えての正面では無い写真を選びました。 均整の取れた大きな建物になっています。
 
方丈や法堂から南側に位置している三門を撮影しました。 三門には結界が置かれているようで通常の参拝では潜る事が出来ないようになっているようです。 撮影する事は可能でしたので写真でのみ内部の雰囲気を想像しながら愉しむと言うのかそんな感じになるのですか。 さらに南側に出て一度、境内から外に出て勅使門を撮影しました。 勅使門と言う事ですから通常は天皇や皇室の方々や天皇の勅使が参拝する時にしか開けられない門になります。 その為なのか、結界も表側と裏側と二重に置かれています。 勅使門と三門は真っ直ぐの道で繋がっているのでそれらの使用用途が出た時には結界が外されて参拝されると言う形でも取られるのでしょうか。
 
もう一度、境内に戻りましたが、こちらが建仁寺の境内にある寺院である堆雲軒になります。 一般に公開されている寺院ではありませんので、入口に結界が置かれており門の表側からの撮影のみになります。 一般の参拝客で見える部分はこれだけですが、なかなか手入れの行き渡った庭になっています。 堆雲軒の南側になる久昌院になります。 こちらも一般に公開されている寺院ではありませんので入口には結界が置かれている状態になっています。 寺院の建物に庭園、右側には鳥居も置かれていました。 寺院の中に神道の象徴である鳥居があると言うのがいかにも「神仏習合」の証になるのですが、鳥居には何が祀られてあるのかが気になります。
 
浴室と呼ばれる大きな建物がありました。 案内板には、「禅院七堂伽藍の一つに数えられ、禅堂、食堂とともに三黙堂の一つとして厳しい作法が定められ重要な修行の場でもある。 現浴室は、寛永5年(1628年)三江紹益禅師が建立したものと伝えられている。 中央部は奥行二間の浴室で、全体を板敷とし、その中央後ろ寄りに小風呂を据えている。 湯気で体を温める蒸し風呂である。」と書かれていました。 古い寺院の浴室は現代の風呂と違う形で蒸し風呂の割合が高いのかなと考えさせられました。
 
浴室の北側には明星殿と書かれてある石造りの神額の鳥居が置かれてありました。 鳥居の中に入ってみると楽神廟(らくじんびょう)と呼ばれている廟がありました。 急ぎ足での参拝で看板の詳細を調べる事が出来なかったのが惜しい所です。 その縁があって建仁寺の境内に祀られる事になったと書かれていました。 楽神廟に奉納されている絵馬になります。 このような感じで受験合格祈願をされる参拝者もたくさんおられると言う感じになっているようです。
 
栄西と言えば宋に留学して鎌倉時代の日本に於ける茶の湯文化を発祥させた人物と言う事だけあってなのか、茶碑と呼ばれる石碑も建てられていました。 こちらは茶碑の北側に置かれている桑の碑と呼ばれる石碑になります。 案内板の文章の参照にはなりますが、栄西禅師が書かれたとされる「喫茶養生記」には上巻には茶の効用か書かれていて、下巻には桑の効用が書かれていて桑を服せば長寿無病を得られると言われたとか。 桑樹は妙薬であり諸仏菩薩の樹であると説かれ、桑の碑は栄西禅師の法恩に酬いる物として建立されたと書かれていました。 桑の碑から奥に進んで行った所にある両足院になります。 こちらも一般に公開されている寺院ではありませんので入口に結界が置かれていて表側だけ撮影を行う事になりました。
 
こちらが摩利支天堂の正門になります。 流石に一般に広く公開されてある場所になっているのか他の建物に比べても大きな物になっていました。 門の中央には「摩利支尊天」と書かれた大きな提灯が付けられています。 正門を潜って行くと石畳の道が続いていて摩利支天堂の本堂に繋がっています。 正門を潜って行くと石畳の道が続いていて摩利支天堂の本堂に繋がっていました。 摩利支天堂の手水舎です。 屋根がかなり大きくて立派な物になっています。 冬の朝なので手水舎の水がかなり冷たく感じます。 掲載している写真は摩利支天堂の手水舎の付近から本堂を撮影した物です。
 
本堂は内部にも入る事が出来るようになっているのか扉が開かれた状態になっていました。 再度、本堂のある正面側に行きました。 本堂の入口の突き出た屋根の内部ですがかなり立派な提灯や額が飾られています。 こちらで祀られている摩利支天にも今回の旅の無事を祈る事にしました。 線香を捧げる場所がありましたので、そちらも撮影を行う事にしました。 朝早い時間でしたので線香が捧げられている本数が少なかったですが、この後に気持ちだけ捧げさせて頂きました。 本堂以外にも何かが祀られているであろうお堂がありました。 建仁寺の伽藍を廻った時と同様に急ぎ足での訪問でしたので撮影のみしか出来なかったのが心残りでした。 摩利支天堂の本堂の西側にこれらの御堂があると言う感じになります。 建物の配置の方法もさることながら狛犬とは違う動物の石像が複数置かれているのですがそれらも壮観でした。 最後になりますが、時間的には摩利支天堂の正門に向かう前に撮影した物ですが、建仁寺の境内側からの入口になります。
 
この時の時間を見ると9時を少し過ぎた頃になっていました。 当初の予定には入っていなくて予約を行っていなかったのですが、現代花魁の衣装体験を行っておられる店舗が「ペンション祇園」や建仁寺から徒歩圏にありましたので、その店舗の開店時間になりましたので駄目元で電話を掛けてみました。 他の予約が入っている為に撮影出来る時間が、若干、限られているようですが、運良く予約する事が出来ましたので、当初の予定を変更してその店舗に向かう事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その17)「心-花雫-」で現代花魁の衣装体験を行う事に。

前回の項目で、「現代花魁の衣装体験を行っておられる店舗が建仁寺から徒歩圏にありましたので」と書きましたが、建仁寺の摩利支天堂で問い合わせの電話を掛けた店舗がこの、「心-花雫-」であります。
 
「心-花雫-」2009年1月に舞妓の衣装体験を行った嵐山にある「STUDIO心」の系列店ですが、2009年の当時には存在して無かった現代花魁の衣装体験のプランが追加されていましたので、以前から気になっていましたが、今回の「真冬の京都路・旅紀行」では既に4箇所で5種類の衣装を体験していて、3日目、詰まり、2012年2月17日にも午後に衣装体験を1箇所予約していたのですが、やはり、衣装体験の欲の方が勝ってしまったのか、ほぼ飛び込み状態で問い合わせの電話をして予約をする事になりました。
 
花魁の衣装体験となるとやはり、現代花魁の衣装体験よりは古式の「伊達兵庫」の髪型のかつらを被せられての重厚な打掛に帯を締めた古式花魁の衣装体験がしたかったのですが、昨今増えている現代花魁の衣装体験がどのような物であるかを知りたいと言うのもあって、敢えての現代花魁の衣装体験を選ぶ事にしました。
 
「心-花雫-」の店舗の通り側の入口になります。 入口を見る限りでは京都の町屋の建物を改装された物であるかなと感じられます。 地理的に書けば建仁寺から徒歩で約10分、「ペンション祇園」からでは徒歩約15分の場所になります。 最寄り駅で言えば京阪祇園四条駅と京阪清水五条駅の中間の場所になります。 店舗の暖簾を潜ってから、一度狭い路地に出て、再度路地の中の「心-花雫-」の暖簾が掛けられている入口に入って行きます。 その入口を入って行った場所にはロビーの部屋になっていました。 この場所で花魁の衣装体験のプランの説明が行われて、舞妓の衣装体験プランや花魁の衣装体験プランの過去に経験された方々のファイルを見せて頂ける事になります。
 
写真入りのファイルを見せて頂 けると言うのが事前になりたいイメージや衣装の配色を知る事が出来て良いです。 花魁の衣装体験は打掛が約8種類から選ぶ事が出来るのですが私が選んだプランでは打掛が2枚選べるプランでしたので直感で紫色の打掛と銀色の打掛を選ぶ事になりました。
 
打掛が決まると今度は中着として着る着物を選ぶ事になります。 打掛の色を考慮して配色は地味目の配色が好きでしたので、黒色の着物と紺色の着物を勧められて紺色の着物を選びましたが、中に着る着物は単仕立てなのか、浴衣なのか、薄手の着物になっています。 その後で、さらに、帯が数本出されてそれらの中で好きな色の物を選ぶと言う事になりました。 帯も青色の物を選びました。
 
衣装が決まると、いよいよ着替えに入って行くと言う事になります。 花魁の衣装体験と言う特殊性があって胸まであるワンピース式の下着として用意されてそれに着替える事になります。 その上から中着としての着物が着付けられてからメイクを施されました。 メイクは現代花魁らしく派手目のメイクにして頂いてそれから選ぶ髪型ですが、現代花魁らしく前髪の付いた黒髪のロングのウィッグを用意し て頂きました。
 
メイクと着付けが終わると花魁の衣装体験用のスタジオに案内されました。 花魁の衣装体験プラン用のスタジオは江戸時代の古式花魁がいたであろう派手目な花魁座敷的な内装になっていました。 この場で打掛が用意されて着付けられてから撮影が開始になりました。
 
1枚目の打掛として紫色系の物が用意されました。 最初に花魁らしく煙管を持っての撮影を行って頂きました。 簪は花の簪が挿されて和の雰囲気が出ていて、煙管を持っているので花魁と言う雰囲気も出ています。 先程とほぼ同じ状態で上半身のみの構図で撮影を行って頂きました。 煙管を持っていると言う迫力が感じられる写真になります。 小道具として赤色の和傘が用意されての撮影を行って頂きました。 流石はカメラマンのスタッフの方の撮影付きのプランと言うのがあります。
 
座りでの構図になっている状態で小道具として扇が用意されて、その扇で顔の下半分を覆っている構図で撮影を行って頂きました。 さらに座りでの構図で、赤色の和傘が用意されてそれを持っての撮影が行われました。 そして、正面向きに振り返った構図で撮影を行って頂きました 現代花魁と言う設定ですので、着物の肩の部分が下げられていて、肩が露出している状態ではありますが、室内は適度に空調が効いていますので暑くも無く寒くも無くと言う感じで快適に過ごせました。
 
そして、次に銀色の打掛を着付けて頂いての撮影が行われると言う事になりました。 最初は立ちでの構図で身体の向きは正面向きになっている状態での構図になります。 次は、体の向きも顔の向きも横に向いた状態の構図で撮影を行って頂きました。 中着としての着物や帯は同じ物ですが打掛が変わると雰囲気もかなり変わって来ます。 上半身のみの構図の撮影も行って頂きました。 灰色の打掛に織り込まれている華やかな紋様が綺麗出てているかなと感じられました。
 
煙管が用意されて、座りでの構図で煙管を持っている状態での撮影を行って頂きました。 煙管を持つと花魁らしくなると言う感じでしょうか、小道具類の中では小さいながらも最も存在感があります。 顔の向きを正面向きになっている構図で撮影を行って頂きました。 写真の構図を斜めにしてもバランスが崩れないと言うのがカメラマンのスタッフの方の撮影になっています。
 
打掛を後ろ側に置かれて、花が一杯置かれて床に横たわっている状態で真上からの撮影になりました。 体は床に横たわっているのですが片足で立ちあがって背景を打掛の裾と花にした感じにも見えます。 最後に、撮影を行って頂いたのは同じ花が一杯置かれて床に横たわっている状態での撮影の方向を変えて頂いた物になります。 花や頭が前景で脚や床が後景になりますが、立体感の出ている写真になっています。 流石はカメラマンの方の機材が良いからでしょうか。 そして、花魁の衣装体験が終わると、抹茶と茶菓子が用意されました。 これらを飲んだり食したりと言う休憩が終わると精算に入って行きました。
 
当日での予約と言う、半ば、飛び込みに近い状態での訪問でしたが、対応もきちんと行って頂いて本当に親切に感じました。 スタッフの皆様方、カメラマンのスタッフの方には本当に感謝致します。 この場で精算を済ませて次なる目的地に向けて行動を起こすのでありました。 次なる目的地と言っても衣装体験では無く、また寺院廻りと言う感じになります。

真冬の京都路・旅紀行(その18)浄土宗総本山知恩院と蓮如上人御誕生之地の崇泰院に参拝を行う。

「心-花雫-」で現代花魁の衣装体験を行った後にここだけは行ってみたいと思っていた、浄土宗総本山の知恩院なのですが、「心-花雫-」のある宮川町からは荷物を持って移動するには若干遠かったので、一度、川端通まで出てタクシーを探しました。 何故、知恩院に行きたかったのか、それは私の家が浄土宗である事が一番大きな理由でしたが、京都市内に住んでいた頃には何度か近くを通り過ぎて いただけでその時には行けなかったので、こう言う機会でも作って行くしかないと思って行く事にしました。
 
駐車場の近くの入口ではその近くに案内所があって、御影堂の修理が行われているのか、瓦の寄付を呼びかけられている案内が置かれていました。 実際に寄付を行うと瓦の裏に名前でも書かれるのでしょうかね。 やはり、山門から参拝して行きたいと言うのもありましたので、一度、境内の外に出て山門から再び入ろうと思って移動する事にしました。
 
さて、山門のある場所に戻って再び境内の中に入って行きます。 掲載している写真は、山門の柱を撮影した物です。 柱の太さは1メートル以上あるのでしょうか、かなり太い木材が使われています。 掲載している写真は、三門の天井を撮影を行った物です。 山門の中の入口から奥に続いている階段を撮影を行った物になります。 やはり、規模が大きいと言うのでしょうか、三門の中の入口の一つの空間の幅がそのままに階段が続いています。 山門の階段を登り切った所で後ろに振り返って再び山門の撮影を行いました。 やはりと言いますか、離れた距離で撮影しても迫力の凄さを感じさせられます。 私はこちらの道は利用しませんでしたが、山門を登る時にはもう一本道があってそちらが緩やかな階段になっている場所があります。 元々の通路が男坂でもう1本の道が女坂になっていると言う事です。
 
男坂と女坂が合流している場所の近くには御堂が建てられていました。 建物の詳細の名前までは分かりませんでしたが、何かを祀っている御堂である事には間違い無いです。 案内所の近くに建てられている二重塔になります。 二重塔の近くには手水舎が見えて来ましたのでこちらで手を清めて参拝すると言う事になります。 龍の口では無くて蓮と言うのが仏教寺院らしいかなとも感じさせられます。
 
本堂や諸堂の拝観の入口を探しているとこちらの建物に辿り着いたのですが、こちらの建物は新玄関と言う所になっていて団体での拝観入口になっているそうです。 個人での拝観の入口を探していたのですがなかなか見付からずにしばらく歩いていました。 どうやら、個人での拝観で入る事が出来る場所はこちらからしか無さそうでしたので掲載している写真の入口から入る事にしました。
 
私が訪問した2012年2月17日地点では御影堂が修復工事されている関係で通常の時とは拝観順序や方法が違うようになってます。 入口から入ると掲載している写真のように回廊に出て来ます。 回廊も一部が工事されているのですが、拝観するのには差し触りの無い状態にはなっています。 回廊を通っていると結界が付けられていて、右に曲がるようになっている所に辿り着きました。 掲載している写真の中央にある金属製の仏具は何らかの由緒があるそうですが、失念してしまい申し訳御座いません。 順路を見る限りでは阿弥陀堂から法然上人御堂への順路であろうとは思いますが、知恩院の公式ウェブサイトを見ても余り分からなかったりもします。 この場所が法然上人御堂のある部屋の障子でしょうか。 法然上人御堂のある場所の近くから志納所に向けた構図で撮影した物になります。 この場所は拝観出来る場所にはなっています。
 
さらに進んで行くと仮設されている廊下なのか新しい木造の廊下が置かれていました。 矢印で左に曲がるように案内が出ていましたのでその通りに進んで行く事にしました。 右側に御影堂の工事現場が出ているようでしたので阿弥陀堂の近くの廊下で撮影した物である記憶がありますが、所々で矢印で案内は出ているのですが詳しく書かれていなかったので拝観の順番が良く分からなかったのが残念な所でした。 法然上人御堂の各種法事が行われている部屋のある所に出て来ました。 回廊の途中ではこのような風景が見られる所もあります。 スタッフの方に案内された拝観順路の場所は武家門と呼ばれている場所になっています。 もっと案内板をきっちり書いて欲しかったかなと思う所でした。 確かに傘立てや靴袋が置かれていたりで個人での一般での拝観の入口になっています。
 
諸堂の内部で迷ってしまって、少し、不完全燃焼な状態での諸堂廻りでしたが、外に出る事にしました。 しばらく歩いていると寶佛殿のある場所に辿り着きました。 寶佛殿の正面で撮影してみました。 本堂を含めた諸堂に比べると若干小さな建物ですが、この建物も立派な物で中には仏像も鎮座していました。 寶佛殿から奥に進んで行くと大鐘楼のある場所に辿り着きました。 鐘楼は流石に大鐘楼と名乗っているだけに大きな物であるかなと感じました。 大鐘楼のある所から本堂のある方角に向けて撮影を行いました。 この場所からだと木で埋もれてしまいますが、工事中であるような雰囲気を感じさせない風景になっていました。 寶佛殿のある場所に戻って来てさらに移動しました。
 
納骨堂に続いている道になっていて線香を捧げる所が置かれています。 線香を捧げる所に屋根が付いているのも風格があって良いです。 こちらに納骨を行うと言う事はお布施も相当かかるそうで相当地位の高い方であるかなとは感じさせられます。 納骨堂のある場所から先には進めない状態になっていましたので、再び寶佛殿のある場所に戻って来ましたが、名号の松と言う謂れのある木がありましたのでそちらも撮影しました。 左側には経蔵らしき物が見えるのですが、工事中の囲いが付けられている状態でした。
 
知恩院は工事中になっている場所が多くて、若干、不完全燃焼的な拝観となってしまいましたが、私の家が浄土宗であると言う事でその総本山である知恩院を見物する事が出来ましたので、その点では感慨深い物がありました。
 
浄土宗総本山の知恩院に参拝してから、北側に歩いて行くと青蓮院門跡があると書かれている案内板を見て、それを目指して歩いて行ったのですが、その 途中で「蓮如上人御誕生之地」と書かれてある寺院を見つけましたので立ち寄る事にしました。 この時には寺院の詳細の名前は分からなかったのですが、地図サイトを見ていると崇泰院であると言う事が分かりました。
 
石碑には、「大谷本願寺故地」と刻まれていましたのでこの場所に建てられている寺院を見る事にしました。 「蓮如上人御誕生之地」と刻まれてある石碑が寺院の前にあって結界等で遮られていない状態でしたので入ってみる事にしました。 小さな表札には崇泰院の文字が書かれていました。 崇泰院の境内はそれ程広い所では無いのですが、落ち着いた佇まいに本堂が建てられていました。 本堂に隣接されている建物になっています。 壁や窓の造りからして古い建物のようですが、崇泰院に勤められている僧侶の方々やスタッフの方々が住まれているのでしょうか生活感があるような感じはありました。
 
本堂とそれに隣接されている建物の前は庭園になっていました。 庭園には奥へと続く道がありました。 特に立入禁止にはなっていない状態でしたので中に進む事にしました。 庭園の奥には「崇泰院再建発起者」と刻まれた石碑がありました。 どうやら、現存している崇泰院は創建された当初からの建物では無くて再建された建物であると言う事が分かりました。 庭園の石段を撮影した物になります。 石段が扇状に広がって行って良い見映えになっています。 崇泰院の門の裏側を撮影した物になります。 小振りですが周囲の植物と良く調和された均整の取れた門になっています。 こうして、崇泰院を参拝した後は、一路、青蓮院門跡に向かう事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その19)親鸞聖人得度聖地の青蓮院門跡の参拝を行う。

「真冬の京都路・旅紀行」で廻る観光地ではこちらが最後の場所となりました。 浄土宗総本山の知恩院とその北側に位置している崇泰院からはさらに北側に歩いて行った場所になります。
 
この青蓮院門跡も私にとっては初めて訪れる寺院ではあります。 掲載している写真は、青蓮院門跡の入口の右側を撮影した物になります。 入口の石碑には「親鸞聖人得度聖地」と刻まれていています。 また、門跡寺院らしく壁には白い五本の横線が描かれています。 青蓮院門跡の入口には天然記念物になっている楠の木が植えられていますが、この木は親鸞聖人が植えたと言う伝説が残っています。 楠の木は案内板によると、青蓮院門跡の境内には全部で5本植えられていると書かれていました。 さて、これからですが青蓮院門跡の境内に入って行きたいと思います。 石畳が敷かれていて規模は大きいのですが落ち着いた拝観の玄関になっています。 写真の撮影を行った限りでは結界が置かれていましたので、実際に拝観する為の入口は別にあるのであろうと感じさせられました。 ちなみに、こちらは御参拝と御祈祷の入口になります。 拝観もこの入口から行う事になっています。
 
青蓮院門跡の御参拝の入口から入ってしばらく行くと平安装束を身に纏った絵画が置かれていました。 束帯姿の公卿に小袿姿の女房でしょうか、かなり雅やかな絵になっていました。 回廊に出てみました。 確かに平安装束の似合う造りの建物になっています。 仏堂の所にまで行きました。 仏堂の内部は撮影禁止ですのでこの区域はここまでしか撮影は行っていませんが、時代を感じさせられる建物と自然が良く調和されている状態になっています。 仏堂から再び回廊に出ました。 竹造りの通路が周囲の自然に馴染んでいますが、その背景にある建物もかなり立派な造りになっています。 回廊から別の建物に渡って行きました。
 
庭園は冬の背景ですが、春や秋の背景であればさらに良い物であると思わせられます。 ほぼ、同じ位置から方向だけ変えて再び別の建物を撮影しました。 和室に移動しましたが、確かに、風情があります。 襖である程度仕切られていますが全て解放した時の面積を考えると、かなりの広さの物であると言うのを感じさせられます。 こちらも和室の中の風景ですが襖がすべて閉じられている場所になります。 襖絵は色鮮やかではありますが、上品さを失わない物になっています。 和室の床の間になります。 花が生けられていてその周辺には花瓶も置かれていますが、どれを取っても良い物になっています。 和室の端の空間にある机と鉢植えの花になります。 適度に外光も入って来て良い場所である事が感じ取れます。
 
こうして、建物の中の風景を十分に楽しんでからは、順路を進んでいるうちに庭園へと繋がっている通路が見えて来ましたので、庭園の方にも行ってみたいと思い、庭園にも足を延ばして行きました。
 
庭園への案内板がありましたので、庭園の方にも行ってみる事にしました。 通路を奥に行っていると庭園側へ向かう通路が見えて来ました。 この場所から庭園側へ向かう事になります。 庭園側に出てみました。 目の前には池や苔や岩等で飾られている日本庭園の姿が広がって来ました。 庭園側にも順路の案内板が建てられているのでその通りに向かって行く事になりました。 通路を進んで行くと建物が見えて来ました。 和室のある建物とは別の建物ですが、純和式の建物と日本庭園の造り方に倣った樹木の置き方で良い風景が構成されています。 さらに通路を進んで行きました。 幅が2メートル程度ある石畳の道の周辺には苔や樹木や建物が置かれていてかなり広い庭園に感じました。 このように広い敷地内に純和式の建物と樹木と苔と岩で「和の空間」が構築されています。
 
さらに進んで行った所には好文亭茶室と書かれている案内板の所に出て来ました。 後桜町上皇の御学問所と書かれてありますが、後桜町天皇と言う江戸時代の女帝と縁のある所ですので気になって内部にも行ける所まで行ってみたいと思います。 こちらが好文亭茶室の案内板になります。 肝心の茶室の建物は撮影するのを忘れてしまいましたが、江戸時代や明治時代の茶室を復元された建物になっていました。 掲載している写真は、その好文亭茶室のある庭園の中でも高い位置から建物を撮影した物になります。 日本庭園に純和式の建物が見事に溶け込んでいています。 好文亭茶室のある場所の近くにはこのように一段と高くなっていて、そこには仏塔が建てられています。 先程とほぼ同じ場所から眼下に広がる川を撮影した物になります。 こう見えて撮影を行っている場所と川の水面とは結構高さの差がありました。
 
さらに通路を順路通りに進んで行くと鳥居があって小さな社が建てられていました。 日吉社の神号が書かれています。 寺院なのに鳥居や社があると言うのがこの場所でも神仏習合されている事であるのを感じました。 こうやって外部から見ていると仏堂の規模の大きさが手に取って感じられます。 通路を歩いている時以上に大きく思えました。 通路を順路通りに歩いていくと鐘楼に辿り着く事が出来ます。 この鐘楼は自由に鐘を撞いても良い状態になっていますので、私も一度鐘を撞いてみる事にしました。 綺麗な音色が境内の中でこだましていました。 通路を順路通りに歩いて行くと最後には親鸞聖人の童形像が置かれてある場所に辿り着く事が出来ます。 元々は親鸞聖人の得度の聖地ですので、親鸞聖人にも縁があると言う事ですので像があると言うのも十分に理解が出来ます。

 

神宮道のバス停から四条河原町のバス停に到着したのが13時45分、「真冬の京都路・旅紀行」での最後の衣装体験は14時30分からでしたので、食事を急ぎで行って、阪急河原町駅から、再度、阪急嵐山駅に向かう事になりました。

真冬の京都路・旅紀行(その20)「京の舞本店」での舞妓の衣装体験を行う。

2012年2月17日、「真冬の京都路・旅紀行」の3日目の日程でしたが、この旅行での最後の衣装体験として舞妓の衣装体験を出来る限り安く愉しもうと言う事で、この日の午後ですが、「京の舞本店」にて舞妓の衣装体験を行って参りました。
 
さて、「京の舞本店」に到着しました。  建物の中に入ると、スタッフの方に案内されて2階の座敷に案内されて行きました。 かつらの髪型が年少の舞妓の設定である「割れしのぶ」と言うのもあって、年少の舞妓の設定を意識して地味目にメイクを施して頂きました。
 
そして、こちらの店舗では付け襟は金襴の生地で作られているのですが、年少の舞妓の設定に近付けて頂きたいので赤色に近い金襴の生地の付け襟を選ばせて頂きました。 着物は通常の袷の着物が用意されていたのですが、こちらも季節感を重視して2月の設定ではあり得ないであろう紋様の物を避けましたので、実質的には2着しか選択肢が無くなっていたのですが、今までの舞妓の衣装体験で着た事の無い萌黄色の着物を着付けて頂く事になりました。
 
着付けが終わると、1階のスタジオに案内されて、桜の時期の嵐山の風景のパネルを背景に撮影を行って頂きました。 上半身のみの構図だと、本当に桜の時期に舞妓の衣装体験を行っているように見えますが、かつらに付けられている簪を見る通り、2月の設定である梅の簪が挿されていますので2月の設定の舞妓と言う事になります。 先程と同じ場所で全身の構図で撮影を行うと、掲載している写真のように背景がパネルであると言う事が分かります。 でも、雨天の場合ですと、こう言ったパネルの背景でもあると嬉しい物にも感じます。
 
そして、座りでの構図でも撮影を行って頂きました  袖もスタッフの方に整えて頂きました。 背景のパネルの端には障子が置かれていて、座敷風にも撮影を行う事が出来るようになっています。 袖を折り返して、舞っているような感じの構図で撮影を行って頂きました。 ちなみに、帯は金襴の織り帯で作り帯になっています。 正面向きから横向きになった構図で撮影を行って頂きました。 着物が適度に鮮やかで年少の舞妓の設定になっているかなと言う雰囲気が感じられます。 顔の化粧の乗り具合で違いが分かるとは思うのですが、こちらの店舗では本式の水化粧での白塗りでは無くてドーランをベースとした白塗りのメイクとなっています。 後ろ向きは掲載している写真のようになります。 作り帯の後姿にはなりますが、帯の端の部分に家紋等の紋様が描かれていなくて、本当に普通の金襴の織り生地で作っている帯に感じられました。
 
今度は裾の褄を持っている状態で撮影を行って頂きました。 舞妓や芸妓、芸者は裾を絡げる時は左手で褄を持つのですが、花嫁は裾を絡げる時は右手で褄を持つようになっています。 一部の舞妓の衣装の体験の店舗ではオプションの扱いとして人力車に乗る事が出来るそうですが、こちらの店舗ではあくまでもお試しで撮影用の人力車を置いているのかなと感じさせられます。 そして、散策の直前になった時に店舗の軒先に立たせて頂いて、立ちでの構図で撮影を行って頂きました。
 
いよいよ、散策に入りますので、スタッフの方に準備を行って頂いて、散策の準備に入って行く事になりました。 当初は雪の予想が出ていましたが、幸運にも雪は降らずに晴れましたので、晴れて中ノ島公園への散策と言う事になります。
 
中ノ島公園に渡る為の橋に到着しました。  橋の前で撮影を行って頂きました。 こちらの旅行記を書いている現在では近くに日帰り温泉が出来ています。 先程と同じ場所で、上半身のみの構図で撮影を行って頂きました。 嵐山の風景が見えていて良い感じになっています。 先程と同じ場所で、今度は、横向きの姿で撮影を行って頂きました。
 
これからスタッフの方に案内されて、中ノ島公園の区域内に入って行きます。 今度は、上半身のみの構図で撮影を行って頂きました。 帯の姿も出ていてそれが何とも無く良いです。 中ノ島公園に向かう橋を渡っていると、橋の上で撮影を行って頂きました。 中ノ島公園の区域内に入ると、河原の場所で撮影を行って頂きました。 この場所で意識的に撮影を行って頂くのは、2006年度の「斎宮行列」以来でしたので一種の懐かしさも出て来ました。 中ノ島公園の河原の所を歩いている構図でも撮影を行って頂きました。 桂川を背景にしての撮影を行って頂きました。 桂川の川の段差が綺麗に見えて嵐山で撮影を行っていると言う感じの写真に仕上がっています。  
 
嵐山の街並みに向かう橋に向かって歩いている途中の後姿の撮影を行って頂きました。  橋が架けられていて嵐山の川沿いの独特の風情が出ています。 こうして、橋を渡って行くと言う事になります。 後ろ姿の撮影もしっかりと行って頂きました。 散策は中ノ島公園の区域内の少しだけで、後は、「京の舞本店」の店舗に向かって歩いて行ったのですが、帰り際に橋の上で撮影を行って頂きました。 こうして、散策が終了すると、「京の舞本店」の店舗内に戻る事になりました。
 
スタジオでの撮影と中之島公園での散策での撮影が終わりましたので、これで、「京の舞本店」の店舗の中に戻って衣装体験が終了するのかなと思えば、スタッフの方に「2階の御座敷が空いてい ますので、宜しければ撮影しますが如何でしょうか。」と言われましたので、御厚意に甘えさせて頂いて、御座敷でも撮影を御願いして頂く事になりました。 掲載している写真の通りですが、舞妓が御座敷に上がる時の構図で撮影を行って頂きました。 そして、軽く御辞儀を行います。 御辞儀の構図での撮影が、前日に体験を行った「ペンション祇園」では行われませんでしたので、ある意味、新鮮に感じられました。 そして、立ち上がっている所の撮影を行って頂きました。 袖と、裾の引き摺り加減が何とも無く良いです。
 
こちらの店舗でも障子がありましたので、障子を利用した構図での撮影を行って頂きました。 障子の欄干を背中にして座り込んでいる構図で撮影を行って頂きました。 こちらの店舗で、このような構図で撮影を行うとは夢にも思わずで驚いています。 袖を腕に乗せて、舞を舞っているような構図で撮影を行って頂きました。 そして、腕を閉じた所の構図で撮影を行って頂きました。 静から動、動から静と言う感じで色々な構図で撮影を行って頂いて頂きました。 再び、動に向かって身体を動かして行きました。
 
手に舞扇を持たせて頂いている状態の構図で撮影を行って頂きました。 右手に舞扇を持っている構図で撮影を行って頂きました。 袖の振りは出している状態になっています。 袖や帯揚げ等の細かい所にも舞妓らしさが出ていて良い感じになっています。 舞扇を右手に持ち替えて舞を舞っているような感じの構図で撮影を行って頂きました。 個人的にはこちらの写真が一番の出来栄えかなと思いました。 そして、先程の構図を落ち着かせた状態で撮影を行って頂きました。
 
俗に言われている「妹舞妓仕様」でメイクもそれを意識して、衣装の着付けられ方もそれを意識しましたが、最初は地味な顔になったかなとも思いつつもこれで釣り合いが取られている感じに思えて来ました。 扇を下向きに持って、左腕は横に上げている状態で撮影を行って頂きました。 こちらの構図も、かなり上手い具合に決まっています。 着物も付け襟も適度に華やかな物が選べて、個人的には満足度の高い物になりました。 通常の体験料金の4500円でこれだけの内容で撮影を行って頂けると言うのが本当に美味しい体験となったと言う感じでしょうか。
 
こうして、「京の舞本店」で舞妓の衣装体験を行ってからは、一路、大阪市内に戻る事になりました。 最初は往路が阪急電鉄を利用しましたので、復路は旅情感を味わう為に道を変えて阪急河原町駅まで行ってから、京阪祇園四条駅に向かって京阪電鉄を使用して帰ろうかなと思っていたのですが、阪急嵐山駅から列車に乗って桂駅に到着した時に梅田駅に向かう特急列車が来ていたのですが、その列車に空席がありましたので、その列車に乗って帰る事になりました。
 
2泊3日での京都市内への旅行ではありましたが、関東地方在住の方が良く行っている「京都憧れ旅行」的な旅行を味わう事が出来ました。 京都市内へは日常的に訪ねているのですが、観光や衣装体験のみで宿泊を伴う旅行を行ったのは初めてでしたし、改めて京都市内への観光の良さを知った3日間ではありました。
 
今回の旅行は私の人生の中でも本当に充実した旅行になって、「真冬の京都路・旅紀行」を企画して本当に良かったと心から感じさせられました。 今回で「真冬の京都路・旅紀行」の旅行記は終了とさせて頂きます。 そして、こちらの「真冬の京都路・旅紀行」の旅行記を最後まで見て下さった皆様、本当に有難う御座いました。